軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第241話 ~道の先~

船から降りた俺たちは昨日行った魔族領の中心方向ではなく、大陸に沿って海岸を歩いた。

昨日行った魔族の街がある方へ行ってもいいのだが、どうせこの後も行くことになるのだから別の場所を見てみたかったのと、あの貧民街モルテへ行って勇者たちの反応が予想できないと思ったためだ。あの場所は死の気配が濃い。俺も少し引き込まれたがクロウが声をかけてくれたおかげで持ち直すことができたが、俺一人でアメリアを含めた四人に注意を払うのは骨が折れる。No.7に行く前にそれとなく船に帰還するように促さなければならないだろうな。

最初こそは物珍し気に周囲を見渡しながらワイワイと楽しそうに話していた勇者たちだったが、どれほど歩いても変わらない景色に次第に口数が少なくなっていった。あまりにも景色が変わらないから退屈になってきたのだろう。動物はおろか、人間も魔物すらもいない。

休憩は適宜挟んでいるがこちらの世界に来て体力も以前とは比べものにならないほどに跳ね上がったため、体力的に疲れたからではなく精神的に疲れたから休憩する時間になっている。

『この道のりは……』

船を離れて数時間、もはや元の場所から一切動いていないのではなんてぼやいている七瀬の声を聞きながら、海岸沿いだというのにゴツゴツと石が尖って歩きにくい地面を踏みしめていると、いつものように肩の上にいる夜がふと呟く。

「どうかしたか?」

たいして変わっていないように見えるが夜にとっては見覚えのある景色になってきたらしい。

『いや、俺も魔王に魔族領での記憶の多くを消されているから確証はないのだが、どこかで見たような道だと思ってだな。……特にあの辺の岩のあたりがどうももぞもぞする』

夜がふわふわの前足で指したのは少し先にある何の変哲もない岩に見えた。

獣人族領で魔族の二番手マヒロと三番手アウルムと戦闘し、重症を負う俺を庇って夜は二人と敵対した。そのせいで魔王は夜の記憶を危険視したのか、少しずつ魔族領での記憶が薄れていったらしい。本当に少しずつだったせいか夜自身も気づくのが遅れ、気づいた時には記憶の大半が失われていたのだという。それまでは生みの親である魔王に対する忠誠心で魔王城へ案内することを拒否していた夜だったが今は城の内部構造自体が思い出せないために、案内ができないそうだ。そしてその忠誠心もラティスネイルから魔王が禁忌を犯そうとしていると聞いてからなくなってきているように感じる。呼び名が“魔王様”から“魔王”に変わったのもそのあたりからだったはずだ。

そもそも、部屋のボスを倒さなければ本来は出ることができない迷宮のボス部屋に夜を配置して俺への伝言を命じたということは、その時点で魔王は夜が死んでしまっても良かったということになる。それを理解していた夜は俺と戦ったあと性急に死を望むような様子だった。俺はそれが気に入らなくて従魔契約を結んだのだが。魔王が右腕と呼ばれるほどに重宝していた魔物をどういう考えで死地に追いやったのかは分からないが、嫌いな人族の従魔になってまで自分の元へ帰ろうとした健気な魔物に対する仕打ちが記憶消去かとは思ってしまう。

「……もぞもぞ?」

独特な表現の仕方に何か意味があるのかと立ち止まってその岩を見つめる。確かによく見るとその岩は他のものと少しだけ色が違っているかもしれない。本当によく見ないと分からないくらいのわずかな差だが。

「どうした? そろそろ休憩するか?」

突然立ち止まった俺に七瀬が後ろから声をかけてくる。

先頭の俺が立ち止まってしまったことで後ろにいるアメリアたちも立ち止まってしまっていた。

「いや、なんでも……」

なんでもないと言いかけた言葉は途中で止まった。

岩が動いたのだ。文字通り、もぞもぞと。

「は?」

ちょうど最後尾にいた勇者もそれを見ていたのか、俺と同じ場所を見て目を丸くしている。

俺の肩の上で夜が器用にその前足を合わせた。

『思い出したぞ主殿! ここは竜種が暮らしている“龍の巣”だ!』

その言葉と共に、もぞもぞと動いた岩が跳ね上がった。

衝撃であちこちの地面が地震のように上下左右に大きく揺れて俺たちは全員たたらを踏む。

「……囲まれたな」

ようやく地面の揺れが収まって顔を上げると、海岸とゴツゴツとした岩肌だった視界が一変、岩肌と同じ色をした翼のある竜種の魔物に囲まれていた。うんざりするほど続いていた景色も複数の魔物によって一切見えない。どうやら俺たちは知らないうちに竜種の巣に入り込み、囲まれていたらしい。

反射的に“夜刀神”の柄に手をかける。お互いに背中を預け、前を睨んだ。

『すまない主殿。俺がもっと早く気付いていれば』

「いや、何も気づかなかったのは俺たちも同じだ。こいつらの隠蔽系のスキルのせいで『気配察知』も効果がなかった」

「俺の『勘』も働かなかったな。こういう時はピリピリした感覚がするんだが、それすらもなかった」

ぽそりと夜が言葉を落とす。

こうして竜たちが姿を現すまで本当に気が付かなかった。こんなことカンティネン迷宮でもなかったことだ。今現在囲まれているというのに『気配察知』、『危機察知』が両方とも機能していないかのように沈黙している。俺の左手側で視線を彷徨わせている京介も眉を顰めて呟いた。

第六感が強化されたスキルである『勘』も働かなかったということは、そもそも危機ではない可能性もあるか?

『我らが龍の巣へようこそ異世界の者たち、そして魔王の右腕』

一番手前にいた竜がぐわりと口を開く。

攻撃が来るかと身構えた俺たちだったが、その口から出てきたのはまるで歌声のような音だった。

本来であればただの音色にしか聞こえない音は、エクストラスキル『言語理解』を通して意味のある言葉に聞こえる。

『主殿?』

「アキラ?」

息を呑んで動きを止めた俺たちに竜の言葉が理解できない夜とアメリアが心配そうに手を触れてきた。

『やはり異世界の者たちには我らの言葉が理解できるのか。同じ魔物にも理解できぬ言葉。唯一神アイテル自ら造られた、我ら原初の魔物の末裔にしか理解できぬ言語を』

荘厳な音が頭の中を反響している。

カンティネン迷宮でもその声を聞くと錯乱状態になる魔物がいたが、竜の声はそれ以上にどこか中毒性を感じる、いつまでも聞いていたいようなそんな音だった。音が止まっても、次の音を待ってしまう。言語として理解はできているのにそれ以上の思考ができない。言葉が続くにつれて頭の中に靄がかかっているかのような感じだ。

隣にいる京介や後ろにいる勇者、七瀬たちも同じ状態なのかピクリとも動かない。

「……アキラ!!!」

突然その靄が晴れた。

ハッと息を呑み、隣を見る。心配そうな目をしたアメリアが俺の手を“夜刀神”ごと握っていた。そして夜が俺の肩に爪を立てている。その手のぬくもりと肩の痛みで我に返ったらしい。

「……悪い。魅入られていたらしい。もう大丈夫だ」

おそらく竜たちも意図したことではないのだろう。

俺に声をかけてきた竜に威嚇している夜を宥めるように撫でて、京介の頭を“夜刀神”の柄頭で強めに殴った。

「痛っ!?」

突然の痛みで正気に戻った京介は一瞬で状況を理解したのか、同じように力業で七瀬と勇者の目を覚まさせた。

俺はそれを確認して目の前の竜に声をかける。

「すまないがあなた方の言語は俺たちに負荷がかかるようだ。できるのならすぐにでも本題に入ってほしい。何か俺たちに用があるのか?」

普通に話しているつもりだが、隣のアメリアと夜がぎょっとこちらを見る様子から察するに俺の口からは先ほど竜から聞こえた音と同じようなものが出ているらしい。少し喉が痛む。

『先に我が領土を侵してきたのはお前たちだ。だがこちらもお前たちに用があったから対話を選んだ。我らの長の元へ案内するからついて来い』

初めに声をかけてきた竜ではなく、その隣のどこか荒々しい言葉遣いの竜がそう言ってのしのしと歩いていく。

言葉遣いの差だろうか、初めほど衝撃は感じない。ただ頭がぐわりと揺れるのはもう仕様だと諦めた方がいいのだろうか。

『……やつらは何と言っていた?』

夜の問いに俺は“夜刀神”を納刀しないまま足を踏み出した。

「どうやら俺たちに用があるらしい。長の元に案内すると言っている」

『長だと!? 歴代魔王にも謁見を許さなかった竜種の頂点がなぜ!?』

喚く夜に知らんと返し、警戒しながら大きな背を追った。

体の大きな竜にとっては数十歩、俺たちにとっては小走りで数百メートル走ることになり、たどり着いたのは巨大な洞窟だった。それもただの洞窟ではない。

「これは……全部水晶か?」

京介が感嘆の声を上げた。

竜たちが歩いて均した地面も、氷柱のように天井から垂れた柱も、すべてが入り口の太陽を反射してキラキラと輝いている。

洞窟全体が大きな一つの水晶かのような、畏怖さえも感じる荘厳な場所だった。

「アキラ、ここの水晶……」

アメリアの囁きに俺は一つ頷く。

「ああ。ただ綺麗なだけじゃない。一つ一つ、いや全体が大量の魔力を含んでいる。……これどこかで見たな?」

どこかで見たことがあるような輝きに首を傾げた。

周囲を見渡しながらも、決して“夜刀神”を手放さないように手に力を入れる。水晶の輝きで見えにくい上に相変わらず『気配察知』は反応しないが大きな柱の陰から大きな気配を感じる。姿は見えないがおそらく他にも竜たちが潜んでいるのだろう。

天井は前をのしのしと歩く竜の頭よりも遥かに高い場所にある。カンティネン迷宮で夜と出会ったボス部屋もドラゴンとなった夜が自由に動けるくらいには広かったが、この場所はさらに広いだろうか。洞窟の奥に進んでいるというのに反射で灯りもないのにはっきりとすべて見えている。視界がキラキラと少し鬱陶しいな。

『我らが長の前でいらぬ動きをしたと思えばすぐにでもその体を踏みつぶす。心せよ』

どれほど歩いただろうか。洞窟の最奥にたどり着いた竜はそう言って俺たちを振り返った。

目の前を遮っていた巨体が退いたことで視界が少し開ける。

「龍……?」

ここまでも大きな水晶やその他鉱石を見たが、その中でも一番大きいだろうと分かる水色に輝く鉱石の上にそれはいた。

ここまで見てきたようなドラゴン系の翼が生えた竜ではなく、龍。

短い手足に二本の角、透き通った色の鱗に覆われた大蛇のように長い体をくねらせ、金の髭が靡いている。昔妹と一緒に見たアニメに出てきた龍と同じような姿だ。

『我が名はヒラエス。我は唯一神アイテルによって生み出された原初の魔物の一つ、原初の龍』

先ほどまでの竜たちの言葉が電子ピアノだとすると目の前の龍の言葉はパイプオルガンだろうか。音は一緒なのにまさに格が違う。

『我が願いを叶えよ。異世界の人の子たちよ』