軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

治水と土地改良が終われば

天正五年(1577年)十一月三十日

三河国 某所

「完成しました!」

「遂に!遂に!!治水工事が終わって、同時に田畑の改善も終わった。という事は、六三郎殿!」

「ええ!年末から準備して、春頃から作物を植えて、収穫の秋を待つのですが、その間は、松平家の皆様が頑張って作った布団を畿内で売り込んで、

その利益を元に、更に銭になる物の材料を作るか、買う事を考えたうえで、動くべきかと」

皆さんおはようございます。6月から始めた爆破する治水工事と、堆肥製作からの土地改良を毎日やって、

年内に終わらせました柴田六三郎です。石川殿が、泣きながら俺の手を握って、大仕事終えた事に安堵してます

ちなみにですが親父達から6月に徳川家の皆さんが浜松城に戻った事と、先月、越前国へ引越したと文が届きました。文の中には、源太郎の嫡男の名前が、

俺の名前と親父の名前を使う許可を親父が出したそうで、「 虎六郎(とらろくろう) 」と名付けたそうです。

めでたい事だと、源次郎、銀次郎、新左衛門は泣いていたけど、俺としては早く越前国へ行って、人生を変えたいんです!現状、何もないけど、

このまま進んだら、俺も親父も残りの人生5年半だそ!そんなのごめんだよ!

ああ、すいません。話がそれてしまいました。ですが、

そろそろ、本願寺が殿に負けを認めて、現在の本拠地から移転して、そこから殿が各地方へ軍勢を動かすはずだから、

親父が中国地方の毛利相手じゃなく、北陸地方の上杉相手に戦う事は確定っぽい。でも、史実と違う事がひとつ有る

それは明智光秀が親父の与力になった事!親父が光秀を領地の後任に推薦したところ、殿が了承して、

その時に光秀を与力にしたい。とリクエストして了承されたと。これを聞いた時、心の中で踊りましたよ!

史実の本能寺の変の実行犯が、襲撃出来る場所に居ない事が確定したんですから!

本能寺の変が起きなければ、俺も親父も殿も勘九郎様も!長生き出来る!それに、秀吉のやった事を糾弾する為に、

殿と勘九郎様は絶対に長生きしてもらわないと困るからね。智さんの長男の治兵衛や、三之丞とかえで夫婦の孫六を奪還する事も、俺に仕えてくれた恩返しになるだろうし

まあ、その事は来年以降だ。とりあえず、岡崎城に戻って三郎様に報告して、休もう!と、思っていたら、

また、働かされる事になりました

「三郎様!治水工事と田畑を含めた土地改良、年内で全て終わりました!」

「おお!おおお!遂に、財政改善の第一歩が始まったか!石川!そして皆、三河国を東へ西への大移動、誠に大義である!そして六三郎殿!

徳川家の問題なのに、無理難題を聞くだけでなく、形にしてくれて、誠に感謝しかない!誠に、誠に!」

三郎様がめっちゃ頭を下げてくれるけど、長く下げられても困るし、

「三郎様。そろそろ」

「ああ、済まぬ。改めてじゃが、明日からしばらく治水工事等の肉体労働は休んでよい。今日は微々たる態度だが、少しだけ豪勢な夕食にしたぞ!」

「「「おおお!」」」

家臣の皆さんがめっちゃ喜んでいるので、俺も期待していたのですが、

出て来たのは、この時代だと宇治丸と呼ばれている鰻で、豪勢な主菜は鰻のぶつ切りの煮込みと、いつもどおりの麦飯と野菜。うーん。鰻は確かに豪勢だけど、

焼いた方が美味いと思うんだよなあ。俺がそう思っていると、

「竹千代。しっかり宇治丸も食べぬか」

「父上。竹千代は宇治丸が好きではありませぬ!野菜と麦飯だけで良いです」

あーあ。竹千代様が鰻を美味しくないと言っちゃった。まあ、子供は好き嫌いはっきりするよなあ。

領地で於義伊くんと於古都ちゃんが食ってたハンバーグみたいな料理は、ここでは作れる人は居なさそうだしな

でも、野菜と麦飯だけで良いは流石に。ねえ。

俺より歳下の子供の為に頑張りますか

「三郎様。よろしいでしょうか?」

「六三郎殿。何かあったか?」

「いえ。竹千代様な宇治丸が苦手な様ですので、食べられる様な料理をお出ししたいと思いまして」

「で、出来るのか?」

「絶対出来るとは言えませぬが、口にしたくなる様には出来るかと」

「色々やってもらっているのに、竹千代の好き嫌いの解消までやってもらって、済まぬ」

「いえ。子供が麦飯と野菜だけではと思いましたので。では、料理に取り掛かりたいと思います。宇治丸はまだ残っておりますか?」

「ああ。台所に生きたものがある。済まぬが、よろしく頼む」

という事で、台所に来て鰻を調理するのですが、

前世では鰻屋でバイトしてたし、調理師免許も取ったから捌き方は覚えてるけど、

先ずは首を切ってからだな。よし、やるか!と言いたいけど、

「あの、皆様?」

料理人の皆さんがめっちゃ見てます。2年前よりも見られています

「柴田様。若様より、しっかり見て、やり方を覚える様にと言われましたので、申し訳ありませぬが」

料理人の皆さんも大変な様ですので、そのままにしましょう。蒸す用の蒸篭も準備してもらいましたし、無碍には出来ないですからね

「分かりました。では、始めます」

首を切って、背中から開きまして、骨をじっくりと取って。そこから身を食べやすい大きさに切って、

「おお!あの宇治丸がぶつ切り以外になるとは」

「あんなに綺麗な身をしておると初めて知ったぞ」

色々な声が聞こえてきますが、まだ途中です。開いた身を準備していた蒸篭で蒸しまして

「柴田様。蒸したら終わりなのですか?」

「いえ。蒸した後も少し手を加えます。それより先にやる事として、宇治丸の骨を炙ります」

「「ええ!?」」

皆さん驚いてますが、炙った骨から出る出汁から作るタレと澄まし汁が美味いんですよ

「まあ、焼いた骨からある物を作るので楽しみにしてください」

そう言って料理を再開です。骨をしっかり炙りまして、焦げがつく前に水をはった鍋に投入。

で、鍋に出汁が出てくると、摺り下ろした生姜を入れて、味見用の小皿に取りまして、うん。美味い!皆さんにも飲んでもらおう

「どうぞ、味見してくだされ」

小皿を渡してみると、1人が

「では」と飲みだす。すると、

「美味い!これが、あの宇治丸から出た出汁とは信じられぬ」

その言葉に他の人も飲みだす。

「美味い」

「何と優しい味じゃ」

「炙った骨と生姜だけで、これ程の味になるとは」

好評な様です。そうこうしていると、蒸している鰻も火が通ったみたいなので、取り出して

金属製の串が無いから、金網を竈門の口に置いて、先ずは白焼きを作る

その間に骨から取った出汁と味噌を混ぜて、とろみがついたら味見して、美味いから大丈夫だな。

で、白焼きの両面を焼いて、蒲焼きに着手して、

焼けたので完了です。さあ、竹千代様は美味しいと感じてくれるかな?