軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48 「親だというのに、きちんと助けてあげられなくてごめんなさいね」

わたしの打撲は、日に日に良くなっていく。

想像よりも、あざの色が早く薄くなっているようだ。主治医のバーク先生も順調だといってくれた。

顔の方は体よりも治りが早く、もう布を貼らずに軟膏のみだ。うっすら赤く残っているが、これもじきに消えるらしい。侍女のジルはその言葉にとても喜んでくれた。わたしも安堵している。高価なお薬様々だ。

また、閣下も少しだけ力を使ってくれたようだ。

制約の範囲内だが、ほんの僅か、一滴程度といっていたが閣下の加護は嬉しい。

閣下曰く「白百合の愛でる花が萎れたら、白百合が悲しむからな」だとか。

(それって、わたしはデミオン様の花壇の花だと言うわけですかと聞いたら、頷かれちゃうぐらいそのまんまな意味なんだけど)

これはこれで、多分良いことだと思うことにする。

閣下は精霊王の臣下で、第一席の精霊だから力は抜群らしい。えっへんと、ウミウシの体で胸を張りまくっていたので、確かだと思う。

特に得意なのが、攻撃と破壊。これだけは精霊王陛下に引けをとらぬレベルらしい。守護なのに、そっちなのかよ! という台詞は、すでにデミオン様からもらっている。

あの麗しい顔で微笑みながら──でも決して目は笑っていない状態で、「それは守ることや癒すことに関し、劣っているということですよね」と、突っ込んでいた。

結果、閣下は涙目でプルプル縮んでしまったのだが。

閣下の説明によれば、陛下と同等の再生を行える精霊は、陛下のお側を離れないことになっているらしい。それは守りの力を一番に持っている精霊も同じ。

(まあ、閣下たち精霊からすれば精霊王様を守ることが、最も大切なことなんだろうから、そうなるだろうね)

それに閣下の説明によれば、トップクラスの精霊である閣下の守護は同等の階位でなければ揺らがないとのことだ。

(だから、デミオンは何が起きても無事だって言っていた)

つまり、彼への守護の中にわたしも含まれれば、問題ないというわけだ。

(……でも、対策が手錠。ハードルとっても高くないですか?)

前世でも付けたことがない品物を、今世で付けられるとは思ってもみなかった。

(ここが異世界といえども、きっと手錠は手錠だろうし。見た目だって、きっと変わらないよね)

せめて外見が、お洒落装飾具みたいなものであることを、わたしは願う。

薬湯の回数も一日一回、量も少量になり、わたしは日中起きていることが増えた。触れれば痛いが、打撲部分も動いても大した痛みはもうない。自分の部屋の中なら、ベッドから出ても大丈夫になってきた。

ジルはまだまだ不安でわたしを寝かそうとするが、寝てばかりでは体が立つことを忘れてしまう。

その日も、わたしはジルのいない隙にベッドから起き上がり、そっと動き出そうとしていた。

──が、ドアからノックがして吃驚する。

「リリアン、よいかしら?」

母の声だ。

「お母様、どうぞ」

わたしが許可すれば、母と母の侍女が一緒に入室してくる。母の侍女は何か持っているらしい。何だろう?

「リリアン、具合はどう?」

「お母様、もう大分良くなりました。今も、実はベッドから起き上がろうと思っていました」

「あら、ジルがいないのに……悪い子ね」

母の侍女がテキパキと、わたしのベッドに合わせて置かれていたテーブルを整え、母をベッド脇の席へすすめる。

「バーク先生も言っていましたが、本当に傷が残らず良かったわ」

「はい、わたしも嬉しいです」

「体の方もね、元のままだと聞いて……本当に良かった」

母が、そうしんみりと繰り返す。

「貴女が小さな頃、何度か熱を出して……その度にわたしたちはいつも心配してたのよ。貴女がこの家の跡取りであるとかは、関係ないの。わたしたちの子供だからこそ、大切なの。貴女は……リリアン、貴女は本当にかけがえのない存在なの」

そういって、母がハンカチで目元を押さえる。

「年をとると、涙もろくなってしまって……」

わたしが生まれた時の話は、ちらりと聞いたことがある。わたしは難産だったらしい。だから母の体に負担をかけ、そのことがあり父は子供はわたしだけで十分だと決めたのだ。

しかし父も母も貴族だ。このカンネール伯爵家はまごうことなく貴族の、伯爵家の血筋。ならば、跡取りは男子であることが望ましく、子供は最低でもふたりは欲しい。

だからだろう。親類の中には、母にもっと生ませようと口を挟む者もいた。だが、そこは父が頑張って静かにさせたらしい。

(皆、わたしのことを思って、その辺りのことを話してくれない)

けれども世間に出れば、いやでも教えてくれるお節介に事欠かない。

(母がわたしにしっかり教育し、厳しめなのもわたしのためだ。跡取り娘でひとり娘で、だから侮られないよう、ちゃんと生きていけるよう、できる限りのことをしてくれている)

わたしは愛されている。

この世界で生まれて、それをより思うようになった。

(だから、わたしはこの世界に生まれたのも悪いことじゃないと思っているし、記憶があるのも意味があるのかもしれないと思ってる)

何故かは今でも分からないし、死ぬまで分からないままかもしれない。

(それでも、生まれて良かったと思うんだ)

「リリアン」

「はい、お母様」

わたしの前に、母が侍女から受け取った箱を置く。

平たいそれは、見てすぐ装飾品が仕舞われているものだと気がついた。

「これは、わたしとお父様から貴女へ譲るものです」

促されて、わたしはそっと箱の蓋を取る。

中は布張りで、予想通り装飾具が入っていた。

「お母様……これは?」

「これはわたしがわたしの母から贈られたイヤリング。お父様も同じよ。お祖父様から贈られた指輪ね。どちらも思いが込められた、上質な加護が付いた物。わたしたちが贈ったものは、あの日貴女を守るために壊れてしまったでしょう。新たなものを用意するにしても、日数がかかります。その間、貴女が無防備になってしまうわ」

母がわたしの手を取る。優しく握りしめた。

「わたしたちは、これまで運良くこの装飾具が壊れずに生きてこられたの。だから、これはリリアン……これから貴女を守るために使いなさい。大丈夫、わたしたちは他にもあるのだから気にしてはいけないわよ」

わたしを見つめる母が、そっと目を伏せる。その代わり、わたしの手を握る力が強くなる。

「貴女への脅威が何なのか分からない、わたしたちにできる精一杯なの。親だというのに、きちんと助けてあげられなくてごめんなさいね」

母の手が震え、その伏せられたまなじりからまた雫が滲む。

「……お母様。わたし……お母様とお父様の子供で良かったです。わた、わたし……」

だって、こんなにも温かさで胸がいっぱいで、わたしはなんていえばいいのか分からなくなる。そのまま気持ちが溢れて、溢れきってしまって、わたしの目から零れてしまうのだから。

誰ともなく、わたしは誇らしさと嬉しさとを語りたくなってしまう。

ほら見て、わたしの両親はこんなにもわたしを思ってくれるのだと。こんなに優しいひとたちなのと。

わたしは、この人たちのところに生まれて、きっと世界で一番幸せな子供だ。もう子供と呼ばれる年ではないけれど、やはりわたしはこのふたりの子供なのだと思う。

一体誰の采配かは知らないけれど、わたしはすごく感謝したい。あちらの世界の神様なのか、こちらの偉い存在なのか。

(……ありがとう)

わたしをかけがえのない存在だといってくれる、この両親こそがかけがえのない存在だと、わたしは分かる。知っている。

親とて人間で、様々な考えを持ち、それが必ずしも最良ではないことを覚えているから。

(デミオン様は……)

ふと、彼を想う。

わたしは確信する。

残酷な可能性へ思い至る。

(デミオン様は、きっと精石を持っていない。……誰も彼に贈らなかったのでは?)

まさかと、思ってしまう。

なんでと、考えてしまう。

彼とて望まれた子供であるはずなのに、どうしてだろう。特別な子で、約束の子だと分かっていたのに。誰よりも大きな恩寵があるはずなのに、彼は当たり前の喜びすらない。

まるで給仕が忘れてしまった、晩餐のよう。

受け取るための皿は、いつまでも空っぽだ。豪華なのは周囲とその椅子だけか。キラキラと磨かれたカトラリーに純白のナプキン。見栄えだけは良い椅子は、どの席よりも美しく整っていることだろう。

けれども、彼のためだけの素敵なご馳走はない。温かいスープもふわふわのパンも、お腹が膨れるメインは勿論、優しい甘さのデザートも。ずっと待ち続けてもやって来ない。

それは用意する 人(おや) がいないから。

幸福になるために わが子(デミオン) が必要だというならば、彼こそを幸せにするべきだったのではないか?

わたしの溢れた思いが、零れた雫が、悔しさに染まる。思わず唇を噛み締めた。

(わたしにできることを、しよう)

もう取り戻せない思いもあるけれど、これから贈ることのできる思いだってある。時間を紡ぎ直すことは無理だが、未来はどんな風にだってできる。

わたしは涙を拭って母を見た。

「……お母様、お願いがあるのです」