軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

怒りの使者は両家から

元亀四年(1573年)三月二十四日

美濃国 柴田家屋敷内大広間にて

「いくら吉六郎が賢い童といえど、銭も出さずに「何とかしてくれ!」と無理難題を押し付けて、その尻拭いを父上にさせるなど、恥ずべき事じゃ!分かっておるのか!徳!」

「返す言葉もありませぬ」

「三郎!お主もじゃ!家臣に幸せになって欲しいという気持ちは理解出来る!だがな、その為の場を準備させるなら、この場でなくとも岡崎か浜松でも良いではないか!

嫁の徳の我儘を止めるどころか、同調して無理難題を押し付けて、実父の徳川様に尻拭いを頼むなど、織田家と徳川家の現状を分かっておらぬにも程がある!!

よいか!徳川様は前年の師走に武田と戦って、現在も領地回復の為に質素に過ごす倹約の日々なのだぞ!?

岐阜城に来た使者殿は、「最低限の召物しか無くて申し訳ありませぬ」と最初に挨拶してきたのだぞ!

父上はそれを咎めるどころか、褒め称えておったわ!お主達の件があったから余計にな!

織田家もこれから御所を修繕したり、主上の即位の儀礼に掛かる銭を負担したり等、

朝廷に献金する為に銭を節約しなければならぬというのに、

これから戦に必要な武器を揃えなければいけないというのに!三郎よ!!この意味分かっておるよな!?」

「申し訳ありませぬ」

皆さんおはようございます。朝から織田家より「柴田家が負担した金銭」を「織田家からの使者」が持って来たのですが、

その使者一行がまさかの織田家嫡男の奇妙様改め元服した勘九郎様一行でした。

これはよっぽど殿が怒り狂っているんだろうな。と実感出来る人選ですね

織田家の嫡男という事は間違いなく「名代」であり、一言一句が殿からの言葉だという事だからね

で、そんな勘九郎様が上座に座って妹夫婦へのお説教を懇々としているのですが、

三年前と違って風格というか威厳が出てます。三年前は猪退治で腰を抜かしていたのに

まあ、これは勘九郎様の黒歴史という事で口にはしませんけど

「改めてじゃが、吉六郎!そして柴田家の皆、妹夫婦の我儘を聞いた結果、苦しい暮らしをさせてしまった事、誠にすまぬ」

勘九郎様と共の人が俺達に頭を下げました

「勿体なきお言葉にございます。どうか、頭をお上げくだされ」

俺の言葉に勘九郎様達は頭を上げた。そして

「徳と三郎!此度の柴田家に負担させた銭と、徳川家の使者殿が話し合いの為に岐阜城へ来るまでにかかった路銀の半分は織田家が「一時的に」出してやる

残りの半分は徳川家が同じく「一時的に」出してやるそうじゃ。岡崎に戻ったら、少しずつ返せ!」

うん。勘九郎様が「一時的に」を強調するという事は、殿からは「スネ齧りは許さん!ちゃんと働いて返せ」という意味合いか。

「話は終いじゃ!」

そう言って勘九郎様は大広間を出て行った。で、直ぐに岐阜城へ戻るかと思ったら

「吉六郎」

何故か呼び出しされました。行ってみたら

「吉六郎。妹夫婦がすまなかったな」

「いえ」

「かかった銭の残り半分は近いうちに徳川家の使者殿が持ってくるから、すまぬが当面は今日持って来た銭で凌いでくれ」

「節約しながら過ごしたいと思います」

「ところで吉六郎よ」

「はい?」

「つる殿はまだ柴田家で働いておるか?働いておるなら、久方ぶりにつる殿の飯を食わせてくれぬか?帰りの道中に食う握り飯でも構わぬ」

「まだ働いております。急いで作らせますので、暫しお待ちを」

で、つるさんに事の次第を伝えて、作ってもらいましたよ。「鳥の唐揚げ入おにぎり」と「鹿の味噌焼肉入おにぎり」と「猪の味噌焼肉入おにぎり」を急いで作って、勘九郎様一行に渡して、早馬で帰って行きました。

で、大広間に戻ると若夫婦が案の定落ち込んでましたね。こればっかりは2人に反省してもらうしかないからね

元亀四年(1573年)三月二十七日

美濃国 柴田家屋敷内大広間にて

「三郎!!己の家臣の嫁取りの為に世話になっている柴田家に銭の負担をさせ、その尻拭いを父の二郎三郎に頼むなど何を考えておるのですか!!

瀬名!貴女もです!息子夫婦が可愛いからといってなんでもかんでも好きな様にやらせては

己を律する事の出来ない主君になってしまうではありませぬか!

大体、貴女と三郎の身の安全の為に浜松と岡崎で領地を分けたというのに。貴女が三郎と嫁の徳を甘やかす一方では駄目ではありませんか!」

「申し訳ありませぬ」

皆さんおはようございます。今日は「柴田家が負担した金銭」を「徳川家からの使者」が持って来たのですが、

その使者一行があまりにも予想外の大物でした。まさかの家康の母親の「於大の方様」でした。呼びにくいので、於大様と呼びますが

その於大様は家康ですら頭が上がらないのですから上座に居て、嫁の築山様は平身低頭にそりゃなりますよね

で、そんな母親を見たら信康さんは、本来優しいはずの祖母がどれ程怖いか実感するか

勿論、信康さんの嫁の徳姫様からみたら大姑ですから、滅多にお目にかかれない人がこれ程の怒りを見せるのは恐怖の様です

そんな於大様の護衛に榊原康政と本多忠勝を含めているんですから、家康が本気で怒っている事が分かります

で、そんな於大様は

「分かっているのですか!!他家に銭の負担をさせておきながら、その返済は親頼みなど、あってはならぬ事です!

それに、自分達の年齢の半分くらいの元服前の童に最初から最期までを任せるなんて!

いいですか!年下の者、目下の者には上の者が行動でやるべき事、やってはいけない事を示すものなのに!それをあなた達は」

どんどんヒートアップしてますけど大丈夫ですか?親父より少し下だから若くて40中盤、もしかしたら50手前だろ?

これで血圧上がって倒れるなんてやめてくださいね?

俺がそんな心配をしていると、

「吉六郎殿」

指名されました。そして

「嫁と孫夫婦が無理難題を押し付けて申し訳ありませぬ」

頭下げて来たんですが、直ぐにやめてもらわないと

「勿体ないお言葉にございます。頭をお上げくだされ」

「すみませぬ。では改めて、三郎と徳!そして瀬名!あなた達が柴田家に負担させた銭と織田家との話し合いの為にかかった路銀は「一時的に」徳川家が負担します。

ちゃんと働いて返す様に!だからといって、岡崎に戻った時に重税など課す事も含めて絶対にやってはいけません!いいですね!!」

「はい。申し訳ありません」

「では、私達は今日から数日、世話になりますから」

まあ、於大様は高齢だから仕方ないか。