軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第253話 ~かえりたい人~

目に付いた人を片端から抱き起こす勇者たちから離れ、俺は死体の山の隣で微動だにしない白髪の老人に近づいた。一見横にある死体と同じように見えるがこの人はまだ生きている。

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カガミ・カミナリ(飢餓状態・記憶障害)

種族:人族 職業:祈祷師Lv.32

生命力:1/600 攻撃力:30 防御力:300

魔力:0/3600

スキル:祈祷Lv.6

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魔力もすべて生命力に還元し、その上で生命力が1で点滅しているので辛うじて生きていると言った方が正しいが。

おそらく明日には冷たくなっているし、もう勇者から水や食料を与えられたとしても、回復魔法をかけられたとしても間に合わない。そもそも加齢による衰弱もあるだろうに今生きている方が奇跡なのだ。

「……り、たい」

ブツブツと零される言葉を聞き取るために老人へ頭を寄せる。

「かえり、たい。いえに、かえり、い」

わずかに聞き取れた言葉に俺は息を呑んだ。

虚ろな目でそれだけを繰り返す老人。

「かえりたい、かえりたい、いえにかえりたい、いえに……」

「あんたの家はどこにある? どこに帰りたいんだ」

思わず問いかけると、老人は瞳を左右に揺らしたあと、再び虚ろに戻った。

「わからない。やくそくをしたのに。かえりたい……かえらなければ、かえさなければ」

おそらく記憶障害のせいで帰る家のことも忘れてしまったのだろう。この老人にあるのはただ“帰りたい”という願いだけ。

よく見ると額のあたりに乾いた血のようなものが付着している。おそらくこの地へたどり着く前に頭を負傷しその影響で記憶障害になってしまったのだろう。

“かえりたい”と繰り返しながら言う老人の目尻からポロリと雫が一粒零れ落ちた。

俺はそれを見て、心を決める。

「ああ、そうだよな。帰りたいよな。……俺が、あんたをかえしてやろうか」

その瞬間、虚ろでぼんやりとしていた瞳に光が灯った。途切れなく呟かれていた言葉が止まり、はくはくと口が開閉する。

「かえりたい」

初めてその考えを思いついたのは夜の中に魔王の妻の魂があるのではないかという話を聞いた時だ。俺たちがいた世界とは違い、この世界には魔法があり、魔物がいて、エルフ族や獣人族がいる。そして俺たちの世界では存在そのものが不確かな“魂”というものがこの世界では確かに存在するらしい。

夜の話を聞いて思い浮かんだのは現代文だったか古文だったかの教科書にあった物語だ。確か、必ず帰るという約束をした人が遠く離れた地で自害し幽霊になって帰ってきたという話だったか。“人は一日に千里行くことはできないが魂なら一日に千里も行く”という言葉が特に印象に残っている。

この世界だったら、老いと衰弱というハンデを抱える体を捨て、魂のみとなれば帰ることができるのではないかと考えた。

「肉体がなくても帰りたいか?」

「ああ、かえりたい。かえりたい」

「なあ知ってるか。魂だけは自由なんだ。魂だけならあんたは海をも越えて行きたい所へ行けるかもしれない。ただし失敗したら永遠に彷徨い続けるかもしれないし、確実に帰れるという確証はない。それでもやるか?」

音もたてず、俺は“夜刀神”を抜いた。

今の俺の『暗殺術』のレベルは9。死んだことが本人にも分からないように、血も流すことなく眠るように殺す事を可能にする。ただし針の穴を通すようなかなりの集中力を要するので戦闘中の使用は難しい。

「かえりたい。いえに」

「分かった。必ず、貴方を帰す。どんな形でも。だから安心するといい」

きっと、故郷のことを思い出せない彼に「帰れる」と言った人間は今まで居なかったのだろう。

彼はひどく安堵した表情を浮かべて、全てを悟ったように瞳を閉じた。震える腕が“夜刀神”を握る俺の手に添えられる。

「たのむ」

素早く、だが確実にその心臓は動きを止めた。ぱたりと力を失った腕が地面に落ちる。

きっと痛みも感じることなく逝けただろう。

「……ああ、任せろ」

結局のところ、エルフ族領で攫われたエルフ族の救出を依頼された時と同じだ。

俺は「帰りたい」と望む者を、「帰ってきてほしい」と望む者を無下にはできない。どんな形になっても帰りたいと望むなら力を貸したいと思う。

俺が、俺自身が一番帰りたいと思っているのだから。

「お前、今…」

後ろから聞こえた声に思わず舌を打った。

できるのなら見せたくなかったんだが。

振り返ると、水や果物を手に持った勇者がそこに居た。夜の伝言を聞いたアメリアたちが持たせたのだろう。勇者の後ろでは細山が倒れている人に回復魔法をかけている。

「見てたのか」

「……まだ、何か出来ることがあったんじゃないのか。もっと別の方法で……」

ぐっと手の中のものを握りしめて勇者が言った。

きっと前までの俺ならその現実を見ない楽観的な言葉にイライラしていたんだろう。

「本当に、そう思うのか?」

周囲には俺たち以外に生きている者は誰もいない。二人だけ隔絶されたような静かな空間に言葉が浮かんで消えた。

勇者ははくりと数回口を動かしたが、その口から言葉が出ることは無かった。

「安心しろ。俺の手は既に汚れてる。今更増えたところで汚れは汚れ。落ちることは無いし、忘れるつもりもない」

全て俺が自分で決めたこと。自分で決めた道。自分の手を汚してでも俺は家に帰る。この老人のようにはならない。

老人が唯一身につけていた銀のペンダントを握りしめた。チェーンの先にコインのようなチャームが付いている質素なものだ。売ればわずかでも金になっただろうに、これだけは手放さなかったのだから、大切な物だったのだろう。

必ず、帰してやる。

名前からして“大和の国”の人だろう。ヒラエスとの約束とクラスメイトのことを思えばどうせ人族領には戻るのだしついでに返せばいい。

「佐藤司。お前は、お前らは救う選択肢に“殺す”を入れるなよ。あと魔王と敵対しても倒すのはいいが殺すのはやめておけ。それは俺の仕事だ」

ペンダントを落とさないよう懐に大事に仕舞い、動かないままの勇者の横を通り抜けた。

次の瀕死の人を探す前に背後から勇者の声がかかる。

「それでお前はいいのか? それで帰って家族に会って、今まで通り暮らせるのか?」

「……それは」

思わず足を止めて考えた。

だが、考えたところで仕方がない。時間を戻すことはできないのだから。俺が人間の命を奪ったことに変わりはないし、これから俺はここにいる数人をこれ以上苦しませることのないように殺す。

「帰ってから考える。どうせ、こんな経験をしておいて今まで通り暮らせるわけないしな。俺も、お前らも」