作品タイトル不明
第295話 ~会食②~ 佐藤司目線
「それにしても、十五度にも重なる国境侵犯をあなたが十四度も見逃すのは珍しい。一度目で即刻斬り捨てそうなものですが」
すき焼きを堪能したあとに出されたのは煮込み料理だった。俺たちが旅の間によく食べていたような材料をすべて入れて煮たような誰にでもできるような料理ではなく、これはそれぞれの素材を適切な調理法で煮ている繊細な料理だ。料理に疎い俺にはただの筑前煮に見えるが。
人参を箸で摘まみながら俺がそう言うと、木花サクヤは気まずそうな顔で目を逸らした。絶対暴走したな、この人。
「……ま、こちらにも色々とあってな」
「何を言いますか。いの一番に刀を抜いて飛び出しかけたのをお忘れですか?」
誤魔化そうとするサクヤに、七瀬君とアメリアさんに挟まれた神成ミキがしれっと言う。反対側の月見ヤヨイはその言葉にただ苦笑いを零すばかりだった。彼女もサクヤの暴走に巻き込まれたらしい。
「か、神成の……!」
「結局“ 胡蝶花の会(こちょうかのかい) ”を無駄に刺激するだけでしたからね。あのときは」
「そうは言うがな!」
「あの、“胡蝶花の会”とは?」
胡蝶蘭(こちょうらん) ではなく、胡蝶花。おそらく花の名前なのだろう。あのときサランさんの墓に供えた葵の花言葉を教えてくれた上野さんなら知っているだろうか。
俺は思わず話を遮って、思わぬ密告に慌てる木花サクヤと違い、しれっとした顔で上品に煮物を食む神成ミキに尋ねる。さすがに食事中は会談のときのように口元を隠していた扇もなかった。
「“胡蝶花の会”とは、この国に存在する反戦組織です。その数は少数ですが活動が過激で、危険分子として元々は神成家が代表となることでその元締めをし、暴走しないように取り仕切っていました」
「取り仕切って い(・) た(・) ?」
戦時中の国に反戦組織が存在するとは穏やかではないが、人が集まれば意見が分断し、反対する者が現れるのは当然のことだ。何かあれば必ずそれに反対する勢力は現れる。俺たちがそれを知らなかったのは滞在していた期間この国が平和だったからだろう。
思わず聞き返した俺に神成ミキは片眉を上げた。
「ええ。当主・神成ミキの許嫁を罪状無しで処刑され、我が神成家に向けられた明らかな挑発行為であるそれを受けて反戦を貫くとでも?」
「い、いえ」
「許嫁殿が処刑されたのも神成家が反戦派代表だったからだろうしな」
真顔のまま小首を傾げる神成ミキに思わず冷や汗が流れる。
彼女が真顔だとなんというか、人形のような不気味さがあるな。
「大変申し訳ないのですが、国内の勢力は貴方がこの国にいた頃からかなり変化いたしました。木花家は元から好戦派でしたが、神成家が宣戦布告の後よりそちら側に寄り、その代わりに中立だった月見家が今は反戦派の頭領となっております」
つまり、元々反戦派代表だった神成家が中立側もしくは好戦派に寄ることで国内のバランスが保てなくなり、元々中立だった月見家が反戦派代表にならざるを得なかったというわけか。
だが婚約者だったとはいえ、所詮は愛のない同盟の為の政略結婚だったのではないだろうか。そう思うと、神成ミキの反応はいささか過剰にみえるが、そういえばノアさんが大和の国は自分の命よりも家名や誇りを大事にするって言っていたな。
俺の心を悟ってか知らずか、神成ミキは視線を下に向けた。
「……リオール様は、両国の和平を望んでおられた。この状況が彼の望みとはほど遠いことなど分かっております。それでも、私は神成家当主として、引くわけにはいかないのです」
「大丈夫、私たちは大丈夫だよ、ミキちゃん。元々月見家は、好戦と反戦に両極端だった大和の国の情勢が不安定になったときの調整役として機能するために台頭したんだから。これまで神成家が抑え込んできた勢力の一つや二つ、抑え込んでみせるって~。対外的には敵対させてもらうけどね!」
月見ヤヨイの空元気ともいえる声に離れた席の神成ミキは眉根を寄せ、そして頷いた。
「ええ。彼らを頼みます」
「まっかせなさい!」
元々好戦派だった木花家はともかく、神成家の神成ミキは自身の願いと当主としての責務の板挟みになっているような印象だし、月見家は突然降ってわいた反戦派代表として気丈に振る舞っているだけのように見える。
当主それぞれが本心ではないにしても、国内が派閥で分断されているようだが、それでもこの御三家当主たちの間には確かに絆が存在するようだ。あとは他に存在するであろう有力家が戦時の混乱を利用して御三家を引きずり降ろし、彼女たちにとって代わろうとしなければいいのだが。
煮物の器が下げられ、次に出されたのは釜飯。今回は松茸と筍、鶏肉などを混ぜ込んだ五目飯だ。長机の両端に釜が置かれ、その場で茶碗についでいく。久しぶりのご飯の匂いに思わず頬が緩んだ。米は俺たちのDNAに刻まれた主食だ。なくても生きてはいけるが、なかったら心が死ぬ。
昔海外に家族旅行に行ったときも、帰国した瞬間空港のコンビニでおにぎりを買って緑茶と一緒に食べたっけな。あのときはレンジで温められる白米を持って行っていたのに、滞在していたホテルにレンジがなくて困ったのだ。懐かしいな。
よそってもらった久しぶりの米を口いっぱいに頬張り、さらに質問を重ねた。
「気になっていたんですが、レイティス王はなぜ大和の国に侵略戦争など起こしたのでしょうか」
「ああ、貴様らはあれからレイティスに行っていないのだったか。……実は、ここ最近のレイティス国はどこかおかしい。特に誰が解雇になったわけでもないのに、レイティス城内の人の減りが異常だとも報告を受けている」
「サクヤ様」
「おまけにそのせいかは知らんが、今年のレイティス国は近年稀にみる不作の年だそうだ。ここ最近の国内生産物の収穫率が下がり、餓死者が例年の三倍にも膨れ上がっているらしい」
神成ミキの静止の声も聞かずに木花サクヤは続ける。
レイティス国は元々貧富の差が激しい国でもあった。王家が城で贅沢な食生活をするなか、貧しい市民たちは泥を啜って生きている。もちろん、商売をして働き、相応の暮らしをしている者も多くいるが、それでも俺たちが元の世界で暮らしてきたときには目にもしなかった人たちがこの世界では近くにいる。
そして俺たちも、城にいる間はその恩恵を受けていた。城の外でどれだけ貧しい人たちが死んでいたのかも知らずに、毎回主食の他に四品もの料理が並ぶ生活を当たり前だとしていた。そう思えば、俺たちも同罪だ。知らなかったでは済まない。
サクヤは茶碗の中から松茸を箸で摘まみ鼻で笑った。
「なぜ侵略戦争を起こしたのか、おおかた理由はそのあたりだろう。戦が始まれば富が生まれる。……あちらは我らに万が一にも負けると思ってはおらん。侵略が成功して国土が増えたとしても、それを統制する 政(まつりごと) が上手く機能していなければただの土くれだというのにな。その辺をうまく治めることができるサラン殿やリオール殿などの有能な人材も消えた。……今のレイティスに、大国たる資格はあるのだろうか」
「もしこの戦に勝てば、大和の国はレイティス国を手に入れるのですか?」
「いや? こちらは防衛戦だからな。賠償の請求とこちらに有利な条約を数十年分結びはするだろうが、領土を広げることはないだろう。なにせ、こちらとあちらでは国境を境として環境から文化から何もかもが違っている。大和の国はレイティス国を手に入れても持て余すだけだ」
静かな木花サクヤの声音に俺は口を噤んだ。
「サクヤ様! まだお食事中ですよ! あなたも、話題はお選びなさい」
「おっと、すまんすまん。神成の」
「申し訳ありません、神成ミキ様」
神成ミキの叱責に木花サクヤは手で謝ったが反省はしていないようだ。やけに口が軽いが、もしかして彼女の飲み物だけ酒に変わっていたりしないだろうな。
とはいえ俺も口では謝罪の言葉を吐き頭は下げるが、思考は全く別の場所にあった。
城内で人が消えている。つまり、俺たちのクラスメイトが何人か消えていてもおかしくはない。No.7の地下室でカロン・クロネルや晶も言っていた。異世界より召喚された俺たちは、この世界において存在を証明する出生や後ろ盾がない。カンティネン迷宮に潜る前までは、国王や王女やサラン団長の存在が後ろ盾のようなものだったが、サラン団長が死に、晶がその濡れ衣を着せられて国王たちがそれを糾弾してからはその恩恵もないに等しいだろう。使い捨てにするならうってつけなのだ。そして秘密裏に存在を消しても誰も気づかず、もしあのまま『洗脳』がかかったままならば誰も文句を言わない。本人でさえも。
仲が良かった友人が、知らないうちにこの世から消えてしまっている覚悟を、決めておかなければならないだろうな。
机の下で拳を握る。
「……あ、アキラ?」
と、アメリアさんの戸惑ったような声が聞こえた。
思考の海から浮き上がってそちらに視線を向けると、アメリアさんは目の前に座っている晶を心配そうに、そして悲しそうに見ていた。
その視線を辿って晶の顔を見て、俺は目を見開く。
「なんだ?」
「なんだって……アキラ、泣いてる」
「は?」
ご飯を頬張る晶の目からはらはらと、次から次へ涙が零れ落ちていた。有り得ない光景に俺は思わず目を見開いて思わず動きと思考を止める。
だというのに晶自身に自覚はないようで、晶の隣に座った朝比奈君が眉根を寄せて手拭きの綺麗な面を顔に押し当てて、ようやく自分が涙を流していることに気付いたらしい。
「!? なんだこれ」
鬼の目にも涙。
思わずその言葉が頭を過ぎるが、即座に打ち消す。同時に和木君あたりが座っていたところから同じ言葉が聞こえてきたが、全員が聞こえなかったふりをした。
晶は好き嫌いや取捨選択がはっきりとしているだけで全員に対して冷酷なわけでもないのだが、まあ言わんとすることは分かる。
晶はたった一人、サラン団長殺害の濡れ衣を着せられてから、ずっとこの世界でここまで戦ってきた。アメリアさんや夜さんが仲間として近くにいたが、それでも彼らは晶と同じ世界の人間ではない。晶の苦しみを、本当の意味で理解できるとは思えない。
俺も朝比奈くんたちがいたとはいえ、少しは気持ちが分かるのだ。長い間この世界にいると、 狂(・) っ(・) て(・) し(・) ま(・) う(・) 。
本当に俺たちの帰る世界はあるのだろうか、俺たちが見た夢なんじゃないか、本当はそんな世界ないんじゃないか、と。生きようとするあまり、この世界を現実の、俺たちの世界と混同する思考が働き、脳がバグる。否応なしに、無意識にこの世界に適応していってしまう。
でもこの国は、四代目勇者という俺たちの先人が創り上げた第二の日本とも言える。島国でこそないが、米を主食として漁業が盛んで、自然が多い。夏は高温多湿で冬は低温低湿。食にこだわりを持ち、何よりもそこに住まう人間の気質が俺たちと同じだ。目立つのを嫌がり、謙虚で勤勉、協調性があり、そして礼儀を重んじる。四代目勇者が元の世界を模した国だというが、これほどまでに 完(・) 成(・) しているとは、その執念に脱帽する。
この国にいれば、異世界や他国にいるという実感が少しは薄れる。四代目勇者が何を思って建国したのかは知らないが、俺たちにとってこの国は故郷を思い出させる最高の置き土産だった。
「アキラ、良かったね」
「ん? ああ」
気丈にもアメリアさんはそう言って中腰になりながら腕を伸ばして机越しに晶の涙を拭い、笑った。
彼らのすべてを見てきたわけではない。何もかもを知っているわけでもない。だが仲を深め、互いに話しているうちに、晶がエルフ族領でどう活躍したのかなんて話題にもなって、合流する前の彼らの旅を大まかにだが俺たちも知っている。
だから、彼らの、二人の絆もある程度は知っているつもりだ。アメリアさんが何かあれば左手の薬指に刻まれた痛々しい傷を撫でるのも、晶の手甲の下の同じ場所に同じ傷があるということも知っている。位置が分かれば誰だって想像がつく。あれは彼らにとっての結婚指輪なのだと。
性別、年齢、国。そんなちゃちなものではなく、あれは世界や種族という壁に阻まれた二人の愛の証なのだ。
だからというわけではないが、二人の愛は眩しい。イチャイチャして二人きりの世界に入ってしまうのも、だからこそ許していた。晶は元の世界に、家族のもとに帰ることを望んでいる。なら、アメリアさんはそのときどうするつもりなんだろう、なんて考えには蓋をして。
「おっほん。それで貴様ら、連れてきた“眠り人”たちの素性がどうであれ、次はレイティス国へ行くつもりであろう?」
「……」
思いもしなかった言葉に箸で摘まんだ鶏肉がポロリとお椀に落ちた。俺の反応を見て木花サクヤはニヤリと笑う。
しまった顔に出しすぎた……。
「ああ、返答せずとも良い。別に言質を取りたいわけでもないからな。勇者は貴様一人であれ、五回目の勇者召喚には二十八名もの異世界人が呼ばれたと聞いている。貴様らの間にどんな繋がりがあるかは知らんが、少なくとも一ヶ月間は仲間として苦楽をともにし、少なからず情が湧いたはずだ。貴様らにとって異世界人である我が国の者かもしれない“眠り人”たちに情を移すなら、同じく召喚された彼らを助けに行こうとしても不思議でないだろうと考えたのだ。当たっていたようだがな」
一ヶ月どころか、それ以上の間共に同じクラスで学んだ同級生の友人たちなんだが、すべてを説明するとなると学校の仕組みから、それなのになぜ彼らを置いて出たのかまで話さなくてはならなくなるために、口を閉じることを選んだ。
そういえば、こういう説明が面倒なとき、晶も同じ顔をしていたな。今ならその気持ちがよくわかる気がする。
「だから、妾たちがレイティス国までの隠れ道を教えてやる。おそらくまだ封鎖はされていないだろうから、それを使え。そして、もし仲間をこちらへ連れ帰るのであれば、この木花サクヤの名のものとに、その者らがこの国を脅かさない限り、その身を木花家が保証し保護すると約束しよう」
俺たちが完全に味方だと決まったわけではないというのに豪胆というか、気前がいいというか。ここまでお膳立てされると有難いというよりもむしろ不気味だ。
思わず箸を置いて目の前のビスクドールがごとき整った顔を見据える。
「どうして、そこまで俺たちに? 以前お会いしたときはそうでもなかったでしょう」
「そうさな。前と今とでは状況が全く違う。貴様の考えも手札もな。だから当然、妾の対応も違う。……それに、あの子を救い、傷一つ負わせることなく無事に連れて帰ってきてくれた者たちに、妾個人としても報いたい気持ちがあるのだ。あの子は、妾の大切な宝で、希望だからな」
和木くんが間にいるからアマリリスさんの姿は木花サクヤからはあまり見えないけれど、その姿を想像したのか、眩しいように目を細めて虚空を見上げた。
従姪に向けるにしては重すぎるその感情は一体何なのだろう。彼女たちに何があったんだろうか。気になるけれど、素知らぬふりをしてのみ込める程度の興味しか抱くことができなかった。
そもそも彼女を救ったのは晶だ。俺たちは彼女の存在すら知らなかった。アマリリスさんの話相手にはなれても、その心を救ったのは俺たちではない。でもまあ、もらえるならもらっておこう。結果的には晶も恩恵を受けることだろうし。
「ああそれと、冒険者ギルドのドッグタグは外していけよ? それを所持しているだけで国は問答無用で徴兵できるからな」
続いた言葉に思わずぎょっと目を見開いた。俺の反応を見て木花サクヤはため息を吐く。
「あのな、なんのためにそれを身分証として使っていると思っている? 死体の損傷が激しい場合の、個人識別のためだぞ? 元々は魔物を相手にする冒険者だったが、今は冒険者ギルド経由で国から金も支払われるから、戦争が起きれば徴兵を断る者も少ない。ようは冒険者は傭兵の一面もあるというわけだ。昔はそうでもなかったんだが、獣人族領で冒険者ギルドに傭兵じみた依頼が増え、次第にドッグタグをつけている者は徴兵しても良いということになった。その文化がこの大陸にも徐々に広がりつつある。だから徴兵されたくなければ首から外し、見えないように足首にでもつけておけ」
と、それまで言った木花サクヤはふと顔色を曇らせた。
「……かつて、人族が召喚した四代目勇者は元の世界に帰ることができず、失意の果てにこの城を、この国を建てた。この国の民は四代目勇者の心を癒すために、そしてこれから先の勇者の帰る場所となるためにと 希(こいねが) われ、現代に至るまでその遺志を継ぎ、そうあり続けた」
そう、四代目勇者は帰れなかった。
大きく周りを巻き込んで自爆した初代勇者や、召喚されたのが近代の四代目勇者とは違い、エルフ族領と獣人族領で召喚された二代目勇者と三代目勇者はその功績こそ世に広まっているものの、まるでこの世界目線のおとぎ話のように、彼らはハッピーエンドの先がないままだ。めでたしめでたしの後、二人の勇者たちがどう生きどう死んだのか、ほとんど情報がない。きっとカロン・クロネルのように物の記憶を読み取るスキルでもない限り、彼らの最期を知ることはできないだろう。
二代目と三代目は元の世界に帰れたのだろうか。それとも、この世界に骨を埋めたのだろうか。埋めざるを得なかったのだろうか。
「我ら木花家は四代目勇者の直系の子孫として、五代目勇者たちがこの地で心身を癒すことを祈る。それにもし……いや、これは無粋だったな。なんでもない忘れてくれ」
「……いえ、お心遣い痛み入ります」
少し頭を下げて、俺は茶碗に残った最後の一口を頬張った。
きっと、木花サクヤはこう続けようとしていたのだろう。
“もし元の世界に帰れなかったときは”と。
そんなこと、許せるわけがない。
たとえ阻む敵が魔王であろうと、神であろうと、俺たちは絶対に家に帰る。そう誓ったのだから。
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「奴らに与える情報はあんなもので良かったか?」
「ええ。十分すぎるくらいでしょうね」
「むしろ与えすぎたかもだね~。ま、そこんところは追々調整していこ~。あっちもすべての情報を素直に全部話したわけじゃないみたいだし、何よりここに来た本当の理由を隠したままだ。あれこれ戦争について探ってきてたところから考えるに、彼らの目的は戦争にまつわる何か、かな?」
「小僧共が、余計な知恵を付けおったな。誰の差し金だ?」
「さあ、そこまでは。ですが明らかに何も考えていない無能が勇者であるよりはましでしょう。勇者である彼がこちらにいるというだけであちらの士気も多少は削げますし。存在そのものが役に立ちます」
「彼らの背後にレイティス国の副騎士団長がいるって情報があるし、用心した方がいいかもね~」
温かいお茶をすすりながら御三家当主たちは客人を見送ったあと広間で意見を交わす。
ここにいるのは生まれたその瞬間から国に奉仕するために教育を受け、国を統治するために存在する当主たちである。たかが十数年しか生きておらず、しかもずっと平和な社会の庇護下に置かれていた勇者たちには想像もできない老獪さを持ち合わせている。
確かに木花サクヤはアマリリスを愛し、それを無事に連れ帰ってきてくれた彼らの感謝の念を抱いているが、それと国を守ることは別である。例えアマリリスが相手であっても、国を守るためなら切り捨てることができる。情に厚く口の軽い女の皮を被ることなど容易いことだ。もちろんすべてが演技でもないが。
嘘を吐くときは適度に真実を混ぜると真実味が増す。
「……あの中にいると思うか? レイティス国が言ってきた、サラン・ミスレイ殺しの下手人が」
「むしろサクヤちゃんはそれを知るために暗殺者くんに殺気を向けたんだと思ってたけど~」
三人の頭の中に浮かぶのはアメリア王女と仲睦まじい様子の暗殺者。その姿は勇者たちと変わらない年齢の青年に見えるものの、木花サクヤと拮抗していた気配は本物だった。
「確かに、騎士団長殺しの犯人としてレイティス国を追放された暗殺者とはあの小僧だろうが、実力は確かにしても少しばかり違和感がな。すまん、根拠のない勘だ。ただ、私にはあのサラン・ミスレイを殺したのがあの暗殺者の小僧だとは思えんのだ。あちらには“闇の暗殺者”と呼ばれる者もいるようだし、おそらくはそちらなのではないか?」
「影武者かな~。有効的な手ではあるよね」
他大陸の情報が入りにくい大和の国では織田晶=“闇の暗殺者”の構図ができていなかった。まさか、勇者のおまけで召喚されたただの暗殺者が、勇者よりもステータス値が高いなど、誰も思わないので無理はないが。
他大陸の情報が圧倒的に不足していること、それが大和の国の弱点ともいえる。
「なんにせよ、レイティス国はその下手人を引き渡さなければ戦は終わらないとまで言っていますが」
「ふん! そもそも取り逃がしたのはあちらだろう? だというのにこちらに責任だけを押し付けてくる国の言うことを素直に聞いてやる価値がどこにある? 被害者面だけは天下一品だこと」
「ん~、でもさ、あっちが言ってることが本当だとするなら、犯人を匿っていると思われない? 他の国に。そんでそっちで手を組まれたらエルフ族の援護が期待できても危ないよ? ヴェンデスとかさ~」
月見ヤヨイはそう言ってくるりと人差し指を回した。
「それもそうだが、今のレイティス国にそんな脳があるとも思えん。諸外国も二国で済んでいる間は手出し無用と書状を送っただろう」
「素直に聞くと思う?」
「……それならば、彼らを使えばいいさ。ぞろぞろと全員でレイティスへ行くわけではないだろう。残ったものに、戦場から遠いと言いヴェンデスとの境付近の仕事を紹介する。不穏な動きがあれば知らせるだろうさ」
「彼らが戦に首を突っ込む大儀名分ができてしまうのでは?」
「そのときは存分にご助力願おうではないか。首を突っ込んできたのはあちらだ。立っているものは親でも使う。それが木花家の家訓だからな」
「大層な家訓ですね」
神成ミキがわずかに微笑んでお茶を飲み干した。
「あれ、木花家の家訓って“不撓不屈”じゃなかったっけ?」
「今変えた」
しれっと答える木花サクヤに他二人は苦笑を零す。
「まったく……。でもまあ、此度の戦の総指揮官は貴方ですから。神成家は従いましょう」
「月見家も同じく~」
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一方、船に帰った俺たちは三人で船の一室に集まって情報を交換していた。
「京介は当主たちについてどう思う? スキル『勘』は反応したか?」
晶の言葉に朝比奈くんは頷く。
今回朝比奈くんの仕事はそのスキルを使って当主三人の様子を探ることだった。
「ああ。……当主たちの反応だがいささか演技っぽく感じた。あちらも俺たちの事を反応通りに受け入れているわけではないだろうな。特に反戦派だとか好戦派だとか、“胡蝶花の会”だとか言っていたとき。あれは俺たちに見せるためにしていたパフォーマンスだと思う」
「まあ、部外者の俺たちがいる場で国が若干内部分裂していますなんて言うわけがないよな」
「あちらは何を狙ってそうしたのだと思う?」
俺は顎に手を当てて二人に尋ねた。
「……俺が考えるに、あちらが俺たち、とくに勇者である佐藤を排除することはない。お前がこちらにいるだけで“勇者”を特別な職業として考える英雄願望者が多いレイティス国兵士の士気を下げることができるからな」
「となると、狙いは佐藤の懐柔か?」
朝比奈くんの言葉に俺は思わず苦笑する。
「……俺ってそんなにチョロく見えるかな?」
「俺たちが戦いのない世界から来ていることくらいはもう知られているんだろう。あとはまあ、善の人類代表みたいな印象の職業ともいえるからな“勇者”って。先代までの異世界からの勇者たちもそう振る舞っていたっぽいし」
「平行世界の初代勇者様が良く言うよ」
「俺以外に選択肢がなかったんだろ。神アイテルも苦渋の決断だったろうよ」
「で、あと気になることはあったか?」
軌道修正した朝比奈くんの言葉に俺は手を上げた。
「あ、上野さんの事なんだけど、胡蝶花が何なのか知りたくて声をかけたんだけど、『え? 胡蝶花がなんの花か? えー私は花のことなんか知らんよ。そういうんは栞ちゃんの方が詳しいんとちゃう?』って言われてね。おかしいんだ。前は花を見てその花が何なのか、そして花言葉まで俺に教えてくれていたのに。様子を窺いたいから彼女は俺と一緒にレイティス国へ向かう班に入れるけどいいかな」
「…………そうか。分かった」
頷いた晶がやけに難しい顔をしていたのがやけに印象に残った。
あれはきっと、また自分一人で抱え込むつもりだろう。状況が目まぐるしく変わって色々と忙しいけれど、晶からも目を離すわけにはいかない。
俺は何かを考えこむ晶の視界の外で朝比奈君と視線を合わせて頷いた。