軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

備中国で合流したのは

天正十三年(1585年)九月十四日

備前国 某所

「柴田様!ここら辺が備前国の中央と呼べる場所です。ここから西へ三日ほど進めば、備中国へ入れるはずです」

「山中殿!忝い!」

皆さんこんにちは。備前国の中央付近まで進軍して来ました柴田六三郎です。今月の初頭頃に、播磨国へ入ったと思ったら、史実の秀吉の天下取りを支えた名軍師の黒田官兵衛率いる黒田家の皆さんに会いましたら

「織田家に臣従しますから、毛利との戦に参加させて!」とお願いされましたので、「じゃあ、よろしく」と言う感じで、黒田家の皆さんも援軍に参加になりました

ちなみに、黒田家の皆さんですが、参加が決まったら本拠地に急いで戻って、300人程、戦力を増加させました

そして、移動の休憩中に話を聞きましたら、主家の小寺家が佐久間様との交渉で、織田家にくだったのに、

今回、毛利に押し戻された事、毛利から寝返りの文が来た事で、家中が混乱状態になった結果、官兵衛さんの親父さんの甚四郎さんが、「独立して織田家にくだる!」と決断して、

毛利征伐で武功を挙げて、それを手土産に少しばかり良いポジションで臣従を認めてもらおう!

と、言う中々の策士っぷりと言いますか、腹黒と言いますか、まあ、俺としては戦が少しでも楽になれば良いので細かい事は言いませんし、聞きません

ですが、官兵衛さんの嫡男の吉兵衛くんは、

「柴田様!元服前の美濃国での戦の話、拙者も幼い頃に聞いたのですが、とても心踊る、いえ、心昂りました!他にも」

と、テンション高く俺の昔の戦の話をしているのです。俺と3歳しか変わらないので、凄い歳上の人の武勇伝みたいに話されても、何だか変な感じです

そんな吉兵衛くんと話が合ったのが、

「吉兵衛殿!確かに、殿の初陣のお話は心昂りますが、目の前で殿の壮大かつ剛毅な策を見たら、更に心昂りますぞ!特に」

源二郎くんです。史実でも秀吉の家臣として、共に仕えていたし、この世界線でもそこら辺は変わらないんだな。と、納得しました。では、そろそろ

「さて、それではそろそろ進軍を再開しましょう!山中殿!先導を頼みます!」

「ははっ!」

進軍を再開しまして、備中国へ向かいましょう。

天正十三年(1585年)九月十八日

備中国 某所

「柴田様!備中国に入りました!」

「うむ。山中殿、誠に忝い!早足で進軍しましたが、上杉家の方々、黒田家の方々。体調は大丈、、」

「六三郎殿、拙者は大丈夫なのですが、家臣の皆が」

と、馬に乗って移動していた景勝さんは、家臣の皆さんを振り返ると、かなり疲れたんでしょうね、足がプルプルしているので、槍や刀を杖代わりに歩いています

「六三郎殿、黒田家も上杉家と同じ状態じゃな」

と、馬に乗っている官兵衛さん以外で、吉兵衛くんと黒田家の家臣の面々は上杉家の家臣の皆さんと同じく、足をプルプルさせながら、槍や刀を杖代わりにしています

ただ、上杉家は近江国からの移動で、黒田家は播磨国からの移動と、距離に差がだいぶあるので比較は出来ないのですが、

その両家と違い、尼子家は、

「殿!」

「殿!」

「父上」

「だ、大丈夫じゃ。長い距離の移動は初めてだったから、少しばかり疲れただけじゃ。儂一人の為に、六三郎殿の進軍を止めてはならぬからな」

と、勝久さんの方が疲労困憊になっておりましたが、勝久さんは、前線に出ないから最悪の場合、寝所で寝かせておけば良いでしょう

そんな3家を見たあとに柴田家を見たのですが、赤備えの皆は、毎日走って筋トレしてるから、長距離移動も平気なんですが、まさかの吉田のおっちゃん達も

へっちゃらな顔をしているので、驚いております。だって、吉田のおっちゃん達、50代だよ?肉体的な衰えが出ていてもおかしくないのに。

これ、吉田のおっちゃん達、2日後に筋肉痛が遅れてやってくるとか無いよな。

俺がそんな事を考えていると、先導していた山中さんから、

「柴田様!!北西の美作国方面に軍勢が!こちらに向かっております!」

なんて、物騒な言葉が聞こえて来ました。

「種子島持ちの者達、前に出よ!毛利だった場合を考えて、いつでも撃てる様に準備しておけ!」

「「「ははっ!」」」

「赤備えの皆も、いつでも突撃出来る様にしておけ!」

「「「ははっ!」」」

「上杉家と尼子家と黒田家の方々も、動ける者は赤備え達と共に動いてくだされ!」

「「「おおお!」」」

出来るかぎりの準備をして、毛利が来る最悪の場合を想定しておりましたら、

「〜殿!」

「〜郎殿!」

「六三郎殿!」

と、俺を呼ぶ声が聞こえて来ます。それも、知っている声です

「種子島持ちの者達、種子島を下げよ!」

「よ、よろしいのですか?」

「良い!儂を呼んでおる声、それも知っている人間の声じゃ!」

「わ、分かりました」

で、火縄銃を持ってる人達の警戒を解除させましたら、軍勢の旗印が見えて来ました、この近くに居て、

俺の事を知っている人達、それは

「市兵衛殿!虎之助殿!孫六殿!此処ですぞ!!」

「「「六三郎殿!」」」

山陰方面軍の羽柴家の皆さんです。先陣を切る3人が居ると言う事は、当然あの人も居るわけです

「殿!六三郎殿の軍勢を見つけました!殿の予想どおり、備中国に入って間もない距離に居ました!」

「やはりか!」

秀吉の声が聞こえて来まして、

「六三郎殿!久しぶりじゃな!およそ三年振りかのう?かなりの戦場を経験した様じゃな!精悍な顔になっておる!」

姿も見えました。これで、山陽方面軍とか山陰方面軍ではなく、まとめて毛利征伐軍と呼べばいいのかな?とりあえず、少しだけ肩の荷が降りた様な気がします

でも、秀吉に丸投げは出来ないから、まだまだ頑張らないとダメだろうな。