軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

洛中で集まった者達の中に

天正十六年(1588年)七月十日

山城国 京都奉行所

信長は家康との話し合いの後、京へ向けて出立し、京都奉行の村井貞勝も交えて、人員募集の高札を立てる場所の話し合いを行ない、

その結果、神戸家の面している通りが最も人手の多い通りなので、最初の高札を設置する事に決まった

そこから10日程、希望者と京都奉行所で面談を行なったが、

「ううむ。思ったより、人が集まらぬ!村井よ、洛中の若者は一旗上げようという野心や向上心のある者が、これ程までに少ないのか?

目標は五百人なのにも関わらず、その十分の一の五十人にも届かぬ四十八人しか集まっておらぬぞ!」

信長はあまりの人数の少なさに、村井質問するが、村井は

「大殿。こう言ってはなんですが、織田家と徳川家の働きにより、東海、北陸、畿内、中国、四国、これら全ての地域が安心して暮らせる様になった事で、

安全とは言い難い、関東に近い甲斐国へ行って、一旗上げようと考える若者、それこそ仕官先の無い地侍は、このままの平穏な生活でも良い。と考える者が増えたのです」

希望者が少ない理由を話す。理由を聞いた信長は

「多少の禄を食むという目的も湧かぬとは。そ奴らの父や祖父、更にはその上の世代の者達が戦ったからこそ、今の武士としての地位があるというのに、

何たる堕落っぷりじゃ!今年で十二歳の虎次郎ですら、元服前ながらも色々と働いておるのじゃぞ!

更に申すならば、六三郎は八歳という年齢で、戦場から逃げなかったのじゃぞ!それにひきかえ、元服しておる洛中の武士達は!」

怒りで床几を壊しそうな程、ヒートアップしていた。そんな時に、村井の家臣が

「殿。入口前に三人の子供が居て、高札を見て、「自分達でも働く事は可能なのか?」と聞いておるのですが、如何なさいますか?」

子供だけど希望者である事を伝えると、村井は

「見た目で言うと何歳くらいじゃ?」

見た感じで何歳かを質問すると、家臣は

「一番上の男子が推定ですが、十六歳くらいで、その下の男子が十五歳、一番下の女子が十四歳ぐらいかと」

村井にそう伝える。村井は信長にどう対応するか、聞こうとしたら、信長は

「連れてまいれ!」

と、決断する。信長の決断を聞いた村井は

「よろしいのですか?」

と、思わず質問するが、信長は

「構わぬ!堕落した武士よりも、一旗上げようという野心や気概があるのであれば、身分は問わぬ!早く連れてまいれ!」

村井の質問を一蹴し、村井の家臣に命令する。命令を受けた家臣は、急いで入口に行き、3人を信長と村井の前に連れてくる

3人は信長と村井を見て、平伏するが、信長から

「面を上げよ!」

と言われて、顔を上げる。3人の顔を見た信長は

「ほお。皆、それなりに逞しい顔つきじゃな。所作もしっかりしておる。それでは、自己紹介してもらおう。一番歳上に見える、お主。名を申せ」

「ははっ。 松永彦兵衛久勝(まつながひこべえひさかつ) と申します。今年で十六歳になります」

一番歳上らしき若者が名乗ると、信長と村井の顔が少し変わる。しかし信長は

「真ん中のお主も、名を申せ」

あえて触れないのか、次の若者にふる

「ははっ。 松永市之助久吉(まつながいちのすけひさよし) と申します。今年で十五歳になります」

2人目の名前を聞いて、信長は何かを確信した様だが、それでも、面談を続ける

「最期の女子、お主の名を申せ」

「はい。 松永通(まつながみち) と申します。今年で十四歳になります」

全員の自己紹介を聞いた信長は

「お主達は、兄妹なのじゃな?」

と、質問し、代表して

「はい。その通りです」

久勝が答える。続いて信長は

「お主達の父は松永右衛門佐、祖父は松永弾正で間違いないな?」

と、確信を突く質問をする。これにも

「はい。その通りです」

久勝が答えると、信長は

「お主達の祖父も父も、織田家との戦で死んだのに、織田家が募集する仕事に就く事に抵抗は無いのか?」

試す様な質問を投げつけると、久勝は

「祖父も父も、武士としての本懐を遂げたのです。それに、戦は時の運もあります。だからこそ、織田家を恨んでも無意味です。それに、我々兄妹は、とある事で、織田家に対して恩義を感じております」

織田家に恩義があると伝える。それを聞いた信長は

「ほう。どの様な恩義じゃ、話してみよ」

思わず食いつく。そんな信長を前に久勝が話す

「はい。あれは、二年前の事でした。拙者は市之助と通と共に、備後国の御所で公方に仕えておりました

公方は、気位だけが高い男でした。それでも、亡き祖父と父が三好家を支えながら、将軍家も支えようと頑張っていたので、拙者も同じ様に。と思っていたのですが、

公方はあろう事か、月のものが来始めた妹に手を出そうとしたのです。流石に他の方々から止められましたが、そう言う事もあって、

このまま公方に仕えて良いのかと疑問に思っていた所に、当時毛利家と戦の最中であった織田家の方々が公方に呼ばれて御所の中に入って来たのですが、

そこで、「六三郎」と呼ばれておりました若武者が、公方に対して「日の本を混乱させておきながら、その責任を取らない阿呆!」と言い切った事で、

目の前が晴れた様な気持ちになりました!更には、織田家と毛利家の協力の元、公方を連れ出し、捕縛した話も、我々兄妹が自由に動く事を決断出来たきっかけなのです!

ですが、出奔した時の路銀も底をつき始めて来た所に、此度の高札を見たのです。なので、どうか我々兄妹を甲斐国で働かせていただきたく!」

「「お願いします!」」

久勝が最初に頭を下げると、久吉と通も頭を下げる。それを見た信長は

「良かろう!お主達兄妹には、甲斐国で働いてもらおう」

採用を即決で決めた。そんな信長に村井は、何も言わず、人員帳簿に松永兄妹の名前を追加で書いた。