軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

婚約

シルヴェストル君のお兄さんが来訪した翌日、王城から使いが来た。

国王陛下の使いで、わたしとシルヴェストル君の婚約届を持っており、そこにはシルヴェストル君の父親と国王陛下の署名がされていた。

あとはわたし達がそれぞれ名前を書けば婚約は結ばれるという。

……急いだのか、事前に用意しておいたのか。

多分、急いだんだろうなと思いつつ、使いの人の前で書類に署名した。

三枚書き、一枚は王家が、一枚はシルヴェストル君の実家のシャリエール侯爵家が、一枚はわたしが控えておくらしい。わたしが名前を書くと使いの人は明らかにホッとした様子だった。

「それでは、お預かりいたします。お忙しい中、失礼いたしました」

と、使いの人は急ぐように立ち上がった。

わたしの気が変わらないうちに持って帰りたいのかもしれない。

使いの人をシルヴェストル君と共に玄関で見送り、馬車が道の向こうに消えていく。

「これで婚約か。思ったよりも簡単だねぇ」

もっと大仰な手順や、やらなくてはいけないことがあるのかと思っていたが。

手元に残った一枚を眺める。

「貴族同士であれば婚約発表の夜会を開きますが、私も次男で、持っているのも騎士爵位だけですので……」

「へえ、爵位は持っていたんだ?」

「一代限りの爵位です」

ふむ、と考える。爵位と言っても色々と違いがあるようだ。

二人で二階に上がりながら訊く。

「そういえば、シャリエール侯爵家の方々にご挨拶はしなくていいのかい?」

「兄と顔合わせはしたので、問題ないかと。父も王家に恩を売ることができて、喜んでいるでしょう。これで兄の代も我が家は安泰です」

「……一応訊くけど、ご両親と仲が悪いとか?」

「いえ、特に不仲ではありませんが……?」

不思議そうに訊き返され、わたしも首を傾げた。

「……貴族というのは、家族仲はそれほど深くないものなのかい? なんというか、君は家のために利用されるのをよしとしているように見えるし、ご両親についても他人のように話している気がするんだが……」

そう訊くと納得した様子で「ああ」とシルヴェストル君が言い、廊下を歩く。

居間に行き、ソファーに戻る。

「貴族は平民と違い、子育ては乳母やメイド、家庭教師がつき、親が直接子を育てるわけではないのです。家にもよりますが、我が家は比較的、寛容なほうです。私が騎士になりたいと言った時も両親は反対せず、好きにさせてくれました。……親が決めた道しか歩めないこともありますので」

「ほう。貴族は裕福な暮らしができると思っていたけど、自由は少ないのかな?」

「そうですね、私は次男だから好きな道を歩めますが、嫡男の兄は生まれた瞬間から跡取りの道が決められております。将来も、結婚相手も、人生も、貴族として生まれた以上は責任が伴います。暮らしは裕福ですが、望むままに生きることはできません」

「華やかなイメージがあったけど、厳しい世界だねぇ」

だからシルヴェストル君も政略結婚に拒否感はないのだろう。

戸惑いはあると言っていたが、嫌ではないらしい。

もしかしたら、元々そういう覚悟はあったのかもしれない。

「さて、婚約したならひとつやることがある」

「やること、ですか?」

シルヴェストル君が首を傾げた。

「ああ、婚約指輪を買う」

シルヴェストル君がキョトンとした顔をする。

……もしかしてこの世界には婚約指輪というのはないのだろうか?

「ルイ様の世界の慣習ですか?」

「まあ、近いかな。私の国では恋人や婚約者で揃いの指輪を身に着ける風習があってね。結婚指輪と婚約指輪を重ねて着ける人もいるねぇ」

「揃いの指輪を……」

「この世界にはそういうのはないのかい?」

訊けば、シルヴェストル君が頷いた。

「はい。仲の良い夫婦が時折、夜会で同じ宝石を身に着けたり、衣装の色を揃えたりすることはありますが、揃いの指輪を着けるというのは初めて聞きました」

「そうか。まあ、ないなら要らないか──……」

「いいえ、要ります」

シルヴェストル君が食い気味に即答した。

……そこまで前のめりにならなくても。

ズイと身を乗り出して、シルヴェストル君が言う。

「今から買いに行きましょう」

なぜか、随分と乗り気である。

……まあ、シルヴェストル君が欲しいならいいか。

出しかけた煙草を消し「どっこいせ」と立ち上がった。

* * * * *

馬車に揺られて到着したのは、意外と大きな店だった。

明らかに高級感があふれている。正面扉の左右に使用人らしき人達もいる。

……ここは貴族御用達の店なのでは?

一応、お金は持てるだけ持ってきているが、果たして足りるだろうか。

そんなことを考えつつ、手を引かれて店に向かえば、左右にいた使用人達に「どちらの家の方でしょうか」と問われた。シルヴェストル君が「シャリエール侯爵家だ」と答えると扉が開けられる。

中に入ると人は少ないが、ドレスを着た令嬢が数人いた。

どうやら装飾品を見に来ているらしい。

扇子で顔を隠した令嬢達に、遠巻きにジロジロと見つめられる。

……なんだか珍獣でも見るみたいだねぇ。

ふと目が合ったので、ニコリと微笑み返しておく。

「ルイ様、指輪はこちらです」

シルヴェストル君に声をかけられて振り返る。

「ああ、今行く」

ショーケースの前に立つシルヴェストル君の横に行き、中を見る。

色々なデザインや色、宝石を使った指輪が並んでいた。

どれも綺麗で、しゃれていて、華やかなものから普段使いできそうなシンプルなもの、可愛らしいものなど、着ける人の好みが出そうだ。値段はまったく可愛くないが。

……もう少し持ってくるべきだったかねぇ。

「ルイ様はどのようなものがお好みですか?」

「毎日着けるものだから派手すぎなくて、邪魔にならないものがいいねぇ」

「……」

シルヴェストル君がなぜか黙ったので、横を見れば、少し顔が赤い。

「どうかしたかい?」

「いえ……それでしたら、細身で宝石も小さめのほうがよろしいですね」

「そうだね、あまり大きいと困るかもしれない」

シルヴェストル君が熱心にショーケースの中の指輪を見つめている。

……こういうところまで真面目だなぁ。

微笑ましく思っていると、シルヴェストル君が顔を上げた。

「こちらの指輪はいかがですか? ルイ様の髪や瞳と同じ色合いです」

と、指輪のひとつを示す。

銀色の土台の指輪はシンプルで、真ん中にやや大きな黒い石、そして左右に小さな黒い石が並んだ指輪だった。他の指輪に比べれば地味だが、黒い石は光が当たると虹色に反射する。

「シルヴェストル君はこれが気に入ったのかい?」

地味な指輪のわりに、なかなかにいい値段だ。

持ち金を考えるとひとつしか買えないが、その指輪をシルヴェストル君が見る。

「はい、ルイ様の黒髪はとても綺麗で、よく似ています」

「君は褒め上手だねぇ。……しかし、手持ちがちょっと心細いんだが」

「え?」

「ん?」

シルヴェストル君が驚いた顔で振り向く。

今までで一番驚いた様子だったので、わたしも目を瞬かせる。

束の間、互いの間に沈黙が落ちる。

「……ルイ様、まさか指輪をご自身で購入するおつもりでしたか?」

恐る恐る訊かれ、頷き返す。

「婚約指輪はわたしの生まれ故郷の風習だからね」

だから、言い出したわたしが購入するものだ。

そう思っていたのだけれど、シルヴェストル君が渋い顔をした。

昨日といい今日といい、意外と表情豊かである。

「この国では、男性が婚約者に装飾品を贈ります。普段お使いになるものをご自身で購入されるのは構いませんが、婚約の証となるものは男性が女性に贈るのが通例です」

「それは失敬。君の財力を疑ったわけではないんだ」

「はい、理解しております。ですが、できれば今後は装飾品につきましては私から贈らせていただけると、大変助かります」

「ああ、君に任せよう」

頷くと、ホッとした様子でシルヴェストル君も頷いた。

男性が女性に贈るというのは、色々と理由がありそうだ。

……ここでわたしが意地を張る理由もない。

何より、わたしが払えばシルヴェストル君のプライドを傷つけてしまうだろう。

わたしももう一度ショーケースに目を向ける。

「ルイ様は気に入ったものはありましたか?」

「特にない……というか、こういったものは必要最低限しか使ってこなかったから、あまり分からないんだ。適当に選ぶより、君が気に入ったもののほうがいい」

それに、この美しい黒い石がわたしの髪や目に似ていると言ってくれた。

日本人は黒髪黒目が当たり前だが、美しいものに 喩(たと) えられると案外嬉しい。

……わたしにも、こういう気持ちがまだあったんだな。

シルヴェストル君と過ごすようになって、自分の中に色々な発見をする。

きっと子供の頃は当たり前にあったはずのものだが、これまでの人生で封じたり諦めたりして、自分自身すらあったことを忘れてしまった感情。

彼と過ごす時間の中で、それらを少しずつ思い出しているような気がした。

「では、やはりこの指輪がいいです」

黒い宝石の指輪をシルヴェストル君が指差した。

「そうか。君がいいなら、これにしよう」

シルヴェストル君が店員に声をかけ、指輪を選ぶ。

男性用と女性用で似たデザインのものを選び、出してもらう。

そうして確認され、シルヴェストル君が頷いてお金を払った。

……この世界では試着はしないのだろうか?

指輪が箱に入れて差し出されると、シルヴェストル君が細身のほうを取って振り向く。

「どの指に着けますか?」

「左手の薬指……小指から二番目の指に」

反射的に答えれば、左手が取られ、薬指に指輪がはめられる。

やや大きかったが、着けるとなぜかピタリとはまった。

まじまじと指を見ればシルヴェストル君が「魔法で大きさが合います」と教えてくれた。つくづく、魔法というのは便利なものだと思う。

シルヴェストル君も、自分の左手の薬指に男性用の指輪をはめる。

どこか嬉しそうに指輪を見て、わたしを見て、笑った。

「ルイ様と揃いの指輪、よいですね」

……無邪気な笑顔が眩しい。

なんとなく、手を伸ばしてその頭に触れる。

「よしよし」

「……犬扱いされているような気がするのですが」

「ははは、気のせいさ」

シルヴェストル君の頭から手を離し、わたしも指輪に触れる。

「ありがとう、大切にするよ」

「はい」

そうして、空になった小箱を受け取り、店を出た。馬車に乗って家に戻る。

揺れる馬車の中でシルヴェストル君が自身の左手を眺めている。

「ひとつ疑問があるんだが」

声をかければ、すぐにシルヴェストル君が顔を上げた。

「はい、なんでしょうか」

「貴族のご令嬢方にかなりジロジロと見られたんだが、どうしてか分かるかい?」

「ルイ様がズボンをお召しになっているからでしょう。この世界では基本的に女性はズボンを履くことがないので、ルイ様が着用されていることに違和感があるのかと」

「騎士は……あれは制服か。なるほど、それはジロジロ見られるわけだ」

取り出した煙草を口に咥えれば、火がつけられる。

「ありがとう」と言って、吸い、訊き返す。

「スカートのほうがいいかい?」

「ルイ様はお好きな格好をなさってください」

「そうか。スカートは苦手だから、ありがたいよ」

元の世界でもずっとパンツスーツだったし、私服もスカートはない。

……なんというか、スカートはわたしの柄じゃないんだ。

苦笑するとシルヴェストル君が目を丸くした。

「そうなのですか?」

「ああ、どちらかといえば男性に近い服のほうが落ち着くね」

「ルイ様には貴族の男性の装いも似合いそうです」

ここでドレスを勧めないところが、シルヴェストル君らしいと感じた。

彼はいつもこちらに寄り添おうとしてくれる。

それもあって、わたしはつい彼に甘えてしまうのだろう。

……ここではあまり気を張らずに済むから。

そうしてシルヴェストル君は家に帰るまで──……いや、帰ってからも、しばらくソワソワした様子で指輪を気にしていた。機嫌はよさそうなので嫌ではないのだろう。

左手の指輪は思いの外、存在感がある。

だが、嫌な存在感ではない。

その銀色はシルヴェストル君の髪色に似ていて、そう思うと愛着というものが湧いてくるような気がする。見慣れた色がそばにあるというのは心地好い。

……指輪なんて初めて着けたが、悪くないな。

これで装飾品に関心が出るかと訊かれたら首を振るが、これは気に入った。

失くさないよう、入浴と寝る時はきちんと小箱に仕舞っておこう。

それから、朝起きたらまず指輪を着けるのを習慣にした。

シルヴェストル君も毎日忘れず着けていて、朝食の時にチラリとわたしの左手を確認するものだから、使用人のみんなに微笑ましげな顔をされた。

……政略結婚だということは知っているはずだが。

とりあえず、その温かい視線に気付かないふりをする。

勘違いされていたとしても、わたし達が婚約したことは事実なのだから。