軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

芝居は親子の間でも

天正七年(1579年)四月十日

美濃国 岐阜城にて

「勘九郎様。勘九郎様のお父上様は、とても恐ろしい人であると聞いております。虎次郎の事は、誠に大丈夫なのですか?」

「松殿。父上は恐ろしい時もあるが、政治的な判断を下す冷静さは失わぬ。そこに賭けようと思う」

六三郎と山県兄弟が越前国の屋敷で話していた同日、信忠は松と共に岐阜城の大広間に居た。

理由は当然、虎次郎の事である。勝家は立場上、そして性格的に隠し事が出来ないから虎次郎の事を信長に報告していた。虎次郎の存在を知った信長は、

虎次郎が無事元服したら、傀儡として武田の当主に据えるという政治的利益を頭の中で叩き出した、更には虎次郎を担いで、甲斐国の反対勢力の抑え込みや殲滅も出来るとも考えていた

その事を信忠に事前に話しており、勝家以外の重臣の前で一芝居打つ事を決めた

信長と信忠のそんな思惑を知らない松姫は、ただ虎次郎の無事を祈るだけだった。そして、信長が上座の横から登場すると、信忠と松姫は平伏する

それを見た信長は、上座に座り、

「勘九郎と松姫。面を上げよ」

「「ははっ」」

2人が面を上げると信長は、

「さて、勘九郎よ。十兵衛からの文を受け取ってから、四十日程でよくぞ六三郎達と山県兄妹、そして松姫を保護した。寒い中、ご苦労であった」

「お褒めの言葉、あり」

「しかし!」

信忠が礼の言葉を発しようとすると、信長は大声で止めて、

「保護した一行の中に、四郎勝頼の子が居るとは聞いておらぬぞ?そして、その様な子が居るならば、何故殺さぬ?将来の禍根は切っておくべきではないのか?

何故、生かしたのじゃ?儂が納得する理由があるのじゃろうな?」

「はい!此度、拙者が保護した一行にいた虎次郎は、まだ三歳の幼子です。ここに居る松殿から聞きましたが、現在、武田家中では、四郎勝頼を中心とする派閥と、反目している派閥が一触即発との事。

そんな状況から命からがら逃げ出した、元服もしていない幼子を殺しては、拙者は浅井攻めの時の羽柴筑前と同じ、人でなしと罵られてしまいます。

父上が大きくし、天下統一が見えてきた織田家の跡を継ぐ拙者が、人でなしと罵られる男であったなら、

そんな男に誰がついてきてくれるでしょうか?誰が命を預けてくれるでしょうか?此度の拙者の行動が、

各地方の反織田の者達に広がれば、きっと「自分達の命で子や孫が助かるならば」と思い、流れる血も少なくなるであろうと判断した結果にございます!」

「勘九郎!それが、お主の出した四郎勝頼の子を殺さぬ理由なのじゃな?」

「はい」

信忠の芝居を見届けた信長は、しばらく考えるフリをして

「良かろう!そこまで申すのであれば、勘九郎よ、虎次郎を時が来るまで、お主と松で養育せよ!」

「ははっ」

「そして松!」

「はい!」

「お主が虎次郎を山県兄妹の末の子に扮する様に仕向けた策、見事すぎて、お主達を保護していた権六の嫡男の六三郎も、美濃国の屋敷で休ませた明智十兵衛も気づかなかったぞ

流石、甲斐の虎の娘!お主が男で武田の当主だったならば織田家は苦しい戦を強いられていたであろうな」

「私は勘九郎様の嫁になる決意をしましたから、最早、武田家の事は何も出来ませぬ。

それに、民の事を考えないで重税を課しておりながら、家中の事しか見ていない者達など、滅亡への道を歩いているも同然です」

「ふっ。やはり一族の者でありながら、出奔する者は強いな。うむ!皆も聞いたであろうが、勘九郎と松姫はこれより夫婦となる。時勢が落ち着いたら、

祝言を盛大に挙げようではないか!そして、今すぐではないが宣言しておく!儂は早くて年内、遅くとも3年以内に勘九郎に家督を譲る!」

「ええ!」

「殿!誠ですか?」

「まだ五十歳になってないのに、良いのですか?」

と家臣達がざわつく。しかし、信長は

「今すぐではない!だが、勘九郎に少しずつ権限を委譲する。だからこそ勘九郎!」

「は、はい」

「儂にあれだけの事を言って、虎次郎の事を納得させたならば、言葉と同時に行動で示せ!良いな?」

「ははっ」

「うむ!これで、終了とする。勘九郎、松。夫婦として末長く幸せに過ごすのだぞ」

「「はい」」

「うむ!皆、戻って良いぞ!」

こうして、芝居を見せた信長と信忠、そして、芝居が苦手だから黙っていた勝家以外は納得して、帰って行った

そして小姓以外で残ったのは信長、信忠、帰蝶、勝家、長秀、松姫の面々だった

残った面々の中で、最初に言葉を発したのは長秀だった

「殿、勘九郎様。先程のやり取りは芝居でしたな?」

「やはり五郎左には露見しておったか。権六はこの芝居をやる事を事前に伝えていたが、芝居が下手だから、黙って座らせていたのじゃがなあ」

「殿。拙者は、目を閉じて顔に出ない様にしておりましたぞ。五郎左、儂の顔で分かったのか?」

「いや、権六の顔どうこうよりも、殿と勘九郎様は、松姫様達を保護しに行くやり取りを拙者の目の前で、やっていたので、そんな二人が、あの様なやり取りをするのは不自然すぎて」

「ならば、五郎左はあえて黙っていた訳か」

「そう言う事になりますな」

信長と長秀のやり取りを見ていた松姫は

「ええ!勘九郎様。あの、お父上様への言葉や態度は芝居だったのですか?」

「松殿。隠していて、申し訳ない。だがな、美濃屋で松殿に言った嫁入りを望む言葉と、虎次郎を養育する言葉は誠じゃ!」

「ならば、私と虎次郎を大切にしてくださるのですね?」

「勿論じゃ!」

「うむ。松姫、いや、もう勘九郎の嫁なのだから松と呼ぶか。松よ、織田家としては、虎次郎を害する気持ちは無い。何故なら武田との最期の戦の後、虎次郎を正統な武田家の当主として、

家督を継いでもらい、甲斐国の統治に役に立ってもらうつもりじゃ。まだ三歳と言えど、松の父上である信玄公の孫じゃ。丁重に扱って育てていく事を約束しよう」

「ありがとうございます」

「とりあえず、勘九郎と松!お主達は虎次郎と共に、ひとつ屋根の下でこれから暮らす様に」

「「はい」」

「うむ!勘九郎が嫁をもらい、将来の甲斐国の太守になる幼子まで来た。これから楽しみじゃな」

これからの展望を頭の中で描いている信長はとても楽しそうだった。