軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百八十話 蜘蛛の糸Ⅱ

「あんっ、ひゃぁ……」

「変な声を出すな」

「す、すみません。引っ張られるのは初めてで……」

俺はアリスの口から出る糸を棒に巻きつける。

すでに十メートルほどは巻いたか。

アリスは指先から……というか毛穴のような体に空いている隙間からならどこからでも糸を出せるらしい。

でも口や肛門からの方が出しやすいそうだ。

流石に肛門から引っ張るのはいろいろとあれなので、アリスの口から糸を採取している。

唾液で若干光ってるのが、卑猥である。

「あの……どれくらい採ります?」

「限界まで行きたいな。どれくらいまでなら出せる?」

「うーん、これくらいの布を一つ織るくらいの糸なら」

アリスは両手を大きく広げて見せた。

一日にそれだけの布が出来るだけの糸を出せるのか。

一人が出す分としては十分に多い。

しかし国の産業にするには全然足りないな。

まあ、アリス一人に依存するのもどうかと思うが。

「取り敢えず、限界まで糸を採取するぞ」

「……はい」

ちゅるちゅると糸がアリスの口から出る。

それを俺が巻き上げていく。

そして糸を引くたびにアリスがエロい声を上げる。

そしてその声を聞くたびに、嫉妬してなのか海苔巻きユリアとテトラが呻き声を上げ、その光景をフィオナがキョトンとした表情で眺める。

非常にシュールな光景であった。

「どうだ、エインズ。この布、お前ならいくらで売る?」

俺はアリスから採取した糸で織られた布をエインズに見せる。

エインズの目が見開かれる。

「こ、これは素晴らしいですね……何の繊維ですか?」

「秘密だ。で、いくらかな?」

エインズは布を触ったり、指で弾いたり、太陽に翳したりしながら答える。

「一見、絹のように見えますが……絹よりも丈夫ですね。光沢も美しい。それに加えて、絹糸よりも細く、軽い。私なら……」

エインズの提示した額は……

同じ重さの絹の一・五倍の価格だった。

アデルニア半島では絹は同じ重さの金と同じ価格で取引されている。と言えば、その価値の高さが分かるだろう。

「これ、量産できますか?」

「無理だ」

俺は首を横に振った。

脆い糸ならば、アリスはこれ以上の糸を作りだせる。しかし絹糸に対抗出来るほどの糸を作るには相当体力が必要なようで、一日に僅かな量しか生産できない。

それに作った後はぐったりと、二日は動けなくなってしまう。

流石に無理強いは出来ない。

「まあ、量産の目処が立ったら連絡しよう」

「……是非、私に取引させてください」

エインズは片目を瞑った。

それがウインクだと気付いたのは、エインズが退出した後だった。

「アリスの親父は蜘蛛になった人間なんだよな?」

「はい、そうです。『変化の加護』が暴走した結果、蜘蛛になってしまったそうです」

そしてその蜘蛛が女を犯し、その子供がアリス……

当たり前の話だが、沖縄のバカでかいジョロウグモでも人間の女性を強姦することは出来ない。

糸で拘束することなら、もしかしたら出来てしまうかもしれないが、やはり生殖器の大きさが合わない。

つまり蜘蛛化したアリスの親父は人間の女性を犯せるだけのサイズの生殖器を持っていたということであり、それに比例して体も相当の大きさがあったということになる。

最低でも一メートルは超える大きさの蜘蛛……

「『変化の加護』の能力が分からない以上、何とも言えないが……仮に『見たことが有る』or『この世に存在するモノ』にしか化けられないという制約があったら、実際にそれだけの大きさの巨大蜘蛛が存在することに成るわけだ」

蜘蛛の糸は、蚕の糸よりも丈夫で繊維として優れてる。

しかし産業化は非常に難しい。

というのも蜘蛛は肉食だから生餌が常に必要になり、草さえやれば育つ蚕とはコストが違う。

その上、群れを作らないので同じ場所に同居させれば共食いを始める。だからスペースが必要になる。

そして何より、蜘蛛から得られる糸の量は非常に少ない。

だから蜘蛛の糸は産業化されていない。

しかしだ。

アリスの父親サイズの巨大蜘蛛ならば、それなりの糸が確保出来る見込みがある。

「なあ、ユリア。お前の『看破の加護』でアリスを見ても『変化の加護』の内容は分からないんだよな?」

「そりゃ、直接加護を見ないとこれ意味ないからね」

ユリアは肩を竦めた。

うーん、仕方が無いなあ……

「ダメ元でグリフォン様に聞いてみるか」

「ふむ、貴様の考察は半分正しく半分間違っている」

グリフォン様は酒をグビグビ飲みながら、俺の質問に答えた。

流石グリフォン様、年の功だな。飛んで歩けるwikipediaだ。

「『変化の加護』で変異出来るのはその人間が見たことが有る生き物だけ、というのは正しい。しかし暴走の過程で複数の生き物が混ざることもあり得る」

成るほど……

例えば、鷹と獅子とか?

「面白い考察ではあるな。だが我は産まれた時よりこの姿である。まあ、我が父と母がそういう過程で生まれた可能性は否定しない。我は生まれてこの方、己以外の同種を見たことが無いからな」

グリフォン様、絶滅危惧種じゃないか。

大丈夫なのか?

「可愛い雌ライオンや雌の鷹が居たら連れてきますか?」

「余計なお世話である」

グリフォン様は肉を噛み契り、咀嚼する。

今は一人身のままが良いそうだ。

「食い物が減るからな。無理に増やす必要も無かろう」

まあ、確かにグリフォン様みたいな大食漢生物がそこら中を飛び回っていたら危ないな。

「そんなにデカい蜘蛛を見つけてどうするつもりだ?」

「糸を採取するんですよ」

実は俺には、繊維産業を我が国の主要産業にしようという密かな野望がある。

というのも、蒸留酒や紙ではどうにも外貨の取得が難しいからだ。

紙は簡単にコピーされてしまうから、長期間稼げない。

蒸留酒も産業としては悪くないが……産業が蒸留酒だけというのも弱い。

だからといってペルシス帝国のガラス細工や、キリシア人の職人のように金細工、陶器を作るだけの技術や資源もこの半島には無い。

唯一何とかなりそうなのが繊維産業だ。

しかし麻や亜麻は実用性は高いが、絹のように利益率は高いとは言えない。

出来れば蚕が欲しいが……どうせ輸出禁止にしているだろうしな。緋帝国は。

そもそも、緋帝国まで行って帰ってくるまでどれだけ時間が掛かるのやら。

もし、仮に蜘蛛の糸を産業化出来たら大きな利益を産む。

「ふむ……服なんぞ寒さを凌げれば良いと思うがな。まあ、応援はしておこう」

グリフォン様は興味なさそうに言った。

「というわけで、物知りのニコラオスに聞きたい。ゲルマニスに生息する巨大な蜘蛛を知らないか?」

俺はこっそりニコラオスを呼び出し、問いかけた。

ニコラオスは地学者だが、彼の知識は全般的に長けている。

もしかしたら知っているのではないか、という希望的観測である。

「ふむ……巨大な蜘蛛ですか。少々お待ち頂けますか? 明日までに家の図鑑を漁ってみます」

どうやら心当たりがあるような。

急かしはしない。調べてきてくれ。

翌日、ニコラオスは図鑑を持って宮殿にやって来た。

そして俺の目の前で巻物を広げる。

「陛下のおっしゃるような、人間と同じだけの大きさを持つ蜘蛛……というと、この蜘蛛以外有り得ませんな」

ニコラオスはイラスト付きのページを指さした。

これは……かなり古いキリシア語だな。えっと……蟻蜘蛛?

「ゲルマニス地方南東部に生息する蜘蛛ですな。特徴は蟻のように群れで行動し、巣を作ることです。大王蜘蛛と女王蜘蛛の二匹の番を頂点に、百を超える子蜘蛛がその二匹に従属するそうです。大王蜘蛛と女王蜘蛛は十歳ほどの子供と同じ大きさ、子蜘蛛は林檎ほどの大きさのようです。広大な範囲の森や林に蜘蛛の糸を張り巡らし、一つの巨大な巣に変えてしまう。餌は鹿や猪、場合によっては竜種すらも喰らってしまうとか。とはいえ、肉を主食にするのは大王蜘蛛と女王蜘蛛だけで、子蜘蛛は木の葉を腐らせ、茸を栽培してそれで食いつないでいるようですな。そもそも子蜘蛛は半年も持たないとか。天敵は火炎袋を持つ竜種…… 火竜(サラマンダー) 種のようです。もっとも、彼らの糸はその炎に対抗するために、燃えにくくなっても居るようですが」

こういうところは異世界だな。地球では考えられない不思議生物が居る。

マンモスやティラノサウルスモドキも居るしな。

農業するってのも凄いな。頭良過ぎだろ。

家畜化出来るだろうか?

生態を調べてみなければ分からないが、巣を作らせないようにして、産まれた蜘蛛を即捕獲。

限界まで糸を引きづり出すとか?

「なあ、家畜化って出来ると思う?」

するとニコラオスは体を乗り出した。

「なるほど、家畜化ですか。それは面白そうですな。今までそれに挑戦したという記録は有りません。やってみなければ分からないでしょう。しかし、竜の家畜化は一部で実用化されております。竜を飼い慣らせるなら、蜘蛛も不可能では無いかもしれません」

やってみなければ分からない……か。その通りだ。

しかし問題は原種をどうやって入手するかだな。

「なあ、ライモンド。落ち着いたら一度、外国に行ってくれないか?」

「……居るか分からない、居たとしても役に立つか分からない、どうやって捕まえられるかも分からない蜘蛛を探しに、私にゲルマニス地方に行けとおっしゃいますか?」

「いや、違う違う、蜘蛛はあくまでオマケだ」

俺もそこまでバカでは無い。

そもそも。蜘蛛糸を産業化出来れば良いなあ……というのはあくまで希望であり、出来そうになかったら仕方が無いで諦めるつもりだ。

別に無くても、困ることは無い。

「ほら、我が国は海を得ただろ? そしてレザドも併合した。海外の国と国交……というか、交流を持った方が良いと思ってな」

具体的にはペルシス帝国。

この国と仲良く、平和的な関係を築きたい。

ポフェニアとの関係が悪化している今、ペルシス帝国との良好な関係の構築は急務だ。

それに……

「対ロゼル王国対策を考えて、ゲルマニス地方の諸勢力についてある程度知っておくことに損は無いと思わないか?」

「なるほど、確かにその通りです」

納得してくれたようだ。

「本当のところは俺が行きたいんだが、俺は国王だから難しい。イアルはアデルニア半島内部での外交関係の要だから、動かせない。そうなると頼れるのはお前しかいない」

一応、エインズ……という選択肢も浮かんだが、彼は商人である。

それにキリシア人だ。

補佐役としては適任かもしれないが、全権代理人としては不適当だ。

その点、ライモンドは身分的にも能力的にも不足は無い。

「一先ず、キリシア半島に向かい先進的な都市国家を見学しつつ、ペルシス帝国に挨拶。その後ゲルマニス地方やガリア北部のロゼル王国と敵対している部族と国交を結ぶ……という暫定的なプランを考えたんだが」

俺がそう提案すると、ライモンドは口元を綻ばせた。

「実はキリシア半島には昔、行ってみたいと思った時が有りまして。若い頃ですが……」

ライモンドが遠い、遠い目をする。

成るほど、彼にも夢と希望に満ち溢れていた青春時代が有ったわけだ。

「一生に一度くらいはアデルニア半島から出てみるのも悪くないかもしれませんね。分かりました。お引き受けしましょう。今ある仕事を片付け、キリシア商人たちと協議して外国に使者を送り……前準備を考えると、出発は一年後くらいにはなりますね」

ライモンドがいつになく乗り気だ。

キリシア半島は世界でも先進地域だからな。

アデルニア半島なんて、世界の果て、辺境だ。

行ってみたいという気持ちもあるのだろう。

「急な話で悪いな」

「いえいえ、構いません。それに私自身もあと二十年生きられるかと問われると、分からない年ですから。良い機会かもしれません」

ライモンドは先代国王の弟。

年は四十五。

ちょっと年を感じ始める年齢だ。

今のうちに……という気持ちがあるのかもしれないな。