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作品タイトル不明

強い母と森家の慶事

慶長元年(1596年)六月二十六日

美濃国 森家屋敷

「森殿!この坂道が柴田殿の初陣の場所なのじゃな!二十年以上過ぎておるから、当時の戦の跡は無いにしても

いやはや、この坂道に当時の武田家の軍勢を誘い出して、集中攻撃を行なうとは!幼い頃から軍略の才が際立っておりますな」

「最上殿、当時の戦に参加していた拙者は十代の若造でしたが、あの時の戦の高揚感は、昨日の様に思い出す時もある程

六三郎の策と度胸は見事なものでした!六三郎も言っておりましたが

「領主の子だからと言って逃げるなどありえぬ」との言葉、今でも胸に刻みつけております。そろそろ正室が出産予定日なのですが、側室の出産の出産予定日も近いので

どちらとも健康な子であれば男女問わず、嬉しいかぎりなのですが、本音としてはどちらか片方には男児を産んでもらいたいかぎりです」

勝四郎と江が引率の最上義光の提案で、森長可の屋敷で世話になって2日目、義光は長可と共に六三郎の初陣の場所である

屋敷横の坂道に来ていた。そこで大まかな説明と長可の子が産まれそうだと聞いた義光は

「森殿、それは武家の当主としては勿論、親として正しい考えじゃ。儂も同じ考えになった事は何度もあるからのう

我が子が産まれる事、男児が一人は産まれて、その子が柴田殿の様になってくれたら良い。間違っておらぬ

儂も十年、いや十五年くらい早く柴田殿に会っていたら駒と竹のどちらかを嫁に推挙しておった。それ程の傑物じゃからな柴田殿は

我が子に柴田殿の様に育って欲しいと思うのは間違いではないが、過度な期待は暗君を作り出してしまうから、気をつけた方が良いぞ」

「六三郎みたいになって欲しいからって、子供にスパルタ教育は駄目だよ?」と親の先輩らしい言葉を長可に伝える。それを聞いた長可も

「ええ。それは勿論です。拙者は柴田様の様な子育ては出来ないと分かります!なので、先ずは子が無事に産まれる事を祈ります」

「自分は勝家みたいな親父にはなれない」と断言して、子供が無事に産まれる事を祈ると返していた

そんな2人のやり取りを他所に江は勝四郎へ

「懐かしいですねえ、兄上と赤備えの皆が作った、この坂道!母上から薙刀や和歌や琴を学ぶ時間から逃げる時

こっそり赤備えの皆の中に紛れて、姉上達と一緒に走っていました!父上が越前国に移動する事が決まるまでは、此処が私達の遊び場でした」

かつて赤備えの面々が作り、明智家、森家と現在でも使われている訓練用の登り坂を見て、感慨深げに話していた

江の話を聞いて勝四郎は

「拙者は越前国の坂道しか走った事が無いので、初めてこの坂道を見ましたが、やはり迫力が違いますな!

甲斐国でも、どうにかこれに近い坂道を作って、家臣達を常に鍛えておきたいです」

将来の坂道作りを江に話していた。そんなほのぼのとした時間が流れていると

「殿!!」

長可の家臣が大声で長可を探していた。その声に長可は

「此処じゃ!何か起きたのか?」

声をかけて居場所をアピールする。声の場所に到着した家臣は

「殿!御正室のせん様が産気づきました」

長可の正室で池田恒興の娘のせんが産気づいたと報告する。報告を受けた長可は

「そうか!いよいよか!しかし、この場合の男は何をしたら良いのじゃ?最上殿、最上殿はこの様な場合、何をしておりましたか?教えてくだされ!」

子供が産まれる事を喜んではいたが、初めての事だったので、「こんな時の男は何をするんだ?」と義光に質問した

長可の質問に義光は

「儂が何をしたかと聞かれると、最初の子である太郎の時に安産祈願をしたくらいじゃからなあ」

「安産祈願をした」と答える。それを聞いた長可は

「あ、あ、安産祈願ですな?ど、ど、何処でやれば良いのですか?」

やるべき事が分かったからなのか、緊張感が高まって来た様で、言葉がおかしくなっていた。そんな長可の元に

「森様!落ち着いてください!」

江と勝四郎がやって来た。江を見た勝四郎は

「江姫様、騒がしくして誠に申し訳ありませぬ」

と、頭を下げた。しかし江は

「森様!私に対して、その様な事はせずに屋敷内に神棚を飾ってある部屋はありませんか?無いのであれは

亡き父君の位牌に向かって、安産祈願をやってください!柴田家での話になりますが母上が弟や妹を産む際

父上も兄上も姉上も部屋に集まり、更には部屋に入らない家臣の皆もその場で安産祈願を行なっておりました!

改めてですが森様!正室殿は、命をかけて森様の子を出産しているのです!ならば、森様は母子共に無事である事を祈りましょう」

長可に「神棚があれば、神棚に。無ければ亡き父の位牌に手を合わせて安産祈願をやれ!柴田家ではそうやってた」と教えた

更に勝四郎からも

「森殿、六三郎殿の嫡男と長女と次女は、甲斐国で産まれましたが

その際、六三郎殿は簡易的とはいえ神棚の飾ってある部屋で安産祈願を行なっておりました

神棚が無いのであれば、江の言うとおり、父君の位牌に手を合わせて安産祈願を行なっても良いと思いますぞ」

江の言葉を後押しする言葉が出る。それを聞いた長可は

「そうじゃな!江姫様、勝四郎殿!せんも戦っておるのじゃ!儂が何もしないわけにはいかぬ!

父上の位牌に手を合わせて、せんと子の無事を祈ろう!」

ようやく緊張が解けたのか、動き出した。その長可の後ろから義光と江と勝四郎は

「森殿!せっかくじゃ!儂も安産祈願に参加しよう!」

「森様!私も同じく!」

「森殿!拙者も同じく!」

安産祈願に参加すると宣言する。3人の言葉に長可は

「忝い!よろしくお願いしますぞ!」

移動しながら礼を述べた。そのまま長可の案内で、父の森可成の位牌のある部屋へ行くと、そこには既に先客が居た。それは

「勝蔵!遅いじゃないか!」

「森様!失礼ながら、父君の位牌に手を合わせて安産祈願をさせていただいております!義父上も、安産祈願に来たのであれば直ぐにやってください!」

可成の正室で長可の母、えいと、最上家に嫁入りか決まっている摩阿姫だった。えいに叱られながらも長可は

「申し訳ありませぬ!ですが、小言は後程お聞きします!先ずはせんと子の無事を祈ってからです」

直ぐに安産祈願に入る。義光達も同じく安産祈願に入った。この時、推定午前10時頃だった

そこから、せんの年齢が30代中盤だった事もあり、午前中には産まれず、午後の明るい時間にも産まれず、ついに日付を超えた

そして、推定午前6時。太陽が昇り始めた頃、ついに

オギャー!オギャー!オギャー!

産声が長可達の耳に届く。声を聞いた長可は

「う、産まれ、た。儂の、子、が」

喜びで身体と言葉が震えて、上手く立ち上がる事が出来なかった。そんな長可に母のえいは

「何やってんだよ!早くせんの元に行って感謝を伝えて来なさい!」

そう言いながら、長可の背中を叩く。叩かれて緊張が解けたのか長可は

「は、はい!せん!せん!!」

せんの元に一目散に走って行った。部屋に到着すると産婆か赤ちゃんを抱えて

「おめでとうございます!若君です!」

嫡男の誕生を伝えた。その言葉に長可は

「せん!誠に、誠に!どれ程の感謝を伝えたら良いか分からぬ!それでも、それでも嫡男を産んでくれて!誠にありがとう」

泣きながら、せんの手を握って感謝を伝えていた。そんなせんは長可に対して

「勝蔵様。嫡男は確かに産まれました。ですが、側室の方も出産を控えておりますから、私の時と同じく安産祈願をしてあげてくださいね」

「側室の出産にも安産祈願をしてくれ」と伝えて、長可も

「勿論じゃ!儂の子を産んでくれるのじゃから、全員の無事を祈るそ!」

せんの希望に応える。こうして、史実では子を残さないまま討死した森長可に嫡男が産まれた

これも六三郎が居る事によるバタフライ効果に違いない。