軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

主君は娘を何と見る

天正二年(1574年)八月八日

遠江国 浜松城内にて

場面は於大達が美濃国から帰国して、家康へ於古都の嫁入りの話を吉六郎に申し込んだと於大から言われたところから

「母上!何故、勝手にその様に決めるのですか?」

「他に嫁入り先を探している間に、もしも於義伊と於古都の事が三郎達に露見した場合の事を考えなさい!

三郎は弟と妹が出来た事を喜ぶかもしれませんが、瀬名と徳は、「於義伊の器量次第では家督を奪われるかもしれない。そうなる前に」

と、考えて最悪の事が起きる事もあり得るのですよ。そうなる前の処置です!」

「し、しかしですな」

「今すぐに!という話ではありません。吉六郎殿は、「殿と徳川様が了承したら」と、あなたと織田殿の話し合い次第。

であると分かっているからこそ、破談になる事も含めて、その様な返答に留めているのですよ」

「それならば、まだ破談にした方が」

「そう考える事も、あなたの政治的判断なので理解出来ますが、二郎三郎、

いまだに忌み嫌われる双子の妹を、何のわだかまりも無く嫁にもらってくれる人など、

日の本広しと言えど、ほぼほぼ居ないのですよ?それに、吉六郎殿は於義伊と於古都の事を「徳川家の宝」と言ってくれました

それだけではありません。古茶に対しても畜生腹ではなく多宝腹と言うなど、

自分とほぼ関係ない他者に対して、これ程の慈しみが出来る若者が、他に居ますか?」

「確かにその様な者は、ほぼ居ないでしょう。ですが、吉六郎の家臣達は」

「家臣の皆も、侮蔑の目も言葉も無く、古茶達に接しておりました!それは私だけでなく、作左殿、井伊殿を筆頭に他の者達も見ていましたよ」

於大にそう言われた家康は

「作左、万千代!母上の話は誠か?」

「「はい」」

「余所余所しい感じでは無かったのか?」

「むしろ逆でした。於義伊様を笑わせようと頑張る武士達、

於古都様をあやしている女中達、

更に言うなら古茶殿が歳の近い女中と関わると日に日に明るくなっていきました。のう、井伊殿」

「作左様の仰る様に、出立の日とは別人な程、明るくなっており、動ける様になってからは、柴田家の台所を手伝うなど、

柴田家の台所の中心人物である、つる殿曰く「頼りになる人が多数居ると、母親として更に強くなれる。今の古茶様はその様な状態かと思います」

との事です」

「ううむ。それ程とは」

「二郎三郎。作左殿の領地で古茶は酷い扱いを受けていたわけではなくとも、余所余所しい態度で接する者ばかりだったのではないですか?

だからこそ古茶は「周りに味方など居ない」と思ったのでしょう。そんな古茶を慈しんだ結果、古茶は私に対して吉六郎殿に於古都を嫁にして欲しい。

他の武士では於古都は辛い人生をおくるかもしれない。なので、どうにか出来ないか?と頼んできたのですよ!

これは偏に二郎三郎!あなた達より、吉六郎殿の方が頼りになる。と古茶が判断した事なのです。ですが、吉六郎殿は賢い童ですから

自分は何の権限も無いから、殿達の話し合い次第。と言っていました

改めて二郎三郎。於古都の嫁入りを破談にするのは、あなたと織田殿次第です。

ですが、破談にするならば、吉六郎殿と同じくらい、弱い者を慈しむ若者を見つけてきなさい。良いですね?」

「は、はい」

於大は家康の返事を聞くと、部屋に戻って行った。残された家康は

「作左と万千代。お主達は二ヶ月程、あの地で過ごしていたが、吉六郎の人柄を含めて、どう見た?」

「殿。吉六郎殿は拙者に娘が居たら、嫁がせたい程の若者でした。一昨年の武田との戦の話を聞いて、戦った場所も見て、内政だけでなく軍事も相当なものかと」

「作左様の仰るとおり、於古都様を嫁がせるには家格以外は充分な程の若者です」

「うむ。家格以外は充分か。だがな、そのまま嫁がせた場合、その家格のせいで、苦しい思いをさせたくはないからな」

家康のこの言葉に

「おや殿。てっきり於古都様を政略結婚の駒にするつもりだから、この話を渋っている物だと思っていたのですが、違う様ですな?」

「弥八郎。確かに政略結婚の駒にと考えていたが、それでも娘には幸せになって欲しいのが親心じゃ。そもそも双子で産まれたから、

母上の申したとおり、忌避する者がほとんどじゃ。それならば、そのまま嫁がせても良いと思うが、ただ立場がな

儂の娘である以上、一応徳川家の姫じゃ。その姫を織田家の一族ではなく、家臣の倅に嫁がせるとなると、反発する者が出てくる

これから三郎殿と共に武田を殲滅する為に、無駄な戦はしたくない。しかしじゃ」

家康が良案が思い浮かばない様子に本多正信は

「殿。その様に悩むならば、織田様との話し合いの際に、期間限定で吉六郎殿を徳川家の為に働かせる等の条件を付けて、

実際に働かせたら、家臣の方々も納得するのではないのでしょうか?」

「ふむ。確かに一理有るか。そこで、於古都を儂の実の娘と言わないで嫁がせれば、丸く収まる可能性は高い。

うむ!それならば三郎殿と話もまとまるじゃろう。弥八郎!その内容で三郎殿に文を出すぞ!」

「ははっ」

こうして、徳川家当主として親として、どう動くかを考えた家康は、何とか方針を決めて信長と話し合う準備を始めた。