作品タイトル不明
追放された理由
「十郎叔父上、話してくだされ」
「ははっ。拙者は父上が生きていた頃、それこそ、今から三十年前くらいでしょうか
当時、当主の今川治部が討死して弱体化の一途を辿っていた今川家の領地を奪う目的で駿河国の葛山家に養子に入りました
養子に入ってから、葛山家の父上も良き人であり、何の不満も無く暮らしておりました
ですが、父上が亡くなって、四郎兄上が織田家と徳川家との戦に負けてからは、家中の統制も難しくなり
そこから更に穴山の謀叛を受けて、武田家が壊滅寸前になると、家臣が一人、また一人と出奔していきました
そして、此度、およそ二ヶ月程前でした。駿河国に徳川家の面々、それこそ徳川家当主が本格的に入る事になり
拙者達も城を去るか、徳川家に臣従するかを考えていたところを家臣達から
「貴様達が居ると、我々が徳川家から攻撃されるので、命まで奪うつもりは無いから城を去ってくれ!」
と言われて、身内の者達と必要な物だけを持って、城を去って甲斐国まで来た次第です」
十郎の話を聞いた勝四郎は
「命を奪わないだけ、いくらかマシとはいえ、謀叛を起こして十郎叔父上家族を追放するとは!何とも許し難い!」
怒り心頭になっていたが、徳川家の領地に攻め込むという愚行をしない冷静さは残していた様で
「六三郎殿!この事を右府様経由で徳川様に伝えて、葛山城を奪った者達をどうにかして成敗出来ませぬか!?」
六三郎に「そいつらをぶち殺せないか?」と相談するが、六三郎は
(ちょっと勝四郎くん?身内が酷い目にあったとはいえ、そんな物騒な事を考えないでもらえるかな!
領地が増えたとはいえ、武田家はまだまだ再建途中なんだよ?それに俺の妹を嫁に迎えたんだから、外の事よりも中の事を優先してくれよ)
内心、勝四郎にそれよりも領地の安定に集中してくれと思っていた
なので、色々と考えた結果
「勝四郎殿。身内である十郎殿に無礼を働いた者達を手討ちにしたい気持ちは分かります。ですが、徳川様はこの戦乱の世で色々な人間を見て来たお方です
なので、その者達が徳川様の元に現れても遅かれ早かれ良くて放逐、最悪の場合、手討ちにされるでしょう
なので、勝四郎殿が、いえ、武田家がやるべき事は、その者達を討つ事ではなく領地を安定させる事だと、拙者は思います」
オブラートに包みながらも、「そんな事を考える前に領地を安定させろ」と勝四郎へ伝える
それを聞いた勝四郎は
「そうですか、、十郎叔父上と家族が虚仮にされたままなのは悔しいですが、その者達の事は徳川様の人を見る目にお任せしましょう
十郎叔父上!そういう事に決めましたので謀叛を働いた者達に関しては徳川様にお任せしますので、ご了承くだされ」
少し悔しい顔を見せたが、それでも当主としての立場を優先させて十郎へその旨を伝えた
それを聞いた十郎も
「いくら身内といえど、今日初めて会った拙者の為にそこまでお怒りを見せてくださるとは、やはり四郎兄上の嫡男であり、武田家当主ですな!御屋形様の仰せに従います」
なんだかんだで了承した。そこから十郎は色々と質問する
「改めてですが御屋形様、五郎兄上、典厩殿。現在の日の本で天下取りに近い家は、やはり織田家なのでしょうか?」
十郎が天下取りレースの情勢について質問すると勝四郎が答える
「十郎叔父上、今や織田家は日の本の中で畿内、北陸、中国、四国、東海、関東の半分、そして奥州の殆どを支配下に置いております
かくいう我々武田家も、織田家に臣従しております。そのおかげと言ってはなんですが
今では甲斐国だけでなく上野国で三十五万石の領地を持っております。それだけでなく十二年前の穴山の謀叛の際、織田家と徳川家が武田家を救ってくれました」
勝四郎の言葉を聞いた十郎は
「十二年前の事、教えていただきますでしょうか?拙者はその一年前に届いた四郎兄上からの文の中に、
「何処からも攻められてないのであれば動くな」と書いておりましたので、動かずに過ごしておりました」
と、答えた。十郎の答えを聞いた勝四郎は
「十郎叔父上!父上からの文、持っておりますか?持っているのであれば、見せていただきたい!」
父の勝頼が送った文を見せてくれと十郎に頼むと、十郎は
「はい。こちらです」
そう言って、件の文を差し出す。五郎が受け取り、勝四郎へ渡して、読み出す
「では。「十郎、息災か?兄の四郎じゃ。いきなりの文で驚いたじゃろうが、この先に書いてある事は、とても重要な内容なので、しっかりと読んでくれ
お主も知っておるじゃろうが、現在武田家は儂を中心とする派閥と穴山を中心とする派閥が対立しておる
その対立を孫六叔父上が抑えておるからこそ、武力衝突は起きておらぬが、孫六叔父上も還暦近い。最悪の事態も考えておかねばならぬ
だからこそ十郎、穴山達は勿論じゃが、徳川と北条が攻めて来なければ、絶対に動くな!もしも徳川か北条が攻め込んで来た場合
臣従する事も致し方ないとして許す!儂の子の勝太郎と歳の近いお主が死んでしまっては、武田家を強大な家にした父上にあの世で合わせる顔が無い
五郎にも同じ様な内容の文を、少しばかり特殊な方法で届ける予定じゃ!改めてじゃが十郎
兄としても当主としても情けない儂ではあるが、穴山達に武田家を乗っ取らせぬ!その為の策をいくつか講じておる!
だから十郎!お主は、お主や家族の事を優先せよ!穴山達、と戦っ、て死ぬ、の、は儂だけ、で、良い」と、父、上、は」
文を読み終えた勝四郎は、父の勝頼の壮絶な覚悟を文の中で感じた様で泣いていた
その勝四郎をフォローする様に、五郎が
「十郎、兄上の文をよくぞ残しておいてくれた!いくつか説明しておくが、御屋形様は文の中に書いてある「勝太郎」ではないのじゃ
実は勝太郎というのは、兄上の長女の勝姫の事で、御屋形様の事は極秘にされておったのじゃ」
そう説明すると、十郎は
「ま、誠ですか五郎兄上!つまり四郎兄上は、嫡男である御屋形様の存在を極秘にしないといけない程、穴山達に追い込まれていたという事だったのですか!」
流石、信玄の息子と思える程、状況の理解が早かった。そんな十郎に五郎は
「そうじゃ!それこそ、三歳だった御屋形様を松と共に武田家から逃さぬといけない程であった
その逃げた際、此方の柴田播磨守六三郎殿が松と御屋形様を保護してくれた事で、現在も武田家が残っておるのじゃ!」
勝頼が実行した松姫と勝四郎を逃した策と六三郎が保護した事を説明すると十郎は
「兄上、先程から名の挙がっております柴田播磨守六三郎殿ですが、四郎兄上の文の中には名がなかったのですが
武田家の家臣ではなさそうですので、どの様な関係があるのか教えてくだされ」
「この人は武田家とどんな関係なのでしょうか?」と五郎に質問すると、五郎に代わり勝四郎が説明する
「十郎叔父上!こちらの柴田播磨守六三郎殿じゃが、今年で三十二歳ながらに織田家で百万石近くの領地を持っておるだけでなく
幼い頃の拙者を助けてくださり、松叔母上を当時織田家の嫡男で、現在は織田家当主になっております内府様に嫁がせたり
穴山との戦において五郎叔父上と典厩叔父上を生かしてくださると同時に
甲斐国の領民達を苦しめていた「泥かぶれ」を根絶する手助けをしてくれた
武田家にとっても甲斐国の領民にとってもどれほどの感謝を述べても足りないお人です」
勝四郎のアバウトだけれども、重要な部分を強調した説明を受けた十郎は
「それ程のお人でしたか。柴田播磨守殿。だいぶ遅くなりましたが、武田家を守っていただき、誠に忝うございます!」
六三郎へ頭を下げた。それが終わると十郎は
「御屋形様、五郎兄上、典厩殿。四郎兄上が命がけで守った武田家に、拙者や家族を一家臣として、召し抱えてもらえませぬか?」
「武田家で働かせてくれ」と頭を下げて頼んで来た。最終決定権を持つ勝四郎は勿論
「内政での働きが主な働きになりますが、十郎叔父上も家族も働いてもらいますぞ」
「「「「ははっ!」」」」
召し抱える事を了承した。こうして、勝四郎を支える親族が武田家に増える事になった。