軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

遠回りの帰り道で

天正七年(1579年)一月四日

三河国 岡崎城にて

「それでは三郎様、皆々様。お世話になりました」

「いやいや六三郎殿!世話になった、いや、世話になりっぱなしだったのは我々じゃ。六三郎殿が居なかったら、まだまだ財政改善も途中だったであろう」

「然り然り、治水工事も、土地改良もまだまだ上流で止まっていたかもしれぬしな」

「改めてじゃが、六三郎殿。儂達から渡せる物は、路銀と道中の飯しかないが、誠に良いのか?」

「はい。殿からいただく事で、殿からの褒美になるのですから、皆様から直接もらう事は申し訳ありませぬが」

「しきたり的なものもあるから、あまり言えぬが、改めて義父上に渡しておこう。父上からも義父上に届けてあるだろうしな」

「それでお願いします。それでは、そろそろ」

「うむ。また三河国へ来る用事があったら、いつでも岡崎城へ寄ってくれ」

「その時はお言葉に甘えたいと思います。では」

「うむ。誠にこの一年半の働き、感謝いたす」

皆さんおはようございます。今日、岡崎城での出張が終わって、これから帰路に入ります柴田六三郎です

親父には殿を通じて、今日出立する事を伝える文を送ったので、予定では4月頭頃に越前国に到着予定です

今から召し抱える約束をしていた岸さん夫婦の所に行くので、美濃国から帰るルートを選んでおります。

で、しばらく歩きと馬で移動しまして、

「三之丞!かえで!迎えに来たぞ!」

「六三郎様!一日千秋の気持ちで待っておりました!」

「六三郎様!出立の準備は万端でございます」

「うむ。では、参ろうか」

三河国に来た時は、俺、源次郎、銀次郎、新左衛門、花。の5人だったけど、帰る時は三之丞とかえでが加わって7人になりました。

まあ、親父の領地は多少大きくなる様だし、俺の家臣が増えても問題は無いはず!だよね?

そう思いながら、歩いていたら新左衛門が

「若様。不躾な質問になりますが、何故に古茶様親子を保護したお礼も、此度の財政改善のお礼も、

直接徳川家と松平家からもらわなかったのですか?働いたのですから、もらっても損は無いと思うのですが?何故、織田様経由でもらうのですか?」

新左衛門の質問に関しては、新入りだけど、この中で1番歳上の三之丞に答えてもらうか

「三之丞!今、新左衛門が口に出した疑問の答えを、分かりやすく説明出来るか?」

「はい。六三郎様からの初めてのお役目、務めさせていただきます。新左衛門殿、今の疑問ですが、

源平の戦にて、獅子奮迅の働きを見せた九郎判官の事は当然、知っておりますな?」

「それは勿論!武士たる者、一度は九郎判官の様に圧倒的な働きを見せたいと思うもの。ですが、三之丞殿。拙者の疑問と、九郎判官にどの様な関係が?」

「新左衛門殿。その九郎判官の最期は知っておりますか?」

「確か、匿われておった奥州藤原氏の裏切りで攻撃されて死んだと、それが何か?」

「その攻撃された理由が、九郎判官の兄であり主君でもあり、鎌倉幕府を開府した源頼朝公の命令である事は知らぬ様ですな。

実は、此度、六三郎様が徳川家と松平家から直接礼の品をもらっていた場合、九郎判官になっていた可能性もあるのです」

「「「ま、誠か!?」」」

おい、源次郎と銀次郎。質問した新左衛門が驚くのは分かるが、お前らまで驚くなよ。まあいい、とりあえず続きを聞こう

「誠です。六三郎様の主君は、今や天下統一に一番近い織田様ですから、その織田様からではない者から褒美をもらった場合、最悪の場合、六三郎様は織田様から

「貴様は何処の家の家臣じゃ?」と言われてしまいます。そうなってしまっては、六三郎様のお父上も

何かしらの連座に巻き込まれる可能性もあります。織田様の性格が分からないので、具体的な事は言えませぬが、あくまでも「織田様からの褒美」の形を取らないと、

不信感を持たれて、最期は九郎判官になる可能性もあるから、六三郎様は、徳川家と松平家から直接礼の品をもらわなかったのです

もらってしまったら、時の後白河院から検非違使の官位を直接もらった九郎判官になる可能性が出てくるからですな?六三郎様」

「うむ。三之丞!見事、儂の思っていた事を新左衛門達に説明してくれた!あえて付け加えるならば、

徳川様も三郎様も、織田家との同盟関係にヒビを入れたくないから、九郎判官の故事に習ったのだろう。

だからこそ、しきたりの一つとして儂も求めなかった。これで納得してくれたか新左衛門」

「若様のお考えを理解出来ず申し訳ありませんでした」

「良い。その様な場に新左衛門達達は滅多に出ないし、その様な状況も未経験なのだからな。

だが、殿と徳川様は、三郎様と徳姫様の婚姻で身内になったといえど、その様なしきたりは守らねばならぬ。

「親しき中にも礼儀あり」じゃ。仲が良くとも、守るべき部分は守らねばな。まあ、皆への褒美も殿経由になる。しばらく待っていてくれ」

「「「ははっ」」」

皆が納得したので、移動再開です

天正七年(1579年)二月十日

美濃国 某所

「やっと美濃国じゃあ!」

「やはり三河国より冷えるのう」

「越前国は、少しくらいは暖かい国であって欲しいのう」

皆さんおはようございます。やっと美濃路に入りました柴田六三郎です。三河国を抜けて、美濃国に入りましたが、

まだまだ信濃国と近い位置なので、少し緊張感もあります。そんな緊張感を持ちつつ進んでいると、

「お、お助けくだされー!」

「そこの旅の方!お助けを!」

「待たんか!」

何やらちょっとした団体、ぱっと見10名前後が俺達に助けを求めていて、その後ろから二十名くらいが追いかけて来ているな

これは、三之丞の腕前も見せてもらうか。あと、助けを求めて来た男共も戦わせよう

「源次郎!銀次郎!新左衛門!三之丞!これも何かの縁じゃ!人助けと行こうではないか!暴れて来い!」

「「「「ははっ!」」」」

まさかとは思うけど、俺に仕えたい訳ありの人達じゃないよな?

※六三郎のまさかはフラグになります