軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百八十四話 第一次ポフェニア戦争 自然休戦Ⅴ

「と、いうことだマルクス。お前には十歳になったら……あと五年後にはペルシス帝国に行ってもらう」

俺は淡々とマルクスに告げた。

ユリアとマルクスは驚きで固まっている。

「……いくら戦争で勝つためとはいえ、済まないと思っている。だが、これ以外方法は無い。……生き方を縛ってしまって済まない」

俺はマルクスに頭を下げた。

本当に……悪い親だ。

しかしこれ以外方法は無いし、すでに決定して貰っている。

マルクスには意地でも行ってもらうしかない。

マルクスは落ち着いた声で答えた。

「父上、僕なんかに頭を下げないで下さい。僕は王太子です。父上のご命令と言うのであれば、喜んでペルシス帝国に行き……」

「待って!!」

ユリアがマルクスの声を遮り、マルクスに抱き付いた。

ユリアが涙目で強くマルクスを抱きしめる。

「ユリア」

「母上……」

「……」

ユリアは無言でマルクスを抱きしめる。

目を瞑り、両手でしっかりとマルクスを掴む。

マルクスがどこにも行けないように……

「ユリア、手を離しなさい」

「うう……」

ユリアは小さく呻き、首を大きく横に振った。

俺はユリアに近づいて、マルクスを固く拘束している手に触れる。

「ユリア、マルクスを離しなさい。マルクスが苦しそうだ」

実際、マルクスが苦しそうに体を捩っている。

女性とは言え、成人にきつく拘束されるのは五歳児には堪らないだろう。

「……だって、マルクスが……」

「今すぐじゃない。五年後だ。別に今話したところで、マルクスはすぐにはいなくならない」

俺は出来るだけ優しい声でユリアを諭しながら、彼女の手を少しずつ引き剥がしていく。

まるで岩にしがみつくヒトデのようだったが……

疲れたのか、それとも自分がしていることの意味を理解したのか、ユリアは少しずつ力を緩めていく。

十五分ほどかけて、俺はユリアをマルクスから引き剥がした。

「……ごめんなさい」

ユリアは小さな声で俺に、マルクスに謝った。

……やはり予め説明しておいた方が良かったかもしれない。

「ユリア、その……」

「……分かってるから、大丈夫。アルムスの判断は……全部正しいよ。みんな頑張ってるのに、命を懸けているのに……私とマルクスだけ、なんて良いはずがない。それに……」

ユリアは震える声で言う。

「決まる前に伝えられてたら……私は抵抗したもの。だから……私に伝えずに全部決めてくれたのは……正しいと思う。私は……理性的な判断が下せない。だから……アルムスが正しい」

グスグスと泣きじゃくるユリア。

俺はユリアを強く抱きしめ、頭を撫でた。

「すまない」

「うう……謝らないで。悪いのは私なの……一番辛いのはマルクスなのに……私が泣いてちゃ……ダメだよね」

ユリアはそう言って……

自分の体を俺から引き剥がすように剥がれた。

「うん、もう泣かない。死ぬわけじゃないしね!」

ユリアは泣き笑いしながら、そう言い切った。

昔のユリアだったら……

三日三晩泣いて、癇癪を起して、暴れていただろうな。

なんというか……

強くなったな。

さてと……

俺はマルクスに向き直った。

俺とユリアのやり取りを呆然と見ていたマルクスは俺の視線に気付き、体をビクリと震わせる。

俺は両手を広げた。

「良いぞ」

するとマルクスは俺の胸に飛び込んできた。

「……嫌だ、行きたくない」

俺の胸に顔を押し付け、くぐもった泣き声を上げながらマルクスは叫ぶ。

「やだ、ペルシスなんかに行きたくない。父上と母上と離れたくない! アンクス兄さんやフィオナ姉さん、ソフィア、フローラ、ノナ、フィーナと別れたくない!!」

マルクスは泣きじゃくる。

俺はただただ、マルクスの頭を撫でる。

俺に出来ることはそれだけだ。

……

……

すまないな。

散々泣いて疲れたのか、マルクスは俺の胸の中で気を失うように寝てしまった。

俺は召使に毛布を持って来させて、床に寝かせてやる。

「可愛い寝顔……ほっぺも柔らかい……」

ユリアはマルクスの頬に伝った涙を拭きながら、マルクスの頬を指で突いたり引っ張ったりする。

「起きちゃうぞ」

「うん……そうだね」

ユリアは名残惜しそうにマルクスから離れた。

そして俺に向き合う。

「要するに人質ってことだけど……酷い目には合わないよね?」

「仮にも同盟国の王太子だ。虐げる、ということはないだろう」

少なくとも……

我が国では首都に連行した人質……同盟国の子弟たちは丁重に扱っている。

仮にも文明国を自称するペルシス帝国がマルクスを粗野に扱う、ということはないだろう。

ただ……

子ども同士のイジメとかはあるかもしれない。

それについてはさすがの俺も確約はできない。

ペルシス帝国では俺の力は通じない。

「まあ……悪い事ばかりじゃないさ。この狭いアデルニア半島で一生を過ごすよりも、多種多様な人種、文化、文明が混じり合うペルシス帝国で青春時代を過ごせる、というのは悪い話じゃないと思う」

むしろ……

多民族国家であるロマリア王国の今後のためには、その方が望ましい。

するとユリアは俺に同意するように大きく頷いた。

「それにマルクスと似た境遇の子供たちが大勢いるよね。正直、この国ではマルクスの友達は……出来辛いと思う。変な取り巻きが出来ても、マルクスの人格が歪むだけだし。私もついつい甘やかしちゃう。……だから、ペルシス帝国で過ごす方が良いかもしれないね」

確かにその通りだな。

俺はユリアの意見に付け足す。

「後、ペルシス帝国にいればロサイス、アスのどちらにも肩入れしなくなる。正直、最近両派閥の権力争いが激化している気がする。……マルクスにはどちらにも肩入れせず、ちゃんとバランス感覚を養ってもらいたいな」

後は……

「それに……」

「あとそれから……」

二人の声が被る。

……ああ、ダメだな、全く。

「マルクスをペルシス帝国に送り出す言い訳探しは止めにしないか?」

「……うん、そうだね」

俺とユリアは黙ったまま、マルクスの寝顔を眺める。

穏やかな寝顔だ。

……俺はこんな子供に自分の作った国を託そうとしているのか。

身勝手なモノだな。

親というのは。

産んでおいて捨てる親も親だが、重たい物を背負わせる親も悪い親だ。

「ねえ、アルムス」

「何だ?」

「マルクスの婚約者になったシェヘラザードちゃんってどんな子なの?」

「さあ? エインズ曰く、可愛らしい三歳の女の子、らしいぞ。エインズもクセルクセス帝に聞いただけだそうだが」

ただ……

別に妾の子供だったり、身分の低い不良物件を押し付けようとしている。

というわけではないようだ。

身分の高い貴族と、ちゃんとクセルクセス帝との間に生まれた、優良な血筋の女の子だと聞いている。

「クセルクセス帝も策士だよ。借金で俺は逆らえん。マルクスはペルシスでの生活で親ペルシスになってしまうだろうし……その子供はなんとペルシス皇帝の孫だ。敵わないね」

まあ、ペルシスの帝室の血が我が国の王家に入るのは悪い話ではないけどさあ。

ちょっと複雑な気分だ。

さて……

それよりも、五年の間に準備しないとな。

「マルクスがあっちで虐められないように、しっかり鍛えてやらないとな。正直、今のままの貧弱体質だと心配だよ。あと、キリシア語は最低限出来ないと。それに随伴する奴隷の子供も買わないと。あとは……」

「マルクスと一緒に留学する貴族の子供だね。……まさか、マルクスを一人で行かせるつもりじゃないよね?」

「まさか、誰か募るつもりだよ」

マルクスを一人でペルシス帝国に放り出すのはあまりにも心配だ。

最低限の護衛と召使、そして家臣を付けてやらなければならない。

「一先ず、アス、ロサイス両派閥から最低一人ずつ。それに加えて……できればロンかグラムかロズワードか……三人の子供のうち、一人でも随伴してくれると安心できるし、頼れるんだが……」

こればかりは無理にとは言えない。

国王である俺が直接聞けば、多分三人とも断りたくても断れないからな……

強要するようなことはしたくない。

したところで、マルクスにとって良くないだろうし。

さて、どうしたものか。