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(短編)懺悔室バイト初日に皇帝陛下が懺悔にきました

作者: 棚本いこま

本文

「なあリーニャ、うちで一週間ほどバイトしねえか?」

と、顔なじみの神官様が放った一言がきっかけだった。

「お店のお手伝いがあるので」と断ろうとしたが、父母に「うちのことならいいから神官様のお手伝いしておいで!」と送り出されてしまった。

パン屋を営むうちの父母、コール夫妻は、この若干お口の悪い神官様を大変に尊敬している。何かとお世話になっていることもあるし、うちの常連客でもある。何より、孤児だった私がコール夫妻に引き取られたのは、この神官様の手引きだ。

下町の小さな教会に向かいつつ、今回のバイトについて神官様が話し始める。

「リーニャ。俺は金儲けがしたいんだ」

「口を慎みましょう神官様」

神官様が堂々と言ってはいけない言葉ランキング第1位は「神は死んだ」、第2位が「金儲けしたい」である。

「うちの教会がボロいの知ってんだろ。雨漏りが酷くなってきたから修理したいんだが、金がない。そこで寄付金を集める企画を思いついた」

教会に着いた。神官様は私を中に通し、小さな部屋の扉を顎で示す。

「題して『シスターの 懺悔室(ざんげしつ) 』だ」

「はあ……」

「懺悔室は前からあるんだが、使ったことがなくてな。せっかく部屋があるわけだからこれを使って寄付金を集めようと思ったんだが、如何せん、俺も忙しい身でな。というわけでリーニャ、お前には懺悔室で話を聞くシスターになってほしい」

「私、シスターの修行的なものをしたことないんですが」

「神官の俺が任命すれば今日からお前もシスターだ。お前はただ椅子に座って、やって来た人間の懺悔を聞くだけ。簡単なバイトだろ。どうだ。やるか?」

「まあ、時給が出るなら……」

「よし。勤務は明日の朝からだ。それまでに懺悔室は整えておく」

というわけで、私は 俄(にわ) かシスターとなって懺悔室でバイトをすることになったのだった。

懺悔室バイト1日目。

この教会はあまり人が来ない。今は神官様も出掛けており、とても静かである。

初めて着るシスター服で席に座り、果たして来るのか分からない来訪者を待つ。バイト初日で緊張するが、神官様の言った通り、座って話を聞くだけだ。気楽に行こう。

と、懺悔室の扉がノックされた。

記念すべき初めてのお客様である。

「来た……」

懺悔室はとても小さな部屋で、来訪者側とシスター側は組木の 衝立(ついたて) で仕切られており、お互いの姿は見えない 体(てい) になっている。

なお、「見えない体」というのも、実はこの衝立、あちら側からだと私の姿は見えないが、こちら側からは組木の隙間から、相手の姿がそれなりに見えるようになっているのだ。

神官様曰く、「懺悔する側は話を聞く相手の姿が見えない方が気楽だし、聞く側はもしかしたら殺人鬼が懺悔に来るかもしれないんだから、相手の姿が見えたほうが安心するだろ」とのことだ。

というわけで、相手からこちらの姿は見えないと分かっているけれど、なんとなく居住まいを正して、「どうぞ」と入室を促す。

「……こんにちは」

本日の来訪者第一号は若い青年のようだ。

衝立越しに相手の姿を見て、息を呑んだ。

え。

皇帝陛下?

下々の身である私は、皇帝陛下を直接見たことはないが、その特徴くらいは耳にしたことがある。

冷たい刃の色を思わせる銀髪。

地獄の業火を思わせる赤い瞳。

一目で誰もが心奪われる美貌。

上記の三拍子が揃った青年が目の前にいるわけだけど、なぜ下町の教会に皇帝陛下が来るんだ。ただ同じ特徴なだけの一般市民だと思いたいが、この国で銀髪は王家の人間にしかいない珍しい髪色だし、赤い瞳は現皇帝以外には聞かないさらに珍しいものだし、一般市民説は儚く消えた。

なお、噂されるほどのその美貌に関しては、申し訳ないのだけれど、「バイト初日の初接客の相手が皇帝」という重圧の方が勝ってしまって、心奪われる余裕がない。もっと冷静な時に鑑賞させてほしかった。

「……あの、こういうところ初めてで。普通に話し始めたらいいのでしょうか?」

「えっ!? あ、はい、どうぞ!」

私が呆けて何も言わないものだから気を遣わせてしまった。あろうことか皇帝陛下に気を遣わせてしまった。いけないいけない。彼は今、皇帝という身分を抜きに、一個人として懺悔しに来ているのだ。こちらも懺悔室の俄かシスターとして、立派に職務を全うせねば。

「神は全てをお許しになります。安心して、あなたがお抱えになった罪をお話しください」

マニュアル通りの台詞を口にしつつ、自分に言い聞かせる。相手は通りすがりに懺悔室に来た一般人、迷える子羊、ただの一般人。よし!

「俺を裏切った者を一族ごと殺したことがあります」

待って。

重い。

懺悔室バイト初日に聞く懺悔じゃない。

しかもそれ、知ってる……。確か6年くらい前、まだ即位する前だから彼が皇帝ではなく第三皇子だった頃、当時16歳の彼は、彼の派閥に反乱を起こそうとした臣下を惨殺、その一族も速やかに処刑した。そんな現皇帝の異名は、はい、「血染めの皇帝」です。

帰りたい……。

いけない、予想外にヘビーな懺悔内容に白目を剥いてしまっていた。あちら側からこちらの姿が見えなくて本当に良かった。気力を振り絞り、膝の上に置いてある「懺悔室マニュアル」の紙に目を走らせる。

マニュアルその1、懺悔者が一通り話終えるまで、真摯に耳を傾けること。

真摯に。真摯に耳を傾けなければ。

「俺は多くの部下を指揮する立場にいまして。裏切り者には厳罰を、それがこの国の方針です。裏切った部下は見せしめのため、惨い殺し方をして晒しました。その一族を根絶やしにしたのも、残せば必ず復讐を考える者が出て、無益な争いの火種になるからです」

あのね神官様、私、懺悔室バイトを引き受けた時は、もっと軽い懺悔が来るんだと思ってたんだ。

「ママの大切な花瓶割っちゃったの」とか、「弟のプリンを食べたの」とかそういう、ほのぼのした感じ、重くて「不倫してます」とか、そういうのが来ると思ってたんだ。

まさか帝国の権力争いで奸臣惨殺の話が来るとは思ってなかったんだ。

時給、上げろ?

「シスター。多くの命を奪った俺の行いを、神は許すでしょうか」

血染めの皇帝は、その所以となった殺戮に心を痛めているようだった。それは、驚くようなことではない。人を殺すのが大好きだから殺し回ったという人間が皇帝だったら、今頃この国はこんなに平和じゃない。かつては方々の領地で争いの絶えなかったこの国が、現在のほほんと穏やかなのは、彼が皇帝の座に就いてからだ。

「陛……、ん、んん、あなたの行いを、神は咎めません」

マニュアルその2、懺悔者を全肯定すること。

「裏切り者には厳罰を、その方針は国民すべてが知っている帝国の方針です。指揮する立場の人間がその方針を蔑ろにすれば、部下に対する求心力は失われ、その組織は瓦解するでしょう。また、裏切った本人のみならず、その一族も処したことは、確かに非情な判断ではあります。ですが、無益な争いを生まないためというその理由の、どこに非情がありましょう」

全肯定するぞという職務の気持ちと、平和を作った彼の所業を断罪する気にはなれないという個人的な気持ちで以て、滔々とそれっぽいことを並べたてたら、衝立の向こうの皇帝陛下は目を見開いて、茫然としていた。

やばい。なんかまずいことを言ってしまったかもしれない。

皇帝陛下を相手に一介のシスターが生意気な口を利いたと気分を害したかもしれない。

ハラハラしていると、やがて皇帝陛下の口元に微かな笑みが浮かんだ。

「優しいんですね、シスター」

心なしか、話し始めに比べて明るい声であり、懺悔室に入って来た時に比べて顔色もよかった。話して元気になったのかもしれない。うん。溜め込むのはよくない。

「いえいえ、私は神の御心を伝えているまでです」

マニュアルその3、さりげなく寄付を勧めること。

マニュアル3だけ赤いインクで下線が引かれて強調されており、さりげなくという指示が全くさりげなくなかった。

「では、あの、よろしければ寄付を……」

しがないバイトの身である私は、商魂たくましいバイト長(神官)のマニュアルに従うしかないので、さりげなく寄付を勧めようとした。が、言い切る前に、じゃりんと音を立てて寄付箱の上に巾着が置かれた。

じゃ、じゃりん?

え、何、今の重そうな音……。

「シスター、ありがとうございました」

「あ、いえいえ、またのお越……」

言いかけて、懺悔室で「またのお越しを」は変だし、そもそも皇帝陛下に再びお越しいただきたくはないので、慌てて「お気をつけて」に言い直した。

皇帝陛下が教会から去ったことを確認してから、恐る恐る巾着の中身を確認する。金貨が惜しげなく詰まっていた。

「ひえ……」

見たことのない大金に怯えながら、巾着の中身を寄付箱に移す。皇帝陛下のポケットマネー、恐るべしだ。

バイト初日の初接客が皇帝陛下でしかも内容が重いというハードワークに神様が憐憫を垂れたのか、以降、懺悔室に人は来ず、座っているだけで楽に勤務時間が終了した。結局、本日の来訪者は皇帝陛下だけである。

「おつかれー。今日の売り上……寄付はどんな感じだった?」

うっかり売り上げとか言っちゃっている神官様がわくわくと寄付箱を覗き、「え、すげえ」と歓声を上げた。

「寄付金すげえ集まってるじゃん。客いっぱい来たのか?」

いいえ皇帝陛下おひとりです、とは言えず、曖昧な笑みを返した。

翌日。懺悔室バイト2日目。

昨日の今日で皇帝陛下は来るまい。今日こそは、「ママの大切な花瓶を割っちゃったの」とか、「弟のプリンを食べたの」とかそういう感じのほのぼの懺悔、一番重くて「親友の彼女を寝取りました」という下種野郎の懺悔が来るはずだ。断じて「裏切った臣下を一族郎党もろとも血祭りに上げた」などという懺悔は、もう来るまい。

と、懺悔室の扉がノックされた。相手からこちらの姿は見えないわけだけど、やっぱり居住まいを正して、「どうぞ」と入室を促す。

「こんにちは」

聞き覚えのあるというか昨日聞きたての声で挨拶をして、銀髪赤眼美貌の青年が席に着いた。

うん。

昨日の今日で皇帝陛下が来ちゃったよ。

重圧で白目を剥きそうになるのを何とか堪え、マニュアル通りの台詞を口にする。

「神は全てをお許しになります。安心して、あなたがお抱えになった罪をお話しください」

「兄と兄と姉を殺したことがあります」

うん……。

知ってるー……。

皇帝陛下は第三皇子だったころ、十代の少年とは思えない迅速な行動、的確な指揮、冷酷な判断で以て、皇族同士の争いを制した。皇帝の嫡子同士による血で血を洗う権力争いの中、第一皇子を殺し、第二皇子を殺し、第一皇女を殺し、玉座を手にした。そんな現皇帝の異名は、はい、「血染めの皇帝」です。

「俺はその……今、それなりに高い地位にいるのですが。家族間で殺し合った果てに、家督を継ぎました。跡目争いの激しい家だったもので」

「そ、それは、大変でしたね……」

マニュアル1だ。真摯に。真摯に話を聞くんだ。

「兄たちと姉とはかなり年が離れていまして。最初は、辺境の領地を宛がわれた、しかも子供の俺なんか眼中になかったようで、兄たち3人で争っていたのですが、色々あって目を付けられて。結託して俺を殺しにかかる動きを見せたので、 殺(や) られる前に 殺(や) りました」

「そ、そ、そうですか……」

帝国の跡目争いの激しさは有名だ。なぜならその方針は「生き残った者が皇帝の座を継ぐ」である。生き残った者て。皇子皇女同士の殺し合いが前提という恐るべき一族なのである。

「シスター。血の繋がった家族を殺した俺を、神は許すでしょうか」

衝立越しに見る皇帝陛下の表情は、争いに勝利した喜びなど一切見えない暗いものだった。マニュアル2がなくとも肯定して励ましたくなるほどに。

「ええ、もちろん、神はあなたをお許しになりますとも。趣味嗜好で殺戮に走るような下種野郎なら救いはありませんが、あなたはそうではないのですから。殺されるかもしれない苛烈な環境で、殺られる前に殺る選択を取ったあなたを責める権利が誰にありましょう」

「……シスターも俺を責めませんか?」

「はい。むしろ子供相手に3人がかりで攻めてきた相手を返り討ちにした気概と手腕を褒めたい気分ですね」

うっかりシスターキャラを忘れてほぼ地で答えてしまった。皇帝陛下に向かって「褒めたい」など不敬にもほどがある。言ってしまってから後悔したが、彼は気分を害すでもなく、くすくすと笑っていた。

「それは恐縮です」

「あ、いえ、その、そう神が言っておられたので、はい」

とりあえず発言の責任を神様に丸投げする俄かシスターの私に、皇帝陛下は「シスター、本日もありがとうございました」と礼を言って席を立つ。そして、またしても寄付箱の上に、じゃりんと重そうな音のする巾着を置かれた。

「お、お、お気をつけて……」

皇帝陛下が部屋を出るのを確認してから、「はああああ終わったああああ……」と深い溜め息をついた。

そして今日もやっぱり懺悔室は閑古鳥だったわけだけど、そんなことを知らない神官様は寄付箱の大金を見て「今日も盛況だったんだなあ」と喜んでいた。

翌日。懺悔室バイト3日目。

まさか3日連続で皇帝陛下は来るまい。

とは思いつつ気が重かった。「血染めの皇帝」の逸話はたくさんある。懺悔に事欠かないお人なのである。

しかし、2回の対面(衝立越しではあるが)で皇帝陛下への印象がかなり変わったなあと、しみじみ思う。数多くの血染めエピソードにより抱いていた「冷血な人間」という認識を正す必要がある。

皇室の流儀に則って非情な手段を取ることに躊躇しない、その果断さは尋常ならざるものだけれど、自分の行いに懺悔の念を抱くその心は、人並みの心だ。皇帝陛下は皇帝陛下という生物なのではなく、普通に人類、二十歳そこそこの青年なのである。

と、懺悔室の扉がノックされた。すわ皇帝陛下のご到着か、と身構え、緊張した声で「どどどどうぞ」と入室を促す。

「あの、ええと、こんにちは!」

やってきたのは、幼い少年だった。少年は物珍しそうにきょろきょろしている。

「こ、こんにちは。席にどうぞ」

肩透かしを食らった気分だが、何もここは皇帝陛下専用の懺悔室ではない。そう、町の少年が来ることだってあるのだ。というか来てくれないと困る。着席を促すと、少年は緊張の面持ちで椅子に乗り、「あのね、ぼく……」と口を開いた。

「ママの大切な花瓶を割っちゃったの」

「……!」

これだよ。

こういうのだよ。

こういう懺悔を待っていたんだよ!

「でも、怒られたくなくて、黙ってるの。ママは猫のせいだと思ってるけど、ほんとはぼくが真犯人なんだ……」

「……っ、う、ふうう……っ」

ついにやってきた平和な懺悔に涙腺崩壊、衝立越しに嗚咽が聞こえたらしく、少年が「えっ」と驚いた。

「や、やっぱり、シスターが泣いちゃうくらい、すごく悪いことだよね? 神様も許してくれないよね?」

狼狽える少年に、私は力強く「いいえ!」と言った。

「悪いことをして、悪いことをしたと思う、その正直な心根を神様はちゃんと見ています。罪悪感に向き合い、懺悔をしにきたあなたを、神様はお許しになりますよ」

「ほ、ほんと?」

「はい。シスターは嘘をつきません」

「あの……ぼく、どうしたらいいかな? やっぱりほんとのこと、言わないとだよね?」

「猫を犯人にしたまま怒られずに過ごすのもあなたの自由、名乗りを上げ心苦しさから解放されるのもあなたの自由です。ただ、シスターの個人的見解としては、ママに正直に話して謝罪した方が無難です」

「ぶなん」

「数ある選択肢の中でまあまあ後悔が少ない方という意味です」

「へえ……! シスター、ぼく、ぶなんに謝ってくるよ!」

「勇気ある選択です。いってらっしゃい」

ぴょんと椅子を飛び降りる可愛らしい背中を見送る。と、少年が慌てて引き返して来た。

「これね、えっとね、きふ」

少年は握りしめた硬貨を寄付箱に落とした。ことん、と平和な音が鳴る。決して、じゃりん、ではない。そして少年は「ばいばい!」と言って、懺悔室を去って行った。

「……ええ子やあ……」

涙を拭い、そっと寄付箱を見る。銅貨が一枚。最高だ。

本日の懺悔室はなかなか盛況で、その後もひっきりなしに人が来た。

「弟のおやつのプリンを食べてしまいました」

「妻帯者ですが隣の奥さんと不倫をしています」

「本当は犬派なのに恋人の趣味に合わせて猫派だと嘘をついています」

「明日のプリンを弟さんに譲りましょう」

「今すぐ隣の奥さんと縁を切って妻に土下座をしましょう拳も甘んじて受けるように」

「犬も猫も同じ食肉目ですから次から食肉目派だと言えばあなたも恋人も傷つかないでしょう」

ああ……。

ごく一般的な町の人々が懺悔に来る……。

血祭りに上げた系ではない平和な懺悔をしに……。

充実の勤務を終え、感動の涙を流している私を見て、神官様がぎょっとした。

「え、な、なんで泣いてるんだ?」

「う、うう……」

神官様は私の手にした寄付箱をそっと見て、「ああ……」と納得の表情を浮かべ、励ますように言った。

「気にすんなよ。客が来ない時もある。一昨日と昨日が繁盛しすぎだったんだ。落ち込むな」

いえ、今日が一番、盛況でした。

懺悔室バイト4日目。

今日も一日がんばるぞという前向きな気持ちで着席すると、早くも扉がノックされた。やる気に満ちた声で「どうぞ!」と入室を促す。

さあ来い。プリン問題でも不倫問題でも、どんと来いだ。

「こんにちは」

聞き覚えのある声で挨拶をして、銀髪赤眼美貌の青年が席に着いた。

うん。

くじけるものか。

「こ、こん、こんにちは……」

今日はどんな血染めエピソードだろうかと怯えつつ、いつものマニュアル台詞を言おうとすると、先に「今日は懺悔ではないんです」と言われた。

「えっ?」

「その、懺悔ではなく……恋の相談をしたくて」

「こい」

え、恋? 恋の相談?

まさかの恋バナに驚きを隠せない。臣下一族皆殺し、家族殺し、そして恋バナ。話題の振れ幅が大き過ぎやしないか。

毎度こちらを驚愕させている自覚がないであろう皇帝陛下は、私が黙りこくってしまったので、しゅんと悲し気な表情になって、「やっぱり駄目ですよね?」と言った。しょんぼりされると胸が痛むものがある。

「あ、う、い、いえ、せっかくお越しいただいたので、どうぞ……」

お得意様(?)でもある皇帝陛下を追い返すわけにもいくまい。それに、皇帝陛下の恋バナ。普通に気になる。促すと、彼は「ありがとうございます」と微笑みを浮かべた。

「最近、ある女性を好きになりまして。面と向かってお話をしたことはないのですが、その方はとても優しい方なんです」

「ふんふん」

「思いを告げたいのですが、告げていいものか悩んでいます。俺の立場で求婚すれば、彼女はたとえ嫌でも断ることができないでしょうから」

「身分の差があり、あなたがかなり上の立場、ということですね」

お城で働くメイドさんに恋をした、とかだろうか。皇帝とメイドの恋。なんだなんだ。ものすごくドラマティックじゃないか。個人的には皇帝陛下にはぜひ、ぐいぐい行って欲しいものだけど、相手のメイドさんの立場で考えるとそうもいかない。

皇帝陛下に望まれて、それを断るという度胸のある庶民は、というか貴族も含めて、誰もいない。相手が「血染めの皇帝」ならなおさらだ。もしもそのメイドさんに、将来を誓い合った幼馴染だとか、絶賛お付き合い中の恋人がいたりしたら、確実に悲恋が始まってしまう。

「こちらは一方的に相手の人生を決められる。だからこそ強制してしまうようなことは、なるべく避けたい。だって、たとえ手に入れても、嫌われているのでは悲しいですから。できれば相手も望む形で結ばれたい」

圧倒的に優位な立場であることを自覚した上で、相手の意思を尊重する姿勢は見上げたものだ。さすが帝国を治めているだけのことはある。

「彼女の意向に関係なく俺のものにするのは最終手段です」

あ、最終的には強制も辞さないんだ……。

「シスターはどう思われますか」

「そ、そうですね……。陛……ん、んん、あなたの懸念はもっともです。力のある側が求婚した場合、相手に退路はないわけですからね。慎重にもなりましょう。ただ、これは相手があなたを嫌っていた、もしくはすでに心を決めた人がいた場合の話です」

そのパターン前提で考えていたが、そうじゃないパターンだってある。というか、そうじゃない可能性の方が、かなりある。

皇帝陛下に好きだと言われて全く揺らがない女性は、まあ、いないと思う。帝国で一番の権力者である。お金持ちなのである。容姿もこの通り美青年である。

初回遭遇が懺悔室バイト初日だったせいで、皇帝陛下と対峙しても「心臓に悪い時間が始まる」としか思えなくなってしまった私と違って、帝国のほとんどの女性は、彼と向かい合えば見惚れてしまうだろう。さらに好きだと言われてしまえば、恋に落ちること必定である。

「相手があなたに好意を抱いている場合だって、当然あるでしょう。好意を抱いていないにしても、これから好きになる可能性もあるわけです。要は相手を落とせばいいのです。もちろん、相手に想い人や婚約者がいない前提ですが。で、意中の相手を恋に落としてから、然る後に求婚。これが双方にとって最も幸せな道です。性急に好きだと言ってしまう前に、まずは良好な関係を築くところから始めるのが無難ではないでしょうか」

「なるほど……」

皇帝陛下は感銘を受けたようで、深く頷いていた。

「速やかに手に入れたいあまり、求婚するかしないかの二択で悩んでいました。そうですよね。世の中には順序というものがありますよね」

「はい。順序良くいきましょう。ただ……」

「ただ?」

「めでたく双方合意のもとに結ばれたとしても、身分差がある限り、お相手の女性は苦労されると思います。平民からの成り上がり婚ですからね」

皇帝陛下と相思相愛になったメイドさん。しかし彼女は平民出ということで、貴族の皆さんから中傷されるのだ。「この平民風情が!」「ドジっ子メイドめ!」と……。

「がんばれドジっ子メイド……」

「ドジっ子メイド……?」

うっかり心の声を出してしまったようで、皇帝陛下が首を傾げる。慌てて「ただのくしゃみです」と誤魔化し、話を続ける。

「あなたの隣を狙っていたであろう、やんごとなき身分の女性たちは確実に彼女を貶すでしょうし、あなたの部下たちの中にも、快く思わない者が出てくることでしょう。そもそも、結婚自体を反対されるかもしれません」

私的には、求婚するしない問題よりも、こちらの周囲の反応問題の方が大変だろうと睨んでいたのだが、皇帝陛下はあっさりと「そこは心配いりません」と言った。

「彼女に害を為す連中も邪魔をする連中も、全て消すから問題ないです」

微笑んではいるけれど言っていることが怖い。微笑んで言っていることが怖い。

そんな皇帝陛下の異名は、はい、「血染めの皇帝」です。

「あの、なるべく穏便な方向でいきましょうね……?」

「俺は人心操作にも政治的な駆け引きにも定評があるので安心してください。処刑は最終手段です」

うん、最終的には処刑も辞さないんだ……。

「というわけで、差し当たり一番の課題は彼女の心を掴めるか、ですね」

「そ、そうですね。穏便に。穏便にいきましょうね」

「では、彼女の心を掴むに当たり、ぜひシスターの意見を聞きたいです。一般的な女性の気持ちを正確に把握したいので、正直にお答えください」

「ええと、はい」

皇帝陛下がさっと紙とペンを取り出した。メモの用意が早い。私の意見が一般女性の総意として皇帝陛下にお届けされるという責任重大なインタビューが始まってしまった。

「好きな食べ物は?」

「リンゴ……です」

「嫌いな食べ物は?」

「焼きリンゴです……」

「好きな色は?」

「水色……」

「叶えたい夢は?」

「えーと……白くてふわふわの小型犬を飼う、でしょうか……」

「現皇帝をどう思われますか?」

「ぐっ……、えっ、ええーと、はい、大変よく国を治められ、立派な方だと思っております、よ?」

「ありがとうございます。以上です」

よかった。割と短いインタビューだった。しかし最後のは心臓に悪かった。ご本人の前で何を答えろと言うのか。

「今日は大変参考になりました。直接シスターに相談に来てよかったです」

「いいえ、お力になれたのであれば何よりです」

満足そうな皇帝陛下の様子に安堵する。

ああ、今日も私は懺悔室バイトをやり切った。全く懺悔ではなかったけれど。

「では、シスター。ありがとうございました」

「はい。お気をつけて」

そして恒例、金貨の巾着がじゃりんと置かれ、皇帝陛下は去っていった。

きっとこれから意中のメイドさんと仲良くなる計画でも立てるのであろう。基本姿勢が「目的のためには手段を選ばない」である皇帝陛下に、これから求愛されるであろうメイドさんの波乱の日々を思って、「がんばるんだぞ」と心の中で声援を送った。

以降、皇帝陛下は懺悔室に現れず、私は残りの勤務日を平穏に過ごしたのだった。

それは懺悔室バイトを終えた、一か月後のこと。

朝早く、玄関をノックする音がした。本日、うちのパン屋はお休みなので、父母は休日の遅寝を謳歌しているところだ。私が出よう。

寝間着にガウンの姿で玄関を出ると、誰もいなかった。空耳だったのだろうかと首を傾げて、足元にリンゴが落ちていることに気が付いた。

なぜこんなところにリンゴが……。

しかも真っ赤でつやつやしていて非常に美味しそうなリンゴが……。

断じて今日の朝食に加えようと思ったわけではなく、あくまで怪しいので拾い上げたわけだけど、ふと目の前を見ると、リンゴが2メートルくらいの間隔で、点々と道に落ちていた。

誰がこんなことをしたのか分からないが、リンゴを道に放置するとは何事か。まだ早朝で人通りがないからいいものを、誰かが踏んづけて転んでは大変じゃないか。

断じて全て持ち帰って自分のものにしようこれならしばらくはリンゴに事欠かないぜという私利私欲ではなく、これから現れるであろう通行人の皆さんのために、家から籠を持ってきてせっせとリンゴを回収していくと。

目の前に、白くてふわふわな小型犬がおすわりをしていた。こちらを見上げて尻尾を振っている。

「ええー……可愛……ええー……」

首に水色のリボンつけているから、野良ではないだろう。迷子犬だろうか。

リンゴの詰まった籠を足元に置き、いざ撫でん、と手を伸ばしたところで。

目の前が真っ暗になった。

「え、ちょ、え?」

なんか麻袋的なものを被せられたようで、何も見えないまま狼狽えているうちに、ふんわりと抱き上げられ、せっせと運ばれていく。

リンゴで誘き寄せ、子犬で足止め、からの拉致。

なんと手の込んだ誘拐なのか。

「あの私しがないパン屋の娘ですので身代金とか要求されてもたぶん消費税分くらいしか払えないというか」

誘拐犯の目的地はすぐそこだったようで、説得を試みる間もなく、すぐにふかふかとした場所に降ろされ、麻袋が取られた。

「こんにちは」

目の前に座っているのは、人生で計4度目の対面、衝立なしでは初の対面となる、銀髪赤眼美貌の青年。

え。

皇帝陛下?

「……あの、ここは……?」

「馬車です」

「なんか、すでに移動しているようなんですが……?」

「城に向かっています」

「ええと……初めまし、て……?」

「はい、初めまして。シルヴィス・ハイドラと申します」

さすがにパン屋の娘でも現皇帝のお名前くらいは知っている。

というわけで、最後の最後まで捨てていなかった「もしかしたら目の前の青年は皇帝陛下の特徴を備えただけの一般人」という私の希望はここで潰えた。

「おおおおおお初にお目にかかります陛下」

「かしこまらないでください、シスター。いえ、リーニャ」

「!」

「こうして面と向かってお話するのは初めてですね」

私が懺悔室バイトの俄かシスターだったことも、名前も、ばれている。

「リーニャ・コール。3月9日生まれ。17歳。教会の孤児院で育ち、8歳のときにパン屋を営むコール夫妻に引き取られる。座右の銘は『触らぬ神に祟りなし』。犬派。紅茶に砂糖は入れない。現在、というか今まで恋人なし」

「最後の失礼な情報いります?」

「大変重要な情報ですよ。排除する障害物の多寡の確認は大事ですから」

さらりと物騒なことを言う皇帝陛下の隣に目を移せば、さっきの白くてふわふわの子犬がクッションの上で伏せをしていた。さらに隣にはリンゴの詰まった籠も置いてある。

「リンゴも子犬も陛下の仕業ですか?」

「はい」

「麻袋に入れる必要ありましたか?」

「だって、こうでもしないとリーニャは俺と来てくれないだろうから」

確かに、玄関を開けて皇帝陛下がいたら、速やかに戸を閉めて何も見なかったことにしたと思う。リンゴを辿って子犬で足止めを食らった先に皇帝陛下の乗った馬車が止まっていたら、リンゴと子犬を回収して踵を返して猛ダッシュで逃げたと思う。

なので、麻袋に詰め込んででも馬車に拉致という強行手段は、まあ、私を捕まえる上では最適と言えよう。こんなところで的確な判断力と迅速な行動力を行使しないでほしい。

というか、なぜ私は自宅まで特定されている上に、寝間着のままで馬車に乗せられ、城に連行されているのだろうか……。

「な、なん、なぜ、私のことをお調べに……?」

「これから攻め落とす対象の調査は基本でしょう」

「人を敵地の要塞のように言わないでくれませんかね……?」

「落とせと言ったのはリーニャですが」

「え?」

「意中の相手を恋に落としてから、然る後に求婚。これが双方にとって最も幸せな道。ですよね?」

……。言った。確かに言った。皇帝陛下とメイドさんの恋を応援するために言った。

「ドジっ子メイドは……?」

「ドジっ子メイド……?」

きょとんと首を傾げる皇帝陛下。ちょっと可愛いのだけれど、違う、和んでいる場合ではない。鈍い私でもさすがに分かった。住所氏名年齢その他を特定された上で連行された時点で察するべきだった。

「陛下の意中の相手って、私ですか……?」

「そうです」

頬を赤らめ、はにかんでみせる皇帝陛下。恥じらう皇帝陛下という貴重なお姿なのだけれど、できれば外野から鑑賞させてほしかった。

「な、なん、なんで私なんですか。身分も平民ならパン作りの才能も微妙なら取り立てて美しくもないのですが」

驚愕のあまり逃走本能が作動、座席の隅っこ限界まで身を寄せたら、かえって空いた隣のスペースに皇帝陛下が移動して来てしまった。なぜ。なぜ距離を詰める。

「出来心で訪れた懺悔室で、初めてあなたとお話をして、恋に落ちました。リーニャは俺の話に真摯に耳を傾けてくれて、肯定してくれたから」

熱の籠った視線を真っすぐに向けられる。ただでさえ地獄の業火に喩えられる赤い瞳である。熱量過多である。そして皇帝陛下は私を買い被っている。

「いや、それは、マニュアルにそう書いてあったからです。適当にマニュアル通りの対応をしただけであって、けして私の人間性が素晴らしいとかそういうのではないので」

「あの衝立、よくできてますね。あなた側だと相手の姿が割と見える。最初にあなたとお話した後に確かめに行って初めて気づいたんですけどね」

「うっ」

ばれてた……。

初日から相手を皇帝陛下だと認識した上で、あんな応答をしていたことがばれていた……。

「二度目に会った時も、リーニャは俺が皇帝だと分かっていて、知らない振りで通してくれた。三度目、あなたが町の人々の懺悔を聞く姿をこっそり眺めて、恋を確信しました」

「……っ、え、三日目も懺悔室に来ていたんですか? え、どこにいたんですか?」

「普通に屋根裏ですけど」

皇帝が普通に屋根裏に潜むんじゃない。

「来る人全てに、あなたは真剣に応えていた。子供でも大人でも誰が相手であっても、真剣に話を聞いて応じていた。本当にマニュアル通りにするだけなら適当に相槌を打っておくだけでもいいだろうに、あなたが適当な時は一度もなかった」

馬車が止まった。城に着いたらしい。

「あなたが俺の意中の人であるとご理解いただけたでしょうか。あ、ご心配なさらずに。いきなり求婚なんてしませんから。力のある側が求婚した場合、相手に退路はない。これもあなたの言葉です」

「いやあのこの状況の時点ですでに退路を断たれているのですが」

「まずはあなたと仲良くなるところから始めますから」

流れるように手を取られ、導かれるままに馬車を降り、手を繋がれたまま城の前に立つ。

皇帝陛下は寝間着姿の私を見下ろして、にっこりと微笑んだ。

「そして、然る後に結婚しましょう」

基本姿勢が「目的のためには手段を選ばない」である皇帝陛下に、これから求愛されるであろう波乱の日々を思って。

「穏便にお願いしますね……?」

と、返すのが精いっぱいだった。