軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百七話 エクウス戦Ⅰ

ロサイス王の国とエクウス族との国境はアルヴァ山脈と呼ばれるそこそこ高い山脈だ。

山脈より西がロサイス王の国、東側がエクウス族の国。

山脈は……相互利用、非武装。

つまり明確な国境線は存在しない。まあアデルニア半島では珍しいことではない。

レドゥス率いる三千の騎兵はアルヴァ山脈を越えていた。

ロサイス王の国からの返事は無い。つまり要求は拒否されたということだ。

基本的に騎馬民族は実力主義なところが大きい。つまりレドゥスがしたことは褒められたことではないが、ムツィオに勝ちさえすれば族長として認められるのだ。

何しろレドゥスの祖父……先エクウス王の父は主君である族長を殺して、その妻と娘と族長の地位を奪ったのだ。

強い者の味方。それがアルヴァ人の考え方だ。

混血が進み、ほとんどアルデニア人と同化しつつあるとはいえ、彼らは平たい顔族の子孫なのである。

それにレドゥスにはラケーラを手に入れるという個人的な望みもある。

別に今すぐ略奪婚をしてしまっても良いのだが……

婚約の羊代わりに前の夫の生首をくれてやった方が諦めも付くだろうというのがレドゥスの考えだ。

こう書くとレドゥスがさも鬼畜野郎のように聞こえてしまうが、割と標準的にアルヴァ人の考え方だ。

騎馬民族にとって、女と富は奪う物。

寝取り寝取られは日常茶飯事である。

アルヴァ山脈からロサイス王の国に行くには三つのルートがある。北から順にABCとしよう。

まずAルート。ここは道が険しく、一番遠回りなので普通は通ることは無い。

だが複雑に入り組んでいて、逃げたり隠れたりするには有効な道だ。ムツィオはここを通って逃げてきた。

次にBルート。一番最短距離の道である。そして地面の凹凸が一番小さい。

Bルートは商人がよく利用する。またロサイス王の国の使者が通るのもこの道だ。

だがこの道は横幅が狭いので、大軍の移動には向かない。

最後にCルート。現在レドゥスたちが進軍している道だ。

凹凸はそこそこ、距離は中間。だが道が広いので、行軍には向く。

エクウス族は荷馬車は使わない代わりに、羊を移動させる。歩く食糧だ。

あまり道が狭いと羊を歩かせられないので、Cルート以外進軍は出来ない。少数に分ければ別ではあるが……兵力の分散は愚の骨頂だ。

当然敵もそれは承知のはずである。

「おそらく敵はこの峡谷の出入り口のところで待ち構えているはずだ。平原で戦えば不利だからな」

レドゥスは隣を歩く祖父に言う。

レドゥスの祖父は大戦士長の一人。歴戦の武将だ。

「私もそう思います。族長。注意すべきは伏兵ですな。この地形、兵を伏すには絶好だ」

大戦士長は周囲を見渡す。

後ろを前を挟み撃ちにされれば如何に騎兵とはいえ、逃れられない。ここでは騎兵の機動力が活かしきれない。

「族長様、鷹からの報告です。ロサイス軍は道を阻むように陣を張っているようです。歩兵五千、騎兵三百です。騎兵対策の柵も多く見られるとのこと。伏兵は確認出来ません」

そうレドゥスに報告したのは晴れて呪術師筆頭となったリディア……ロゼル王国の間諜である。

リディアの真の主は麻里とロゼル王だが、レドゥスには勝ってもらわなければ包囲網は真の意味で完成しない。

故にリディアは全力でサポートしていた。

「なるほど……ありがとう。君には期待している」

「ありがとうございます」

リディアは内心でほくそ笑みながら一礼し、下がった。

その日、レドゥスは周囲を警戒しながらユルトを広げて兵士たちに休息を取らせた。

明日の決戦に備えるために……

「ムツィオ!! 出て来い!! 逃げ出した臆病者め。それとも怖くて出てこれないか? それでも騎馬の民か!!」

レドゥスがロサイス軍の陣に向かって叫ぶ。その後に続いてレドゥス軍の兵士たちも大声でロサイス軍やムツィオを挑発した。

あまりの徴発に堪りかねたのか、ムツィオが兵を引き連れて陣から出てくる。

「卑怯者はそちらだ!! 夜襲で寝込みを襲うとは。それでも騎馬の民か? 全く、兄として恥ずかしい。いくら自信が無かったからと言って、あんな手を使うとは。馬に細工をしたのもお前だろ。臆病者にも程がある!!」

ムツィオの言葉を支援するように、ムツィオの率いるエクウス騎兵やロサイス軍の歩兵が野次を飛ばす。

レドゥスに笑みを浮かべた。

「良いぞ? ならば一騎打ちしようじゃないか!!」

レドゥスはそう言って前に進み出る。兵を連れずに。

こうなるとムツィオも一騎打ちを受けないわけにいかなくなる。

この戦は勝てば良いのではない。ムツィオ自身の強さを見せつけなくてはならないのだ。

そうでないと、ロサイス軍の支援が無ければ無力だと舐められてしまう。

「どうする? 弓の勝負をするか。兄上」

「いや、お前の得意の剣で良い。俺が弓を使えばお前は確実に負けるからな」

余裕たっぷりで言うムツィオ。レドゥスは舌なめずりする。

「後悔しても知らんぞ!!」

二人は愛馬の腹を蹴り、一気に掛けだす。

剣と剣が激しく交差する。

両者とも鐙は付けていないので、体を支えているのは太腿の筋肉だ。

これで激しくぶつかり合っているのだから両者とも優れた戦士であることが伺える。

鉄と鉄が激しくぶつかり合う音が峡谷に響き渡る。

両軍、固唾を飲んでその勝負を見守る。

「やるな、兄上」

「お前こそ」

お互い、離れては近づき、弾き、離れる。

それを何度も何度も続ける。

「はあああ!!」

レドゥスの剣が強くムツィオの剣を打つ。

振動が剣を伝い、レドゥスの腕を強く揺さぶる。

「っち、どうやら一騎打ちは分が悪いな」

ムツィオがそう言って、背中を向けて走り出す。つまり逃走したのだ。

レドゥスの勝ちである。

「待て!! 騎馬の民の癖に背を向けるか!!」

レドゥスはムツィオを打つために駆けだす。そのレドゥスに続いて、エクウス騎兵三千も後を追う。

どんどん敵陣に近づいてくる。

レドゥスは少し悩んだ。

(このまま突撃すべきか……)

レドゥスは目の前の馬防柵を見る。

あまり高くない。いや、正確に言えばエクウス騎兵を止めるには低い。農耕民族の騎兵を止めるには十分に有効な高さだろう。

少し無理をすれば飛び越せそうである。当然、馬が柵に掛かり止まれば矢と槍が自分たちを襲うことは目に見えているが……

レドゥスは一度背後の兵を振り返る。

「おおおおお!!!!」

兵たちは真っ直ぐ付いてきてくれている。士気、気力十分。

ここは戦士たちと馬を信じるべきだ。

「行くぞ!!」

士気に任せてレドゥスは馬防柵に突撃する。力を込めて馬の首を上に上げる。

愛馬はレドゥスの意思をくみ取り、強く地面を蹴る。

馬防柵を飛び越して、レドゥスはロサイス軍の歩兵に斬りこんだ。

てっきり柵で止まる物だと油断していた歩兵たちは意図も簡単にレドゥスに斬られていく。

「囲め!! 囲んで殺っぐあ!」

百人隊長と思しき男の体から血が噴き出る。切り裂いたのは大戦士長だ。

「あまり突出なさるな」

「ありがとう。爺さん」

続々と勢いに任せて、レドゥス率いるエクウス騎兵が陣の中に侵入する。中には失敗する者も居るが、それは少数だ。やはりこの程度の馬防柵ではエクウス騎兵は防げないのである。

もはや立て直しは効かない。

ロサイス軍の歩兵も騎兵も陣を放棄して逃げ出す。

「何だ、大したことは無いな。行くぞ! 狙うはムツィオとロサイス王の首!」

レドゥスは声を張り上げて駆け出す。騎兵たちもレドゥスの後に付いていく。

次々と逃げるロサイス歩兵を斬り殺していく。

すでに勝敗は決した。

レドゥス軍の兵士たちは、勝利を確信してこれから略奪する財貨に思いを巡らす。

その中で、一人だけ浮かない顔をしている男が居た。

大戦士長だ。

(上手く行きすぎだ……)

敵にはムツィオという同じエクウス族が居るのだ。馬防柵の高さが足りないことくらい気付くはずだ。

それにあまりに敵の抵抗が少なすぎる。

そして旗。

これだけ負けているのだから旗を投げ出す兵士が居てもおかしくなのに、旗は一つも落ちていない。

「族長! 妙です。敵の撤退があまりに見事過ぎる。罠である可能性が高い! 一度戻りましょう」

「馬鹿を言え! この状況でどんな罠がある? 伏兵は居ないと呪術師から報告が有っただろ。見落とすほど少数であるならば、無視しても良い数のはずだ。この勝機を逃すわけにはいかない!」

もっともだ。

あくまでおかしいというのは大戦士長の勘に過ぎない。ただの思い違いの可能性の方が高いのだ。

ただの老人の勘で軍が動くわけにはいかない。

「そう言うならば……」

大戦士長は出来るだけレドゥスに近づく。何かあった時に守れるように。

そのまま陣を駆け抜ける。

あと少しで敵陣を抜けて、撤退中のロサイス軍本隊の背中に斬りかかれる。

そんな時だった。

「こ、これは!」

油の臭いが大戦士長の鼻孔を刺激した。

だがもう遅い。

先ほどまで逃げていたロサイス軍の軽歩兵やムツィオ率いるエクウス騎兵が方向転換。

火矢を放った。

火矢は地面にばら撒かれていた油に点火し、一気に燃え上がる。

「っち、小細工を!!」

レドゥスは馬を落ち着かせながら悪態をつく。

だがこの程度、何の問題も無い。

油を播いただけでは火計は成立しない。油はあっという間に燃えて無くなってしまうからである。

周囲には木材などない。

油の量も、撒かれていた地面に近づいてようやく分かるほどの量しか無い。

馬は火を怖がるため、火が起こっている場所は通れないが……

火が着いている地面は大した面積ではない。十分に周りこめる。

「ははは、馬鹿め!! この程度の火で騎兵を止められると思っ!?」

ドドーン!

レドゥスがそう叫ぶのと同時に、轟音が響き渡った。

地面が突然爆発したのだ。爆発は連鎖的に広がり、周囲は白煙に包まれる。

爆発そのものは大したものでは無く、運の悪い数騎が吹き飛んだだけで済んだ。

だが爆発による音と煙は馬の恐怖心に火を灯すには十分以上だった。

「うわあああ!!!」

レドゥスの愛馬が暴れだす。レドゥスは慌てて馬を抑え込む。

そして周囲を見渡す。

三割の騎兵は馬から落とされ、四割は暴れる馬にしがみ付くのに精一杯。

最後の三割はレドゥスのように何とか馬を抑えこめているだけだ。

そこへロサイス軍の重装歩兵と、騎兵が突撃する。

すでにエクウス騎兵の勢いは失われている。

「逃げろ、レドゥス!! このままでは討ち取られる。何とか私が時間を稼ぐ!!」

大戦士長が叫ぶ。敬語が失われているのは、大戦士長自身も混乱し、余裕が無いからである。

「っく、分かった!」

レドゥスはそう言って逃げ出そうとする。

だがそんなレドゥスの耳元を矢が掠める。

「おいおい、騎馬の民が背中を見せるなよ」

ムツィオが弓を構えて、そう言った。