軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第286話 ~襲撃?~ アメリア・ローズクォーツ目線

目を丸くしたアキラが、すぐに『世界眼』で私の生命力が一つも減っていないことを確認してホッと息を吐いたのを見て、思わずその首にぎゅっと抱きつきたくなった衝動を堪えた。魔王城には連れて行ってくれなかったけど、私はちゃんとアキラに愛されている。

「船の損壊もないってことは戦闘しなかったってことでいいのかい?」

同じくホソヤマをはじめとした仲間の無傷を確認し安心した表情の勇者が首を傾げた。

その問いにホソヤマをはじめとした留守番組が同じように首を傾ける。

「一応戦闘はあった、のかな?」

「煮え切らないな。アメリア、とりあえず俺たちが出て行ったところから話してもらってもいいか?」

アキラの言葉に頷いて話し始めた。

「あれはアキラたちを見送ってしばらく経った頃――」

私はその時間の見張り当番をホソヤマから代わってもらい、船内で確実に一人になれる見張り台の上で黄昏ていた。

「……出発前の忙しいときなのにアキラに迷惑かけちゃった」

ぼーっと魔族領の沿岸部を眺めながら呟く。

アキラとは出会ったときからずっと一緒だった。町中では旅に必要な物資を買うために手分けしたり、ウルでは私がわがままを言ってクロウのもとに通っていたから別行動をしていたことも多々あったけれど、今回アキラが私を船に残し、魔王城へは連れて行かないと決めたのは私にとって衝撃的だった。

理由についても納得できる。私を害せばエルフ族を敵に回すと分かっていながら、それでも攫ったのは私の無限の魔力が必要だから。このままノコノコと魔王の元へ行って万が一にもその野望を叶えさせるわけにはいかない。

それでも、分かっているけれど、私もついて行きたかった。連れて行ってほしかった。

かつてエルフ族領で神聖樹の根でしていたように指を組んで天に祈る。

「アイテル様、どうか彼らを無事にお導きください」

アキラだけではない。ラスティとヨルにとって、魔王との対決は心苦しいものになるだろう。そばにいて支えてあげたかった。特にラスティは味方を探していたようだったから、魔王の目の前で味方でありたかった。こうして遠くから祈ることしかできないことがとても歯がゆい。

こっそりついて行くことも考えたのだが、出立前のアキラに船を頼むと言われたからにはそれもできなかった。

日が沈みはじめ、空がソノラの髪の色のように赤く染まっていく。

ラスティとどことなく顔立ちが似た彼女は、獣人族領で出会ったウルのギルドマスターリンガとその弟セナの妹だそうだ。両親が異なる種族の場合、その子どもはどちらかの種族に生まれる。獣人族と魔族の間に生まれた三人は、言われなければ兄妹と分からないほどに似ていなかった。何も知らなければきっとラスティとソノラを姉妹だと勘違いしてしまうだろう。実際には姪と叔母の関係だれけど。

種族の交わりについてエルフ族は黙認はしているけれどあまり歓迎はしていない。たった百年ほどしか差のない人族と獣人族ならともかく、エルフ族と人族では数千単位で寿命に隔たりがある。だからエルフ族と人族の子がエルフ族ならばエルフ族領で、人族ならば人族領で育てるべしとそこだけは厳格に決められていた。はるか昔にあった悲劇を繰り返さないための決まりだ。

だがこれは一般のエルフ族の場合。私たち王族、つまりハイエルフはその血を薄めることのないように、そして濃くなりすぎないように、五代に一度は必ず他種族から配偶者を得ることになっている。前は人族から、その前は獣人族からだったはずだ。その代に当たれば恋愛結婚は認められず、基本的にその種族とエルフ族にとって利となるように政略結婚を結ばされる。

私とキリカの母は人族だった。“大和の国”御三家の一角。月見家がお母様の生家だ。元々大きな商家として栄えていた月見家は当時貿易相手だったエルフ族の王族との婚姻と同盟がきっかけとなって御三家にまで登り詰めたのだという。今の月見家は叔父の血筋だそうなので、私とキリカにとっては親戚となるが、会ったことは一度もない。

「……一族の生贄として故郷を離れ、海を渡った遠い地で亡くなられた可哀想なお母様」

歌うように呟く。これはお母様についてのお話を聞いたキリカが呟いた言葉だ。神聖樹を愛し森を愛するエルフ族として、故郷を離れて死ぬことは絶望の代名詞ともされる。母は生まれた娘たちの顔すら見ることなく、産後の肥立ちを悪くして亡くなってしまった。当時は写真技術もエルフ族領には広まっていなかったから、母の姿を知るのは父と当時を知る一握りの侍女しかいない。私たちを愛していたのかさえも分からない。一度でいいから会ってみたかった。私を、そしてキリカを愛していたのだと言って抱きしめてほしかった。

だからもしも、お父様やキリカが母を生き返らせようと計画したら、私はラスティのように真っ向から反対して止められるだろうか。

「ん?」

そんな考えに耽っていると、赤く染まる空に墨を垂らしたように数個の黒がぽつりぽつりと浮かび、どんどん大きくなっていく。それが小指の爪ほどの大きさになったとき、ようやくそれの正体が分かった。

「……っ!? あれは!」

私はダリオン襲撃後から飛行艇の至る場所へ取り付けられ、見張り台にもあるそのボタンを強く押す。

ノアが作ったそれ(ウサ子110号というらしいが誰もそう呼んでいない)は瞬時に飛行艇内の全部屋へ私の声を繋げた。

「敵襲! 魔族領より大量の魔物がっ……!?」

「しー。こらこらダメだよ、お姫様がそんな声出しちゃ」

気配を感じることすらできなかった。いつの間にか私の背後をとり、首筋にひやりと冷たい刃を当てている。

背後をとられていて姿は確認できなかった。だけど、この声を私は知っている。

「アウルム・トレース!」

「あったりー! 僕のこと覚えていてくれたんだ。嬉しいなぁ」

ゆっくりと振り返る。首に突きつけられた槍の先で、獣人族領ウルで一度私を殺したエメラルドグリーンの魔族がにんまりと笑っていた。

右腕が濡れたような気がして震える手を握る。アキラのお腹を貫いた感覚は何度も夢で見て記憶に刻まれてしまっている。あのときこの魔族もそこにいたのだから、関連して思い出してしまった。

飛行艇を覆うリアの結界の外に数百の魔物がひしめき合っている。おそらくブルート迷宮でリアが見せた『神の反転結界』を警戒しての配置だろう。アウルムくらいでなければ結界の中に入り込むことはできないはずだ。

「魔族領沿岸部に不審な飛行物体があるって通報があったから来てみれば、やっぱり君たちの拠点だったんだ~。ねえねえ、あのときの暗殺者くんはどこ? 僕あいつと殺し合いがしたいんだよね~。早くしないと、ダリオンも狙ってるみたいだし?」

相変わらずぺらぺらと良く回る口だ。だが今はそれがありがたい。

“暗殺者くん”そう呼ばれるのはただ一人で、その人物は今ここにいない。どうやらアキラたちが魔王城へ向かったことは魔族側に知られていないようだと、気づかれないようにそっと息を吐いた。

そうなると、アキラがここにいるように思わせるか、正直に言うかで状況が大きく変わる。迷宮で言葉を交わした印象的に、戦いを楽しむという点ではアキラとアウルムはよく似ている。大きく違うのは人を殺すことに抵抗を覚えるかどうか。選択を間違えれば、この魔族はアキラと戦うためだけに私たちを皆殺しにするだろう。アキラや勇者たち主要戦力が不在のいま、この人に暴れられるわけにはいかない。

左手の薬指に嵌まる一生消えない輪をそっと指でなぞった。これは私の宝物。これがあるだけで私は強くあれる。

どう答えるべきか決めた私はワクワクと目を輝かせる魔族へ告げた。

「アキラはここにはいないし、たぶん数日は帰ってこない。魔王城へ向かった」

「……」

ポカンと口を開けてアウルムが固まる。

集中力が途切れたのか、アウルムの『武器生成』でつくられた槍が魔力の残滓を残して消えた。ふつりと消えた殺気にようやく新鮮な空気が吸えたような気がする。

がっくりとアウルムはその場で手と膝をついて全身で絶望を表現したその姿に思わずびくりと体が震える。

「え、ええっ! そんなぁ! 僕あいつと戦うために頑張って大嫌いな書類仕事片付けてきたのに!! そんなことってないよ!」

涙を浮かべて癇癪を起したアウルムだったが、その声がピタリと止まった。

「……もういい」

ぽつりとこぼされた言葉に思わず『重力魔法』を発動しかける。

身構える私をよそに、アウルムは笛を吹いてワイバーンを呼び寄せた。

「じゃあ今日のところは帰るけど、暗殺者くんにちゃんと言っといてよ! 次会ったら全力で殺し合いしようって!!」

ぷっくりと頬を膨らませたアウルムはそう私を指さし、結界の外で待機していた数百の魔物の元へ行ってしまった。

が、魔力のプレッシャーは消えない。

「……あなたは行かないの?」

見張り台のちょうど真上、そこにアウルムと似た色合いの少女が宙に浮いていた。

「さすがはハイエルフであり銀ランク冒険者のアメリア様。気配察知系のスキルは所持していないらしいとあれから聞いていましたが、よく気づきましたね」

コロコロと表情の変わるアウルムと違ってその顔から何を考えているのか読み取れない。

「魔族の魔力は私たちにとって重力を増やされたようなものだもの」

「なるほど、濃い魔力に触れてこなかったからこその感知力ですか。私は魔族領から出たことがないので興味深い情報です」

上空からゆっくりと降下してきた少女はアメリアの目の前に降り立った。

「お初にお目にかかります、私はリューネ。先ほどは愚兄が失礼いたしました」

ぺこりと頭を下げると、エメラルドグリーンの髪がさらさらと流れる。

「そう、あなたがリューネ。アウルムから少し聞いたことがある」

攫われたとき、少しでも情報を引き出そうと色々と話かけたらなぜかお互いの妹の話になったのだ。

アウルムの妹のリューネ。アウルムと違ってあまり笑わなくて、魔物の操作が誰よりも上手い。たぶんアウルムに対してツンデレの子。

「私に何か用?」

「その目でご存知かと思われますが、私自身にあまり戦闘能力はありません。今ここにいるのは不審な飛行物体の調査と、その中にアメリア王女が乗っていた場合に外交官としてあなた方へ警告を告げに参りました。本来ならばあれの仕事なのですが、あれはご覧の通りああなので私が代わりというわけです」

「他種族のそれも王族が無断で領域侵犯だものね」

迷宮最下層の魔法陣で領内に入ったのが想定外だっただけで、神聖樹を抱えるエルフ族領では本来出入りに厳重な身元審査と魔力の登録が義務付けられている。あのときは私がいたこと、それどころではなかったこと、アキラたちがすぐに出て行くと分かっていたことが重なり合ったイレギュラーだった。エルフ族領は特別厳重だが、大なり小なり他の領や国でも関所がそれを担っている。ちなみに冒険者ギルドに所属していると身元が保証されているので通行料が安くなったり審査が軽くなったりする。あのときの賊は犯罪者ギルドと言っていたからきっと密入領者だろう。

そんな領域侵犯をしかも他種族の王族が犯すのは国際問題に発展してもおかしくはないことだった。勇者も同行していることから魔族側に宣戦布告と捉えられても文句は言えない所業である。

それでも気にすることなく私がこの地を踏んだのは、魔族が国として成り立っているとは思っていなかったからだ。なにせ相手は何千何万年単位で没交渉の魔族領。こうして警告されることすらも驚きだった。

「人里には行っていないから知らなかったけれど、魔族は国として機能しているのね」

「当たり前です。寿命が短いためか刹那主義者が多い他種族とは違いますから」

エルフ族としても共感できる話だ。寿命が短い種族は気が短く、刹那的に生きている者が多い。そのため国が滅んでは興り、寿命ではない理由でころころと王が変わる。それが発展や経済に影響を及ぼし常に不安定だ。逆に長寿のエルフ族と魔族は領内に国と呼ばれるものが存在せず、一種族が一国としてまとまり安定している。流れる時間が遅いという点でエルフ族と魔族はよく似ていた。

「エルフ族領第一王女アメリアが謝罪します。正式な書状はどこへ送ればいいのかしら」

「不要です」

「そう。魔族は門を開くつもりはないのね。残念だわ」

「ええ。謝罪もなく何も償っていない者たちに開く門はないでしょう?」

私は思わず眉を顰めた。

“何も償っていない”というのは魔王の妻を殺した人族のことだろうか。もしそうならエルフ族は全く関係ないが、リューネの言い方では人族だけでなく他二種族も魔族へ謝るべきことがあるというような言い方だ。

それを尋ねようと口を開いたとき、目が結界の外で鬱憤を晴らすかのように魔物を切り捨てている兄へ向けられた。初めてその瞳に感情が乗る。

「あーもう、本当にあの戦闘馬鹿兄は……。では、こちらからは以上です。次は警告なく殲滅します」

失礼いたします。と一礼したあと、返事をする間もなくリューネはひょいっと宙に浮いてそのまま結界の外まで飛行していってしまった。

「と、いうわけなの」

必要でもないのに大量の魔物を引きつれてきたのはおそらく威嚇と、魔族領に住む民へのパフォーマンスも兼ねていたのだと思われる。

説明し終えると、アキラを含め魔王城へ向かった人たちは何とも言えない表情を浮かべた。

「まあ、怪我も戦闘がなかったのなら良かった……のか? 次会ったときの殺し合いは全力で遠慮したいが」

首を傾げるアキラに私も同じように首を傾げる。

アウルム・トレースという強敵が現れて無傷で切り抜けたのは喜ばしいことだとは思う。魔族との確執と謎は残ってしまったけれど。

「あの壁はソノラが?」

残ったメンバーの中で土魔法が使えるのはソノラしかいない。

「うじゃうじゃとこっちを見てくるのがあまりにも気持ち悪くてつい……」

「バレてしまっているなら隠す必要もないとそのままにしている。『迷彩魔法』も解除した。次またワイバーンが襲ってきても結界と壁で止まるだろうしな」

ソノラがしょぼんと落ち込んだ顔で手を上げた。隣でノアが腕を組む。

あれについては亡命するためにこの船に乗っているのに気づかれるようなことをするなとすでに兄二人によって叱られ済みだ。

アキラは一つ頷き、気にしないことにしたのか私に向き直った。

「とにかくアメリアが無事でよかったよ」

「うん。アキラも、無事でよかった」

ねえアキラ、守ってもらうだけのお姫様なんて必要ないのよ。