軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32 「なぜに、デミオン様はデミオン様なのです……」

時間の流れはどんな世界でも、当人の気分次第。そこだけは変わらない。体感がのんびりな日もあれば、ばびゅんと走り去る日々もある。例えばここは一年十三ヶ月な国で、ひと月が基本二十八日だけど、三週間があっという間に走り去っていた。

(一週間があちらと同じ七日制なのは、前世の記憶と混乱しなくて助かるね)

窓からの日差しが穏やかになった今日この頃、わたしはデミオンの部屋へお邪魔していた。勿論、侍女のジルも一緒だ。

テキパキとお茶の準備もしてくれたので、わたしたちはテーブルを挟んで向かい合う。

「リリアン嬢、これはなんでしょう?」

「こちらはデミオン様の資産です」

そういって、わたしはテーブルに置かれた証書を見る。紙には装飾された字体で、王都中央銀行の名が記されている。

「この三週間、デミオン様が尽力してくれましたので、これは公爵家からの正当な報酬です。どうぞデミオン様、この預金証書をお受け取りください」

証書にはきちんとデミオンの名を記しているし、この口座はデミオン個人のものとしてある。そもそも、デミオンは身ひとつで我が家にやってきたので、ナイナイ尽くしだったのだ。

無一文でも我が家で生活できるが、やはり彼の財布が空っぽのままはよろしくない。

「ですが……これほどの金額を俺がもらっても良いのですか?」

「ええ、全部デミオン様の報酬ですので、受け取ってください」

わたしも金額のゼロが沢山で驚いたが、デミオンの才能をそれだけ評価してくれたのだと思う。あと、普通に儲かる試算ができているのだろう。これは商いだ、間違いない。

あの後、無事デミオンを口説き終えたので、そのままわたしは王太子妃様ご希望のケーキ販売の話へ移行した。無理矢理は好みではないので、その気があればと用心しながらうかがえば、デミオンは快く受け入れてくれた。なんでも彼は欲しいものがあるらしい。

(そうだよね、衣食住はうちでどうにでもなるけど、人が生きるならそれだけじゃない。普通は趣味とかで欲しいものができるよね)

そのケーキの販売だが、本当にとんとん拍子で進んでしまった。王太子妃殿下に改めてご報告後、チルコット公爵家から商売への打診が我が家に来たのだ。

公爵家お抱えの商会で経営している貴族専用の高級カフェへ、件のケーキを期間限定のメニューで出しませんか? というもの。

さらにその後日、サスキア王太子妃殿下の実の弟君が直接当家にやって来ることになり、万年伯爵家の我が家はとんでもない騒ぎになった。国内に四家しかない公爵家だからね、父も母も遠い目をしていた。いや、母は腹を括るのが早かったが、父は最後までグズっていた気がする。

結局、一番頼りになったのはデミオンだった。

(公爵家の次期当主とかいう、王太子妃殿下の弟さんとも仲良くお話ししてたし、やっぱりデミオン様は大貴族の嫡男だったんだ)

風の悪戯ではためくカーテンのように、彼は元高貴な存在であるのだとチラチラとこちらに知らしめる。そうだ。所作も立ち姿も完璧で、手の振り方ひとつとってもわたしとは違う。

「どうしました、リリアン嬢?」

「わたしの婿殿になるデミオン様が、本日も魅力的だと再確認しておりました」

「俺を褒めてくれて、ありがとうございます」

わたしの言葉に彼が微笑む。ああ、確かに今日も顔が良い。凄いな。

「リリアン嬢もお綺麗ですよ」

「ありがとうございます」

リップサービスも欠かさない婿殿(仮)は、秋も迫った本日も優しい。デミオンの美貌は日を追うごとに輝き、本当に凄いのだ。ケーキの件から三週間過ぎた今、髪型はおかっぱから長髪へとレベルアップした。

こういうイケメン、前世で見た! いやむしろ、前世を超えている。わたしの語彙力に限界があることが、大変悔しい。

それを裏付けるよう、彼のご尊顔を目に映せばわたしは近頃呻いてしまうようになったのだ。今も、持病の 癪(しゃく) のように胸を抑える。

「リリアン嬢?」

「なぜに、デミオン様はデミオン様なのです……」

あちらの古典をもじっても意味不明だが、口が勝手に紡いでしまう。

(いや、ホントに顔がイイんだよ! くっ、なんでもっと文学的表現がわたしにはできないんだ!!)

こんなに素敵になると、わたしはあらぬ心配をしてしまう。

「デミオン様が素敵過ぎるので、誰かに昏倒させられて拐かされたらと思うと……胸が痛くて。ましてそのまま売られたりしたらと、美術品の如くオークションにかけられたり、貢物にされたり、一妻多夫制の国に連れて行かれたりと、可能性が無制限で溢れるのです」

この世界のどこかに、女王様が君臨するハレムがあったら、絶対ヤバい。本当にあるのかは知らないが、デミオンならば瞬時に気に入られてしまう。

(そうなったら、わたしどうしよう……)

「わたしは男装してでも助けに行きますからね! デミオン様のためなら、優男になりきるぐらい、チョロいもんですわ!! 立ちはだかる美女や美少女の山など、手練手管で陥落させてみせます!!」

己の妄想が辛すぎて、わたしは現実のデミオンの手を握る。勢いまかせだったからか、テーブルが揺れカップの中身が波立ってしまった。

(ああ、わたしの婿殿のためならば海だって越えてみせるとも! 砂嵐とて一足飛びで、彼のピンチの場に参上するよ!!)

そうして、デミオンの危機を颯爽と救うのだ。これこそが、よくできた妻の在り方だとわたしは思う。

「リリアン嬢は、本当に俺を大切にしてくれますね。嬉しいです。だから誘惑するのは、どうか俺だけにしてください。男は言うまでもありませんが、他の女性にも言ってはいけませんよ」

微かに彼が首を傾げ、それに伴い輝くプラチナブロンドが肩から滑り落ちる。まさに光の滝で、銀の川のよう。

その眩しさに、わたしの胸がキュンとする。高鳴った。デミオンはこんなにも健康優良児へとなってくれた。慢性的な目のクマも消え失せ、唇はプルプルだ。

つい、口説いてしまうのは動物的習性、 野生(ワイルド) のせいである。

「ですが、でももし、困ったことがあるならわたしに告げてください。わたしが頑張って解決します。外出先で暴れ馬に出会えば、わたしがデミオン様を庇いましょう」

「いけませんね。暴れ馬相手では、リリアン嬢が蹴られて命を失います」

至極真っ当な突っ込みにわたしは怯むが、そこは引いてはいけない。無我夢中に 勇往邁進(ゆうおうまいしん) 、一心不乱に掴み取るのは夫婦(予定)の信頼だ。

「分かりました。その時のために、わたしも体を鍛えましょう」

「それは俺だけで良いと思います。それにリリアン嬢は俺を泣かす約束をしていますから、怪我せず穏やかに長生きしてください」

ね、と、付け加えられれば、わたしはすごすご一時撤退を余儀なくされる。追加で手に手を重ねられれば、よりいっそうだ。

確かにデミオンはここ最近、剣の練習を始めている。嫡男の嗜みとして基本はできるらしいが、もっと上手くなりたいそうだ。

(とはいえ、もうかなりの腕前だって聞いているんだけど……)

うちの護衛では歯が立たないので、王太子殿下の 伝手(つて) で王立騎士団の方がボランティアで時折来てくれている。

タダより高いものはないと、あちらの言葉を思い出したわたしは不安になったが、デミオン曰く彼らは手合わせ自体が報酬になるらしい。

(より高みを目指すために、見知らぬ猛者と戦いたいとか、騎士というのは脳筋なのかな)

そんなわけで、デミオンはますます魅力アップの階段を駆け上がっていた。同時に、各種筋肉もスクスク育っていることだろう。

「リリアン嬢、本日の予定ですが……もしよければ少し俺と出かけませんか?」

「王都の観光ですか?」

「違うんです。欲しいものを探したいと思い、直接出向こうかと考えました」

(貴族は基本、外商さんを呼ぶ感じで商人を呼ぶからね)

店舗へ直接向かうことは少ない。それこそたまたまであったり、今回みたいに自分で目当ての物を探したい時だ。

「恥ずかしながら、俺は出歩いた経験が乏しいので……リリアン嬢が側にいてくれると心強いんです」

「それは責任重大ですね、ご安心くださいデミオン様。わたしがご一緒して、デミオン様をご案内いたします」

「ありがとうございます、リリアン嬢」

ああ、謝意を示すデミオンもよい。少し可愛い感じがなお良きだ。

「では、本日のリボンの色を決めますね。今日は後ろでまとめますか、それとも三つ編みにしましょうか?」

「今日は三つ編みにして欲しいです」

「ハイ、お任せあれ! ですよ」

こうしてわたしは日課であるデミオンの髪を整え、午後からのお出かけに胸弾ませたのだ。