作品タイトル不明
第293話 ~御三家会談②~
「私は、私が作った薬で多くの人の人生をめちゃくちゃにしてしまったのです! どうか、どうか! 私を罰してくださいませ! お願いいたします!」
涙ながらにアマリリスは、留学と称してウルクの冒険者ギルドマスターだった血の繋がっていない親戚のグラムに呼び寄せられ、そこでグラムの誘いで美男美女コンテストに軽い気持ちで参加し、優勝したこと。そしてその後景品の受け取りの際に地下牢に監禁されて、そこにいたエルフ族などの人質を盾に脅され、グラムが望むまま人を壊す薬と知りながら“強化薬”を作り続けたことを語った。
その際に説明されてようやく気づいたが、アマリリス・クラスターとグラム・クラスター、苗字が同じだ。てっきり同じ学年に二人か三人くらい「佐藤」や「田中」がいるような感じかと思いきや、一応親類ではあるらしい。
グラムはお得意の隠蔽工作も意味がなくなるほどに悪事が思いのほか国内に大々的にバレてしまい、宰相の地位を追いやられ、同時に当時は王家だったラグーン家の名も剥奪された。その後グラムは金を積んで、獣人族領から遠く離れたレイティス国クラスター家の養子となったそうだ。つまりアマリリスの母で木花サクヤの従姉が嫁いだ先である。
薬学の勉強のためと称されたウルクへの留学については、アマリリス自身が望んだことではないそうだが、アマリリスの父となった人はクラスター家の傍系なので本家の養子となったグラムには逆らえなかったのだという。つまりグラムはアマリリスが製薬師の職業を持ち、薬学に精通していると知って使えると思い呼び寄せたのだろう。悪役の権力者ってそういうのが好きなイメージがあるが、グラムも例に漏れなかったということだろうか。
ちなみにグラムの悪行も、“大和の国”まで噂が届いていなかった。おそらくウルク国がそれ以上王家の醜聞が広がらないように情報統制していたのもあるだろうが、貴族の間では家を次代に継ぐために遠縁から養子をもらったり、才ある子を守るために身分ある人の名を与えたりする文化があるそうなので、建前の経緯をそのまますっかり信じ込んでしまったと。
それにしたってどこかで違和感を覚えそうなものだが。と思えば、紹介してきたのはクラスター家としても敵に回したくない、当時のウルク国王つまりイグサム王だったそうだ。おまけにレイティス王を経由していたので断ることもできず、違和感があっても伝手がないのもあって探れなかったと。
結局ラグーン家はグラムを追放していない。むしろグラムが関わっていなかった罪すらグラムに引っかけて、後々丸ごと処分することを狙っていただろう采配だ。やはりグラムはイグサムに切り捨てられることを勘づいていたから、過剰と言えるほどに周りを強化兵で固めて警戒していたのだろうか。
「――は? 妾の可愛い可愛いアマリリスを監禁して脅迫? 殺す」
と、アマリリスから経緯を聞いた木花サクヤがそう呟いた瞬間、すっと室内の温度が一気に下がった。室内で風は吹いていないのに木花サクヤの髪が浮き上がり、彼女の周囲ではバチバチと白い火花が散っている。向き合っているとはいえ、ある程度離れた距離のはずなのに彼女の瞳孔が開いたのが見えた。左手が普段は左側に置いている何かを掴もうとして空を切る。
刀を右側に置いて即座には抜けないようにするのが礼儀だと会談前にカンゾウから聞いていたから俺たちも、そして当然木花サクヤも自身の得物を右側に置いていたのだが、どうやらそれを忘れてしまうほどに激昂しているらしい。
アマリリスは俺でさえ哀れに思うほどにさらに体を震わせ嗚咽を零した。思わずその背に宥めるように手を当てた。
「こらこらサクヤちゃん、めっだぞ~」
「ほら、あなたが守りたがっているアマリリス様がすっかり怯えてしまっていますよ」
並みの人間では気を遠くしてしまうほどの重圧の中、慣れたように月見ヤヨイと神成ミキが声をかけたのであちらは大丈夫そうだ。実際に慣れているのだろう。そうでなければステータスを視るまでもなく非戦闘員の二人が、この重圧でなんともない顔などできまい。二人に宥められて木花サクヤから発されるプレッシャーと火花が徐々に縮小していった。
そういえば、夜がグラムの悪事の証拠として盗ってきてくれた、ウルク冒険者ギルドの屋根裏部屋にあったという書類。それには人身売買やアマリリスを奴隷として買ったというのも書いてあった。幸いなことにアマリリスに関しては捏造だったわけだが、書類上ではアマリリスは美男美女コンテスト後奴隷に落とされ、それをグラムが購入したということになっている。
わざわざそんなことを明記したのは、彼女がアマリリス・クラスターであるからだろう。傍系とはいえレイティス国クラスター家の娘であり、母方は“大和の国”御三家の血族。クロウは書類の行き先がレイティス国だと断言していたが、この大陸に渡りそれが木花サクヤの耳に入れば、ウルク国とレイティス国との戦争に“大和の国”が参入して、戦火がさらに広がっていただろう可能性がかなり高い。この溺愛具合だとたとえ国として挙兵できなくても、たった一人であっても、彼女はアマリリスを助けるためにウルクに乗り込んでいきそうだが。
そう思うと夜があの書類を見つけたのはかなりのファインプレーだったのではないだろうか。あとで褒めておこう。
戦争を、それも大きな戦争を起こしたがっている存在を今の俺は知っている。この世界に来てから起きた何もかもが魔王に集約されつつあった。はじめは確かに被害者だったのかもしれない。だが今の魔王及び魔族たちは純然たる加害者側だ。
「…………哀れだな」
思わず呟く俺をよそに、話は進んでいく。
「で、どうするのサクヤちゃん」
「アマリリス様は罰をお望みのご様子。この場をお借りしてということは、木花家の罰が相応でない場合には神成家と月見家から追加の罰がほしいというおつもりでは?」
「アマリリスちゃんが作ったとは知らなかったけれど、強化兵はこっちでも辛酸をなめさせられてるからね~。国内に広がっても厄介だし、レイティス国側に知られてもまず~いやつ。いくらサクヤちゃんの可愛い可愛いアマリリスちゃんと言えど無罪放免は無理かも~。あ、ちなみに戦時中は木花本家に籍を移して奉仕活動とか、サクヤちゃんのご褒美になりそうなのもダメだからね?」
「ぐっ……」
「だからといって、アマリリス様を国民と同じ方法で罰するわけにはいきませんから、難しいところですね。今はレイティス国側と相談もできませんし」
強化薬による被害はグラムによってウルクからレイティス国に広がり、戦争に投入されたその強化兵による二次被害が“大和の国”で出ているそうだ。
そしてアマリリスは正確には“大和の国”の民ではなく、籍があるのはレイティス国側。戦時中で混乱している今、こちらで軽めの罰を下して罪そのものとアマリリスの罪悪感を有耶無耶にしたいというのが御三家側、そして木花サクヤの狙いだろう。
「罰を、お与えください。償いをさせてください。生きるために他の人間の人生を、人格を壊しておいて、私だけのうのうと生きるなんて! どうか、どうか私に罰を!」
アマリリスは手で顔を覆い、血を吐きそうなほどに悲痛な声を上げる。
御三家の思惑とは裏腹に、アマリリスは心の底から罰を望んでいた。
アマリリスは確かに強化薬を作ったが、実際にそれを人に投与したのはアマリリスではなくグラムやその配下だ。つまりアマリリスはただ人の為になるはずだった薬を開発しただけ。悪いのは用法用量を守らずに悪用したグラムたちにある。そう考えればアマリリスには情状酌量の余地があると思うのだが、彼女の良心が罪の意識に耐えられないのだろう。
ここに来るまで湧き上がる自責の念に耐えられていたのは、ひとえに解毒薬の作成というタスクがあったから。そして俺たちという強化兵を知る者がそばにいたからだ。本来の用途で使用するクロウという老化が始まった獣人族がいたのも一助となっていたかもしれない。
だがこの“大和の国”は彼女の母の故郷であり、幼い頃から可愛がってもらっていたカンゾウや木花サクヤがいる。そんな二人にこれまで通り接されるのが怖いのだろう。
俺にも心当たりのある感情だ。この手で人を殺しておいて、母と妹と召喚される前のように暮らせる自信はない。だがそれでも帰りたい。
「国内の問題と分かっているのだけれど、少しいい?」
と、木花サクヤが口を開く前に、それまで静かに話を聞いていたアメリアが唐突に手を上げた。
「身内の騒動に巻き込んでしまい申し訳ありません。どうぞ、アメリア様」
「ありがとう」
神成ミキが頷いて許可を出す。
アメリアは礼を言って佐藤たち越しに、一番端にいるアマリリスへ目を向けた。
「……ねえリリス、今はあえてこう呼ばせてもらうわね」
ニックネームでアマリリスを呼ぶアメリアに御三家当主たちが目を見開いた。
アマリリスが泣き腫らした目を上げる。
「あなたが望んだ結果ではないとしても、あなたがたくさんの人間を壊す薬を作ったのは本当だから、それについて罰を望むのは分かる。だけど、人を害した罪があるというのなら、あなたには人を救った功績もあるということを忘れないでほしいのリリス」
アメリアの言葉にアマリリスが息を呑んだ。
アメリアはそのまま木花サクヤに向き直る。
「彼女、アマリリス・クラスターが幽閉されていたのと同じ牢には、我がエルフ族領から攫われた者が四名いた。他にも獣人族と人族が数人。聞いた話では空気が悪く、酷く寒い地下牢だったそうよ。そんな場所で彼女は、医者だった人質の一人と協力して、長い間我が同胞を庇護してくれていた。救出された同胞たちは劣悪な環境下だったにも関わらず軽い凍傷と軽度の栄養失調だけで済み、エルフ族領の家族の元へ帰ることができた。彼女たちが助かり帰ることができたのは、アマリリス・クラスターのおかげ」
エルフ族は同胞を大切にする種族だ。種族全体が一つの家族のような関係で、自然を尊び森と共に暮らす者たち。そして種族に共通する整った顔立ちから、古くから他種族の金持ちの奴隷や鑑賞用人形として人攫いや奴隷商に狙われてきた。
そんな種族が遠い地に女子供を攫われ、どれほど恐怖し歯がゆく思ったか。俺にまで頭を下げたあの人たちもきっと最悪を想像していただろう。だけれど彼女たちは帰ってきた。守ってもらえたから、帰ってこれた。
アマリリス・クラスターはエルフ族にとって何にもかえがたい恩人となった。
「彼女が作った強化薬は、人を生きたまま命令でしか動けない人形にする危険で凶悪な薬だった。私はそれを実際に投与された人間を見たから分かる。……けれど、アマリリスから元は老化が始まった獣人族のために作られたものだったと聞いている。強化薬はそれを悪用しようとした者が無理矢理原液を人間に投与したものだとも」
御三家当主の三人の目が見開かれた。
そういえば強化薬が元々どんな用途でつくられた薬だったか言ってなかったな。
「そして彼女が作った薬、強化薬を本来の用途で使用した我が師、先代勇者パーティーのクロウは最期の願いであった死に場所に自分の足で、自分の力でたどり着くことができ、満足して逝くことができた。アマリリスには感謝しているとの伝言も受け取っている」
クロウが死んだと言うアメリアの言葉に“大和の国”側がざわりと揺れた。飛行艇に乗船しているメンバー以外が、クロウが死んだことを知るのはこれが初めてだ。先代勇者パーティーでなくとも、世界一の鍛冶師であるクロウの名は全世界に知れ渡っているため、魔王や魔族の存在に懐疑的な彼らもクロウを知っていたのだろう。
アメリアもあえて魔王や魔族の存在を省いて説明しているようだ。
「以上のことから、私アメリア・ローズクォーツ及びエルフ族領はアマリリス・クラスターに対して多大な恩がある。彼女に与える罰はそれを踏まえて考えてほしい」
「承知した」
そう締めくくってアメリアは再びアマリリスと目を合わせる。
「リリス、これまでもこれからも、あなたが作る薬は人を救うもの。それだけは忘れないで。死んでもういない人間になんかに負けないで」
「アメリア様……」
“死の森”で野営をしていたときも、飛行艇で夜間の見張り当番だったときも、アマリリスが夜中に起きることが何回かあった。俺たちは全員大なり小なり何かしら抱えていて、誰かが悪夢を見て飛び起きることも何度かあったから、それを知っていても全員が何も言わずにそっとしておいた。俺たちはアマリリスが今もグラムの呪縛に囚われたままであることを知っている。
ひくりとアマリリスの喉が鳴ったのを隣にいる俺だけが聞いていた。止まった涙が再びアマリリスの瞳から零れ落ちる。
少しの間瞳を閉じていた木花サクヤがまっすぐにアマリリスを鋭く見つめた。
「アマリリス・クラスター、貴様の母方の生家当主として命じよう。貴様はこれから強化薬を本来の用途で使用し、多くの人を助けろ。犯した罪の数だけ人を助けろ。その生涯を誰かのために使え。途中でやめることも、諦めることも許さん。いいな?」
「はい。はい……! ありがとうございます、サクヤ様。このアマリリス、必ずや成し遂げてみせます!」
ようやく与えられた罰に、アマリリスはその場で深々と頭を下げた。
その様子を見てアメリアも満足そうに頷く。
一見甘い罰のように聞こえるが、これからのアマリリスの人生が強制的に決定した瞬間だった。どれだけ好きなことであっても強制されれば苦痛に感じるときが来るかもしれない。それでもアマリリスはやめることも諦めることも禁じられてしまった。まあどう転んだとしても、アマリリスには木花サクヤやカンゾウといった助けてくれる人がいるのだから大丈夫だろう。エルフ族も恩人の為とあれば手を貸すだろうし。
大団円といった雰囲気に、月見ヤヨイが場を締めようと口を開いた。
「ではこれで……」
「お待ちください! まだ、ありますね?」
「?」
慌てて遮ってきた神成ミキに全員が注目する。あらかじめ伝えてあった当初の用件は全て済んだはずだが。
首を傾げる俺たちに、神成ミキの視線が俺たちを順になぞり、そして下座にいる俺で止まった。
「ああ、やはり。あなた、我が神成家に、我ら“大和の国”の民に返すものがあるとお見受けします。私もこの場をお借りして、 そ(・) れ(・) を返還していただいてもよろしいでしょうか」
視線が俺の懐に注がれる。
その瞬間、そこが熱を発しているように熱くなった。思わず熱を発した所に手を当てると、ちゃりとわずかに音がする。
「ああ、そうか。お前も早く帰りたかったんだな」
促されて取り出したのは神成カガミが唯一所持していた銀のチャーム。ネックレスの形をしているそれを取り出すと、神成ミキの背後に控える者たちが息を呑んだ。
目を見開いた木花サクヤが思わず言葉を零す。
「もしやそれは……」
「ええ。我が国の国宝。四代目勇者様が遺された“鏡”です」
“大和の国”を建国した四代目勇者が遺した国宝とは、勾玉、剣、そして鏡の三つの宝を指すのだったか。まんま三種の神器だなと思ったのを覚えている。
ミキの声に呼応するように光を発したチャームは俺の手の中で形を変え、遠い昔に博物館で見た銅鏡に似たものになった。片面は少し曇った鏡、そしてもう片面には様々な意匠が施してあって凸凹している。
まさかこれが国宝の鏡だったとは。どおりで他のすべては手放せてもこれだけは後生大事に持っていたわけだ。
俺は立ち上がって神成ミキの前まで進み、彼女の前に跪いた。本来こういう場では人を通して受け渡しするものなのだろうが、こればかりは自分の手で返したかった。
「鏡とは映すもの、写すもの、移すもの。そして鏡は返すもの、還すもの、帰すもの」
差し出した鏡をそっと受け取って涙を流す。
「ああ、おじい様……」
「おかえり、神成カガミ」
これでようやく俺も少し肩の荷が下せそうだ。