軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百三十三話 異変Ⅰ

八月。

細々と蜘蛛糸…… アラニャ・セーダ(蜘蛛の絹) の生産と兵隊蜘蛛に食べさせる餌の種類で糸の品質がどう変わるか、の実験を繰り返していた。

品質に関してはさすがに一か月で進歩は無かったが、アラニャ・セーダの生産はそこそこ順調で、国内の貴族等の富裕層を需要に答えていた。

国外で売り出す場合は絹と競合するのでイマイチ振るわないが……

莫大な関税と輸入規制によって絹の価格が異常に高騰しているロマリア王国内では、即座に買い手がついた。

しばらくは、国内で売り続けるつもりだ。

わざわざ強い敵に挑む必要はない。

また、ついに貨幣の鋳造が始まった。

ペルシス帝国の技術を導入しての、金貨銅貨の鋳造だ。

ニーファがデザインしてくれた金貨銅貨は、徐々にではあるが国中に回り始めている。

まあ、一つ不満があるとするならば銀貨が無いことだ。

テーチス海地域に於ける一般的な価格の表し方が ターラント(銀の重さ) であることから分かる通り、テーチス海地域での基軸貴金属は金ではなく銀である。

世界的に見れば銀の方が埋蔵量も多く、価格が金ほど高くないので失っても大きな痛手にならないのが、取引に選ばれる理由だ。

一方貴重な金は取引の媒体よりも、装飾品や貯蓄用として主に用いられている。

とはいえ、我が国の国土から掘れないのだから仕方がない。

無い物ねだりをしても仕方がない。

まあ、それに金貨だって銀貨ほどではないがそれなりに流通している。

さて、内政に関してはこの程度で十分だろう。

これといって大きな危機も変化も無い。

アラニャ・セーダも貨幣も、影響を及ぼすのはもっと後だからだ。

今まで俺たちは一年ほど戦争をせずに大人しくしていた。

ゾルディアス王の国の消化の為と、あまり性急に動くと周辺国に警戒される恐れがあったからだ。

しかし立ち止ってはいられない。

そろそろ、動かなくてはならない。

そういうわけで俺たちはこっそりと第二次西部征伐準備の真っ最中であった。

ちなみにこの場合、征伐される西部というのはギルベッド王の国の下辺り……つまりギルベッド王の国に支配の優先権がある。

と、密約で定めたところだった。

そもそも破るために結んだ密約である。

破らなくては約束の神様に失礼というものだ。

ここ一年、兵糧を蓄え、兵站部隊を増強し、兵を鍛えた。

呪術師を西部諸国に送り込み、情報を掻き集めた。

イアルを含む外交官にも尽力してもらい、西部諸国の切り崩し工作も順調だ。

全ては西部諸国最大の国、カルヌ王の国を一息で殺すため。

一撃で仕留めて、一気に領土を拡大する。

……はずだったのだが。

「大変です! 陛下!! カルヌ王の国が滅びました!!!」

わけが分からないよ。

そう、それは八月の半ば頃のこと。

最初の異変が起きた。

ほんの少し、地面が揺れた。所謂地震である。

しかしアデルニア半島は日本ほどではないとはいえ、そこそこ地震の多い土地であったし、俺の転生してから何度も地震を経験しているので、その時はいつもの小さな地震だろうと思っていた。

次の異変は翌日のこと。

カルヌ王の国の首都に潜伏させていた、呪術師や密偵たちからの連絡が急に途絶えてのであった。

これにはさすがに焦った。

一人、二人から連絡が来なくなることはまだ分かる。

しかし根こそぎ連絡が途絶えるという事は、一網打尽にされてしまったということ以外あり得ない。

俺は急いで、カルヌ王の国にほど近い小国に潜伏させた呪術師に連絡を取り、何が起こったのか調べさせた。

そして三日後、元老院議会で……

「大変です! 陛下!! カルヌ王の国が滅びました!!!」

何かのギャグだろうか?

そう思った俺は報告に来た呪術師に、ナイス・ジョーク! と言ったのだが呪術師の顔はいたって真面目だった。

つまりギャグじゃない。

マジで滅んじゃったということだ。

「なあ、ライモンド。一夜で国が亡ぶってあり得るか?」

「さ、さあ……」

ライモンドは肩を竦めた。

ライモンドも検討が付かないようだ。

俺はバルトロとアレクシオスに尋ねる。

「お前たち、一夜で国を亡ぼせるか?」

「もし出来たら、私は陛下にロゼル王の首をとっくに献上しておりますよ」

「僕も、トリシケリア島とポフェニアを征服して手土産にしております」

バルトロとアレクシオスは首を振った。

続いて俺はイアルに尋ねる。

「ポフェニアの動向は?」

「……アブラアム閣下から受け継いだ密偵たち、及びポフェニアからやって来た商人たちからも情報を集めていましたが、大規模な軍事行動を起こすという話は聞いておりません。その予兆もありませんでした」

ああ、そうだ。

ポフェニアは傭兵に頼る国柄、静かに軍隊を組織するのは不可能。

傭兵募集を大々的に世界中に宣言しなければ兵士を集められないし、人の動きを嗅ぎつけた商人たちが一斉に小麦の買い占めに走る。

もし戦争が起こるとすれば、一か月ほど前の段階で小麦の価格が不自然なほど急速に高騰するはずだ。

しかし小麦価格はむしろ、豊作の影響で下落傾向にあった。

つまりポフェニアではない。

となると?

ギルベッドか、ペルシスか……

いや両国はあり得ない。

前者には力がないし、後者には動機がない。

ということは……

俺の脳裏に数日前の地震が思い浮かぶ。

しかし俺は首を横に振って、それを否定した。

天変地異で国が直接滅ぶなど、聞いたことが無い。

無論、滅ぶ切っ掛けには成るかもしれない。しかし、直接自然が人間の築いた文明を破壊することは不可能だ。

人間の築いた文明を真に破壊できるのは、人間だけだ。

……と言いたいところなのだが

ここは異世界で地球じゃないからな。

もしかしたら、本当に天変地異で吹き飛んでしまったかもしれない。

とはいえ、そんな天変地異があったら小さな揺れ程度では済まないような気がする。

俺が生前、住んでいた場所は東北からそれなりに離れていたが、それでもかなり揺れた。

もしカルヌ王の国が丸ごと滅ぶような、超巨大地震や超火山噴火や超巨大津波の類が発生していたらもう少し影響が出てもおかしくはない。

何はともあれ……

「良い事が起きている、とは思えんな」

「それは同感です」

ライモンドを含め、元老院議員たちが一斉に頷いた。

滅ぼす手間が省けた、ヤッターなどと呑気に喜べるほど俺たちは幸せな性格ではない。

「何が起きているか分からん。事の詳細が分かるまで、このことは他言無用だ。要らぬ混乱を招く恐れがある。そして、何が起きても良いように軍隊を集めて置け」

「「「は!!!!」」」

議員たちは一斉に片膝をついた。

軍隊を一万ほど、待機させていたのは結果としてとても良い判断だった。

というのも、西部諸国から救援要請が飛び込んできたのである。

それも一ヵ国二ヶ国という話ではない。

百を超える国々、豪族、有力者から早馬や鷹便から書状が届いたのである。

カルヌ王の国の住民が一斉に何かから逃れるように北上し、その何かへの恐怖が伝播するようにカルヌ王の国周辺の国々の住民も北へ北へと逃げ出し始めたのだ。

難民の津波と言えるだろう。

西部諸国としては彼らを放っておくわけにはいかない。

もし彼らへ食糧を支援しなければ、あっという間に彼らは武器を持った敵へと変わる。

難民の方も生きるために必死なのだ。

しかし支援する食糧も無いし、押し寄せる難民を全て都市の内部に入れれば治安の悪化は免れず、最悪国が乗っ取られなかねない。

故に彼らは東の大国、ロマリアに救援を要請したのだ。

まあ、俺としては渡りに船だ。

戦争をして土地を奪いました。

よりも可哀想な人々を救ってるうちに、領土に成っちゃった。許してね、テヘペロの方がまだ外聞が良い。

そういうわけで、まずは先遣隊としてロンとソヨンに一万の兵を持たせて西部諸国に向かわせた。

兵站部隊もそれに追随する。

戦争のために予め、大量の小麦を兵糧として蓄えていたのが功を奏した。

また同時並行で小麦の輸入を始めた。

カルヌ王の国の難民のレベルがどれくらいかは分からないが、兵糧として用意した分だけでは足りない畏れがある。

価格が高騰しないうちに、買い込んで置くのがベストだろう。

レザドのキリシア商人たちを通じて、急いで小麦の買い上げを始めた。

もっとも、すでに小麦価格は上昇を始めていたのだが。

さて、難民対処と西部諸国の救援、そしてギルベッド王の国からの苦情を一蹴すること三日。

ようやく確かそうな情報が入り始めた。

というのも、にわかに信じられない内容だからだ。

曰く、

「毒を吐く、首がいくつもある竜が王都の地下から這い出てきて、一夜で王都を更地にした」

だそうだ。

俺の知っている竜というのは、トカゲのちょっとでっかいバージョン程度であり、精々恐竜程度である。

俺を含め、人間も頑張れば倒せてしまう。

そんな、生き物のはず。

それが一夜で更地!?

……一先ず、明日グリフォン様に相談するか。