作品タイトル不明
立場が変わると勉強が出来る。そして重い客人が来た
天正十八年(1590年)一月十日
甲斐国 躑躅ヶ崎館
「さて、それでは新次郎殿、次郎右衛門殿、豊次郎殿。自身をあまり、実りの良くない土地を治める大名として考えてくだされ。自身の領地で一万貫の利益が手に入った場合
自身に残すべき割合はどれくらいが良く、家臣と領民に分け与える場合は、どれくらいの割合が良いとされるでしょう?」
「はい!山県様」
「新次郎殿、答えを言ってみなされ」
「はい、自身の元に四千貫、残りの六千貫を家臣と領民に分け与えるのが良いと思います」
「新次郎殿。残念ながら、違います」
「山県様、分かりました」
「次郎右衛門殿、答えてみなされ」
「はい、自身の元に三千貫、残りの七千貫を家臣と領民に分け与えるのが良いと思います」
「次郎右衛門殿、残念ながら、違います」
「山県様、分かりました」
「豊次郎殿、答えでみなされ」
「はい。自身の元に二千五百貫、残りの七千五百貫を家臣と領民に分け与えて、自身の二千五百貫のうち、千五百貫は万が一の為に残しておくのな良いと思います」
「お見事です。これは、柴田家で教わった方針ですが、戦において前線で戦う者達の褒美は多くし、敵が攻めて来た時に、
ほんの少しでも足止めしてくれる領民にも、褒美を与えられる様に、主君と理財を請け負う者達は、無駄遣いをしない様に、質素倹約を常とすべきである!
この考えを持ちながら、色々と学びなされ!今日はここまでとする」
「「「ありがとうございました!」」」
皆さんこんにちは。家臣の山県源四郎が先生をやっている現場に立ち会っている柴田六三郎です。実は、前年の十一月にクソガキ、ではなく新次郎くんと於義伊くんが会話をして以降、
反抗的な態度が無くなって来たので、於義伊くんが虎次郎くんに対して、「少しばかり対応を緩めてください」と頭を下げてお願いした結果、
「躑躅ヶ崎館の中で、柴田殿を含めた誰かしらと一緒ならば」と言う条件の元で、牢屋暮らしではなくなりました。まあ、史実の黒田官兵衛みたいに、牢屋に入れられたままだった結果、足に障害が残りました
なんて事になったら、面倒でしかないと思うので、それは良かったと思っております。ですが、俺も新次郎くんに付きっきりというわけにはいかないので、
実家との取次役で連れて来た源四郎に理財を含めた色々な事を教えてもらいながら、時間を潰してくれ!となりましたが、それを聞きつけた典厩様から、
「是非、うちの孫にも教えてやってくれ!」と言われましたので、源四郎には幼子3人の先生になってもらっております。ただ、今日の授業を見て、3人共、
「自身の元に残す銭は半分以下」と決めているのが、親の教育が良いのだろうな。と思えて仕方ありません。ちなみにですが、この事を五郎さんにも話したら
「拙者の剛太郎も三歳だったなら、参加させていたのだがのう」
と、悔しがっておりました。その後に、次郎右衛門くんと、豊次郎くんの事を典厩様に話したら
「息子は、次郎は、孫達に良い教育をしていたのですな。己の事ではなく、家臣や領民を優先する考えを持っているとは」
と、嬉し泣きをしておりました。まあ、3人は勿論、俺の息子の甲六郎や、五郎さんの息子の剛太郎くんが元服する頃には、恐らく戦は無いはずだろうし
その時に、武芸しか出来ない脳筋バカだと、家臣として生きていくのもやっとになるからね。それに、これで縁を繋ぐ事になれば、無駄な小競り合いが起きる確率も下がるだろうな
それじゃあ、明日に備えて休みます。お休みなさい
翌日
「さて、それでは新次郎殿。今日も源四郎の元でしっかりと学ぶのじゃぞ?」
「はい!」
「では、儂は作業に行ってくる」
「はい!お気をつけて!」
皆さんおはようございます。今日も源四郎に新次郎くんを預けております柴田六三郎です。正直言って、俺が見ている時間は短いですが、
新次郎くんは源四郎の目の前に居ますし、外には雷花の部下達が隠れて見張っております。なので、万が一にも逃亡する事は、ほぼ無理でしょうし、
逃亡しようとしたら、再び牢屋暮らしですから、そんな愚行はやらないでしょう。多分。なので、俺は農作業に集中出来ます。最近は杜氏の皆さんのうち、
一部の人が手伝いに来てくれています。そして、その中の何人かは葡萄を食べて、
「柴田様。ワインという南蛮の酒は、この葡萄の数や質次第で生産量が減ったり、不味い味になるのでは?」
と、気づきました。その事を酒蔵の親方に伝えると、親方達は
「葡萄を上質にする為に、自分達も作業を手伝います」
「桃も酒になると思いますので、是非とも作業に参加させてください」
等、酒作り以外にも協力してくれる様になりました。人数が増えたら、作業の負担も減るから有難いです。
そんな事を考えながら、休憩していると
「六三郎殿!」
銀次郎の兄貴の惣右衛門さんが、俺の元へ走って来ます。何事かと思っていたのですが、到着すると
「作業中に申し訳ありませぬ。実は、徳川家からの使者が、躑躅ヶ崎館に来ておりまして、使者の方が六三郎殿と於義伊殿に会わせて欲しいとの事です」
徳川家からの使者が、俺と於義伊くんに会わせろ。との事です。これは、新次郎くんの事かもしれないなあ
「分かりました。それでは、於義伊殿と共に向かいましょう」
そう言って、俺は於義伊くんと躑躅ヶ崎館の大広間へ向かう。すると、そこには
「お久しぶりですね。於義伊、六三郎殿」
「「お久しぶりです、於大様」」
まさかの於大様と他数名でした。色々とお願いされる可能性が高いよなあ。ただ、ここは俺の領地じゃないから、自由に出来ない事は流石に分かっている筈!だよな?
家康の母の於大との久しぶりの対面に六三郎は、色々と勘繰っていた。