軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

甘い匂い

……ん?

マーギンは甘い匂いがしてきて目が覚めた。

カタリーナのやつ、寝ながら無意識にシャランランしてくれたのか。そういや、身体のだるいのが取れてるわ。

ありがとうなと、まだスースーと眠るカタリーナの頭をポンポンしてやる。

そして甘い匂いはカタリーナからだけでなく、キッチンからもしている。

「悪い、すっかり寝てたわ」

と、キッチンにいるであろうローズに話し掛ける。

「起きたか?」

と、ひょいと姿を見せたローズはエプロン姿。

「ちょうど良かった。もう焼けるからテーブルで待っててくれ」

ここに串焼きや煮込み料理とかあるけど、他にもなんか作ってくれてるのかな?

「お待ちどうさま。身体に優しいものの方がいいかと思って、パンケーキを焼いてみたのだが……」

パンケーキがのった皿を持ちながら、ややうつむき加減でチラッとマーギンを見るエプロン姿のローズ。

「わぁ、ありがとう。上手に焼けてるね」

以前作ってくれたカルシウムたっぷりの玉子焼きから凄い進歩だ。

「あ、味の保証はできないのだが……」

マーギンが褒めると、少し照れたローズは目の前に皿を置いてくれた。

いつもはバターで食べるパンケーキ。しかし、すでにハチミツが掛かっている。

「いただきます」

と、ローズに頭を下げてから、一口食べる。

「旨っ!」

マーギンが一口食べて、旨いと言ったことでローズの顔がパァッと明るくなる。

「そ、そうか」

「うん、ハチミツのパンケーキも美味しいもんだね」

「マーギンは甘いのではなく、バターの方が好きなのは分かっていたのだが、疲れているときには甘い方がいいかなと思ったのだ。それに水の代わりにミルクで作ってある」

「そうなんだ。めっちゃ美味しいよ」

マーギンが嬉しそうにパンケーキを食べる姿を見てローズも嬉しくなってしまった。それから、料理の練習をしたの? とか、他には何が作れるようになったのかとか聞かれる。

「ま、まぁ、美味しいと言ってくれるなら、また作ってもいいかな」

「それは楽しみだ」

マーギンとローズが他愛もない話で楽しそうにするのは久しぶりだ。特にゴルドバーンに行ってからは、現地の人達の生活を見て、重苦しい雰囲気が続いていたのもある。

2人の笑い声で目が覚めたカタリーナ。しかし、邪魔しちゃ悪いかなと、しばらく寝たフリを続けたのであった。

翌日、ボルティア邸に向かう。カタリーナがいるとエドモンドが緊張するので、マーギン1人だ。

「本日、面会をお願いしておりましたマーギンと申します」

「マーギン様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

とても丁寧に応接室に案内されるとすぐにエドモンドが奥さんと子供を連れてやってきた。

「マーギンくん、ようこそ。まずは妻と子供を紹介させてくれたまえ」

「初めまして、マーギンと申します。領主様にいつも良くしていただいておりまして、感謝申し上げます」

「妻のダニエラと申します。この子はエアリスです。主人より、マーギンさんに多大なるご尽力を賜っていると伺っております。ほら、エアリス、ちゃんとご挨拶なさい」

エアリスは人見知りなのか、母親のうしろに隠れている。挨拶しなさいと言われて、ペコンと頭を下げた。

あっ……

首元にチラリと見えたペンダント。あー、ヘラルドが言っていた貴族って、エドモンドのことだったのか。

それと、母親はアイリスを追い返した人。さぞや意地悪そうな人だろうと思っていたが、優しそうな奥さんだ。

「エアリスっていうのか。今日会えるんだったら、なんかお土産を持ってくりゃ良かったな。えーっと、なんか持ってたっけな……」

「マ、マーギンくん。気を遣わないでくれたまえ。妻がマーギンくんが来ると聞いて、ぜひ挨拶したいと言ったので紹介しただけなのだ」

「いや、せっかくですし……おっ、これがいいかな」

と、マーギンがアイテムボックスから出したのは単眼鏡。昔サンプルで作ってもらったもの。これは魔道具であり、望遠鏡並みに遠くが見えるのだ。

「はい、良かったらどうぞ」

「これなに?」

「単眼鏡、いや、望遠鏡というものでな、遠くのものがよく見える道具だ。但し、絶対に太陽は見るなよ。これで太陽を見たら目が燃えるからな」

目が燃えると言われて怖がるエアリス。

「これはこうやって覗きこんで使うんだ。あっちの木とか見てみろ」

と、エアリスを窓辺に連れていき、遠くの木を見せてみる。

「わっ、枝まで見える」

「そうだろ? 鳥とか探すのも面白いぞ。離れているところから見たら鳥も逃げないからな。ほら、あそこにいる鳥は分かるか?」

と、マーギンは目を強化して見付けた鳥をエアリスに教えてやる。望遠鏡で探すのは難しいが、マーギンが覗いて、鳥のいる場所に合わせて見せてやる。

「わっ、鳥だっ!」

エアリスはそれから夢中になって望遠鏡を覗き続けた。

「マーギンくん、それは貴重なものではないのかね?」

「昔サンプルで作ったやつだから貴重でもなんでもないですよ。ここじゃ手に入らないですけど」

「それを貴重というのだ」

と、呆れるエドモンド。

「持ってるのも忘れてたぐらいですから大丈夫ですよ。あまり外に出られないのなら、こういうものがあったほうがいいかもしれませんしね」

「マーギンくん。ありがとう」

すでに元気になったとはいえ、まだ外で遊び回れるほどではない。こうして、家の中からでも外の世界と触れられるのは、今の息子にとって最良のプレゼントだったのだ。

「さ、マーギンさんはお仕事の話をされるので、部屋に戻りましょ」

「マーギンさん、ありがとうっ!」

エアリスはとてもいい笑顔でお礼を言った。素直で可愛い子供だ。

「マーギンでいいよ」

「じゃあ、マーギン。また来てね!」

と、エアリスは大きく手を振って、奥さんと応接室から出ていった。

「マーギンくん、本当にありがとう。エアリスがあんな笑顔を見せてくれるとは……」

少し涙ぐむエドモンド。

「素直で可愛いお子さんですね」

「うむ、そうだな」

と、この先は微妙な話になりそうなので、本題へと移る。

マーギンは村の状況と、移住を希望していることを説明した。

「ゴルドバーンと揉めないかね?」

「ゴルドバーンにもうそんな余裕はないですよ。詳しく話してもいいんですけど、王様より先に知ってしまって大丈夫ですか?」

「い、いや。やめておこう。住民の引き受けは了解した。家は足りないだろうが、あの村は急ピッチで集合住宅を建てている。なんとか全員が寝るくらいは可能だろう。しばらくは窮屈な思いをさせると思うが構わんかね?」

「問題ないと思います。チューマンに怯えなくていいだけで喜ぶと思いますよ。生活が軌道に乗るまで食料の提供をお願いしていいですか? 手配はハンナリー商会に頼みますので」

「大丈夫だ。魔カイコの養蚕技術を持ってきてくれるのだ。食料などいくら提供しても足りないぐらいだ」

これでゴルドバーンで魔カイコの糸を使った生地は作れなくなる。シュベタインの独壇場だな。

村の責任者とハンナリー商会への手紙を書いてくるとエドモンドが応接室を出ていった。

すると、入れ替わりに奥さんが入ってきた。

「マーギンさん、エアリスに大変貴重なものを頂いてしまって申し訳ございません」

「喜んでくれて良かったですよ」

と、微笑もうとするが、この人がアイリスを追い返したのだと思うと上手く笑顔を作れなかった。

少し間を置いて、奥さんはマーギンを見つめた。

「少し、お話をさせていただいても宜しくて?」

「え、ええかまいませんけど」

「じつは……」

奥さんは言い辛そうに切り出しきた。

「アイリス……アイリスフローネのことです」

「えっ?」

まさか、向こうからアイリスのことを切り出してくるとは思わなかったマーギンは思わず声を出した。

「 義娘(アイリス) の面倒を見て頂いていると伺いました」

「エドモンドさんが伝えたのですか?」

「いえ……正確には調べましたの。わ、私があの娘を追い返してしまったあと、どうなったのか気になって……私はなんて酷いことを……」

「そうだったんですね。そんなに気になるならどうして追い返したんですか?」

「怖かったんです……私、怖かったんです……」

と、涙を流す奥さん。

涙ながらに語った話では、エドモンドがアイリスの母親と結婚するつもりだったことを知っていたようだ。しかし、家と家が決めた相手と結婚をせざるを得なかったエドモンド。自分と結婚したが、心はずっとタイベにいる女性と娘にある。自分とは愛し合って結婚したわけではないので、それでも別に構わないと当初は思っていた。自分がタイベに行かなかったのは、その女性と娘に会うのに、自分がいたら会えないだろうとの配慮だったようだ。

「けれど、いつしかエドモンドを取られたくないと思い始め、息子が生まれました。けれど、生まれつき身体が弱かったエアリスは高熱を出して生死をさまよっておりましたの。それでも主人はあの人に会いにいくだろうと思っていました。しかし、エドモンドはエアリスを優先してくれたのです」

相槌すら打てないマーギンはじっと話を聞いている。

「その間に、あの人も亡くなってしまったと聞き、私は、あぁ、これで主人を奪われずに済むと思ってしまったのです……」

ここまで話して、ボロボロと泣いて話を続けられなくなってしまった。

しばらく間を置いて、

「な、なんて嫌な女なんでしょう。人が亡くなってホッとしてしまうなんて……」

マーギンはそうですねと言いかけるのを我慢する。

「そんなおり、あの人の娘が訪ねてきて、動転してしまったのです。主人を取られてしまうんじゃないかと……」

「それで追い返したわけですか」

「はい……けれど、年端もいかない義娘を追い返してしまって、どうしようもなく後悔しました。私と血の繋がりがないとはいえ、娘であることには変わりないのに」

そして、行方を探させたら、俺のところに転がり込んでいたことを知ったわけか。

「本当に申し訳ございません。義娘に申し訳なかったとお伝えいただけませんでしょうか……」

「そうですね。俺が伝えるより、直接伝えた方がいいんじゃないですか? ねぇ、エドモンドさん」

「えっ?」

エドモンドが戻ってきているのをマーギンは気付いていた。扉の前で奥さんの懺悔を聞いていたのだ。

カチャ、と扉が開き、エドモンドが入ってくる。

「すまない、盗み聞きするつもりはなかったのだが……」

エドモンドの目にも涙が溜まっている。

「春にタイベに行かれる際に、奥さんと子供を連れて行けばいいんじゃないですか? そこにアイリスを連れていきますよ」

「私とエアリスがタイベに……」

「エアリスをパンジャで遊ばせてあげたら喜ぶと思いますよ」

「エアリスは身体が……」

「カタリーナも連れて行けば大丈夫でしょ。パンジャで遊ぶと言えば喜んで来るでしょうし」

「ひ、姫殿下にそのようなことで来ていただくわけには参りませんぞ」

「今、うちにいますから戻ったら言っておきますよ。ゴルドバーンから戻ったら、遊びたいと言うはずですからね。かえって喜ぶんじゃないですか?」

マーギンがそう笑って答えると、エドモンドと奥さんは顔を見合わせるのであった。