軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その頃こちらは

* * * * *

「振り切られた?」

マグナス・バレンシアは闇ギルド『宵闇の月』の長である。

本来ギルドとは『ギルド連盟』に加入していなければならず、闇ギルドとはそれに非加入な組織であり、公式なギルドではない。いわゆる モグリ(・・・) だった。

だが、そんな モグリ(・・・) のギルドは複数存在する。

そもそも連盟に加入すると『連盟規則』を遵守しなければならず、仕事や行える活動に限りが出てしまう。

規則のほとんどは『国の法を守る』『人道的な常識から逸脱しない』といった方針のものだが、どこの国にも違法な仕事や他人には明かせないような仕事を生業とする者達はいる。

闇ギルドはそういった者達の受け入れ先なのだ。

先ほど手に入れたばかりの物珍しい葉巻を吸いながら問うマグナスに、地味な格好──……どこにでもいそうな普通の見た目の男が頷いた。

「申し訳ありません。そばにいた男に勘付かれてしまいました」

「なるほど。……確かに、あの男のほうならば気付かれても仕方がない」

少し前、階下にいるギルド職員から『珍しい客が来た』と合図があった。

それを聞いて、一体どのような人物が来たのかと見に行ってみれば、一階の酒場にいたのは珍しい黒髪の女と銀髪で長身の男だった。

男のほうはやや目つきが鋭く、控える様子から女に仕えているのだと分かった。

恐らく傭兵か、元騎士か、身のこなしもそうだがローブの下に剣を隠していた。

男は一言も言葉を発さなかった。

女のほうは黒髪を顎辺りで切り揃えており、メガネをかけた、見た目の年齢のわりに落ち着いた人物で──……しかし、平民にしては立ち居振る舞いから教養が窺える。

そもそもメガネ自体が安いものではないため、貴族か豪商か、富裕層出身だろう。

ローブも真新しく、その下の服も仕立てが良さそうだった。

何より、女──……ルイが吸っていた不思議な形の葉巻が気になった。

漂ってくる香りからして良いものだったが、吸った時に確信した。

……あれは売れる。

王族や貴族向けに売っても良いほど品質の高い葉を使っていた。

それを、ルイはなんてことないもののように吸っていた。

そうして、マグナスに勧めた。

突然現れたマグナスに警戒した様子を見せなかったので、どこかの貴族の娘かと思ったが、それにしては駆け引きが上手い。

マグナスもその駆け引きにあえて乗ったが、一体、あの葉をどこから仕入れているのか気になった。あわよくば、仕入れ先を突き止めようと思った。

だが、密かにつけた追っ手は気付かれ、振り切られた。

「フフ……ルイ・ハシバ。初めて聞く名前だ」

どう見ても裏社会の人間ではない。

裏社会の人間がまとう特有の気配もなく、恐らく戦闘もできない。

ほんの少し動きを見ただけだが、あれは一般人のそれだった。

そばにいた男は確実に戦えるようではあったため、今回も男のほうが上手く追っ手を 撒(ま) いたのだろう。なかなかに面白いことではないか。

あれほど良質な葉を、店を出せるほど持っている。

または購入できる 伝手(つて) がある。

それだけでも面白く、興味深く、そして長期的な収入になりそうな予感がした。

「まあ、いい。これ以上、探るのはやめておこう」

あまりしつこく探りを入れて、逃げられては勿体ない。

どうせ、階下で店を開くことは決まったのだ。

これから少しずつ知っていくというのも一興である。

その男を下がらせ、ベルを鳴らせば、補佐が入室する。

「一階の隅に葉巻屋を作る。明日、店主となるルイ・ハシバという女性が来るから、要望を聞きながら店について進めてくれ。とにかく急ぎ店を開けるよう、改修工事を行ってくれ」

「かしこまりました」

補佐が一礼し、下がっていく。

パタン……と閉まった扉を見て、マグナスは微かに口角を引き上げる。

手元でだいぶ減った物珍しい葉巻を咥え、軽く吸う。

ゆっくりと吐き出し、甘い香りを楽しんだ。

……ああ、やはり、とても良い葉だ。

マグナスは闇ギルドの長であり、そして自他共に認める葉巻好きでもあった。

* * * * *

フゥー……と煙草の煙を吐きながら、なるほどね、と思う。

闇ギルドで同席したマグナス・バレンシアという人物に渡した煙草から、情報が伝わってくる。

まず、誰かがわたしが称号で出した煙草に火をつけると、称号を確認した時に現れた画面が出てきて、通知のようなものがくる。

それを心の中で選択すると、淡い青色がかった半透明なその画面に映像が流れる。

煙草の煙が広がっている範囲の映像と音が、テレビを見ているように聞こえる。

ただ、これはわたし以外の人間には見えていないらしい。

シルヴェストル君の前に画面が現れてもまったく反応がなかった。

今は中庭でぼんやりしているから画面に集中しても問題ないが、他の人間がいるところで使うのは気を付けないと、何もないところを眺めているおかしな人間になってしまいそうだ。

……まあ、予想通りだったかな。

良いものを持っている人間がいて、奪うよりも入手先を突き止めたほうが大量に手に入るなら、誰だって探りを入れるだろう。

それについては特に怒りは感じないし、理解している。

ちょっと探られたくらいで話を流すつもりもない。

恐らく、マグナス・バレンシアも何もなかったような態度で接してくるだろう。

「それにしても幸先がいいねぇ」

もう一度、吸った煙を吐き出した。

街の様子を見つつ、次に行く場所はゆっくり探そうと思っていたけれど、予想に反してトントン拍子に話が進んでいった。

闇ギルドという場所は煙草を売るのにちょうど良い。

荒くれ者も多いだろうし、酒を飲めば煙草が吸いたくなるものだ。

……わたしとしては食い扶持ができればいい。

マグナス・バレンシアはどう足掻いても入手先を調べることはできない。

なぜなら、そもそも入手先などというものがないからだ。

もし称号によって得られるものだと気付かれたとしても、わたしを害すれば煙草は手に入らなくなる。それが分かれば安易に危害は加えられないだろう。

そばに立っていたシルヴェストル君が言う。

「闇ギルドで店を開くとして、王城から通いますか?」

それにわたしは「どうしようかねぇ」と返した。

王城から闇ギルドまでは少し距離があり、毎日歩くにはだるいが、馬車は目立つ。

何より毎日王城に出入りしていれば余計な勘繰りをされることもあるだろう。

「できれば、どこかの宿に泊まるか家を借りたいところかな。毎日王城に帰るなんて、王族以外にはいないだろう? 探られるのは少し鬱陶しいし」

「……」

なぜかシルヴェストル君が考えるように黙る。

ややあって、顔を上げた。

「ルイ様さえよろしければですが……私の家はいかがでしょう?」

予想外の提案にキョトンとしてしまう。

「君の?」

「これまでは騎士寮で生活していたのですが、元々、騎士となった際に入団の祝いとして両親から小さな家を一軒、贈ってもらいました。使用人もいて、普段は休日に顔を出すくらいしかしていませんでしたが……部屋は余っています」

「今更だけど、貴族ってのはすごいねぇ」

煙草を吸い、煙を吐く。

……一軒家というのはかなり魅力的だ。

宿だと清掃で部屋の中を見られるし、話す情報にも気を付けなくてはいけない。

宿泊費もかさむことを考えると彼の家に間借りするのは金銭面でも楽だ。

街中にある家なら、そこから通っていることに気付かれても悪目立ちはしない。

「でも、いいのかい? 昼間も護衛でわたしに付きっきりなのに、家でも一緒だと気が休まらないと思うけど」

「私は特に問題ありません。何より、陛下より『ルイ様の安全を最優先で動くように』と厳命されております。陛下のご命令は何よりも優先すべきことです」

「なんというか、真面目だねぇ」

少し考え、そして頷く。

「……うん、それならシルヴェストル君のところにお邪魔させてもらおうかな」

国としてもわたしが適当な宿に泊まるより、目の届くところにいたほうが安心だろう。

……浮いた分の宿代はシルヴェストル君に渡さないとね。

さすがに何も出さずにお世話になるのは気が引けるし、落ち着かない。

「かしこまりました。荷物をまとめていただければ、明日、ご案内いたします」

「分かった。荷物は大してないし、すぐに片付けられるよ」

噴水から立ち上がり、尻の汚れをはたいているとシルヴェストル君に見つめられた。

「どうかしたかい?」

「いえ……その、私から提案しましたが、ルイ様は本当に良いのかと……見知らぬ男の家に行くというのは、女性には不安が大きいと思いますので」

「ああ、なるほど」

……そんなことを気にするなんて可愛いところがある。

微笑ましくて、思わず小さく笑った。

「シルヴェストル君の性格はなんとなく分かっているよ。真面目で、騎士という職務に忠実な君が護衛対象のわたしに危害を加えるようなことはしない。今回の提案も、宿より君の家のほうが安全だから。……そうだろう?」

「はい、その通りです」

「君の国に対する忠誠心を、わたしも信じることにしているだけさ」

まだ出会って三日しか経っていないが、それでも分かる。

シルヴェストル・シャリエールという人物は真面目で、国や王への忠誠心が高く、護衛の命令を受けながらもわたしに行動の制限をかけないよう、極力気を配ってくれている。

こうして中庭で煙草を吸って、何もしていなくてもそばに控えていた。

彼にとってはとてもつまらなく、退屈な時間だろうに文句ひとつ言わない。

それどころか、なんだか唇を引き結んで少し照れたような顔をしている。

「そういえば、シルヴェストル君は何歳だい?」

「二十三歳です」

「おや、歳下か。……この世界の人達は顔の彫りが深くて、年齢が分かりにくいね」

だが、歳下と言われるとなんとなく納得できる気もするような。

しかし随分と背が高い。恐らく、わたしより二十センチくらい高い。

騎士だから体を鍛えていて、手足が長く、均等のとれた 体躯(たいく) ──……これで顔立ちも良いというのだから、天は二物を与えた、というべきなのだろうか。

「ルイ様も勇者の皆様も、年齢より少しお顔立ちが若く感じられます」

「ははは、彫りが浅いとそう見えるかもしれないね」

そろそろフィルター近くまで燃えてきた煙草を、取り出した携帯灰皿で消火する。

吸い殻ごと灰皿を消して、腰に手を当てて軽く伸びをした。

「じゃあ準備のためにも部屋に戻ろうかねぇ」

シルヴェストル君が無言で頷き、歩き出したわたしについてくる。

まだこの世界に来て三日だが、彼がそばにいるのにも慣れてきた。

特に口うるさくもないし、騒がないし、訊けば大抵のことは教えてくれる。

……あ、そうだった。

「今更だけど、この世界のお金について教えてもらえるかな?」

今日は街を見に出かけたけれど、物価については分からなかった。

そもそも物に値札がなく、どれも置かれているだけで、どのようなお金が使われているかも知らない。

闇ギルドの酒場で酒を頼んだ時もシルヴェストル君が出してくれていた。

わたしの質問にシルヴェストル君も気付いた顔をする。

「申し訳ありません、失念しておりました」

この世界で使われているお金は国によって変わるが、基本的に『銅貨』『大銅貨』『銀貨』『金貨』『大金貨』『白金貨』が主な硬貨の種類らしい。

わたしの頭くらいの丸パンが大銅貨一枚で買えるのだとか。

シルヴェストル君と話していく中で、なんとなく金銭価値も理解した。

銅貨一枚が五十円。

大銅貨一枚が五百円。銅貨十枚で大銅貨一枚。

銀貨一枚が三千円。大銅貨六枚で銀貨一枚。

金貨一枚が三万五、六千円。銀貨十二枚で金貨一枚。

大金貨一枚が十万円ちょっと。金貨三枚で大金貨一枚。

白金貨一枚が百万円弱。大金貨九枚で白金貨一枚。

少々計算しにくいが、そういう感じらしい。

つまり、わたしの頭くらいの大きさのパンはひとつ五百円。

大金貨が二枚あれば、三人暮らしの平民一家がなんとか暮らしていけるという。

そうして平民が一日働いて得られる給金は大体、銀貨二枚から三枚。

一ヶ月の生活費が二十万ちょっとくらいで、日給は六千から九千円ほど。

……煙草は嗜好品だし、やや高め設定にしておこうかねぇ。

あまり安くすると『特別感』がなくなってしまうし、少々高いけれど、買えないほどではないというくらいのほうがよい。

……いくつか種類を用意して、でも多すぎると客が迷うから……。

そんなことを考えているうちに部屋に着く。

シルヴェストル君が扉の脇で待機しようとしたので、声をかけた。

「君も中に入っていいよ」

「はい」

一人の時間が取れるように配慮してくれることも多く、助かっている。

だが、今日は煙草についても相談したいので中に入ってもらった。

部屋に備えつけの机に向かう。

ほぼ使っていない机だが、毎日清掃されて綺麗に整えてある。

荷物置き場にしてしまうのは忍びないが、数日程度なら許してもらえるだろう。

……置くのは 煙草(シガレット) だけにしておこう。

葉巻やパイプも出せるようだが、わたしは煙草派だし、シルヴェストル君に聞いてみたところ葉巻やパイプは貴族が吸う、かなり高めの嗜好品らしい。

煙草もあまり高いと誰も買ってくれないので、ある程度の価格設定で販売しつつ少しずつ顧客を増やしていこう。

とりあえず十種類ほど置いて様子を見て、それから増やしていこう。

基本的には煙草に慣れていない人でも吸いやすいものを中心に、軽め、中間、重め──……あとは飾り用に特に重いものを飾っておこう。これは値段も気軽には買えない額にあえて設定して、初見の客には販売しない。

頭の中で想像すれば、目の前に画面が出てきて煙草の種類と写真、説明が出る。

……便利だなぁ。

机の上に手を向け、考えれば、思った通りの煙草達が現れた。

「煙草の値段について、どれくらいがいいか話したくてね」

シルヴェストル君が納得した様子で小さく頷く。

それから、わたし達は煙草の値段やどのような店にするか、自分達の設定についても話し合ったのだった。