軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プロローグ 〜闇の暗殺者〜

とある建物の、斜めに傾いた屋根の上に闇に溶け込むような黒ずくめの影があった。

首には黒布が巻かれ、余った布と外套が風に靡いている。まるで何かを待っているかのように、影は屋根を凝視してじっと動かなかった。意識していても気づかないくらい完全に闇に溶け込んでいる影を見つけられるのは、きっと影の同業者だけだろう。

しばらくして、黒ずくめの影はため息をついて立ち上がると、左足を下げ、短刀を抜いて突然戦闘態勢にはいった。

視線の先には何もないかのように見えたが、その瞬間に空気が揺らいで一人の男が浮かんでくる。その男も影と同じく黒ずくめの軽装だった。違うのは得物と首に巻かれた黒布、そして漆黒の外套を羽織っているところだろうか。

「……同業者か。なぁ、お前はこいつを守ってるのか? それともお前のような大物が、一介のギルドマスターを殺りに来たのか?」

「こいつと、俺の邪魔をする奴を殺りに来た」

男の質問に、影は簡潔に答える。元より、真面目に返答するつもりはなかった。

ただ、明確な殺意を相手に伝える。

強烈な殺気に男はぶるりと体を震わせた。

男も裏の世界ではそれなりに名の知られた人物だ。その感覚には覚えがあった。

本気で気配を消せば何人たりとも見つけることは叶わず、万を超える魔物を音もなく葬る人類最強の暗殺者――。

「そうか。あーあ、あの“闇の暗殺者”と依頼がかぶるとか、ついてねぇ」

と男は心底残念そうにため息をつく。

一応は戦闘態勢をとるも、逃げ腰となっていた。小柄な同業者の出す圧倒的な殺気に、冷や汗すら滲んでいる。

影はそんな男を気にもとめず、ただ獲物を眺めるような目で観察し、一閃。

「…………!?」

何をされたのかも分からないまま、自らの血潮が吹き出していくさまを、地面に倒れ込みながら呆然と見ていた。

影は前に出していた右足を引いて、短刀の血糊を男の黒布で拭うと、本命へと視線を投じる。

「………」

影と同じ闇色の短刀を持つ手が僅かに震えた。反対の手で震えを押さえつける。

そして静かに、気配を消してターゲットの部屋に滑り込み、その首筋に短刀をつきつけた。

これを実行すれば、影はもう元の平和な日常には戻れない。

「みんな、悪いな。こいつを殺れば、俺は一歩前へ進めるんだ。こいつを殺れば多くの人が助かる。あいつも……」

影――織田晶というどこにでもいる高校生だった少年はそう呟いて、力いっぱい刃を引いた。

ここは深い森の中。本来なら危険すぎて誰も訪れない場所。その中を、少女は白い髪を振り乱しながら追っ手から逃げていた。水たまりを踏んで泥だらけになっても、木の根に足をとられて転びそうになっても、その足を止めない。

だが、体力的にも精神的にもすでに限界が近かった。涙のせいで視界は滲み、走るスピードはかなり落ちている。それでも追いつかれていないのは、単に追っ手がわざと同じようにスピードを緩めて、いたぶっているからに過ぎない。

「はぁ、……はぁ、っ!?」

さらに追い打ちをかけるように、どこからか矢が飛んできて足に突き刺さった。

走っている相手の、しかも木々に遮られた視界の中で正確に足を射抜ける人を、少女は一人しか知らない。

「うぁ……ど、どうして……」

流石に矢が足を貫いた状態で走ることが出来るわけもなく、痛みをこらえながらその場に座り込んで追っ手を見た。矢には麻痺毒が塗ってあったのか、ピリピリと痺れが全身に広がって、もうほとんど動くこともできない。

「どうして?」

追っ手は、その少女そっくりな顔を醜く歪ませて言葉を繰り返し、嗤った。

「むしろ、こちらがどうしてと聞きたいですわ。どうしてあなたはまだ生きているの?」

心を深く抉るその言葉に白髪の少女はゆるゆると首を振る。まるで、聞きたくないとでも言うように。

しかし、全身の痺れによって四肢の動きが制限された今、エルフ特有の尖った耳を遮断する術を持ち合わせていなかった。

「忌み子の分際で」

「う、ああああああああ……」

大切に思っていた人から、一番聞きたくなかった言葉を耳元で囁かれ、半狂乱になった少女は手足の痺れも構わずに逃げ出した。

その先が崖になっているとも知らずに。

追っ手である金髪の少女は嘲るような笑みを浮かべた。その瞳にはわずかに慈愛の光が宿っている。

「さようなら、お姉様。もう二度と会わないことを祈りますわ」

崖から転がり落ちた白髪の少女が再び自分を取り戻したのは、自分が全く見覚えのない森の中だった。体が濡れているために、近くにある海から流れてきたであろうことは簡単に推測できる。

しばらく呆然とあたりを見回した。目覚めたときに知らない場所にいた人間としては、きっと当然の反応なのだろうが、いかんせん場所が悪かった。

「……ひっ!?」

いつの間にかそこにいた黒いスライムのような魔物。怯えて後ずさろうとするも、痺れこそ解けたが、疲労で動けない。何の抵抗もないまま、少女は足から徐々に魔物に飲み込まれた。

「そんな……スライムは人間を捕食しないはずじゃ……」

言い終わるのと同時に完全に飲み込まれた。

スライムは少し震えて、周囲の気配を探る。すると、木々の向こうから何かが近づいてきた。スライムは木の陰に隠れる。

「さっきこのあたりから物音がしたような……」

「……え? でも、ここから先は魔物が多くて誰もいないはずよ?」

スライムのような魔物は、それがただの人であると分かると、まるで魔法のように地面の中に溶けて消えていった。

「……それもそうだね。聞き間違いだったのかも」

「もう帰りましょ。ここは薄暗くて気味が悪いわ」

人の気配も、魔物の気配もなくなった森の中で、木々だけが全てを静観していた。