軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大人しく出来ない社畜とボロボロで現れた人物

慶長元年(1596年)七月二十一日

甲斐国 躑躅ヶ崎館

「いやはや、ワインは飲んだ事があったが松の葉を使って熟成させた物になるとは!

流石に睦子と栄太郎と兵五郎と五郎八には飲ませる事は出来ぬが、桃の果汁で代用出来るから、この喉越しを実感出来るのは良い事じゃな!流石、柴田殿じゃ!」

皆さんおはようございます。朝からスパークリング赤ワインを最上殿に試飲させている柴田六三郎です

前日は勝四郎くんと江が到着して、挨拶をしてから俺に

「祝言を開くまでは、何もせずに残ってくれ」と言われましたので、とりあえず試飲会を開くだけにしましたが

やっぱり酒に強い東北出身の最上殿や家臣の皆さんに飲ませてみたら、気に入った様です。朝からワイン樽の半分くらいを最上家の面々で飲んでいます

まあ、これに関しては武田家と話し合ってください。まあ、俺としては最上殿や家臣の皆さんが大酒飲みである事よりも、「マジで?」と思う事がありました

それは、睦子と栄太郎の事を始めとした色々な事でした

「最上殿、これも全て勝四郎殿が甲斐国の統治を安定させる為です。妹達の嫁ぎ先で1番財政的に不安なのは甲斐国なので

甲斐国に関しては、勝四郎殿や仁科様と典厩様、更には他の家臣の方々と話し合う事でより良くなるでしょう

まあ、拙者としては駒姫殿が京六郎の正室に決まったり、義弟の新三郎も浅尾家の伊吹が正室に決まった事だけでも驚かされたのですが

まさか、睦子と栄太郎が拙者と遠いとはいえ血縁関係があると思わなかったですぞ。

まさか、父上の曽祖父にあたる方の弟が、生まれ故郷の尾張国から出羽国まで移動して、そこで家を立ち上げたとは」

俺の驚いた、いや、驚かされた事を聞いた最上殿は

「はっはっは!柴田殿、駒と婿殿に関しては、儂も驚かされた!あれ程の見目麗しい美丈夫がこの世に居た事も驚いたが

いつもは落ち着いておる駒が興奮しながら「京六郎様に嫁ぐ!」と言って来たからのう。柴田殿は京六郎殿があれ程の美丈夫と分かっておったのですかな?」

「京六郎がとてつもない美丈夫」と言っております。俺の記憶の京六郎はまだ年齢1桁の頃の小さい弟なのです

俺が数日寝込んでいた頃、恐らく穴山征伐の時の記憶なので、12年前くらいの事ですが、もう嫁さんが居るのか

時が経つのは早いなあ。とりあえず実家に帰ったら、お祝いしよう。それよりも

「いやあ、お恥ずかしい話ですが、京六郎がまだ幼い頃に数回、会話をしただけですので、そんな見目麗しい美丈夫になっている事も知らないのです」

返事をしておこう。こんな感じの返事をしたら最上殿から1番驚かされる事を教えてもらいました。それは何かと言いますと

「柴田殿、今しがた柴田殿が言った「弟が幼い頃に数回、会話をしただけ」の事を含めて母君が大変でしたぞ

どの様な状態かと言うと、右府様に一撃を入れる為に袴姿に薙刀を持って、播磨国で待ち構えておったぞ

柴田殿にお役目が偏り過ぎである事に対して、とても怒り心頭であったのう」

まさかのお袋が大殿に薙刀を持って特攻をかまそうとしていたとの事です

いやいやお袋?50代になるし、孫も居るだけでなく、織田家の一門の中でも発言力がそれなりにあるんだから、大人の振る舞いをしてください

そんな事をしたら、俺の代わりに京六郎が働かされる可能性が上がりますよ?これは早く帰ってお袋の機嫌を宥めないといけないなあ

「最上殿、教えていただき誠に忝うございます。母上の機嫌が良くなる様、帰り道は急がねばなりませぬな」

俺がそう答えると、最上殿は

「柴田殿、帰り道は急ぎたくとも、それは無理じゃろう。何故かと言うと、右府様の三男の神戸伊勢守殿が話しておったのじゃが

なんでも、伊勢守殿が見ている伊賀国に隣の大和国の百姓が逃げて来ておるそうじゃが、右府様は伊勢守殿と柴田殿を中心とした面々で原因を調べさせる旨を話しておったぞ」

俺の予定が既に決まっている事を教えてくれました。俺が三七様と一緒に出陣するだけなら良かったのですが、最上殿は更に俺の胃が痛くなる事を言って来ました

「ちなみにじゃが、その大和国の事でもしも戦になる可能性も考えた右府様と徳川様は、竹千代様と言う名の孫と婿殿に初陣を経験させると仰っていたぞ」

京六郎だけでなく、竹千代様も出陣する事が決定の様で、俺と三七様がお世話しないといけないみたいです

大和国の事なんて、丹羽様か佐久間様か池田様に任せたら良いだろ!あの人達の領地は近場だろ?

あ、それを言ったら柴田家の播磨国も近いじゃないか。ダメだ、どうやっても俺が行く事は確定じゃないか!

この大和国の案件が長引いたら、九州征伐を不参加にしてくれませんかねえ。九州征伐に関しては、秀吉が実質的な総大将になるだろうし、柴田家が不参加でもどうにかなりませんか?とも思ったんですが

秀吉の家臣に仙石秀久が居たら、長宗我部家の弥三郎が史実の様に戸次川で討死する可能性が高い!初を未亡人にする訳にはいかないから、俺も出陣するしかないか

いざとなったら、俺の権力を使って仙石秀久を秀吉の側から動かない様にするのも良いかもな!

六三郎が頭の中で「九州征伐に行きたくない」と、「史実の様な弥三郎の討死を避ける為に九州征伐へ行く」の2択で揺れていると、義光は

「柴田殿、大和国の事を早く終えてから早く九州征伐へ行きたい様じゃが、慌てずに一つずつやっていきなされ」

六三郎が「どうやって早く戦を終わらせる」と考えていると勘違いした様で、「慌てずに一つずつやって行ったら良いじゃないか」とフォローしていた

義光の言葉に六三郎は

「そうですな、最上殿の仰るとおり、1つずつやって行きましょう」

何か吹っ切れた様で、少しだけ顔が晴れやかになっていた。そこから六三郎は果樹園に行って、赤備え達や武田家家臣達と共にブドウや桃を回収していたのだが

ガサガサガサッ!と、近くの草むらから何かが近づいてくる音が聞こえて来たので

「「「殿!お下がりくだされ!」」」

「柴田様!こちらへ!」

赤備え達と武田家家臣が六三郎を安全な場所に移動させてから、源次郎と銀次郎と新左衛門が草むらへ向かうと、そこには

「人が倒れておるぞ!」

「十名、は、居ない様じゃ!」

「着ている物がボロボロに破れておる!」

10人以下の小さな団体が倒れているとの事だった。この状況に六三郎は

(なんか、数年前の不死鳥さんの時と似たシチュエーションだな。でも俺がどうこう出来ないから、武田家に任せるしかないよな)

自分ではどうしようも出来ないと判断して

「躑躅ヶ崎館に連れて行って、勝四郎殿に判断を委ねよう」

倒れている者達を躑躅ヶ崎館に連れて行く事にした。この団体の正体とは?