軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百九十三話 国際外交Ⅰ

「ふむ……」

ギルベッド王は目の前の、イアル・クラウディウスを名乗る男を見下ろした。

ロサイス王から派遣された使節の代表者である。

ギルベッド王が集めた情報に依れば、元は平民出身。

しかしアルムス王と、当時ロサイス王の国で権勢を誇っていたリガル・ディベルとの王位継承争いの時、リガル・ディベルの陣営の結束に亀裂を入れて、アルムス王の王位継承に一役買った。

その後、ロサイス王の国が各国に外交的に包囲された時、ゾルディアス王と交渉して包囲網打破の切っ掛けを作った。

それを切っ掛けに出世、現在ではロサイス王の国の外交を一手に任されている。

内政に於けるライモンド・ロサイス、軍事に於けるバルトロ・ポンペイウスに並ぶ、ロサイス王の国の重臣中の重臣。

その男が良く回る舌を使い、自分を絆そうとしてきている。

一緒にゾルディアス王の国を攻めよう、と。

イアルという男の話を聞く限り、ギルベッド王の国には得しか無い。

ゾルディアス王の国に直接攻め込むのはロサイス王の国だけ。

ギルベッド王の国はゾルディアス王の国との交易を停止し、その周辺国に圧力を掛けてくれれば良い、と。

ゾルディアス王の国はロサイス王の国を警戒して軍を出せない。

その間、ギルベッド王の国はゾルディアス王の国の同盟国を侵略し放題。

実にお得な話だ。

だからこそ怪しい。

対ガリア同盟が締結され、アデルニア半島の主要四ヶ国……ギルベッド、ファルダーム、ドモルガル、ロサイス間の戦争が禁止されて二年、ロサイス王の国は周辺国を蚕食し続けている。

キリシア系南部諸国。

レザド、ネメスという南部の経済大国。

そしてゾルディアス王の国と同盟関係にあった西部諸国。

アルムス王の領土的野心は天井知らず。

あの欲深い王は更なる領土拡張を狙っている。

仮にロサイスとギルベッドが同盟を結んだとしよう。

そうして両国が領土を拡張して、ロサイスとギルベッドが国境を接したとする。

次のロサイス王の野心はどこに向くか。

考えるまでも無い。

―気に食わない―

ギルベッド王の腸は煮えくり返っていた。

何故、アデルニア半島一の大国の王である自国が、数年前まで取るに足らない小国だった国を恐れなければならないのか。

何故、大国である自国が対ガリア同盟などという、対等な条約を、数年前まで取るに足らない小国だった国と結んでいるのか。

何故、大国の王である己が自分の息子ほどの年齢にも達していないような……たかが数え年二十一の若造を恐れているのか。

兎に角、ロサイス王の国とアルムス王が気に食わない。

「悪いが、貴国の領土的野心に付き合う暇は無い」

「そうはおっしゃらず……ギルベッド王 陛下(・・) 。……実はアルムス王 様(・) から、陛下に贈り物がございます。ぜひお受け取り頂きたいのですが……」

「……贈り物?」

ギルベッド王は思わず耳を傾けた。

王から王へ無償で贈り物……貢物を渡す。

それは外交的には、国王が国王の臣下に下ることを意味する。

気軽にやって良いような行為ではない。

少なくともギルベッド王は絶対にやらない。

そんなことはプライドが許さない。

それに国内の豪族たちも、他国の王に頭を下げるような王に従うことは無い。

内政に於いても、外交に於いても下策と言える。

(……所詮、若造か)

利益を得るためなら、誇りなどどうでも良い。

いくらでも頭を下げるし、靴も舐める。

それは商人の考え方だ。

王の考え方では無い。

おそらくアルムス王自体は上策だと思い込んでいるのだろう。

しかし後々、アルムス王はツケを支払うことになるだろう。

「この場に運び込んでも宜しいでしょうか?」

「構わん」

ギルベッド王が許可を出すと、イアルは連れて来た使用人に命じて、宮殿の外に止めてあった馬車から大量の貢物を運び出す。

「こ、これは……」

思わずギルベッド王は息を飲んだ。

貢物と聞いて、精々奴隷や穀物程度だと考えていたのだ。

しかしアルムス王が自分に向けて贈ってきた貢物は……

宝石、絹、香辛料、香料、金細工、陶器、そして見たことも無い素晴らしい布……

想像以上の宝物だった。

呆然とするギルベッド王。

イアルは内心でほくそ笑みながら、一歩前に進み出る。

「陛下、私は私個人の考えとして、アルムス様と同盟を結ぶことをお勧めします」

イアルは宝物に圧倒されるギルベッド王に語り掛けた。

その揺らいだ、一瞬好意的に傾いた心に着け込むように……

「ギルベッド王陛下、陛下はアルムス様を脅威だとお考えに成られているかもしれません。しかしアルムス様の今までの勝利は天運に依る所が多い。アルムス様はギルベッド王陛下をとても恐れています。真の大国であるギルベッドに攻められれば、ロサイス王の国は一溜りも無いからです」

イアルは自分の主を貶し、ギルベッド王を持ち上げる。

「ギルベッド王の国はかつて、ゾルディアス王の国に煮え湯を飲まされました。世界各国はギルベッド王の国は南部征服に失敗したと思っております。それを払拭する良い機会だと思いませんか?」

南部征服の失敗は、ギルベッド王の国の内政と外交に大きな影響を及ぼしていた。

南部の小国に敗北した。

この事実は外交的にギルベッド王の国の国威を傷つけ、内政的には国内の豪族の離心を招いた。

今だに尾を引いているのだ。

(……まあ、精々利用してやろう)

「……良いだろう。ここまで懇願された上で断れば、私の器の広さが疑われる。同盟を受け入れようではないか」

この後、ギルベッド王の国は世界に向けてロサイス王の国への好意的な中立を宣言した。

そしてロサイス王の国と勢力圏に関する密約を結んだのである。

「ねえ、アルムス。あんなに貢物を渡して良かったの?」

「どういうことだ? ユリア」

「私、お父様に『王は簡単に頭を下げてはならない!! 何故なら頭を下げると国内の豪族に舐められるからだ!!』って教わったけど」

つまりユリアは俺の土下座外交に疑問があるわけか……

良いだろう。

「ユリア、俺の支持基盤は何だ?」

「……平民だよね?」

「そうだ。そして多くの平民にとって大切なのはその日の生活と国の富だ。見栄えなど、彼らからすればどうでも良い」

俺がいくらギルベッド王に貢物を渡そうと、平民は気にしない。

平民の頭の中には『贈り物を渡す』=『臣下に下る』という図式は存在しないからだ。

貢物がどうというのは、王族や豪族の間だけの、特殊な風習に過ぎない。

「それに大物豪族には大体説明を通してある。それ以外の中小の豪族の支持など、どうでも良いな」

豪族の顔色を疑うような、政治的に未熟な国と……

とっくに軍事的には中央集権化を成し遂げた我が国は違う。

「というわけだ」

「なるほど!!」

ユリアは納得してくれたようだ。

まあ、ユリアの懸念も少しは分かるけどね。それでも大した問題にはならない。我が国に於いては。

それに……

「ペルシスとの交渉次第では、ギルベッド王に頭を下げた事実は帳消しだ」

ペルシス帝国皇帝クセルクセスの元には、世界中から使節が毎日のように訪れる。

貢物を渡し、クセルクセスに対して忠誠を示して、その地位を認めて貰おうとしにくるのだ。

尤も、世界で最も文化的に進んでいるペルシス帝国に無いモノは無い。

だから世界中の蛮族がペルシス帝国に贈る物は、昔から奴隷と相場が決まっている。

奴隷なら使いようはあるからだ。

しかし、とある国から来た使節が持ってきた貢物は違った。

「絹のようだが、絹では無いな。……何の繊維だ?」

クセルクセスは贈られた織物を指で触る。

絹でも亜麻でも木綿でも無い。

不思議な……しかし、絹以上に美しく肌触りの良い布だ。

「この布はどの国だ?」

「アデルニア半島のロサイス王の国……だそうです」

ペルシス帝国の外務大臣は答えた。

世界の主要国やペルシスと深い関係にある国の名前は、全て記憶している外務大臣でも、アデルニア半島などというド田舎の、ロサイスなどという国は聞いたことが無い。

しかしクセルクセスは違った。

「なるほど、なるほど……良いだろう。一年後、謁見を受け入れてやる。使節に伝えろ」

「宜しいんですか!?」

外務大臣は驚きの声を上げる。

クセルクセスの元には毎年百を超える国の使節が訪れる。

その全てに謁見をしている暇など無いクセルクセスは、基本的に中小国に関しては外務大臣に全てを任せていた。

相手がそれなりの大国であっても、直接の謁見が許されるのは申請後から二、三年は掛かる。

それが一年後……

外務大臣が驚くのも無理はない。

「ただし、最初の一回はアルムス王自ら来い。そう伝えろ」

「アルムス王……まさか、ロサイスの王の名ですか!!」

外務大臣は目を見開いた。

自分も聞いたことがないような国の王の名を、皇帝が知っている。

あり得ないことだ。

「ポフェニアの対抗馬と成り得るか、この目で見極めてやろうじゃないか。さて……どういう面をしているか、楽しみだな」

クセルクセス帝は楽しそうに笑った。

片や、 西方(オクシデント) と 東方(オリエント) に跨る空前絶後の帝国の最盛期を現出させた皇帝。

片や、数百年後に 西方(オクシデント) と 東方(オリエント) に跨る空前絶後の帝国となる国の初代皇帝となる、今は田舎の小国の王。

その邂逅は必然か、偶然か……

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『この世界には歴史的に二つの皇帝が存在する。

一つは極東の天華を治める、緋帝国の天子を起源とする皇帝。

もう一つは 東方(オリエント) の大帝国、ペルシス帝国の 諸王の王(シャーハンシャー) を起源とする皇帝。

この両者の後継者以外が皇帝を名乗ることは許されない』

―ベニート・ユリウス・クロス・グナエウス―