軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百八十八話 第一次ゾルディアス戦争Ⅳ

「おい、遅いぞ」

「仕方が無いじゃないですか。昨日の雨の影響で川が増水していて、迂回するのに時間が掛かったんです」

ロズワードが肩を竦める。

千の軍をロンに預けて守りを任せ、ロズワードとグラムは九千の兵を率いてバルトロと合流した。

途中、雨の影響で川の水嵩が増し、普段は渡れるほどの川を迂回する羽目になるというトラブルが有ったが、半日遅れで無事に到着したのだ。

「現地で橋を造って渡れ」

「無茶苦茶言いますね……」

グラムは苦笑いを浮かべるが、バルトロは至極真面目である。

当たり前の話だが、そんなことが出来るのもやろうとするのもバルトロだけだ。

「ゾルディアス軍の様子はどうですか?」

「国境付近に留まってたのが動きだしている。明日の朝には会戦になるだろうさ。あちらも相当焦っているはずだしな」

ロンたちが攻め込んだ地域は昔からゾルディアス王の国と深い関係にあった。

穀物の自給率が低いゾルディアス王の国は、周辺の中小国から穀物を輸入していたのだ。

しかし友好国が次々とロサイス王の国に滅ぼされたり、併合された。

面目は丸潰れだ。

動く以外、選択肢は無い。

「まあ、三倍の兵力差でも工夫しだいじゃ勝てることはある。だが俺はそんな工夫を許すほど甘くは無い」

バルトロは不適に笑った。

バルトロの推測通り、両軍はエビル王の国の比較的広い平原で向かい合った。

ゾルディアス王の国との国境近く、丁度山と平地の境に位置する場所だ。

双方、川を挟んで向かい合っている。

「バルトロ将軍、死にたくなかったら大人しく軍を解散することをお勧めする」

「解散するのはあなたが先だ。これ以上、エビル王の国への狼藉は許さない」

「何が狼藉だ。侵略者め!!」

ゾルディアス王とバルトロの間を使者が往復する。

交渉……というより、実際はただの煽り合いだ。

双方、最初から譲る気は一切無いのだから。

「「進撃開始!!」」

バルトロとゾルディアス王が全軍に進軍命令を出すのはほぼ同時だった。

両軍は川のほぼ真ん中で激突する。

水嵩は足先から膝までの半分ほどしか無い。

行動は多少阻害されるが、大きな影響は無く、それに条件はどちらも同じである。

戦を重ね、戦慣れしたロサイス兵。

山岳地帯で鍛え抜かれた足腰を持つゾルディアス兵。

どちらも兵の質は同じ。

指示を出す司令官の能力は少なくとも戦術面に於いて……バルトロとゾルディアス王の実力に大きな差は無い。

戦闘、戦術どちらも差が無いとなると、戦略の優劣が戦況を大きく左右する。

即ち、兵の数。

兵数で優るロサイス軍がゾルディアス軍を徐々に追い込んでいく。

両翼がゆっくりと、蛇が獲物を締め付けるように閉じていく。

「……頃合いだな。撤退!!」

ゾルディアス王は全軍に撤退命令を出す。

ゾルディアス軍は一目散に逃走を始める。

「逃がすか!!」

バルトロは透かさず全軍に突撃命令を出す。

笛の音が空に響き、ロサイス軍が勢いづく。

しかしその動きは一瞬、止まってしまう。ゾルディアス軍の殿が踏み止まり、ロサイス軍の追撃を防いでいるのだ。

その間にゾルディアス軍は陣形もへったくれもないとで言うように、バラバラに逃げていく。

その様子を見て、ロサイス軍の千人隊長たちは笑った。

「何だ、あいつら!」

「何が勇猛だ、敵に背を向けて逃げ出す弱虫じゃないか」

「これならこんな慎重に戦う必要も無かったな!」

ロサイス軍全体の緊張の糸が緩む。

それでもロサイス軍は攻撃を緩めず、殿を撃破してゾルディアス軍の背中に喰らいつこうとする。

ロサイス軍の兵士、将軍の誰もが勝利を確信した。

唯一、バルトロを除いて。

「……おかしいな、あまりにも無様過ぎる」

名将か、そうでないかは撤退戦で分かる。

名将の撤退戦は隙が無く、下手に追撃すると逆に損害を被ることがある。

世間一般的にゾルディアス王の軍才への評価は高く、また決して愚者とは言えないエビル王を撃破した事でもその軍才は現れている。

バルトロ自身も、実際に戦った手ごたえから決して侮れる相手ではないことは分かった。

凡将ならば、最初に激突してからこれほど長く戦場を維持出来ない。

ゾルディアス王は兵力が少ないながらも、精一杯頑張ったのだ。

「 殿(しんがり) も強い……これほどまでに殿が戦うには、司令官への信頼が必要なはず」

ゾルディアス王は名将。

しかし目の前のゾルディアス王と、バルトロが見積もるゾルディアス王の能力が一致しない。

バルトロは思案に耽る。

ふと、バルトロの目に川の水面が映った。

川の水は戦闘に阻害が無いほど浅い。

……雨が降った後にも関わらず。

ロンたちは、大雨の所為で川を迂回する必要があったと語った。

……なら、この川の水量はおかしい。

バルトロの脳裏に一つの可能性は浮かぶ。

もし、それが正しいとしたら……

「全軍に命じる! 撤退だ!!」

「て、撤退ですか? し、しかし……」

「良いから早くしろ!!」

バルトロは伝令に怒鳴りつける。

伝令兵たちは訳も分からないまま、しかし命じられたままに全軍に撤退指示を伝えるために駆けまわる。

「殿も用意しなくて良い。一目散に背中を見せて走れ!!」

撤退の笛が鳴る。

今まで訓練では知っていたが、実戦で使われたことが一度として無かった笛の音。

緊急撤退命令。

撤退のための陣形も組まず、殿も用意せず、場合によっては武器を放りだしてでも逃げろという、緊急の撤退令。

兵士たちは困惑する。

今、勝っているというのに何故こんなに慌てて撤退しなくてはならないのか。

兵士たちは自身の耳を疑う。

しかし笛の音は変わらず鳴り続ける。

兵士たちは困惑しながらも、撤退を始める。

それは訓練の賜物であり、またバルトロを信頼しているからでもあり、彼ら自身もあまりの敵の無様さに心の奥底で疑問を抱いていたからであった。

何故かゾルディアス軍の兵士たちも、追撃をすることは無かった。

ロサイス軍の約三分の二が川から上がった時……

戦場に不思議な音が響く。

それは徐々に大きくなる。

バルトロは叫ぶ。

「走れ!! 高台に移動しろ!! 後ろの兵士たちは武器を捨てろ!!」

何が起こっているか分からない。

しかし良くないことが起こっている。

兵士たちの本能が警笛を鳴らす。

ロサイス軍は一目散に高台に移動する。

全軍の高台への移動が終わった直後……

戦場を鉄砲水が洗い流した。

「あいつらめ、自国が川の上流にあるのを良いことに川を堰止めていやがった……」

バルトロは冷や汗を拭いながら、震える手で酒を飲んだ。

酒が零れ落ち、バルトロの服を汚した。

「流石、バルトロ・ポンペイウスと言うべきか……」

ゾルディアス王は残念そうに呟いた。

あと、ほんの少しあればロサイス軍一万を洗い流せたのだ。

「恐ろしい相手だった。下手を打てば、堰を破壊するまでにこちらが包囲され、壊滅していたところだよ」

だからこそ、ここで倒せなかったことが悔やまれる。

「どうしますか? ゾルディアス王様。同じ策は二度と通用しませんよ?」

ゾルディアス王の側近が心配そうに尋ねる。

神はゾルディアス王に類まれなる軍才を与えたが、政治の才は与えなかった。

故にゾルディアス王の国の政治を全て司っているのは、この側近である。

尤も、戦時に於いては頼れる側近も役立たずだが。

「やはり、内に篭るしかあるまい。幸い我が国の国土は要塞の如く……地の利さえあれば確実に勝てる。相手が二万だろうが、三万だろうがな」

「しかし山に登って来ますかね?」

心配そうな側近に対して、ゾルディアス王は頷いた。

「来るさ。二万の軍勢を一か月も維持するのは流石のロサイスも大変だろうからな。我が国と違い、ロサイスは農業国。……となれば、兵士をいつまでも戦場に固定するわけにはいかないだろう。……ロサイス王は必ず腰を上げる」

「よく帰って来た、バルトロ」

俺は帰還したバルトロを労った。

今回のゾルディアス王の国との戦争は引き分けに終わった。

とはいえ、ゾルディアス軍の方も国の奥深くに帰って行ったので一時帰国させた。

自然休戦の形になっている。

「一先ず、二万の兵は解散する。……入れ替えるぞ」

今日まで一か月間、兵士たちは戦っていた。

しかし彼らは同時に農民でもある。

長期間、戦場に縛りつけていては農地が荒れる。

……信長みたいに常備軍が作れればいいのだが我が国に武士に相当する身分は無いし、常備軍は金が掛かる上に大軍を用意出来ない。

こればかりはどうしようもない。

まあ、俺は個人的に常備軍制よりも徴兵制の方が軍事制度としては優れていると考えている。

常備軍は常備している軍が敗北し、全滅すれば再編成に時間が掛かるが、徴兵制は人口が許す限りいくらでも再補充が出来るからだ。

戦争に必要なのは、常勝の軍では無い。

不敗の軍だ。

戦術的に九十九回負けても、戦略的に負けなければ百回目で勝てる。

「バルトロ、何か次の策はあるか?」

「……何とも言えません。やはり下りてくるのを待つしかないでしょう」

しかし次いつ下りてくれるか分からないからな……

やはり攻め込むか?

いや、短絡的な思考は良くないな。

そうだな……取り敢えず……

「アレクシオスを呼んでくれ。あいつの意見を聞こうじゃないか」

何か、バルトロとは違う視点の策を提示してくれるかもしれない。

「話は聞きましたよ、バルトロ将軍。危なかったですね」

「全くだ……あと一歩遅ければ全てが水に流されていた。二重の意味で」

バルトロはため息交じりにアレクシオスに語る。

そしてアレクシオスを見つめる。

「あの男は危険だ。……国内に攻め込むのは避けた方が良い」

「まあまあ、僕はまだ何も言って無いじゃないですか」

アレクシオスは爽やかな笑みを浮かべる。

そして俺に向き直った。

「報告書は読ませて頂きました。それに僕も僕なりに調べてみましたが……これを普通の戦争……陛下やバルトロ将軍が今まで対峙し、打ち倒してきた敵や国と同様に捉えていては、決定的な勝利を得られません」

ほう……面白いことを言うな。

じゃあこれは何だと?

「この戦は城攻めですよ。ゾルディアス王の国は複数の高い城壁に囲まれ、城内にいくつも罠を持つ、世界最強の要塞です。……ですから、」

アレクシオスは不適に笑った。

「周囲を囲み、情報と物資を断ち、四方八方から攻め寄せ、敵に心理的な圧力を加え、弱った所で一気に攻め込む……城攻めの王道策ならば、ゾルディアス王の国も一溜りも無いでしょう」