軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

母子の正体を知ったら武田家がパニックに

天正二十一年(1593年)十月二十五日

甲斐国 躑躅ヶ崎館

武田菱の書かれた化粧箱を持つ母子を拾った土屋家は領地から出立した5日後、躑躅ヶ崎館に到着した。そして、即座に勝四郎達へ報告したい旨を伝えて、

件の母子と共に大広間に待機していた。そこに勝四郎達が到着すると惣右衛門は

「御館様!仁科様!典厩様!いきなり来て、不躾にもお呼び出しして、申し訳ありませぬ!」

呼び出した事を詫びていた。しかし、勝四郎は

「惣右衛門、気にするな。お主は状況判断が出来る男じゃ。そんなお主が儂達に見てもらいたい人や物があったから

呼び出したのであろう。だから気にするでない。それで、儂達に見てもらいたいのは、お主の後ろに控える家族か?」

気にするなとフォローする。勝四郎の言葉に惣右衛門は

「有り難いお言葉にございます。改めてですが、御館様!こちらの母君と子供達ですが、亡き夫殿の遺品を見て、武田家の血縁者である可能性が高いと思い、躑躅ヶ崎館まで案内した次第にございます」

軽達を躑躅ヶ崎館へ連れて来た理由を伝える。理由を聞いた勝四郎は

「誠か!それが誠ならば、何とも喜ばしい事じゃ!母君と子供達、名を教えてくれぬか?」

「本当に血縁者だったら嬉しい」と前置きしつつ、自己紹介を求める。軽達は土屋家で行なった様に

「軽と申します」

「長女の武と申します」

「長男の田之助と申します」

「次男の義衛門と申します」

「三男の信三郎と申します」

と、それぞれ自己紹介をした。名前を聞いて、勝四郎は

「典厩叔父上の孫達の例もあるから、期待してしまうが、とりあえず軽殿。夫殿の遺品を見せてもらえますかな?」

軽の夫、東光の遺品を見せてくれと促す。促された軽は

「こちらです」

そう言いながら、風呂敷に包まれた化粧箱を差し出す。その化粧箱を五郎が検分の為、受け取り、風呂敷を開くと

「こ、これは、武田菱!!」

惣右衛門と同じ様に驚くと、

「それでは、中を拝見します」

一呼吸おいて、遺品の確認を始める。化粧箱の中には位牌が2つと遺言状らしき文が3つ存在していた

その事について五郎は軽に

「軽殿。こちらの位牌は」

位牌の事を質問すると、軽は

「夫と、夫の母の位牌です」

そう答える。勝四郎が

「軽殿。夫殿と、夫殿の母親の位牌より文が多いのは何故か分かりますか?」

位牌よりも、文が多い事を質問する。しかし、軽は

「申し訳ありません。義母はこの事について何も教えてくれませんでしたし、夫は武田家か武田家に縁のある方に見せて、

教えてもらってくれとしか言わなかったのです。私も、産まれてこのかた百姓としての人生しか送ってこなかったので、文字の読み書きが出来ないのです

義母と夫に少しだけ教えてもらったとはいえ、あまり身につかなかったのです。恐らく、三つの文のうち、二つは夫と義母の物だと思いますが、もうひとつは私にも分かりません」

文の2つは夫と義母だけど、3つ目は分からないと正直に伝える。軽の言葉を聞いた勝四郎は

「ふむ。軽殿が芝居をしている様には思えぬな。五郎叔父上、文の内容を確認してくだされ!」

五郎に文の内容を確認する様、促す。五郎が確認を始めると

「軽殿。こちらの「 虎(とら) 」と言う名は、義母殿の名ですか?」

「虎」と言う名が書かれた文を見つけて、質問すると、軽は

「はい。虎とは、義母の事です。どの様な事が書いてあるのでしょうか?」

義母の事だと話して、内容を教えて欲しいと促す

「少々、お待ちくだされ。どれど」

促された五郎が目を通すと、思わず固まってしまった。五郎の様子に典厩は

「五郎殿?義母殿の文に何かおかしな事でも?」

五郎に質問するが、五郎は

「典厩殿。義母殿の文を見てくだされ。拙者は夫殿の文を読みます」

驚きの表情になりながらも、典厩へ義母の文を渡し、軽の夫、東光の文に目を通すと

「まさか、その様な」

そう呟きながら、天を仰ぐ。五郎が天を仰ぐほぼ同じタイミングで典厩も

「そ、そんな!信じられぬ!」

思わず大声が出ると、

「五郎殿!夫殿の文を!」

五郎から東光の文を受け取り、目を通し

「何と」

五郎と同じく、天を仰いだ。そして、五郎は残りの文に目を通すと

「こ、この様な事が、そんな!そんな!」

泣き崩れていた、そんな五郎を見た勝四郎は

「五郎叔父上。その様子から察するに、軽殿と子供達は、武田家の血縁者で間違いないのですな?」

確認を入れる。勝四郎の言葉に五郎は

「はい。それも、それも、、、」

言葉が出て来なかった。なので、勝四郎は

「拙者が読むとしましょう。ですが、何やら重要な話の様な気がするので、典厩叔父上。右府様を連れて来てくだされ!」

典厩に信長を連れて来る様、命令する。勝四郎の命令を受けた典厩は、即座に動き出し信長を連れて来ると信長は

「勝四郎!武田家にとって、重要な話であると典厩が言っておったが、どの様な内容じゃ?」

到着するやいなや、勝四郎に聞いて来た。しかし、泣き崩れている五郎を見て

「五郎があの様な状態になる程の内容か。ならば、場を治める為に、勝三郎も呼んでおこう」

念の為、恒興も呼び出す。こうして、大広間に信長と恒興が揃うと、少し落ち着いた五郎だったが

「右府様、池田様。見苦しい姿を見せて、申し訳ありませぬ。ですが、この文は」

やっぱり言葉に出来ない程に動揺していた。なので信長は

「五郎かこの様な状態であるが、勝四郎。お主が説明するのか?」

勝四郎へ確認した。なので、勝四郎は

「はい。先ずは、五郎叔父上が泣き崩れた文から読みたいと思います」

そう言って、五郎から文を取り、読み出す

「では。「この文を読んでおられる方へ。この文を書いた拙者の名は、武田太郎義信と申します。この文を読まれている頃には、拙者は既に死んでいるでしょう

その理由は、拙者が甲斐源氏武田家当主であり、父でもある武田大善大夫信玄と対立し、東光寺に幽閉されており、近々死罪が執行されるからです

対立した理由も、拙者の正室の「みつ」の実家である今川家が弱体化していく事を止めたい拙者と、今川家の領地を奪いたい父との食い違いからです

その事が理由で、拙者とみつは東光寺に幽閉されました。ですが、みつは気を病み、自ら命を絶ってしまいました。みつを失った孤独の中で拙者は、

身の回りの世話をしてくれた、虎という名の娘に手を出してしまい、虎は拙者の子を授かったと教えてくれました。とても嬉しかったのですが、

拙者は、武田家嫡男の座も廃嫡され、これから死ぬだけの男にございます。もしも、虎が拙者の子を授かった事か露見したら、父の事です。草の根分けてでも探し出し、虎も子も殺すでしょう

そんな事は絶対に防ぎたいので、虎にこの文を渡して、少しでも遠くへ逃げる様に頼みました

その中で虎へ、もしも産まれた子が男児ならば拙者の最期の場所である東光寺に因んだ名前をつけてくれと頼み、女児ならば自由に名をつけて、武田家とは無縁の人生を送らせてくれと頼みました

もしも、虎を保護してくれた方が、この文に気づいてくださいましたら、武田家へ報告しない様、何卒よろしくお願いします」との事です

つまり、軽殿の亡くなった夫の東光殿は太郎殿の息子で、軽殿と東光殿の間の子の四人は、太郎殿の孫にあたる。そう言うわけです」

勝四郎が読み終えると、五郎が

「兄上!!この様な、この様な事を」

兄である太郎の孫が現れた事で、泣き崩れてしまう程の精神状態になった。