軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十三話 工作Ⅱ

「ええい、どういうことだ!!」

リガル・ディベルは怒り心頭だった。

最初は三人の家臣の離職届けとアス領への移住願いだった。

ロサイス王の国の法では届け出を出し、移住税を支払えば他領へ移住することは可能である。

あとは両方の領主の承諾。

リガルとしては認めるしかない。

阻む理由が無いからである。

犯罪を犯したというわけでも無い人間の移住を阻む大義名分は無い。

それにたかが三人程度の移住にケチを付ければ、器の狭い領主という悪評がつく。

そんなくだらないことで悪評が付いたら堪らない。

だがリガルもそのまま認めるのは癪である。

だからアルムス・アスに正式な抗議をした。

家臣の引き抜き行為はやめてもらいたいと。

だがアルムス・アスはこう答えた。

「家臣の引き抜きですか? いえ、そんなことはしていませんが……もしかしたら新しく登用した人材の中にディベル領出身者が居るかもしれません。」

アルムス・アスは遜るようにリガルに謝った。

リガルはその事に満足して、矛を収めた。

だが悲劇は終わらない。

今度は十人もの人材がアス領に行ってしまったのだ。

そこへライモンド・ロサイスが王になるためにアルムス・アスを自分の陣営に引き込んだという噂が流れる。

アルムス・アスがライモンド・ロサイスの王位継承を支援する代わりに、リガル・ディベルを貶めてディベル家を取りつぶし、その領地をアルムス・アスが貰うという密約を交わしたと。

そしてディベル家の非親戚の家臣たち―ベルメットたちがアルムス・アスとライモンド・ロサイスと結託して、ディベルを嵌めようとしている。

こうなるとリガルは非親戚の家臣を疑うしか無くなる。

今まで引き抜かれたのはすべて非親戚の家臣だからだ。

リガルは自分の家臣(当然親戚)に命じて、非親戚で比較的高い位についている家臣や親戚を監視させた。

だがあくまで監視だけに止めた。

噂が本当であるか確かめていないからである。それにリガルはイマイチ、ベルメットが自分を裏切るとは信じられなかった。

「上手く行きましたね。イアルさん」

イアルの部下……現在は行商人イアルの弟子が嬉しそうに言う。

「噂を流すのには苦労しましたね。工作費も掛かりましたし」

イアルがアルムスの部下に引き入れたのは三十二人だ。その内十三人、特に三人はかなり有能な人材だったので、直接引き抜く形をとった。

残りの十九人はディベル領に残ったままだ。

彼らはお世辞にも優秀ではない者たちだが、役に立つ。

実際、多くの情報をイアルに流したり、噂を立ててくれた。

莫大な金と引き換えにだが。

彼らは現状の地位で分相応だが、満足していない。

そんな人間は要らない。

厚遇するほどの人材でもないが、厚遇しないと裏切るという面倒くさい連中だ。

それに一度裏切った人間は裏切り癖がつく。

内戦終了後にどさくさで 処分(・・) するつもりである。

当然アルムスに伝える気はない。

アルムスは罪の無い人間を殺すことに気を病む人間だし、約束を違えることにも嫌悪感を示す。

イアルはアルムスに全権を委任されている。

報告しないというのも権利の一つである。とイアルは強引に解釈した。

知らなくても良いことは知らない方が良い。

「ところで直接アルムス様が王位を継ぐという噂でも良かったと思いますけど。ダメなんですか?」

「まあ、そっちでも悪くは無いんですけどね。アルムス様は世間一般的には王位継承者候補ではありませんから。一方、ライモンド・ロサイス様は二番手ですし。こっちの方が信憑性があるでしょう? それに領土も隣接していますからね。万が一に攻め込まれると困る。ライモンド様の方が王になるという話なら、アルムス様を討っても口実を与えるだけに成りますし」

ライモンドの領地はディベル領と隣接していないので、リガルはライモンドを滅ぼすことは出来ない。

一方アルムスの領地とは隣接しているので、その気になれば滅ぼせる。

アルムスが王に成るという噂を立てれば、万が一が起こる可能性がある。

現段階で戦争になれば必ず泥沼化する。それは絶対に避けなければならない。

アルムスもそのためにリガルに遜って、正面から敵対する意思が無いように見せかけている。

リガルはアルムスがライモンドと組んだのは自信が無いからだと思うはずだ。

ここへ来て、前の紛争の時の平謝りが効いてきている。

リガルがアルムスを取るに足らない存在だと思ってくれれば万歳。

どちらにせよアルムスよりも存在しない内側の敵に警戒してくれるようになる。

「さて、後は最後の砦ベルメット……この男を除かないと我々の作戦は成功しない」

ベルメットがそこそこ有能な人間であるという情報は、情報収集の度に嫌と言うほど聞かされた。

噂通りならいい加減あの老人はもう気付いてるだろう。

ロサイス王がリガル・ディベルに国を継がせる気が無いことを。

現在、ライモンド・ロサイスが王になるという噂が流れているがそれは所詮噂であるし、当然ロサイス王の意思であると分かったわけでは無い。

つい二、三年前は何だかんだでリガル・ディベルが王候補筆頭だったのだ。

リガル・ディベルが王に成ればディベル領が新たに王家直轄地に成るため、王の権力が大きくなる。

王家直轄地の広さが豪族たちの領地の合計よりも多くなる。つまり中央集権化が成立する。

リガル・ディベルが王位継承権候補筆頭だったのはそれが大きな理由だ。能力なんてどうでも良いのだ。

ライモンドの領地は小さいので、彼が王に成っても王と豪族の力関係は変わらない。

中央集権化というロサイス王家の悲願の達成にはリガルが王になる必要がある。

だからディベル家や親ディベル家はリガルが王に成ることを疑わない。

人間は信じたくないものは信じようとは思わないし、そんな簡単に情勢が変わるとは思わない。

だがもしベルメットがロサイス王の意図に気付いていたら……

ドモルガル王と結び、ユリア姫と王座を強奪することを進言するだろう。

ユリア姫と結婚して、ロサイス王の国を全て貰うという『王道』を断たれた以上ドモルガル王の属国に成り下がってでも王座を得る『邪道』しか残らないのだから。

リガル・ディベルは勇敢なように見えて、臆病な男である。

フェルム王との戦いを考えればよく分かる。

自国を裏切るような選択は一人では出来ない。

そして同時にプライドが高い。

ドモルガル王の国の属国に甘んじるなど、我慢ならないだろう。

だが背中を押す人間が居なければ方針転換も邪道を選ぶことも出来ないはずだ。

それにベルメットは非親戚の家臣のまとめ役である。ベルメットが左遷等の処罰を受ければ、一気に不満が爆発するはずだ。

とにかく、アルムスが王位を得るにはベルメットの排除が必要不可欠。

そのためには……

「さて、作戦を実行しますか」

「リガル様。実は一つ、ご報告したいことが……」

「何だ?」

「ベルメット殿がアルムス・アスに通じている可能性があります。最近、ベルメット殿の邸宅の近くで、深夜に怪しい人影が見られています」

リガルは顔を顰めた。

正直なところ、本当にベルメットが裏切っているかどうか確証が持てない。

今まで自分に仕えてくれた忠臣が本当に裏切るのか。リガルはベルメットをまだ信じていたのだ。

だが最近、ベルメットを監視した方が良いという声も大きい。

ここは形ばかりとはいえ、監視を付けるべきだろう。

「分かった。監視を付けよう。二、三人。ベルメットの監視に付け。一週間何もなかったらベルメットは白だ」

こうして三名の監視がベルメットの屋敷についた。

「上手く行きましたね」

イアルとイアルの部下は笑いあう。

目撃者(イアルとイアルの部下)である。

当然二人は直接出向いてディベル家の家臣に伝えたわけでは無い。

何人か、複数の商人を通じて、ディベル家御用達商人から家臣へ伝わるようにしたのだ。

念入りに調べられない限り、足はつかない。

少し危険な手段だったが、成功したようだった。

まんまとリガルはベルメットを疑い、監視を付けた。

だがまだ足りない。

もう一押しだ。

「さて、これを使いますか」

イアルの手には鷹の死骸が握られていた。この鷹はソヨンに頼んで、わざわざ鷹を使って殺して貰った物だ。

その足には筒が括りつけられている。

筒の中にはベルメット宛ての偽の手紙が入っている。

つまりアス家からベルメットへ手紙を宛てたけど、途中で野生の鷹に襲われて道に落ちた。

と言う風に見せかけたものだ。

後は上手くこれをリガルに見せることが出来れば、リガルは完全にベルメットを疑うだろう。

問題はどうやって見せるかだ。

これを直接リガルや兵士に届ければイアル自身の素性も当然調べられる。

商人として活動した期間とリガル陣営に離反者が多発した時期は少しずれているとはいえ、重なっている。

それに離反者全てにイアルとの面識があることも調べれば分かるだろう。

それでは全ての苦労が水の泡である。

方法は……

ディベル領では月に一度、市場が開かれる。

商人達が集まって、商売をするのだ。

その市場に行くために商人が必ず通らなければならない道がある。

「さて、後はここに置いておけば通りかかった商人が届けてくれるでしょう」

朝、まだ日が昇って居ない時間帯にイアルと部下はその道にやってきて、鷹の死骸を置く。

商人は全員最低限の字は読めるし、鷹が足に結びつけている筒が何を意味するかくらいは分かるだろう。

重要な物だとすぐに気づいて届けてくれるはずだ。

深夜だと猫に攫われてしまう。

日が出た後だと、商人が多すぎて死骸を置くことが出来ない。

ギリギリの時間帯だ。

「さて、後は経過を見ましょう。ダメだったらもう一度、練り直すまでです」

「そうですね。猫に攫われないことを祈りましょう」

二人は立ち去った。

その数分後、商人が通りかかり、鷹の死骸を拾い上げた。

普段なら無視するところだが、変な筒が結びつけられていたからだ。

それに筒も高級そうである。

鷹は他の大型の鷹に襲われたような痕がある。

おそらく鷹便で手紙を届けようとして、大型の鷹に襲われたのだ。

商人は筒を届けることにする。

中は覗かない。

こういう筒は中を覗けば分かるような仕組みになっているし、わざわざ鷹便を使うのだから重要機密に違いない。

秘密を知った者は殺すしかない……などという展開は御免こうむりたい。

さて、筒はあっという間にリガルのところへ届けられた。

リガルは筒の中に入っていた手紙を読む。

その手紙には『ベルメット殿へ』としっかりと書かれていた。

中身はリガルを裏切った後、ベルメットにどんな地位を与えるかについてだ。

生憎、送り名の名前や家紋は書かれていなかったが、情勢から考えて間違いなくアス家かライモンドが出した物だろう。

リガルは静かに言う。

「この手紙を持ってきた者に褒美を与えろ。そしてベルメットへの監視の数を二十人に増やせ」

ベルメットは怒り心頭でリガルのところを訪れていた。

流石に見張りが二十人も増えれば自分が疑われていることも分かる。

このままでは自分は殺されてしまうだろう。

だが自分の言い分は聞き入れてはくれないだろう。リガルは一度思い込んだら、考えを曲げない男だ。

ベルメットの心に、このような卑劣な策を仕掛けるアルムス・アスへの怒りや、それをあっさりと信じるリガルへの怒り、そして自分が敗北したことへの悔しさに満ち溢れていた。

「どうした、ベルメット」

「いえ、リガル様。実は私も年でして。もうリガル様が王になる道筋は立ちました。この辺で引退させて頂きます」

ベルメットはそう言い放ち、リガルが引き留めるのも聞かずに屋敷を去った。

そして自分の屋敷に引きこもった。

リガルへの忠誠を失ったことで、『大王の加護』の恩恵が喪失。

元々抑えられていた病が急速に進展し、ベルメットはあっという間に息を引き取った。

享年、八十二歳。

だがベルメットは幸せだったかもしれない。

彼の一族は 謀反(・・) に関わっていないことになり、助かるのだから。