軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戦後処理が始まる頃、関東では

天正二十年(1592年)六月四日

播磨国 三木城

戦の翌日、信長は長治や官兵衛達を使いながら名簿を作っていた。その名簿を作り終えると、戦後処理の沙汰をくだす準備に入る

「さて、捕虜の中で、別所山城に味方した二百人の者達よ。儂としては、お主達を死罪か追放処分としたい。だが、

別所家の本来の当主である、小三郎と評定を重ねた結果、お主達が、これから提示された条件を成し遂げたのであれは、死罪も追放処分も無しとする!どうじゃ?やってみる気概はあるか?」

信長が捕虜達に質問すると

「是非ともやらせてくだされ!」

「きっと成し遂げてみせまする!」

「生きる望みがあるのであれば」

等、死なずに済むのであれば、やると言う声で溢れていた。その声を聞いた信長は

「お主達の言葉に賭けるとしよう。それでは、お主達が成すべき条件じゃが、それは、この三木城を今日から葉月に入るまでに、壊して更地にする事じゃ!」

「三木城を今から壊して葉月に入るまでに更地にしろ!」だった

それを聞いた捕虜の1人は

「そ、それで生きられるのであれば、やるだけですが、それだと小三郎様の住む場所が無くなりますが、よろしいのですか?」

長治の住む場所の心配をする。その質問に長治が答える

「皆の心配する気持ちはありがたい。だが、命さえあれば、住む場所などはどうとでも出来る。そして、武功を挙げる事も出来る。だから今は、儂の事よりも

皆は許される為に、一日も早く三木城を壊して更地にしてくれ!儂からの願いじゃ。皆は叔父に脅されたり、唆されたと思っておる。

だが、謀反を起こした事は事実じゃ。やってしまった事は消えぬ。だが、首謀者の叔父は死んだ。ならば、皆に罪を被せる事など、あってはならぬ

だからこそ、三木城を一日も早く壊し、更地にしたら、また儂に仕えてくれぬか?」

長治の言葉に、捕虜達は

「我々の事を、お許しくださるとは」

「謀反を起こしてしまった我々を」

「一日も早く、三木城を壊して、小三郎様、いえ、殿の元で働きとうございます!」

涙を流しながら、長治へ感謝の言葉を述べていた。その様子を見て、信長は

「うむ。それでは、お主達はこれから、三木城の破壊に取り掛かるが良い。そして、念の為に小三郎の身柄は、これから播磨国を治める柴田家で預かる。権六、よろしく頼むぞ」

「ははっ!」

一応の人質として、長治を柴田家に置く事を決めた。こうして、戦後処理は終わった。すると、官兵衛が

「越前守様。急な話で申し訳ないのですが、播磨国での屋敷は何処に作りましょうか?拙者としては、

播磨国の中央の中で、少しは海沿いの場所などがおすすめなのですが」

播磨国の柴田家屋敷を作る場所を聞いて来た。その事に信長は

「官兵衛よ、柴田家の屋敷を作る場所が気になるのか?」

官兵衛に質問すると、官兵衛は

「はい。越前守様より、拙者の次男坊を柴田家の屋敷で、学ばせても良いと了承を得ましたので、どうせならば、時々は見に行ける距離ならありがたいと思いまして」

そう説明する。すると、勝久も

「右府様。それは尼子家も同じくです。尼子家は次男と三男に色々と学ばせていただく了承を得ましたので、屋敷を作る際は、微力ながら協力いたします」

子供達が柴田家で学ぶ話をして来た。その事で信長は

「そうじゃ権六!この場で伝える事になって済まぬが、実は、二郎三郎から徳川家からも三男坊と孫二人を柴田家で鍛えてやってくれぬか?と頼まれておった!

それを踏まえると、学びの為の建物と、柴田家の屋敷は分けて建てさせた方が良いな!それから学びの為の建物も、男用と女用で分けた方が良いのう!

官兵衛、屋敷を三つ建てても問題無い広い土地は、お主のおすすめの土地にあるか?」

家康の子供や孫の話をして、そこから屋敷の広さを含めた話に飛び、最終的に官兵衛にとても広い土地があるかを確認する

話を振られた官兵衛は

「勿論ございます!それこそ、今日から始まる三木城の破壊で出た建材を、柴田家の新たな屋敷に使えば、多少は銭も浮くでしょう」

三木城の破壊で出た建材を使って、屋敷を建てて、建築費用を浮かせる提案をする。それを聞いた信長は

「それは良い考えじゃな!権六、そう言う方針で進めよ!良いな?」

「ははっ!」

播磨国の柴田家屋敷と学舎を作る方針を即決した。こうして、六三郎の知らない間に、播磨国切り取りが終了し、柴田家の引越しが決まった

そんな事を知らない六三郎が居る関東では

天正二十年(1592年)六月十日

武蔵国 鉢形城

「かな子、きく乃。腹が分かりやすく大きくなって来たが、身体は辛くないか?」

「源三様。柴田様や福様の指導で、健やかに過ごしておりますから、大丈夫です」

「そうですよ。それに、私達以上に大変なのは、比左様ですから。安定期に入ったとはいえ、やっぱり私達以上に体力的に辛いでしょうから」

皆さんこんにちは。武蔵国の鉢形城で北条家一門の妊活指導の為、出張しております柴田六三郎です

先程の会話で分かったと思いますが、俺が妊活指導している北条源三殿の側室の2人が、分かりやすく腹が大きくなっている状況でして、

推定ですが、妊娠6ヶ月半から7ヶ月くらいくらいの、早産なら、今産まれてもおかしくない状態です

まあ、この2人と、もう1人の側室で現在妊娠5ヶ月頃のくる実さんは、まだ20代だから大丈夫だと思いますが、

問題は正室の比左さんです。今年で数え四十五歳なので、若い3人と比べると、動くのも辛そうな状態で、現在は産婆達と高代さんが付きっきりです

この現状では、俺に出来る事は安産祈願と、織田家へ送る酒作りくらいと思いたいのですが、北条家の長老の幻庵様が、

「儂の家臣も出来る範囲内で手伝わせてくだされ」

と言ってきたので、とりあえず家臣の人達に手伝ってもらっているのですが、その中の1人の風間さんとやらが、

たまに足音も無く、後ろに立ってたりするからビビるんだよねえ。まあ、それでも、源三殿の子が無事に産まれて、その中に

1人でも男児が産まれたら、俺の仕事は終わりで、甲斐国の復興の最終段階に入れるんだから、今は酒作りと安産祈願を頑張りたいと思います。