軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4話:強欲であれ*1

ドラゴンというものは、強欲である。

特に強欲なものは、天然の宝石、人間が生み出した宝飾品、黄金……様々な財宝を巣穴に隠し、それを守る。財宝を狙う不届き者は容赦なく殺し、それが持っていた財宝を奪い……そうしてまた、より一層豪華絢爛になった宝物庫を守るのだ。

……そうした性質を持つドラゴンは、ダンジョン最奥の守護者に相応しい魔物だろう。

だが今はとにかく、迷惑なだけである。特に……そのドラゴンが、エメディアを『宝物』にしようとしているのであれば、尚更!

「……えーと、そもそも、私、ダンジョンには……まあ、事故みたいなもので、入っちゃったんだけど……」

「あんたもか。やれやれ」

さて。そうしてエメディアの話を聞く。さっき、話すことを渋っていたエメディアだが、細部は適当にぼかして、必要なところだけは話してくれる気になったらしい。

「……そこで、偶々、ダンジョンの奥から出てきてお散歩中だったドラゴンに、見つかっちゃったのよ」

エメディアは深々とため息を吐いた。……実に、不運なことだ。散歩中のドラゴン、というものは、確かに時々、見なくもないが、決して頻繁ではない。更に……そのドラゴンに『見つけられる』ということは、通常、あまり無い。

ドラゴンに対して余程の無礼を働くか、はたまた……ドラゴンの目を引いてしまうほどに魅力的か。そのいずれかでもなければ。

そしてエメディアは当然、後者だったわけである。

「それでそのまま、私は攫われて宝物庫に入れられちゃった、ってワケ。ドラゴンの満足そうな顔といったら!腹立ってきたわ!」

「成程な……。ああくそ、そのドラゴンは随分といい趣味をしているらしい。参ったな」

「全く、生きた人間を宝物庫にしまっておきたい、だなんて、よくもまあそんなこと考えるわよね……」

エメディアから『ドラゴンに攫われて宝物庫にしまわれていた』と聞いたグレイは、頭を抱えるしかない。理屈は分かるが、それにしたって、あんまりだ、と。

「しかし、よくそこから脱出できたな」

「うん……実は、スライム達に助けてもらったの」

エメディアは、ちょっと思い出すようにして、にこ、と笑った。

「ほら、スライムって、狭い隙間にも潜り込めちゃうでしょう?それで、偶々お散歩中だったスライム……ほら、さっきの、ウサギみたいになってたスライム。あの子が、私を見つけたのよ」

「ほう」

「そうしたら、私を助けてくれる気になったらしくて……後は、私1人がギリギリで通れるくらいの穴を開けて、スライムに案内されて、それで、さっきのあの部屋に居たの。この杖も、途中で落としちゃってたのを、あの子達が見つけて届けてくれたのよ」

「……ドラゴンの財宝を盗み出したスライム、ってのは、前代未聞だろうな」

あのスライム、かなりの度胸があったようだ。或いは、あの小さな体でそれだけの力を振り絞ってしまうほどに、エメディアに惹かれてしまったか。

……あの不思議なスライムとは、スライム部屋で別れてきた。それはそれは別れを惜しんでいたが……達者でいてくれ、と、思わずにはいられない。

「まあ、そういう訳で……多分、あのドラゴンは気が立ってるの。『財宝』に逃げられて、さぞかし不愉快でしょうから」

「成程な……」

グレイはエメディアの話を聞いて、ふん、と頷き……そして、にやりと笑った。

「だったら、やりやすいったら無い。……少なくとも、あのドラゴンを怒らせる材料は揃ってるわけだからな」

「え?」

にやにやと、如何にも『嫌われ者』に相応しい笑みを浮かべていたグレイは、はた、と気づいて、エメディアを遠慮がちに見つめ……少々萎んでしまった威勢をなんとか気力で立て直しつつ、断りを入れておくことにした。

「ただし……あんたにも、ちょっとばかり……いや、それなりに、嫌な思いはしてもらうことになるが……あのドラゴンを倒して、ダンジョンをクリアするためだ。その、諦めてくれ」

「え?ええ。いいけど……え?私、何をすればいいの?」

エメディアは特に何を疑うでもなく、『必要ならやるけど。いえ、あのドラゴンに嫌な思いをさせてやれるんだったら、大体のことはやるけど』とばかり、実に勇ましく、そして純粋無垢極まりない様子で首を傾げていたが……。

「……俺に抱き上げられてくれ」

「へ?」

グレイの提案に、エメディアは素っ頓狂な声を上げるのだった。

「……あー、悪かった。冗談だ。その、流石にそれは、ナシだ。分かってる」

きょとん、としてしまったエメディアを前に、グレイはしどろもどろ、前言を撤回した。

それはそうだ。『こんな奴』に抱き上げられるなんて、エメディアも嫌だろう。嫌に決まっている。女は特に、グレイに触られることを嫌がるものだ。

が。

「え?あの、別にいいけど……はい。どうぞ」

「……え?」

グレイは、唖然とした。何故なら……エメディアが、無防備にも、グレイの目の前で両腕を広げて、『どうぞ』などとやっているものだから!

……グレイは、まるで花に吸い寄せられる虫か何かのようにエメディアに近付き……そっと、恭しく……できる限り失礼にならないように、エメディアを抱き上げた。その理性は、まだ残っていた。

「わあー!すごい!あなた、片腕で私を抱き上げられるの!?」

だが、ひょい、とグレイに抱き上げられたエメディアが無邪気にはしゃぐものだから、理性が吹き飛びそうになる。『ああ、これは確かに、攫って宝物庫にしまい込んでおきたくなる!』と、グレイはドラゴンに心底共感した。

「……あんた、この大楯より軽いかもな。大した重さじゃない」

「あ、そうよね。こんな大楯を扱ってるんだもの。私なんて、軽いものよね。わあ、すごい……」

エメディアが『わあー』と声を上げているのを耳元で聞いて……体の柔らかさを、体温を、ふわりと甘い香りを感じてしまえば、いよいよ、グレイは理性の箍が吹き飛びそうになって、慌てて、エメディアを降ろし、距離を取った。

「え、どうしたの?」

「……ああくそ、おかしくなりそうだ……」

「え?何が……あ」

突然下ろされたエメディアは首を傾げていたが、途中で、はた、と気づいたらしい。

「……あっ、そ、そうよね……。私の『恩恵』、相手に触れてると、より強く発動しやすいみたいなの……。ごめんなさい、自分の感情を捻じ曲げられるのって、不愉快よね」

おずおず、とエメディアが1歩後退するのを見て、グレイは『ああ、嫌われたな、こりゃ』と、苦々しい気分になる。……慣れたはずなのに、どうにも、苦しい。誰かにこうして、嫌われるというのは。

「あー……いや、不愉快じゃ、ない。ないんだが……あんたに無礼を働きそうで……あー、うん。そうだな、互いのために、接触は最小限で済ませよう」

「ええ。そうしましょう……」

……そうして、グレイとエメディアは互いに『あまり触らないようにしよう』という取り決めを行った。……どうにも、上手くいかないな、と互いに苦い表情で。

「まあ……その、あんたがドラゴンに攫われた実績のある奴でよかったよ」

何はともあれ……グレイにとっては、まあ、悪くない状況である。このダンジョン攻略のことだけを考えるならば。

「ドラゴンは気位が高い。強欲だ。俺みたいなのに自分の宝物を『盗まれた』と思ったら、当然、怒り狂ってくれるだろうな」

「ああ……成程ね!そうやってドラゴンを挑発して……あなたに意識を向けさせる、ってこと!」

エメディアは、『成程!』と明るい笑顔で手を打った。本当に太陽のような人だ、と、グレイは思う。エメディアが居るだけで、薄暗いダンジョンですら、明るくなったような気がしてしまう。

「それなら確かに、ドラゴンが真っ先に私に襲い掛かってくることは、無さそうだわ」

「そういうことだ。……まあ、あんたが人気者な以上、あんたもあらゆる生き物の注意を引いちまうわけだろ?だが、盾は俺だ。俺だけを見ているように、仕向けなきゃならない」

相手がドラゴンであることは、幸いである。

ドラゴンは……強欲だ。気位が高く、自分を侮辱するものを許さない。

つまり、『ドラゴンの持ち物を奪って嘲笑ってやれば、的確にドラゴンを挑発することができる』というわけだ。

「じゃあ……心の準備は?」

「ええ。いつでもいけるわ!」

……無論、ドラゴンを挑発したなら、その怒りを受けることは、覚悟しなければならない。優れた『大楯持ち』であるグレイであっても、そう長い間、攻撃を捌き続けることはできないだろう。

だからこそ、グレイはエメディアに縋るしかない。自分がドラゴンを引き付けているその間に……ドラゴンを殺してもらわなければ、グレイが死ぬのだ。

「グレイも?準備はいいわね?」

「ああ」

……この作戦においては、挑発が上手くいかなかったら……そしてエメディアが裏切ったら。真っ先に死ぬことになるのは、グレイである。

だが、グレイはそれでもいいと思った。エメディアが裏切るはずはない、などと、無条件に信じてしまっていたからだ。

普段のグレイからしてみれば、ありえないことである。これは間違いなく、エメディアの持つ『恩恵』によるものだろう。

だというのに……誰かを信じ、自分の命を預けることに、グレイは奇妙な高揚感を覚えてさえいた。

いよいよ、グレイはおかしくなったのかもしれない、と自嘲した。

そうして、2人はいよいよ、ドアの先、このダンジョンの最奥……守護者が守るそこへと、突入する。

「おい、ウスノロ!」

声を張り上げるのは、グレイの得意とするところである。知能の低い魔物相手には、ただの 雄叫び(バトルクライ) が相手の注意を引き、或いは相手を怯ませ、陣形を乱すのに有効であるし、今、目の前にいるドラゴンのように、知能の高い相手なら……『デカい声で侮辱してやる』のが、それだけで一定の効果を生む。

人と話す時にはぼそぼそとしか喋らないグレイであるのに、戦場では誰よりも、声が大きい。誰よりも目立ち、誰よりも憎まれねばならないからだ。

……そうして、事態はグレイの狙い通りに動く。

『ウスノロ』呼ばわりされたドラゴンは、ぐるる、と喉の奥で唸り声を上げながら、ゆっくりと、自分を侮辱する愚か者を振り返る。……そして、そこでとんでもないものを見る羽目になる。

「どうだ?お前の『宝物』は俺が盗んでやった!」

……そこには、グレイの腕の中にすっぽりと収まるエメディアの姿がある。

そう。ドラゴンが気に入ったあまり、攫って宝物庫に入れておこうとした、『宝物』の姿が!

ドラゴンは、間違いなく一瞬、面食らった。『流石に知能が高いな』などと思いつつ、グレイはその腕に抱いたエメディアを、より強く、抱き寄せる。

一瞬、エメディアが身を強張らせるのが分かった。内心で只々申し訳なく思うが、それはおくびにも出さず……ただ、『嫌な奴』であれ、と、自らを律してドラゴンを嘲笑った。

「ほら、どうだ!?大事にしまっておいた宝物を、よりによってこんな奴に盗まれた気分は!こいつはもう、俺のものだぞ!」

内心で『いや、まったくそんなことは無い』と思いつつも、グレイは只々、演じた。全く以て身の丈に合わないことを言い募る。ああ、これは天罰が下ったってなにも文句は言えやしない!

……だが、エメディアはエメディアで、役者であった。少なくとも、努力家であった。

「グレイ!大好きよー!」

……心にもないであろうことを叫んで、エメディアは、むぎゅう、と、グレイに抱き着いた。グレイは一瞬、混乱した。今までの人生のいついかなる瞬間よりも、混乱した。

だが、そんなグレイよりも更に混乱したのは、ドラゴンである。

ドラゴンは只々、ぽかん、としていたが……。

「おお、効いたか……」

「みたいね!やった!」

怒り狂った。ドラゴンは、それはそれは、怒り狂った。

グレイはそれににやりと笑うと、エメディアを放し、守るようにそっと岩陰へ追いやった。だが、そんなことはドラゴンには最早、関係ない。

ドラゴンは、思ったことだろう。『盗まれてしまったなら、奪い返せばいい』。『宝物を所有する奴を殺して、自分が所有者になればいい』。或いは……『こんな奴より、自分の方が優れていることを、宝物に証明してやらねばならない』とでも。

……そうして、強欲なドラゴンはグレイの目論見通り、グレイを狙って、その爪を勢いよく振り下ろしたのであった。

さあ、戦闘開始である。