作品タイトル不明
お前を泣かすやつは死ね
翌日、訓練所を覗いていると、ハンナリーがこっちに来た。
「こうやって、みんな揃うのも久しぶりやな」
「そうだな。軍人達も随分と洗練されたな」
訓練を始めた頃とは違って、アリストリアの軍人達を彷彿とさせる動きになっていた。この短期間でよくここまで鍛えたものだとマーギンは感心をする。
「けっこうな数の実戦をこなしたからなあ。訓練の本気度も違うんちゃうか」
「だろうな。実戦に勝る訓練はないと言うからな」
「それに、大隊長や隊長がおらんときの方が多いやろ。自分がしっかりせな、と思ってるんやと思うわ」
誰かが助けてくれる環境でなくなったのも影響してるのか。気の持ちようでもこれだけ変わるんだなとマーギンは思う。
それからしばらく訓練を見ていても、ハンナリーが訓練に戻ろうとしない。
「どうした?」
「あんな……ちょっと話聞いてもろてもええかな?」
「なんだよ、あらたまって。なんか重大な話なのか?」
ハンナリーは遠慮しているのか、あまり聞かれたくない話なのか、マーギンのそばに誰もいないタイミングを見計らって、話をしに来たようだった。
「まぁ、重大と言われるとあれやねんけど、まぁ、うちにとっては重大やな」
「なら、早く話せよ」
「う、うん……あんな、うち結婚することになってん」
「えっ?」
マーギンは思いっきり驚いた顔で大声をあげた。
「そない大きな声出しなや。びっくりするやんか」
「びっくりしたのはこっちだ。相手は軍人か?」
「そう。うちを一生守りたいて言うてくれてん。初めはなんのこっちゃ分からんかってんけど、要するに結婚して欲しいってことやと説明されたわ」
と、ハハハと頬をポリポリ掻いて苦笑いする。
「で、オーケーしたのか」
「う、うん。うちにそんなん言うてくれる人が出てくるとは思ってへんかったから、信じられへんかってんけどな。でも、真剣に言うてくれてん。ハンナリー商会目当てでもないとも言うてくれてな。それに、マーギンにお尻とか見られたことあるけど、それでもええって」
やめろ。いらんことまで言うな。
「まぁ、お前がいいなら、いいんじゃないか? 良かったな。おめでとう」
「おおきにな」
マーギンにおめでとうと言われても、なぜかハンナリーの顔が晴れない。
「どうした。結婚するのが不安なのか?」
「不安というか……あんな、この冬にようけ魔狼も討伐してん」
マーギンは、ロッカ達はレーキ討伐をし、他の者達は大量の魔狼を狩ったと、飲み会の席で聞かされていた。
「それで?」
「魔狼肉って食べられるやん? ほんで、けっこうな量の肉を持って帰ってきて、孤児院と貧民街の炊き出しに寄付してん」
「この冬も寒かったから、貧民街のやつらも助かっただろ」
「炊き出しするんも、人数が足らんからうちらも手伝っててんな。ほんで……」
ハンナリーはそこまで話して、少し黙った。
「……おってん」
「何が?」
「オトン……」
「えっ?」
「炊き出しにオトンが並んでてん」
ハンナリーは子供のころ、ライオネルで母親の不貞を疑った父親に酷い目に遭わされて捨てられた。その父親が王都の貧民街にいただと?
「見間違いじゃないのか?」
「うちも目を疑うた。それに、もう死んでるもんやと思ってた。……でもな、匂いがオトンのもんやってん。汚ったのうなって、獣みたいな臭いやったけど、確かにあれはオトンの匂いやった……」
ハンナリーの本題はこっちの話だった。母親の不貞を疑い、酷いことをし、自分を捨てた父親。もう会うこともないだろうと思っていたのが、そんな所で出会ってしまったのだ。
「うち……うち……どうしてええか分からへんねん……」
マーギンは黙った。マーギンにもどうした方がいいのか分からないのだ。
「会いたいのか? 会って、仕返しでもしたいのか?」
「オトンを見付けたときは毛が逆立つような気持ちやってんけど、汚うなって、ジジイみたいにしょぼくれた姿を見たら、そんな気も失せたっていうのが本音かな……それに随分と小そうなってたわ」
父親はハンナリーを捨てたあと、どんな人生を歩んでいたのかしれないが、恐らくいい人生ではなかったのだろう。
「なぁ、うち、どうしたらええんやろ……」
と、ハンナリーは涙を溜めて、淋しく、苦しそうな顔でマーギンを見つめた。
「どうするかはお前が決めることだな」
と、マーギンはスパッと言い切った。
「せ、せやな……うちが決めることやな……かんにんな、マーギンも大変なときにこんな話を聞いてもろて」
ハンナリーは涙を溜めた目で精一杯、笑顔を作った。その顔を見たマーギンは心がキュッと痛む。そして、少し黙ったあと、
「まぁ、忘れることができるなら、会わないでおけ。お前の母親を疑い、お前を捨てた男だ。のたれ死のうが、ほそぼそと生きようがお前には関係のない話だ」
「う、うん……」
そう言ったマーギンはハンナリーの様子を見て、一呼吸置いた。そして、
「だがな、忘れられないなら会っておけ」
「えっ?」
「会って、殴るなり、蹴飛ばすなりしてやれ。それから、自分は特務隊の隊長で、屈強な軍人を率いた立場かつ、王都で一番の大商会の会長になったんだと、落ちぶれた父親を笑ってやれ。それでお前の心が晴れる」
「そ、そんなん……あんなオトン見たら……」
マーギンは決断できないハンナリーの顔を両手で挟んで、自分の顔に突き合わせた。
「なら忘れて、会わずに終わらせろ。お前の親父は死んでいる。貧民街で見たのは幻だ。悪い夢でも見たと思え」
マーギンの目を見つめ返すハンナリー。
「だけど、本当はお前の中ではもう結論が出てんだろ? 俺が付いていってやる。だから、自分の気持ちに決着を付けろ」
「マーギン……」
「俺はお前の親代わりだからな。旦那ができる前だから、俺が面倒を見てやる。結婚したら旦那を頼れ」
ぎゅっ。
ハンナリーはマーギンに抱き着いた。
「オトン……」
「やめろ」
オトン呼びされたマーギンは、ハンナリーの鼻をグググっと押して引き離した。
「お前、結婚するんだろ? 他の男に抱き着くな」
「オトンやから、ええやんか」
「俺は親代わりであって、親じゃない」
「ほんなら、マーギンがうちのことをもろてくれてもよかってんで」
そう言って、笑ったハンナリー。
「自分がモテるとか勘違いすんなよ。お前を守りたいと言ったやつも、捨て猫を拾うような気持ちかもしれんだろ」
「誰が捨て猫やっ!」
いらぬことを言うマーギン。
「お前だ、お前。冗談でもお前を一生守ると言ったやつを蔑ろにするな」
「冗談やんか」
そう、お前にはその能天気な笑顔が似合う。いつもそんな顔ができるようになればいいと思ったマーギンは、ハンナリーの頭をくしゃくしゃと撫でたのだった。
◆◆◆
「どいつだ?」
翌日、マーギンはハンナリーと一緒に貧民街の炊き出しの所を見張っていた。
「まだ来てへん……あっ、来た」
ハンナリーが指をさした男はボロ布を纏い、茶碗を手に持った小さな老人のような男だった。
「間違いないんだな?」
スンスン。
もう一度匂いを確認するハンナリー。
「うん、間違いない」
「そうか」
「ど、どうやって話かけよ……マーギン?」
どうやって接していいか分からないハンナリーが悩んでいるうちに、マーギンはスタスタと男の方に歩いて行った。
「おい」
男はマーギンに声をかけられ、うつむいていた顔を上げた。
ドカッ。
「ぐふっ……な、何を……」
いきなり男を蹴り上げたマーギン。
「うわーっ!」
炊き出しに並んでいた人々が悲鳴を上げてその様子を見た。炊き出しをしている人も、いきなりのことで何が起こったか分からない。大柄の男がいきなり来て、一番うしろに並んでいた男を蹴り上げたのだ。
ゴフッ、ゴフッ。
マーギンに蹴られた男は口から血を出してうずくまる。遠巻きにその様子を眺めていた人々は、借金取りかなんかか? とヒソヒソ話をしている。
ダッ。
「オトンになにすんねんっ!」
うずくまった男に駆け寄り、大柄の男に叫んだ少女に驚く周りの人々。
「ゴフッ……オトン?」
いきなり自分を蹴り上げた男の前に立ち、自分をかばっている少女を見るとケモミミがあった。
「ハ、ハンナリーなのか……?」
自分の名前を呼ばれたハンナリーは、男の方に振り向いた。
「オトン……うちのことを覚えてたん……か?」
ハンナリーは話しかけたとしても、覚えてない、または知らぬ顔をされてしまうのを恐れていた。あれほど憎んだ父親なのに、自分のことを忘れられてしまっているかもしれないと思うと、その方が怖かったのだ。
父親からブワッと涙が溢れて、ハンナリーに手を伸ばそうとしたが、ぐっとこらえたかのように、その手を止めた。
「お嬢さん、庇ってくれてありがとう。危ないから私みたいな者のことは放っておいてください。その男は何をするか分かりません」
「なっ、何を言うてんねん。さっき、うちのことを名前で呼んだやんかっ。うちや、娘のハンナリーや!」
「わ、私には家族はおりません……」
「な、なんでそんなことを言うんや……」
父親に知らぬと拒否されたハンナリーの目に、みるみると涙が溜まっていく。その様子を見たマーギンはハンナリーの隣に立った。
「蹴り足りなかったか? もう一度蹴飛ばしたら思い出すかもしれん。そこをどけ」
「マーギン、やめてや。そんなんされたらオトンが死んでまう……」
「死んでもいいんじゃないか? 母親を疑い、お前を泣かせて捨てて、今も泣かすようなやつは死んでもかまわんだろ。苦しむ姿を見たくないなら、魔法で焼き尽くしてやろうか?」
マーギンは火の玉をボウッと出した。
「やめてって言うてるやんかっ!」
ハンナリーが泣き叫びながらマーギンの前に立ち塞がったことで、マーギンは火の玉を引っ込めた。
「ゴフッ、ゴフ。どこのどなたか分かりませんが、先ほどおっしゃられたことは事実です……」
マーギンの前で両手を広げて立ち塞がるハンナリーの手を押さえて、男がマーギンの前に立った。
「だろうな」
「私には親を名乗る資格がありません。それに死にそびれてしまっただけのこと……私を始末しにきたのであれば、どうぞ殺してください」
「オトン、何言うてんねんなっ!」
「ハンナ……お嬢さん。こんなに大きく、ご立派になられて……」
と、父親は涙を流した。
「父親は死んでいた。そう、あなたに酷い目を遭わせた男はもうとっくに死んでいるのです。きっと今ごろは地獄に落ちて報いを受けていることでしょう。そんな男のことは忘れなさい」
べちんっ。
「何言うてんねんっ。今うちの目の前におるやないかっ! 悪い思てるんやったら、ちゃんとうちとオカンに謝れっ!」
父親にビンタしたハンナリー。
「ハ、ハン……」
「悪い思うてるんやったら、ちゃんと生きて謝ってぇな……オトン……」
ハンナリーは、父親の胸元に顔を埋めて泣いた。
「だってよ。どうする? お前を殺したら俺も罪に問われて面倒臭いんだ。お前がハンナにちゃんと詫びるなら、今回は見逃してやる」
「マーギン……」
ハンナリーはマーギンの方へ振り向いた。
「あとは自分たちで話し合え。うちの家を貸してやるからそこで話すといい。俺は娼館にでも行ってくるから、好きなだけ使え」
「おおきに……マーギン」
マーギンは父親に治癒魔法と洗浄魔法をかけて、二人を自分の家で話し合わせることにしたのであった。