軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

83 「……娘、ひとつだけ方法がある」

倒れたわたしを支えながら、デミオンがジュリアンを睨む。その横顔をわたしはかすむ視界で眺めるしかない。

「……ジュリアン、望みは何だ? 何をさせて、解毒剤を渡す腹づもりだ」

「流石、兄上。話が早い。誰もが兄上のようだったらずっと楽なんですが」

「生憎と、世間話に興じてる暇はこちらにないね」

「まあ、そう言わずに兄弟水入らずの話をしませんか? 子供の頃はもう少し仲良かったでしょう」

似た感じで話す兄弟だと思ってしまう。順番でいえば、ジュリアンは弟なので、彼があえて似通った話し方をしているのだろうか。

微笑むジュリアンとは裏腹、デミオンも閣下も厳しい顔つきだ。閣下はわたしの側に来て、ジュリアンを威嚇するように伸び上がって相手を見る。

「……貴様、誰と契約をした?」

「これは、お初にお目に掛かります。実はあなた様の話で持ちきりなんです。大精霊十二席は有名らしく、私の知る方々は興味津々ですよ」

「我が輩をそう呼ぶとは、貴様の相手は大陸の者だな」

「……そこまで分かりますか? もしかしたら、同じ存在かもしれませんよ」

「我が輩ら精霊が、白百合を狙うものか! それこそ、余程のことでなければ、あり得ぬ話!!」

ぴょんと大きく跳ね上がって、閣下が怒りをあらわにする。そのウミウシ閣下を、デミオンが片手で退ける。

ムッ! と、デミオンを見た閣下だったが、睨まれてしまい身を縮ませる。

「話を逸らすな、ジュリアン」

「ああ……兄上は、それほど彼女をお気に召したのですか? 父上に化け物と呼ばれ、母上には散々こき使われ王女には見向きもされず……それでも、大して顔色を変えずにいたのに、この女の為にはそんな表情をするとは」

「御託はいい。用件は何だ?」

「残念です。私は兄上とゆっくり話すのを楽しみにしていたんです。大聖堂の刺繍展で、母上はもう社交界に戻れそうにありませんし、そもそも父上が閉じ込めてしまいましたから。最初から母上なんて愛してないくせに、家格と年齢が都合良かったから選んだ相手とはいえ、もう少しだけ大切にしてあげれば良かったのに」

「それは、お前も同じでは? 王女だから甘言を囁いた人間がいう台詞ではないね」

「それこそ、兄上の台詞ではありませんね。母上があれほど手のつけられない我が儘になってしまったのは、兄上が度を超えて甘やかしたからですよ。自覚がないなんて言わないでください」

異母弟の言い分に、デミオンが溜息を吐く。

「……復讐ではない、とね」

「違います。発想が安っぽいです」

そう言って、ジュリアンが何かを取り出す。手の上にのせ、見せてくるのは小さな瓶だ。何かの液体が半分ほど入っている。

「兄上、これをお渡ししますので、どうぞ私に攫われてください」

「俺が目当てならば、最初から俺だけにすればいい」

「そうしたいのは山々ですが、兄上は普通の人間ではないでしょう? 精霊の恩寵厚い相手を、そこら辺の道端に落ちている石と一緒になんて出来ません」

それからジュリアンは楽しそうに、わたしを見る。わたしの苦しみは相変わらずで、体感として瀕死の三歩手前だ。しかし手心を加えられているような、強弱を感じるのだ。

(多分……ただの毒じゃない)

「兄上の血が欲しかったんですが、手に入らなくて……でも、彼女の血でもこうやって便利に使えました」

「解毒剤を先に、といっても、頷かないだろう」

「それはそうです。兄上は狡い方なので、渡したら最後、こちらに来ないまま反撃してしまうでしょう。これでも私は兄上に詳しいんです」

デミオンがわたしを椅子に座らせる。自分が座っていた椅子も横に並べ、倒れないようにする。その行動に、わたしは不吉しかない。

(……ダメだよ)

わたしは彼へ手を伸ばす。その髪を掴んで、止めてしまいたいのに、出来なかった。反対に、彼に捕らえられる。

「リリアン嬢、どうかお許しください」

何を彼はいうのだろう。

「大丈夫、俺は頑丈ですから」

わたしは首を振ろうとして、それがちっとも出来ないことに腹が立つ。どうして今、この身体は上手く動けないのだろう。

どうしてデミオンを掴んで、捕らえられないのだろう。忌々しいくらい、身体の自由がきかない。

「……だ、め……です」

片言のわたしの言葉は、彼を止められない。

「閣下、彼女を頼みます。これは、きっと普通の毒ではないのでしょう?」

「……白百合、我が輩を置いていくのか?」

「違いますよ。俺の大切な方を閣下だからこそ、お任せするんですよ」

デミオンに撫でられ、閣下がぶるりと身体を震わす。

「我が輩は、白百合を護るための存在なのだぞ!」

「だから、俺にとって大切なリリアン嬢を護ってくださいよ。……彼女を助けたら、追いかけてきてもいいですから」

「……いや、だ、め……ダメ」

わたしはやはり首を振って、彼を止めようと懇願する。願った。けれども、繋いでいた手が離される。温かい体温が遠ざかる。

それはどうやっても止められないのだ。

「どうか、いつも通り聞き分けのよい子でいてください。ね、リリアン」

否を許さぬように、彼がねだる。いつだって、そうやって物腰柔らかい割に、首を振らせない。己を押し通す。

だけど、こんなのは嫌だ。わたしはどうしても認められない。

「俺を泣かせてくれるまで、いなくなったりしませんよ」

そういうくせに、デミオンが後退する。

わたしの青ざめた唇を、彼の指先が辿る。

その指の腹が、その爪先が、そっと遠のく。

視線でいくら頼んでも、彼は振り返らない。絶対にそう。

(いやだ、いや、いやだよ……)

だって、その先には良い事なんてひとつもない。欠片だってない。

待っているのは、不吉の二文字。

たったそれだけだ。

「では、兄上。暴れられては困りますから、少しばかり拘束します」

わたしと閣下を置いて、デミオンがジュリアンの元へ向かう。見ているだけだなんて、最悪だ。

(わたしが、わたしが……デミオン様を守りたいのに)

しかし、叶わぬわたしの身体は未だ毒に脅かされ、息苦しい。体内で暴れる何かに押さえつけられ、ままならない。

伸ばす指すら、震えるばかり。

「暴れるつもりはないが……どういった物で拘束する予定――」

だから、この時もわたしは見ているだけだった。

閣下が急ぎ彼の元へ向かうも、弾き返される。否、火傷のようなものを負う。

「貴様っ!! それを、何処で手に入れた!! それは」

わたしの目の前で、大きな花が咲く。

パッと鮮血が花開いたよう。

それは見たこともない色の百合だ。真っ赤な、血のような毒々しい百合が咲き誇り、その茎が蔓のごとく瞬く間にデミオンを拘束し、声も視界も奪っていく。閣下を払ったのも、この植物だろう。

「私は詳しくありませんが、大陸の妖精はこういうもので、精霊を追い払うそうですよ。兄上にも効くとは思っていませんでしたが」

デミオンはあっという間に赤い植物で拘束されていた。手も足も、視界すらそれで覆われる。まるで、奇術のようだ。――そう、あの時見たサーカスの大奇術師だ。

顎の割れた仮面の男が、いつの間にかジュリアンの隣に侍っている。

「ディアランガラン、準備はいいか?」

「ああ、バッチリさ。愛し子もこうやって捕まえたんだ」

「くれぐれも兄上を落とすなよ」

「へいへい」

彼がサーカスの時の手品のように、さっとマントをデミオンに被せるとそのまま何処かへ忽然と消えてしまう。

「貴様、ふざけるな! 我らが白百合をどうするつもりだ!!」

焼けただれ、吹き飛ばされた閣下が吠える。

「……よく言いますね。兄上があれほど哀れで可哀想な存在であるのは、あなた方のせいだというのに。だけど、それももう終わりです。私が、兄上を助けてあげるんですよ」

彼が小瓶をこちらへと転がして寄越す。

「一応、貴女の毒の方には効きます。全てには効きませんが。これに懲りたら、血は奪われないようにしてみてはどうでしょう」

そういって、ジュリアンは用は無しとばかりに、わたしたちの前から消えたのだ。

「……っ」

わたしは椅子の上で、歯を食いしばる。まんまとデミオンを捕られてしまった。閣下も大けがをして、わたしは手も足もでない。

そうして、毒でこのまま死んでしまうのだろうか。わたしはアルカジアの門を潜れない気がする。マリアのように、消えてしまうのではないかと思う。

(だって……毒の方には効くって……、つまり毒だけじゃないってことだよ)

わたしを蝕むものは、きっと呪いとかそういうまがまがしい物だ。そうでなければ、辻褄が合わない。

そうして考えているウチに、火傷を負った閣下がこちらに来たらしい。律儀に、小瓶を背負って運んできてくれる。そうして、必死にわたしのドレスをよじ登って、目の前に来てくれる。

「娘……大丈夫か?」

「閣下こそ、大怪我ですよ。痛くないですか?」

「ふん、我が輩を舐めるな! こんなもの時間さえあれば治せるわ! それより、娘、其方だ!」

閣下は小瓶をわたしの身体に押しつけてくる。

「どうだ、飲めそうか?」

「頑張れば……でも、閣下。わたし毒だけじゃないですよね。きっと他にも何かされたんですよね」

問えば、閣下がうなだれる。

「我が輩はすぐに気がつかなかった……そのせいだ。娘を蝕むものは呪毒だ。何処かで血を奪われ、それを利用されたな」

なるほど。きっとサーカスでしてやられたのだ。よく考えなくとも、あのサーカスはライニガーの領都で人気だったのだ。ジュリアンと繋がっていても不思議じゃない。

「……じゃあ、ヤバいですか?」

わたし死んじゃうのかなって、やはり考えてしまう。デミオンを助けられないまま、事切れてしまうのか。やはり、悔しい。悔しくて悔しくて、たまらない。

「…わ、わたし……デミオン様に……いって、ない」

そうだ。

わたしは、まだ彼に伝えていないことがある。

本当は前から言っておけば良かったことだ。

大聖堂で婚姻までしたのに、サインだってしたのに、わたしはまだ口にしていない。

(デミオン様は言ってくれたのに……)

閣下がわたしを見る。

一部が焼けて、痛々しそうな姿だ。そして捕まってしまった彼。わたしは何も出来ないまま終わってしまうのだろうか。

「……わた、し、……彼に…言わない、と」

(ちゃんと、ちゃんと、デミオン様に気持ちを伝えないと)

けれども、わたしの動きはどんどん鈍くなっていく。それに伴い、思考の早さも低下する一方。ただ一つ、ちゃんと零れてくれたのは、涙ぐらいだった。

わたしの眦から、ぽたりと雫が落ちる。

それを浴びながら、わたしの膝の上 、閣下が厳かに言う。告げる。

「……娘、ひとつだけ方法がある。其方を救い、白百合を助けられる方法がたった一つだけあるのだ。だがそれは……其方に不利益をもたらすだろう。其方ばかり傷つくだろう。己よりも他者を優先することとなるだろう。時と場合によってはペナルティを一方的に受けるやもしれぬ。我が輩らは、必ずしも其方の味方とはなるまい。……それでも、其方は望むか? 望んでくれるだろうか?」

「……閣下、それ……デミ、オン様、を、助け……られ……ならば……わ、たし、は」

必死に空気を吸って、わたしは言い切ってみせる。

「……いつだって……誓っ、て、……みせま……す」

そうして、わたしの周りに膨大な光が瞬いたのだ。