軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第230話 ~名の音~

あの後、微妙な空気の中解散となった。

見るからに動揺した俺だけではなく、勇者たちのことも慮ってのことだろう。男子は女子の手前気丈に振る舞っていたが手は震えていたし、女子は目に涙が溜まっていた。

なにしろ、実質元の世界に帰られないと言われたようなものだ。

俺も今は一人になりたくて同行しようとしてくれたアメリアと夜をやんわりと拒否して警備にかこつけて甲板へ出てきた。

アメリアが約束してくれたとはいえ、アメリアが神子だとはいえ、“禁忌”と名付けられたそれに対抗するのは難しいだろう。蘇生が許されたのは二日の間に死んだ者だけ。ならば世界を渡るのも許されたとしてもなんらかの制約があると思った方がいい。例えば一人だけなら許す、とか。

俺は家に帰りたいと思っている。最初は窮屈な学校生活ややりたくもないのにやらされている勉強や、正直きついバイトなんかから逃げたくて、逃げることができたと喜んだ。しかもここは俺が夢にまで見た剣と魔法の世界。辛い現実から逃げるために空想していた世界なのだから。だが、この世界で生きれば生きるほどここは自分の世界ではないのだと実感してくる。ふとした時に元の世界の家族のことが頭をよぎる。

「母さんと唯、元気かな……」

この世界と俺たちの世界の時間経過が同じ保証はない。一番助かるのは俺たちがいなくなった地点まで戻ること。何も変わらず、この世界のことは俺たちの記憶の中だけのこととなる。一番嫌なのは浦島太郎現象だ。帰った時には家族は全員死んでいて俺たちがいなくなった数百年後の世界なんてゾッとする。それならばこちらの世界に残った方がまだましだ。どちらにせよ黒猫の夜はともかくアメリアは連れて帰るのは難しいだろう。ここまでの旅路を思い出しても、アメリアはとても目立つ。その容姿は変装などで隠せるものではなく、必然的に尖った耳も隠すことなどできないだろう。こちらの世界でいう人族しかいないのに創作物があるためエルフだということはすぐに分かってしまう。良くて実験対象のモルモット、悪くてその場で抹殺かな。

いや、そもそも帰れるかどうかも今は分からないんだったか。

「……そこに突っ立ったままじゃなくて話すなら近くまでこいよ」

さっきから鬱陶しい視線を投げかけてきた人間へそう声をかける。

陰から恐る恐る勇者、佐藤司が出てきた。隣には京介もいる。

「やっぱりバレていたか」

特に気にした様子もなく飄々と俺の隣へくる京介とは違い佐藤はどこか落ち着かなさそうに京介を挟んだ反対側にきた。

そのまま誰が話し始めるでもなくゆっくりと移動しているように見える海を眺める。こんなに元の世界と同じ色の景色なのに、時折海面にうつるこの船ほどの巨大な陰は俺たちの世界にはいない刺々しいシルエットをしていた。

「俺たち、異世界にいるんだなぁ」

同じくそれを見ていた佐藤がポツリと呟く。

なにを今更と思わないでもなかったが、今は同意した。

異世界にきた感覚がなかったかと言われればそうではないが、心のどこかでファンタジーゲームや小説のようにエンディングまで辿り着けば帰れるのではないかという考えが抜けなかった。

そもそも、俺が魔族領へ来ようと思ったのはカンティネン迷宮で出会った夜がいたボス部屋に設置されていた魔法陣を見てからだ。そしてブルート迷宮では魔法陣を使う魔族に出会った。おそらく、夜が魔王から預かった“魔王城で待つ”という伝言から誘い込まれてはいたのだろう。どこで魔王が俺の抹殺に切り替えたのか、それとも俺を殺すと言ったのはアウルムの暴走かわからないが。

ラティスネイルの言葉から魔王の狙いが死んだ妻の蘇生だと知った。アメリアを狙ったのはおそらく『蘇生魔法』か測定不能の魔力量のせい。だとするのなら、誘うにしろ殺すにしろ俺を狙うその理由はなんだ? 夜の伝言では俺に直接言ってきたのだから、おそらくアメリアの付属としてではあるまい。ふと脳裏に浮かんだのは勝手に動き俺の体を操作する『影魔法』だが……。

だめだ。考えるのは生来向いていない。本を読むからと言って考える癖が身につくわけじゃない。俺のように自分に主人公を当てはめてそこにいるかのように錯覚するタイプは特に。

ただ、これだけは言える。俺は非日常に憧れてはいたけど、家族のもとでただぼーっと日々を暮らすだけで良かったんだな。失って初めて知ったことだ。

「ずっと思ってたんだが、お前らって俺とずっと一緒のクラスだったりしたか?」

考え事を放り投げたついでに気になっていたことを聞くと、二人はなぜか唖然とした表情でこちらを見ていた。

京介のそんな表情、初めて見たが。

「お前、俺のこと覚えていたのか!? じゃあなんであの時初めましてなんて言ったんだ?」

間に京介がいなければガクガクと肩を揺すってきそうなテンションの佐藤が言う。

いや、そもそもどの時だよ。

「悪いが、思い出したのはアイテルが去った後に侵入してきた魔族と話してからだ」

「なにを話したんだ?」

そういえばダリオン侵入については言ったがその後二人きりで少し話したことは言っていなかったかもしれない。

「大したことじゃない。今思えば一方的にあいつが喋っていっただけだからな。……だが、興味深いことを言っていた」

曰く、魔族には魔法関連のもの限定で魔眼のようなものが生まれつき備わっているらしい。おそらく俺やアメリアの『世界眼』とは違い、体質的なものでステータスにも影響しない程度の力。

そしてその瞳曰く、俺には自ら封じている名がある、と。

「名?」

「ああ、“つかさ”という名を封じていたらしい。ダリオンのおかげでその封印も解けたと言っていた」

息を呑む二人に頷く。

俺も驚いたが“つかさ”は勇者の名前だった。いつだったか細山が言っていた勇者の名前を呼ばないというより覚えられないというのはこれのせいだったらしい。

「お前の他に、俺の周りで“つかさ”という名の男がいた。 織田政(おだつかさ) 。失踪した俺の父親の名前だ」

俺の父親。病弱な妻とまだ小学生の子供二人を置いて失踪した人。離婚はしていないそうだし、何かあれば妻である母の元へ連絡があるだろうからおそらく生きてはいるのだろうけど、どこでなにをしているのかわからない。

「晶のお父さん……確か、背が高くてほっそりとした人だったよな。気の弱そうな」

記憶を探るように空中に目を向けた佐藤に頷く。

確かに体調が悪い母に代わって小学生の時はあの人が授業参観にきていたが、よく覚えているな。

「じゃあ晶のお父さんが晶に封印を?」

「いや、ダリオンの口振りでは俺が俺自身に封じていたということになる。まあ、父親が失踪したという幼少期のトラウマを俺自身が封じていたんじゃないかと考えているんだが。……おかしいよな」

京介の考えを否定しつつ、考えながら答える。

「あの世界の魔法はなかった。魔法のない世界で自分にかけた記憶の喪失、封印を魔法のある世界の住人が察知した。今思うと、一番初めにスキルを見た時、これまでの経験がスキルレベルなんかに反映されていたのもおかしい。全く違う世界に渡ったはずなのに、どうしてこの二つの世界で繋がりがある?」

まず考えられるのは元の世界にも魔法があり、この世界とはなんらかの方法で繋がっていたということ。この場合一般人である俺たちには知ることすらできないのでひとまず置いておく。

あとは、元々繋がりはなかったが、召喚された俺たち自身が楔になった場合だ。

「俺たちを召喚したあと、王様たちは魔王を倒せだのなんだの言っていたが、アドレアを滅ぼされた獣人族領ならともかくレイティス国は直接的な被害は受けてないと聞いた。せいぜい冒険者を魔物に殺されたくらいだ。……召喚で呼んだ後の俺たちへの対応がおざなりすぎる。だが、その目的がそもそも俺たち自身ではなく“召喚された”ということにあるのなら」

「俺たちの存在が元の世界の存在証明と橋渡しに使われる可能性?」

「ああ。そう考えることもできるんじゃないか?」

頭の良い佐藤が顔を青ざめさせながら俺の考えを補足して回答を出す。

「晶、ブルート迷宮で出会った魔族のうち一人は同郷だと言ってなかったか? 彼はどうなんだ」

京介が顎に手を添えながら言う。

真尋のことを思い浮かべて俺は首を横に振った。

「存在証明くらいにはなるだろうが、そもそも真尋と俺たちの世界が一緒だという保証はない。それに、同郷だとしてもこっちは異世界トリップであっちは異世界転生だ。あいつの精神が同郷だとしても体はこっちの世界のものだから楔や橋渡しにはできないだろう」

なるほどと納得したのは俺との会話でファンタジー小説を知っている京介だけだった。佐藤は用語がわからなかったのか首を傾げていた。あとで京介か七瀬にでも教えてもらってくれ。

「……ん? 話は戻るが、晶が俺を忘れていたのはもしかして失踪した父親と名前の音が一緒だったからか?」

ああ、それなと俺は首をかしげる。どう言えばいいのか、悩んだ末に思い当たったことをそのまま告げた。

「元々お前の印象は薄かったみたいだし、名前の音につられて存在そのものも忘れてたらしいな。まあ気にしないでくれ」

俺なりのフォローをしたつもりだったのだが、どうしてか佐藤は顔を赤く染めた。照れや興奮ではない、おそらく怒りでだ。

「晶!!!」

ずんずんと数歩俺に近づいてきた佐藤は距離が縮まっているのにも拘らず先ほどよりも大きな声で怒鳴る。

「絶対にお前に俺を認めさせてみせるからな!!!!」

それだけ俺に指を突きつけて叫ぶと、憮然とした表情のまま船の中へと戻っていってしまった。

「……なんだったんだあいつ」

呆然と佐藤が去った方を見ている俺の肩に京介の手が乗る。

「まあ、お前も大概悪いと思うぞ」

今にもため息を吐きそうな、呆れた顔の京介にますます俺は首を傾げた。

そのまま京介も船の中へ去っていってしまう。

「……ま、重苦しい空気じゃなくなっただけいいか」

考えてもよくわからないことを考えるよりも、改善したことを考えることにした。

佐藤のよくわからん叫びもいつかはわかる日が来るだろう。きっと。