作品タイトル不明
日本初の国産ワイン作りの営業では
天正十七年(1589年)十月八日
甲斐国 某所
虎次郎が六三郎の負担を軽くする為、杜氏との交渉を請け負うと宣言した翌日から三日連続で虎次郎は、躑躅ヶ崎館の周囲10ヶ所の酒蔵に交渉をしていたが、上手くいってない様だった
「大月殿!どうか、新たな酒作りに挑戦してくださらぬか?」
「武田家の皆様、三日連続で来ていただいても、儂達は、今の酒作り以外は出来ません。そもそも、今から酒蔵を大きくしようにも、人手が少ないのですから、
建物を新たにつくれませんし、新しい酒作りに集中させる人間も居ないのです!なので、他をあたってくたさい!」
「分かり、ました」
大月と言う杜氏にそう言われた虎次郎は、五郎を含めた護衛の者達と共に酒蔵を後にした。その酒蔵以外にも、一日で回れる酒蔵を回って交渉しても、反応は芳しくなく、
「新しい酒をつくる為の人間が居ません!」
「酒蔵の大きさが足りません!」
「新しい酒の原材料も無いのに、何を言っているのですか?」
等、誰も彼も新しい事に挑戦する余裕が無いから、そして、新たな一歩を踏み出す余裕が無いから。そんな感じで断られ続けている
今日も何の手応えも無しで躑躅ヶ崎へ戻って来る。その様子に、留守居を務めていた典厩は
「虎次郎様、五郎殿。その様子ですと、良い反応は無かった様ですな」
どうにか、言葉を選ぶ。しかし虎次郎は
「典厩叔父上。その通りです。杜氏達は、「人間が足りないから」や、「新しい酒蔵を作れないから」等の理由で断っております。
六三郎殿は、堺の納屋衆という百戦錬磨の商人達と交渉して、甲斐国の復興の道筋を作ってくれたと言うのに!儂は、儂だけでは、何も出来ぬのか!!」
そう言いながら、板間を殴る。それを見て五郎と典厩は
「虎次郎様、お止めくだされ!」
「そうです!お止めくだされ!」
慌てて虎次郎を止める。止められた虎次郎は
「自分自身が情けない。六三郎殿は八歳で初陣を経験し、十一歳で元服し、それから内政で結果を出し続けているだけでなく、重要な戦にも出陣して、
結果を出していると言うのに。それに引き換え、今年で十三歳になる儂は、何も出来ておらぬ。叔父上達と六三郎殿に頼りっきりじゃ。元服もそう遠くないというのに、情けない」
俯きながら、そう呟く。そこに、六三郎がやってくる
「虎次郎様、仁科様、典厩様。本日の進捗報告にまいったのですが、後にした方がよろしいでしょうか?」
六三郎の登場に、五郎と典厩は
「六三郎殿!良き頃合に来てくれた!」
「虎次郎様と少しばかり、話してくださらぬか?」
六三郎を虎次郎と一対一で話をさせて、気持ちを切り替えてもらおうとする。六三郎も何かしらを察した様で
(これは、また何か虎次郎くんが落ち込んでいるんだな。こればかりは、元服前の子供、いや、思春期の子供にありがちな事だから、仕方ないか)
「分かりました。それでは、虎次郎様と2人だけで話をさせてくだされ」
「「忝い!」」
こうして、六三郎は五郎と典厩に席を外してもらい、大広間に虎次郎と2人だけになると、六三郎は
「虎次郎殿。何をそんなに気に病んでおるのかな?」
最初に探りを入れる。すると虎次郎は
「六三郎殿。拙者は、自分が情けないのです。六三郎殿の負担を減らす為に、杜氏達との交渉を請け負うと言ったにも関わらず、これまでどの酒蔵も、
新しい酒作りに挑戦する事を了承しませぬ。今日まで三日連続で、躑躅ヶ崎館の周囲にある全ての酒蔵に出向いたのですが、断られてばかりです
これでは、甲斐国の復興が遠のくばかりそれに、江殿を嫁に迎える約束も、このままでは」
心中を六三郎にぶつけた。六三郎は内心
(やっぱり虎次郎くんは責任感が強いな。俺が今の虎次郎くんと同じ十三歳の頃なんて、
「何で俺はこんなに働いているんだよ!」って文句を言ってた記憶があるのに。まあ、一日も早く大人として認められたい気持ちから、こんな気持ちになるんだろうな
未来の義弟がここまで悩んでいるんだから、解決方法の1つを提示しても、 罰(ばち) はあたらんだろ)
そう考えていた。そして、提示した解決方法は
「虎次郎殿。これはあくまで、拙者の考えですが聞いてもらいたい。杜氏達が新しい酒作りを断るのか、それは、人手が足りない事、新しい酒蔵が作れない事、
その様な理由をつけているのでしょう。ですが、杜氏達が新しい酒作りを断る最大の理由として、新しい酒そのものを知らないからだと、推察します
そこで虎次郎殿!今は、交渉するのではなく、武田家で新しい酒を作り、実物を呑ませてから、交渉してみましょう!その為にも、今は耐えるのです!
昔から言うではありませぬか、「急いては事を仕損じる」と、ほぼ同じ意味で、「急がば回れ」とも言いますが、
どちらも「直ぐに目的は達成されないから落ち着いて周りを見よ」と、言う意味です。それに、言っておきますが、虎次郎殿。元服前でも元服後でも、
1人で成せる事など、たかが知れています。拙者は当然として、殿も大殿も、とても賢いお方達ではありますが、1人で出来る事に限界がある事を知っておられるからこそ
家臣の方々を、それぞれの得意分野で使っているのです。なので、家臣の方々と共に出来る事からやっていけば良いのです
とりあえず今は、杜氏達との交渉を中断して、武田家主導で、新たな酒を作り、完成したら杜氏達に呑ませてみてから、交渉に臨んでも良いと思いますぞ?」
「武田家でワインを作り、完成したら杜氏達に呑ませてから交渉する」だった
六三郎の提案を聞いた虎次郎は
「な、成程!杜氏達が作らないのであれば、武田家で作る!そして、完成品を呑ませてから、杜氏達と交渉する!
そして、戦の無い現在でも家臣達が新しい酒作りで働ける!六三郎殿、目の前が晴れた様な気分ですぞ!
誠にありがとうございます!今日はもう遅いので明日からになりますが、明日以降、酒樽も届きますから
六三郎殿!家臣を集めておきますので、作り方の指導をお願いします!」
六三郎の手を握りながら、頼んで来た。六三郎も
「勿論です。今日はもう遅いので、明日に備えて休みましょう」
明日の為に休む様に促す。虎次郎は
「はい。明日から忙しくなりますが、よろしくお願いします。それでは六三郎殿も休んでくだされ!」
お礼を言いながら、六三郎に休んでくれと伝えて、六三郎も
「それでは、お言葉に甘えます」
そう言いながら、大広間を出て行きながら
(とりあえず、何とか立ち直った様だな。俺と違って、当主という立場だから仕方ないけどさ、周りを巻き込んで、
一緒に働けば、苦労も喜びも分け合えるんだから、自分1人で背負ったら、胃に穴が空いて早死にしちゃうよ。未来の義弟にそんな事はさせられないけど、もう少しだけ、周りを頼っても良いと思うよ?)
内心そう思っていたが、それを口にする事は虎次郎の成長の妨げになると判断した六三郎は、そのまま部屋に入って、眠りについた。