軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23 「できるとしても、別にしなくても良いんです」

「これでどうでしょう?」

デミオンによって手当されたわたしは、自分の左手の中指を見つめながら感謝を述べる。

「ありがとうございます」

看病の言葉の意味を考えてはいけない。もう、なんでもかんでも看病で括っていいんじゃないかな。わたしは思考を放棄した。

それより、この指だ。

やっぱり傷跡なんて、殆ど分からない感じになっていた。ぶっちゃけこれ、大袈裟じゃない? 大袈裟じゃないの?

ぐるぐる巻かれた包帯のせいで、後ほど父と母に突っ込まれるだろう。その後、興味本位で刃物に触れたわたしへ注意がなされるのだ。

(秘密にしておきたかったのに、秘密にできない!)

わたしは夕食後、叱られる覚悟を決めた。人生は長い、はは……そういう日もあるさ。

デミオンと一緒にいる我が家の東屋は、格子状の屋根にして植物が絡められるようになっている。そこに四季咲きのクレマチスを植え、ツルを這わせている。白い花が初夏から晩秋まで、我が家の東屋を彩ってくれるのだ。

「デミオン様……わたしに何かお話があるのではありませんか?」

用意されたお茶は、もう口をつけてしまった。添えられた焼き菓子もひとついただいたので、そろそろ本題に入るべきでは?

そのために、わたしは人払までしたのだ。ジルもここにはいない。

「その前に、焼き菓子の感想をもらいたいです」

「……これはデミオン様が作られたものなのですか?」

「はい、俺の手作りです。味は王都で人気の店のものそのままですから、問題ないと思うのですが……人には好みがありますから」

そこで、ちょっと照れるのは地が出ているのか、それとも……なんてわたしは考える。

「とても美味しいですよ。きっと本物そのままのお味なんでしょうね。でもデミオン様、別に真似しなくても良いんです。これは誰かが工夫を重ねてできた味ですから」

「良くなかったですか?」

わたしは首を振る。

「とても、とても美味しかったです」

美味しいかそうでないのかの二択なら、絶対に美味しい。バターの豊かな香りが鼻をぬけ、歯を立てればほろりと崩れていく。その瞬間の香ばしさは至福の一瞬だ。また一枚と、確実に手を伸ばしたくなってしまう吸引力が凄い。

だけど、そうじゃない。

わたしは彼を真っ直ぐ見る。今の彼を形作った環境を思う。想像は容易だった。

「きっとデミオン様のいた侯爵家では、こうした方が良かったんだと思います。そう望まれていたんでしょう」

欲しがりな義母だというから、アレだコレだと彼に命令していたのだろう。違えば文句をいったのだろう。

そして、誰も止めなかったのだ。やめさせる人もいなかった。

「でも、我が家ではそうじゃないんです。うちには料理長もいますし、お金にも困っていません。だから、食べたくなったら頼んで作ってもらえます。違う味が欲しければお店の商品を買えばいいんです。……デミオン様は本当に楽しくて、嬉しくて、お菓子を焼きましたか? デミオン様の好きなことはお菓子作りですか?」

きっと、彼は言葉通りにどのような料理も菓子も、ひとたび口にすれば本物そっくりにできるのだ。以前作ってくれた夕食と同じように。けれども、わたしはそれをあまりして欲しくない。まるでそうするべきだからしている、それができるからしなければいけない、そんな風に見えるからだ。

楽しくないなら、やらなくていい。それでいいじゃないか。できたとしても、しないという選択肢だってここにはあるんだ。

それは、彼の手の中にもちゃんとある権利。

誰もが持っている当たり前。

「できるとしても、別にしなくても良いんです」

それを知って欲しい。

わたしは伝えたい。

そもそも彼は、自分のすることが好きなのだろうか。

(デミオン様は多分……自分がしたことよりも、誰かが頑張って作り上げた物の方が好きなんじゃないかな)

白いハンカチをなでている彼を思い出す。あの時、デミオンは伝統的な刺繍を繋ぐ人々へ、敬意を払っていたと思う。

容易く披露するのは、自慢だと据えられるかもしれないだろう。事実、そのために行う人間もいるからだ。けれども彼は自慢しているようには見えない。

行えるから行っている。それだけなのに卑屈にも見えて、わたしは好きになれない。どうしてだろう?

できる自分を嫌っている……なんて、わたしの考え過ぎだろうか。

「以前、デミオン様は刺繍のお話でお母様と話していましたよね。あの時、とても穏やかな顔をしていました。今、お菓子を作ってくれたと仰ったデミオン様よりも、ずっと素直で素敵な顔でしたよ」

わたしがそう告げれば、彼は片手で顔を隠し顔を逸らす。どうも見せたくないようだ。

「……貴女は、本当によく見てますね」

「あら、デミオン様はわたしのお婿になってくれる方ですもの、ちゃんと見ています!」

「……そうか」

彼がぼそりと呟く。

「デミオン様?」

「もっと早く、俺は貴女に会うべきでした」

今度は両手で完全に顔を隠す。そのままデミオンは椅子に体を預け、天を仰ぐ。わたしに顔を見せるつもりはないのだろう。

代わりに、いつもより幾分低く小さな声で語るだけ。

「……俺はね、本当は分かっていたんです。あの家にいたって良くないって。いつか壊れるだろうって……」

そうだよね。

何しろ、彼は様々なことができる。よく考えれば、その力を使って屋敷から出ていけるのだ。デミオンなら縄抜けも解錠も、いや二階の窓からだって抜け出しそうだ。そして馬でちゃんと領外へ逃亡できるだろう。

そもそも彼は男性で、わたしが物語で知るドアマットヒロインたちとは様々な箇所で事情が違う。

(けれども、彼はそうしなかった)

微かな笑いが滲む声で言葉を紡ぐ。嘲笑先は、彼自身なのだろう。

「破綻する未来を知っていながら、それをそのままにしてきました。どうでもいいって……、俺はね、本当にどうでもよかったんです」

「……それは貴方も含め。いいえ、ライニガー侯爵家全て、何もかもを破綻させるおつもりだった、と思って正解ですか?」

そこで、彼が顔を少し下げる。かざした手の指の隙間からこちらを覗いていた。まるで叱られる子供が、親の様子をうかがうようだ。

「ええ、リリアン嬢。本当に、俺は全てがどうでもよかった」

「では、もうひとつ。今もそのお気持ちですか?」

「……面倒なことはあまりしたくありません。でもかかる火の粉に関しては、容赦なく払う気概はありますよ」

実家と心中したい気がなくなって、よかった。本当に良かった。それではわたしも困る。

「デミオン様、これからはわたしともう少し正直にお話しましょう。……でも、無理にとは言いません。話せる範疇で構いませんので……貴方のことが知りたいです」

わたしを絶対好きになってなんて、望まないよ。だけど仲良くはなりたい。わたしのお婿さんだからね、一緒の家に住むんだから、信頼できる関係になりたいな。

(……苦手で、無理させてるなら凄く悪いし)

デミオンと打ち解けたいだけだから、少しでも教えてくれると嬉しい。わたしはそう願う。