軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

父への報告〜主君からの手直しをつけて〜

天正三年(1575年)一月二十五日

山城国 某所にて

寒さの厳しい京に勝家はある人物と共に滞在していた

「相変わらず京の冬の寒さは、慣れないのう」

「柴田殿の様に日頃から身体を鍛えていても、やはり寒さは辛いのですか」

「おいおい十兵衛。儂を人間以外の何かと思っておるのか?儂とて寒いものは寒いぞ」

「おっと、これは失礼。神童と呼ばれる子を持つ親は寒さ暑さなどは常人よりは強いものだと」

「はっはっは。まあ良い。昔に比べたら儂に軽口を話せる様になったのじゃ。十兵衛が織田家に更に馴染んできたと思えば、大した事ではない」

「そう言ってもらえて嬉しい限り。そういえば柴田殿。話が届いておりますが、今年嫡男の吉六郎殿が元服するらしいですな」

「儂はまだ先でも良いと思っているのだがな、本人からの希望を殿が了承したなら、儂からは何も言えぬ」

「まあまあ。吉六郎殿は、縦横無尽に動き、知恵を働かせて、敵を攻撃する。若武者には必要なものを既に持ち合わせておるのですから、子供という殻に押し込めていても、殻を割るのは時間の問題だと思います」

「う〜む。儂にとっては初の子だからな。戦や織田家の為に時間を割いて倅に親らしい事をあまり出来なかったから、強く言えぬ」

「柴田殿。拙者は、柴田殿より子育て経験が多少有るだけですが、子は男女問わず元気に生きているだけで良いと思います」

「そうか。確か十兵衛の嫡男は」

「拙者の嫡男は身体が弱いので元服も出来るか、元服しても戦場での働きは期待出来ぬので、最悪の場合は、細川家に嫁に行った娘の珠が男子を複数人産んだ場合、そのうちの一人に家督を継がせる事も考えないといけないかと」

「十兵衛。済まない」

「いえ。柴田殿が謝る事ではありませぬ。それよりも柴田殿。我々は殿より京の警護と河内国で本願寺と戦っている佐久間殿の援軍として此方に居るのですよね?」

「うむ。言いたい事は分かる。何故、佐久間は援軍である我々に出陣要請をしないのか?なのだろう?」

「はい。殿は持っている軍勢の数が織田家中で最多の佐久間殿を本願寺へぶつけた事は理解出来るのですが、

お世辞にも佐久間殿の軍勢は精強とは程遠く、およそ三年前に徳川様への援軍として武田と戦っていましたが、武功が全く無かった事を、殿から叱責されておりました。

恐らく殿は佐久間殿の奮起を期待して本願寺にぶつけて我々にその手助けを。との配慮だと思うのですが、

当の佐久間殿が自身の立場を分かっておられぬのか」

「十兵衛。儂も思うところはあるが、こればかりは佐久間からの援軍要請が来てから動く前に一度物見を出してみる。それから考えても遅くないじゃろう」

「それが一番無難でしょうな」

勝家と光秀の会話が落ち着いたところに

「殿!岐阜城の大殿から文が届けられました」

「儂だけか?十兵衛にもあるのでは?」

「申し訳ないですが、明智様への文は有りませぬ」

「柴田殿。拙者は席を外した方が」

「いや。儂だけという事は、私的な内容なのだろう。こういう場合ほぼ間違いなく倅からじゃろうな。まあ気にせず共に見ようではないか。

この文を見たら、十兵衛も倅が神童などではないと思うはずじゃ」

「柴田殿が良いなら」

「では読むぞ。「権六へ。この文は、お主の倅が儂の弟の三十郎から借りた銭の返済の旅の前後に起きた事を、お主に知らせる為に書いた文を届けて欲しいと一時的に儂の元へ届けられたものを一部手直ししてから、儂が書いている

なので、この文の事で吉六郎を叱責するでないぞ。改めて本題に入る」

「父上へ。殿と父上から言われたとおり、殿の御舎弟の三十郎様からの借銭を返済する為の旅は無事に終える事が出来ました。利息として、借りた銭の倍の銭をお渡ししました。三十郎様からは「これは多いと思うぞ?」と言われましたが、

「父上ならこれくらお返ししろ!と言われると思ったので、是非とも」と言ったところ、受け取ってくださいました。

その旅の道中、尾張国の中村という場所で、畑が猪に荒らされているので助けてくれと、そこに住む百姓家族から頼まれたので、共の者達と猪を退治したら、

その家族の子に「武士になりたいので家臣にしてください」と言われたのですが、母親は猛反対しており、

子の歳が拙者より四歳も下なので、先ずは文字の読み書きや数の計算から覚えるところから始める文官見習いの形で召し抱えて、将来的に利兵衛達の次の文官として働く事を見据えて、頭を先ずは鍛えております

また、親子を離れ離れにするのは申し訳ないと思い、父親も文官見習いや小者として働いて、母親は女中として働く事になりました

そして、その家族以外に女中として一人追加で召し抱えました。

父上は「また、何処の馬の骨か分からぬ者を」と思うかもしれませぬが、実は父上は件の者達の身内に既に会っております。

先ず、文官見習いの子の家族ですが、母親が羽柴様の姉君なのです。そして、追加で召し抱えた女中は

その羽柴様の家臣で、父上が尾張国に領地を持っていた時に、拙者と共に猪退治をした加藤夜叉丸殿の母君です。

母君は息子の夜叉丸殿が自由に人を呼べる様になるのは、まだまだ長い時がかかるから、何の立場もない自身が会いに行ったら夜叉丸殿に迷惑をかけてしまう事を憂い、

柴田家で働いていたら、夜叉丸殿の働きを聞く事も出来て、姿を見る事も叶うかもしれないと思い、拙者に領地で働かせてくれ。と懇願して来たので、

我が子の為に動く母を無碍に出来ないので、召し抱えました」以上が、儂の手直しも幾らか入っているか、基本的には吉六郎から権六に伝えて欲しい内容の文である」

「柴田殿。吉六郎殿は随分と人に好かれるというか、慕われるというか。拙者の様な凡庸な者には計り知れない器が有る様に感じます」

「それを言うなら十兵衛。儂も凡庸なのだろう。我が子ながら、倅がこれ程まで人を惹きつけて、その者にとってよい道を示す事が出来るとは」

「柴田殿。その様な子供を「神童」と呼ぶのではないのでしょうか?」

「嫁の実家は神職の家でも何でもない家だったし、嫁の父母は早くに亡くなったから、倅にこの様な知恵を授ける事は出来ないはずじゃがなあ。儂の父母は更に早く亡くなったし」

「柴田殿。考えても仕方ないかと。文の内容的に新しい家臣と女中を召し抱えた報告ですし」

「それもそうか。しかし、元服前でこれ程驚かされるのじゃ。元服したら更に驚かされるのじゃろうな」

文を読んだ勝家の言葉は、吉六郎にフラグを立てていた。