軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第288話 ~自覚と覚悟 前~

操舵室へ向かうノアに続いて俺も部屋に戻るかと腰を上げると、いつの間にか佐藤と京介が俺の前に立っていた。

「おい晶」

「ん?」

気持ち悪いくらいにっこりと笑う佐藤に首を傾げると、俺が逃げないようにか京介ががっちりと俺の腕を掴んだ。振りほどけないわけでもないが、特に逃げる理由がないため大人しくしておく。

「……なんだよ」

「クルールの街中で魔族と戦ったあと、船に戻ったら俺と朝比奈君とで話があるって言っただろう? ちょうどお前はこれから見張り台当番だし、話し合いついでに俺たちも付き合おう」

「は?」

そんなこと言ってたか?

「……」

思わず京介を見るが、京介は諦めろと言うように無言で首を振った。言っていたらしい。

俺の肩から夜がぴょんっと飛び降り、その場でぐぐっと伸びる。

『主殿、俺は部屋でひと眠りしているぞ。男三人がすし詰め状態の場所で内緒話など、絵面も面子も最悪だ』

「おい夜。現実見せるなよ……」

夜の言葉に俺は思わず顔を顰めた。俺だって嫌だが? こいつらが諦めそうな顔をしていないから仕方なく言うことを聞いてやっているだけだ。

「まあまあそう言うな。行くぞ」

逃げないからと言って京介に捕られた腕こそ解放してもらったものの、前後を二人に抑えられて俺は見張り台に連行された。やけに厳重だが、そんなに逃げたそうな顔をしていたのだろうか。

「で、話ってなんだよ」

武装した状態の男が三人向き合うには見張り台は狭すぎて、結局三方を向いて全員が海に向かって話すという奇妙な光景となってしまった。まあ見張り当番の仕事もこなさなければならないし、勇者の整ったムカつく顔を見ながら話すよりかは幾分かマシだからいいが。

「……お前、なんであんなに無謀な戦い方をしてるんだ? お前ほど力があればもっと速く、もっと余裕を持って戦えたはずだろう」

少し口ごもったあと、佐藤はそう切り出してきた。

クルールの街中での戦闘後に言われたということは、ブライス・オットーとの戦闘を見ていた感想だろうか。

「何を言いたいのかと思えばそんなことか」

確かにあのときは目元をちょっと掠ったが、『治癒魔法』がかけられたテープのおかげか、昨日の時点ですでに跡形もなかった。どちらかというと、その後にあったマヒロの魔法陣によって抉られた脇腹の傷の方が重傷だ。昨日クロウの火葬が終わってから細山に『治癒魔法』をかけてもらったので脇腹の方もすでに塞がっているが。

俺にとって脇腹の方も大騒ぎする怪我ではなかった。迷宮でアメリアと出会うまでは一人でカンティネン迷宮を攻略していたのだ。この程度の傷など怪我のうちに入らない。

これまで俺が負ってきた怪我で一番酷かったのはやはり『体傀儡』で操られたアメリアに貫かれた腹だろうか。次点でカンティネン迷宮ボス部屋にいたキメラに折られた肋骨かもしれない。それ以外にも大小様々な怪我を負ってきた。どこか欠損したりしなかったことが奇跡だな。

ともかく、余裕を持って戦えただろうと言われれば確かにその通りなのだが、これまでの旅路を思うとそれほど危機的状況ではなかったため、あれを注意されるのはどこか釈然としない。

「晶、“そんなこと”じゃない。俺にはお前が自ら死にに行っているように見えた。正直、今のお前はかなり危ういぞ」

心配そうな京介の声が勇者とは反対側から聞こえて俺は思わず口を噤んだ。

「……そんなにか?」

「ああ。何か理由があるのなら話してほしい」

理由。死にに行っていると思わせるような戦い方をする理由か。

京介に聞かれて、改めて考えてみる。

「なんというか、俺にとって戦いは楽しいものだ。ギリギリの命のやり取りは心躍るし、俺のすべてをもってしても倒せないほどの強者との戦いは終わらないでほしいと願うほどに高揚する。そこに無謀だとか危険だとかいう思考は存在しない」

元々こんな好戦的な性格ではなかったはずだ。こちらの世界に来てから、カンティネン迷宮で自分の命の危機を実際に肌で感じてからだろうか。少し前は自分のその変化が受け入れられなくて、戦闘狂であることを拒絶していたが、飛行艇制作の材料集めのときのオーガン・キングとの戦いでその箍も外れてしまった。

俺は戦いが好きだ。それも強者との戦いが。

それはなぜか。なぜ、死への恐怖よりも楽しさを見出したのか。

「俺はたぶん、ずっと俺自身の才能を試してみたかったんだと思う。それこそ元の世界にいたときから」

だが元の世界、少なくとも俺が生まれた国は医療が発達していて治安が良くて、生死を賭けた戦いなんて一生ないような平和すぎる場所だった。

そんなところで俺が生まれ持ってきた才能は影の薄さだけ。かくれんぼや缶蹴りなどの遊びや授業中のサボりにしか活用できないような、その影の薄さのせいで人に気付かれ難く、事故にあいかけたのは一度ではない。むしろあの世界で生きるには危険な才能。

自己承認欲求とでもいうのだろうか。もしも俺が自分自身を生まれてきて良かったと思えることがあるとするのなら、それは男であることだけだった。少なくとも女より体力があって力もある男だから、法が許す限り限界までバイトの掛け持ちもすることができた。頭がいいわけでも、運動神経に特別優れているわけでもない俺が、元の世界で自分を認めることができるのはそれだけだった。

「この世界でなら俺は自分を試せる。ただ男であるだけの俺でも命を懸けてなにかを成すことができる」

元の世界では無用の長物だった俺の才能が、この世界では生き残る術でもあり最強の武器にもなっている。それがどうしようもなく嬉しかったのだ。

「……晶」

どちらかは分からないが、名前を呼ばれたことでどっぷりと浸かっていた思考から浮き上がる。

俺はぼんやりと眺めていた目の前に広がる水平線から視線を逸らして頭の後ろを掻いた。

「あー、悪い。確かにこれは危ういな」

声に出して初めてそれ実感した。死に急いでいると言われても仕方がない。もしも同じことを京介が言っていたら、俺は殴ってでも止めていただろう。

完全に手段と目的が混ざってしまっている。戦うことを楽しむのはいい。それでも、戦うという手段が目的になってはいけない。元の世界に帰るために戦っていることを忘れてはいけない。いや、実際に忘れたわけではなかったが。もしかすると俺は俺自身の価値を過小評価していたのかもしれない。

「ちゃんと自覚したならいいけどさ。お前が命を懸けるのは“戦い”に対してか、それとも“帰る”ことに対してか。どちらが大切なのか考えてくれよ」

「お前は生きて元の世界に、家族のもとに帰るんだろ」

「ああ。二人とも悪かった」

心配してくれていたらしい佐藤と京介に、意地を張らず素直に謝る。

それにしても、京介はともかく、まさか佐藤に気付かされるとはな。

「わ、分かったならいい。……ゴホン。もう一つ聞きたいことがあるんだが。謁見の間で親父さんの手帳を投げられたあと、お前の『影魔法』が暴走しかけていたように見えたんだが大丈夫だったのか?」

なぜかソワソワとした様子だった佐藤が気を取り直すように一つ咳払いをして話を続ける。

「やっぱバレてたか」

仮定平行世界の織田晶こと、初代勇者がなぜ魔族領の北部を消し飛ばすに至ったのか。それは失踪した父親がこの世界で死んでいたと知ったからだ。その話を聞き、初代勇者の思考に共感し同調した俺は『影魔法』を暴走させるところだった。危うく魔族領北部消滅の再現だ。

初めて暴走した時点でレイティス城近くの森を消滅させてしまうところだったのだから、そのときよりスキルレベルも上がった今暴走したらどうなってしまうか、想像もしたくない。

「晶の周囲だけ不自然な風が吹いていたし、マヒロが急に警戒していたからな。佐藤を間に挟んでいた俺でも分かった。でもあのときはスキルを発動していたわけではなかっただろう? だからおかしいなとは思っていたんだ」

「あー……まあ、元々俺のエクストラスキル『影魔法』は自我があるかもしれないってサラン団長も言ってたしな。あれは俺が魔王の言葉に動揺してしまったのが悪い」

カンティネン迷宮にいた頃はいざ発動すると命令していないのに自由に動き回っていたし、元々俺の感情に同調しやすいスキルなのだろう。あのときもいつでも出せるように準備はしていたものの、実際に発動していたわけではないのに勝手に出てきていた。

と、俺の言葉に勇者が驚いたような声を上げた。

「エクストラスキルだったのか!?」

「言ってなかったか?」

「聞いてない! どうりで普通の魔法やスキルとは毛色が違うと思った。だけど『影魔法』なんて晶以外に見たことも聞いたこともなかったからただのスキルだとばかり……」

納得したようにしみじみと言う佐藤。

そういえば俺は『世界眼』で佐藤たちのスキルやレベルを閲覧できるが、アメリア以外はそうじゃなかったんだったな。完全に知っているものとして考えてしまっていた。

「俺には、あのときお前の魔法が怒っているように見えた」

続いてぽつりと呟かれた言葉にふうんと相槌を打つ。

“怒っている”か。俺自身が感じていた理不尽に対する怒りや悲しみ、混乱した感情を『影魔法』が表現したのではなく、あのとき隣にいた佐藤には『影魔法』から出た感情のように見えたらしい。

「あのときたぶん、魔王はお前を試そうとしていたんだろうと俺は思う。初代勇者のようにお前が何かに進化するのか、なったとしてそれが何なのか。仮に初代勇者のように暴走したとしても、マヒロの魔法陣や魔王の『魔法無効化』の魔眼なら止められると踏んだんだろう。もしお前が言ったように『影魔法』に自我が存在するのなら、お前の命令を素直に聞くほどにお前へ情があるのなら、身勝手すぎる魔王相手に怒っても不思議じゃない。というか、俺が『影魔法』なら怒る」

「お前が?」

「当たり前だ! 晶を何だと思っているんだあの魔王は! 朝比奈君もそう思うだろう!?」

「ああ」

「ほら!」

冷静に魔王の思惑を考察したかと思えば、子どものようにムキになって京介にまで同意を求める佐藤に思わず笑ってしまった。今ほど顔を合わせていなくて良かったと思ったことはない。

「それにしても、よく暴走しかかったところから魔法を制御できたな」

「ああ、それは……」

京介の言葉に、懐にしまっていた織田政の手帳を取り出した。

几帳面に整った文字が並ぶページを捲り、あのとき『影魔法』の風によって開かれた最後の方のページを開く。震えた手で書いたような歪なその文字をそっとなぞった。

「あのとき、偶然手帳のページが捲られて俺たち家族に宛てられた言葉が見えたんだ。それによると俺は幸せにならなきゃならないらしい。それが身勝手な父親の願いだからな、親孝行として叶えてやらなきゃだろ? この手帳を母さんや唯にも見せてやりたいし。そう思ったら自然に収まった」

“紫、すまない。晶と唯、お前たちが成長する姿を見たかった。どうか幸せに”

もう声どころか姿も朧気な父親。この世界でどう生きたのか、どう死んだのか。カロン・クロネルのように物の記憶を読み取るスキルがあるならともかく、それを知る術を俺は持たない。パラパラと流し見で他のページも確認したが、俺や家族へのメッセージはこれだけだった。

それでも、突然父親を失って途方に暮れていた七年前の俺がようやく救われたような気がした。

「……そうか」

「親父さんを家族のもとに帰すためにも生きて帰らないとだな」

「ああ」

しんみりとした雰囲気の二人の言葉に俺は少しの間目を閉じた。

パタンっと手帳を閉じる。

「だから、俺は魔族を殺す」

両隣から息を呑む音が聞こえた。