作品タイトル不明
償いの意味
「もうっ、もうっ、もーーっ!」
マーギンとハンナリーが家で酒を飲んでいるころ、シスコはカニドゥラックでカニの足をベキボキと折っては食べ、折っては食べを繰り返していた。
「どうしたシスコ、随分と荒れてるじゃないか」
ロッカがその様子を見て引き気味だ。
「荒れてなんかないわよ」
ベキボキベキボキ。バクバクバクバク。
「たくさんあるからって、ヤケガニなんかするなよ」
両手にカニを持ってかぶりつくシスコに、ホープが注意する。
キッ。
シスコはホープをにらみつけた。
「ヤケガニじゃなく、焼きガニよっ!」
「い、いや、それは分かってるけどさ……」
怒られたホープは、犬が尻尾を下げて股間に挟んだかのごとく怯えて、スススとシスコと距離をおいた。
「バネッサ、何があったか知ってるか?」
「うちが知るわけねーだろ。いつものシスコじゃねーかよ」
「アイリスは?」
「さぁ、マーギンさんがらみじゃないですかねぇ。シスコさんがヒスコになるのはマーギンさんがらみのときが多いですので」
ぐりりりりっ。
ヒスコと呼んだアイリスがカニの爪をほっぺたに押し付けられる。
「痛いです。痛いです!」
「誰がヒスコよっ。それにどうしてマーギンはいつもああなのよっ!」
その場にいたみんなは、やっぱりマーギンが原因かと納得した。
「で、何があったんだよ? また仕事を押し付けられたのか?」
バネッサがオスクリタの先でカニをほじりながら、シスコの話を聞いてやる。
「押し付けられてないわよ」
「じゃ、どうしてそんなにイラついてんだ?」
ダンッ!
シスコはテーブルを叩いた。そして、うつむいて、唇をギリギリと噛みしめ、ボソッと呟いた。
「……悔しいのよ」
「何が?」
「マーギンはどうして、あんなことに気づくのよ……現場も見てないのに、私のひと言で本質に気づくのよ」
「本質?」
シスコは今日のできごとを話した。
「ゴミの販売価格か」
「そうよ。あれはゴミ処理をした副産物。売り物になると言っても、孤児院への寄付代わりみたいなものじゃない」
「だろうな」
「他の商会が買い付けに来たと聞いたから、うち以外にもつながりがあった方がいいと思って、うちは手を引いた。それに子供たちの勉強にもなると思って……」
「ハンナリー商会も手一杯なんだろ? 別にそれで良かったじゃねーかよ。ゴミが商売になってるなら、けっこうなこったろ」
「……もしかしたら、買い叩かれてるかもしれないってマーギンに言われたわ」
「買い叩かれている?」
「そう。買い付けしていくのはカニガラの肥料だけ。他の生ゴミから作られた肥料は買い取ってなかったわ。孤児院の寄付代わりなら、両方とも買い付けするだろうって」
「何が違うんだよ?」
「カニガラの肥料は花の色を良くするらしいの。特にバラのね」
「バラの肥料。ということは……売り先は貴族か」
と、ホープが口を挟む。
キッ。
「マーギンは一瞬でそのことに気づいたわ。どうして、マーギンはそんなことに気づくのよっ!」
「シスコは気づかなかったのかよ?」
「私は花農家に売ってると思ったのよ。他の花農家よりいい花が咲くなら、肥料を買っても元が取れると思ったの」
シスコはそう言って酒を飲み、カニを飲み込めなくなるぐらい食べたのだった。
「潰れるまで飲むなよ」
明日休みのホープが、飲み潰れたシスコを家に連れて行くことになり、肩を抱えながら送っていた。
「潰れてなんか……ないわよ」
「はいはい」
「ねぇ……」
「なんだよ?」
「ホープもすぐに肥料の売り先が貴族だと気づいたわよね……」
「それがどうした?」
「どうしてそう思ったのよ?」
「バラだろ? 貴族の奥様がガーデニングとかしてるじゃないか」
「それだけ?」
「それだけ。俺とシスコでは花を植えているところのイメージが違った。マーギンも俺と同じイメージだったんじゃないか? あいつは城に行くことも多いし。そこで、花がたくさん咲いているのを見ていたら、そのイメージの方が強いだろ」
「クスクス」
シスコがいきなり笑いだした。
「なっ、なんだよ、いきなり笑いだして気持ち悪い」
ホープの説明で、ストンと腑に落ちたシスコは思わず笑いがこみ上げてしまったのだ。
「別になんでもないわ。送ってくれてありがとう。お茶でも飲んでいく?」
「いいのか?」
「いいわよ。散らかす人がいないから、片付いてるし」
散らかす人=バネッサが頭の中に浮かぶホープ。正解である。
「じゃ、少しだけお邪魔するかな」
と、ホープはご機嫌になったシスコと、マーギンへの愚痴で盛り上がるのだった。
翌日、シスコは孤児院を訪ねてみた。
「失礼します」
「あら、シスコさん。今日も何かご用ですか?」
「ハンナリーのお父さんと少し話がしたいんです。何か手助けができることがないかと」
と、シスターにハンナリーの父親を呼んでもらった。
お互いにあらためて自己紹介をする。
「娘の代わりに大変な思いで商会を切り盛りされていると伺いました。その若さで感服いたします。まぁ……商売を失敗した私みたいな者に言われても意味がないかもしれませんが」
「お褒めいただきありがとうございます。でも、マーギンに色々と押し付けられた結果ですから、自慢できるようなことではありませんけど」
「いえ、チャンスをモノにして、商会を大きくされたのはあなたです。チャンスに気づかず失敗するものも多い世界ですから」
ーチャンスに気づかないー
なぜか、シスコの胸にこの言葉が刻み込まれた気がした。
「ところで、マーギンの言っていた、カニガラの肥料の売り先、売り値を調べる件について、何かお手伝いができることがあればと思って伺ったのですが、何かお手伝いできることはありますか?」
売り先が貴族だと仮定すると、貴族とのつながりがなければ、売り値を調べようがないのだ。
「お気遣いありがとうございます。しかし、これは私がやらねばならないのです。マーギンさんがなぜ私にこのようなことをさせるかお分かりですか?」
「いえ。マーギンが何を考えているか、分からないことって多いんです。あの男は肝心なことを言わなかったり、無理難題を引き受けてはしれっと私にやらせたり……」
ギリギリと思い出した怒りで歯ぎしりするシスコ。
「シスコさんは、私が過去に何をしたかご存知ですか?」
「ざっくりとは知ってます」
「私は大きな過ちを犯し、妻にも娘にも顔向けできない者なのです。それに商売にも失敗し、取引先や他の人たちにも迷惑をかけたままです」
ハンナリーの父親は目を伏せたままシスコに話した。
「マーギンさんは、私が償える場所を作ってくださったのです。妻は他界し、娘は独り立ちしました。本当の意味で償えることができないのです」
シスコは口を挟まずに話を聞き続ける。
「代わりに私ができる償いは、親がいない子供たちに立派な親の姿を見せてあげることなんだと思います。その背中を見て、子供たちが成長していく。それが私の償いなのだとマーギンさんが示してくれたのでしょう。ですから、カニガラの肥料の件は私が解決する姿を子供たちに見せねばならないのです」
シスコは、今回の件がそこまでの意味を持っていたのかと気づかされる。
「そうでしたか。それではお手伝いするわけにはいきませんね」
「お気遣い、本当にありがとうございます」
「他に何か手伝えることがあればおっしゃってくださいね。ハンナリー商会はあなたの娘の商会なのですから」
そうシスコは言い残して、孤児院を出たのであった。
夕方、訓練所に行くと、マーギンがホープとサリドンと戦っている。
「ギブアップです」
二人ががりでもマーギンにまったく敵わず、ズタボロにされていた。
「お、来てたのか」
「ええ。孤児院に寄ってから来たの」
「何しに孤児院に行ったんだ?」
「ハンナリーのお父さんに、何か手伝えるか聞きに行ったのよ」
「ふーん」
素っ気ない返事をするマーギン。
「カニガラの肥料の件がなければ、どうするつもりだったの?」
「何が?」
「ハンナリーのお父さんに何をさせるつもりだったか聞いてるの」
「別になんでも良かったんだがな。子供たちと一緒になって商売できるものの方がいいだろ?」
「それでお父さんの償いになるのかしら?」
どうやら、シスコはハンナリーの父親と色々と話したようだと理解したマーギン。
「なるかならないかは、あいつの気持ちしだいだろ。と言うか、ハンナリーが許すと言った段階で、償いは終わってんだよ」
「えっ?」
「あとは商売人としてやり直せたらいいんじゃないか? ハンナリーは今や最大手の商会長だ。実質はシスコの商会みたいなもんだが、あいつも特務隊を離れたら商会に関わるだろ」
「でしょうね」
「あの父親はしばらく商人をやってなかったみたいだから、孤児院で商売のリハビリすればいいんだよ。商売のことを子供たちに教えながら、自分も学び直す。カニガラの肥料はそのための教材だ」
「でも本人は償いと……」
「どうなれば本人は償えたと思えるんだろうな?」
「そんなの本人の気持ちしだいじゃない」
「だろ?」
と、マーギンと同じ答えをしてしまったシスコは逆ギレをする。
「もうっ、ちゃんと教えてよっ! マーギンはいったい何を考えてるのよ」
「何って……父親の気持ちしだいだというのは変わりないけど、俺は、ハンナリーにとって頼れる存在とでも言うのかな? 父親としての威厳を取り戻せたときに、償えたと思えるんじゃないかと思う」
「威厳?」
「そう。商売の規模ではハンナリー商会に肩を並べたり、追い抜くことは不可能だ。しかし、商人のあり方や心構えとか、ハンナリーが道を見失いそうなときの道標にはなれると思う」
「道標……」
「お前も、親父さんを商売人として尊敬してると言ってただろ?」
「ええ」
「ハンナリーも、父親ってやっぱり凄いな、と思えたら、償いになるんじゃないかな」
シスコはマーギンの言ったことに何も言えなかった。どうしたら、そんな発想になるのか想像もつかないのだ。
「どうして……?」
「何が?」
「だから、どうしてそんな考えに至るのよっ!」
「知らんよ」
と、素っ気なく答えたマーギン。他の人には優しいのに、自分にはいつもこんな調子なのがよけいに腹が立った。
「キーーーッ!」
ヒスコ発動。
「ねぇ、マーギン」
「なんだよ」
ビタンッ!
マーギンは久しぶりに「ねぇ、マーギン」を食らったのであった。