軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

煙草屋ルイ(1)

* * * * *

ルイ様は週に二日、休日を取っている。

それ自体は特に不思議なことではないが、あまり外出を好まない 質(たち) のようで、ほとんどの休日を家で過ごしていた。

大抵は家にある本を読んだり昼寝をしたりするのだが、今日は少し違った。

ルイ様の要望で置いた、居間の暖炉前の揺り椅子が彼女のお気に入りの場所で、今日も午前中はそこで目を閉じて座っていた。

これまでは微睡んでいるのだと思ったが、ああいう時は能力で色々な情報を聞いていると教えてもらってからは極力声をかけないようにした。

一度だけルイ様が『画面』とやらを見せてくれたが、大勢の人間が映り、話す声が重なってとても聞き取りづらかったが、ルイ様は聞き取れるのだとか。

昼食後、ルイ様に声をかけられた。

「シルヴェストル君、ちょっと時間はあるかい?」

「はい、特に予定はございません」

「今後、店の商品をもう少し増やそうと思ってね。でもこの世界の人々にどういうものが売れるのか分からないから、意見を聞きたいんだ」

「煙草以外も出せるのですか?」

思わず訊き返せば「いや」と返される。

「煙草しか出せないが、煙草関係の『何か』なら多分出せる」

という曖昧な返答に、シルヴェストルも「はあ……?」と目を瞬かせてしまった。

よく分からないまま促されて、ルイ様の部屋に行く。

換気のために窓が開けられているが、普段吸う煙草の甘い香りがした。

ルイ様は机の椅子を持ってくるとベッド脇に置き、シルヴェストルにそこに座るように言い、自分はベッドに腰掛けた。そういえば、この部屋には他に椅子がない。

ここで共に暮らすようになって二月近く経つというのに、室内は綺麗で、日用品以外のものはなく、最初の頃とほとんど変わっていない。

ルイ様が手元に煙草を一本出す。

「前に言ったけど、この煙草は周囲に害がないものにしていてね。その時に気付いたんだが、こうして『害のない煙草』が作れるなら、その逆もできるんじゃないかと思って」

「……人を害する煙草、ですか」

シルヴェストルが警戒すると、ルイ様が微笑んだ。

「惜しい。……元の世界では『蛇は煙草の煙を嫌う』という話があってね。まあ、本当はどうかは知らないが、煙草の煙に『魔物避け』の効果をつけたらどうかと考えたんだ」

驚きと共に、そんなことができるのかという気持ちも湧いた。

「それは……そのようなものがあれば、皆が欲しがるでしょう」

「そうかい? 恐らく『魔物を殺す』効果のある煙草も作れるだろうけれど、そんなものを作ったら冒険者が困るから『魔物避け』にしたんだ」

なんということもない様子でルイ様は話しているが、魔物を殺す効果のある煙草なんて世に出たら、冒険者どころか多くの人々が職を失うだろう。

それをルイ様も理解していて、だからこそ『魔物避け』にとどめたのだ。

だとしても煙草を吸うだけで魔物が近寄らなくなるなら、多くの者が欲しがる。

ルイ様が掌の上に煙草の箱を取り出した。

「これがその煙草」

と、差し出される。

真っ赤な箱には黄色と黒で文字が書かれている。

これまでの煙草の箱の文字は読めなかったが、そこには『魔物避け』と書かれていた。

「吸っても人体に害はないよ」

受け取った箱を開けて匂いを嗅ぐと、濃い煙草の香りと薬草のような匂いがする。

「王都の外に出て試してもいいかい?」

「ルイ様は戦うことができないので、賛成できません」

「だよねぇ」

掌に出した煙草をルイ様が口元に持っていったので、反射的に手を差し出した。

最近はこうするのが癖になってしまった。

指先に灯した火にルイ様が顔ごと煙草を寄せ、嬉しそうに目を細める。

「ありがとう」

ふぅ……と漂う煙から、甘い菓子のような香りが広がる。

いつもルイ様のそばにいるからか、時々、自分の服からふとその匂いがすると、シルヴェストルはなんとも言えず落ち着かない気持ちになる。

それが嫌だというわけではないが、心臓がドキリと跳ねる。

「……ギルド長のマグナス・バレンシアに依頼をしましょう」

「マグナスさんに? ……ああ、なるほど」

こちらの提案に、ルイ様はすぐに納得した顔で頷く。

「それはいい案だね」

ルイ様を守れないというわけではないが、危険はできるかぎり排除しておきたい。

試験的に使うなら他の者に依頼して、試してもらうのが一番安全だ。

使い勝手や効果、匂いについてなど、他の者が試すことで改善点も出てくるだろう。

「じゃあ、明日ギルドに行ったら受付で頼んでみようか」

「それがよろしいかと」

「シルヴェストル君に意見を聞いてよかったよ。戦えないわたしが無闇に外に出るより、今後使うだろう冒険者か誰かに依頼をしたほうがきっと今後のためになる」

ルイ様が王都の外に出るという話にならずに済み、内心で安堵の息を吐いた。

伸びてきた手がシルヴェストルの頭を撫でる。

「ありがとう」

……また子供扱いされている。

だが、ルイ様に頭を撫でられるのは嫌ではなく、抵抗するほどのことでもない。

優しく撫でる手は細くて、シルヴェストルより小さくて、甘い匂いがする。

……この匂いにも、もう慣れてしまった。

甘く、香ばしく、少し苦さのある香りはまるでルイ様のようだと思う。

「君の髪はサラサラで綺麗だね」

「……ありがとうございます」

ふふふ、と笑うルイ様の黒髪が微かに揺れる。

シルヴェストルはそれに触れてみたかったが、手を伸ばすことはできなかった。

* * * * *

「ルイから依頼?」

マグナス・バレンシアは職員からの報告に顔を上げた。

ルイはギルド『宵闇の月』一階の片隅で煙草屋の店主で、いつものんびりと煙草を吸いながら、商品の煙草をやる気なく売っている。

のらりくらりと煙のように掴みどころがなく、穏やかで、落ち着いた女性だ。

だが、やる気がないわりに店はとても繁盛していた。

煙草屋は今後も売り上げは上がっていくことだろう。

そのルイがギルドに仕事として何かを依頼してくるのは初めてだった。

「内容は?」

「『魔物避け』の効果がある煙草を作ったので試してみてほしい、とのことです」

「魔物避け?」

王都の外に出れば、魔物がいる。

魔物は、見た目は動物に似ているが少し違いがあり、凶暴で、魔法を使う。

冒険者は魔物を討伐し、その肉や素材を回収することで稼ぐ。

強い魔物ほど肉は美味く、高価で、素材も色々なものに使われる。

それに街道沿いに魔物が出ると旅人や商人が危険なため、冒険者達が魔物を間引くと人々が安全に街道を行き交うことができる。

しかし、魔物に襲われることは少なくない。

「煙草の煙に魔物が忌避する臭いを合わせることで、魔物が寄りつかなくなるそうです。人間には害がないため、使っても問題はないはず……とのことです」

職員が差し出した書類を受け取り、確認する。

やや丸みを帯びた見やすい字はルイのものだろうか。

そこには『魔物避け煙草』の効能と持続時間、匂いなどが書かれていた。

今後販売する際に最もよく使うのは冒険者達なので、口の堅い冒険者に試験的に使わせて、使用感や欠点などを報告してほしいということだった。

……これが事実なら、売れる。

冒険者達は魔物を狩るが、時には別の依頼で森に入ることもある。

その時に魔物と遭遇しないよう『魔物避け』の効果があるものが使えれば、冒険者達は喜んでそれを買う。特に駆け出しの冒険者の死亡原因の大半は魔物だった。

それに、これが本当に効くのであれば、商人や旅人も欲しがるだろう。

「こちらがその『魔物避けの煙草』です」

職員が差し出したのは真っ赤な小箱だった。

そこに黄色と黒の目立つ文字で『魔物避け』と書かれている。

「なるほど。……試してみる価値はありそうだ」

煙草だけでもなかなかに繁盛しているが、人々に『煙草屋』が広まったところで目新しい商品を増やすというのはよい戦略である。

「ルイの望むように、口の堅い者に試させてくれ。最優先事項だ。試験結果の報告書は私に。これについては直接、私からルイに伝えよう」

「かしこまりました」

……本当に面白い。

突然現れた『煙草屋ルイ』はギルド内外でも有名になりつつある。

他ギルドの冒険者などが、わざわざ煙草を買うために『宵闇の月』に来ているという話も聞いているし、貴族にも少しずつ密かに広がり始め、使用人が買いに来ることもあるらしい。

ルイの煙草屋は驚くほど早く、人々に広がっている。

この『魔物避けの煙草』が出れば、更に繁盛するだろう。

「本当に何者なのだろうかね」

だが、それが分からないというのもまた面白いことではあった。

* * * * *

「──……というわけで、依頼結果がこれだ」

マグナスさんに呼ばれて最上階のギルド長室にお邪魔している。

一週間ほど前に出した依頼の結果報告書が渡された。

受け取った書類の中身をざっと確認する。

わたしの意図した通り『魔物避け煙草』は効果があったようだ。

煙草を吸う者と吸わない者とで一週間、都外の森で活動した結果が書かれている。

やはり煙草を吸っていたほうが魔物との遭遇率は低く、うっかり出会ってしまっても魔物のほうが逃げていくという感じだったらしい。

人間にはハーブ混じりの煙草という匂いだが、魔物には臭いのかもしれない。

煙草の効果時間は一本につき三十分ほどを目安にしたが、風の強い日はその半分の十五分ほどで切れてしまったそうだ。あくまで煙の匂いをまとっていることで効果が出るため、風に吹かれてしまうと煙も匂いも流れる。それが原因だろう。

……購入者にそういう説明はしておかないとなぁ。

箱に注意書きをしてもよいが、この世界の平民の識字率はさほど高くない。

冒険者の中にも受付が依頼書を代筆できるため、自分の名前くらいしか書けない者もいるという。口頭で説明しておくのが一番無難だ。

「ありがとうございます。これなら問題なく売れそうです」

「ああ、とても素晴らしい商品だ。きっと多くの人々がこれを欲しがるだろう。だが、これを販売すれば忙しくなるが、大丈夫かね?」

「まあ、なんとかなるでしょう。マグナスさんには店まで用意していただきましたから、その分をお返しできるよう、それなりに繁盛しないとわたしも面子が立たないので」

「ははは、今でも十分元は取れているがね」

愉快そうにマグナスさんが笑う。

煙草屋というのは、それ一本でも食べていけるだろう。

しかし、煙草を吸わない人も購入する商品があれば、更に繁盛する。

嗜好品なので金がなければ買わなくなるが、仕事にも使うものとなれば購入するはずだ。

「他のギルドも欲しがるだろう。その時はどうするかね?」

「その際は煙草をマグナスさんにお渡ししますので、そこから『宵闇の月』がいくらか仲介料を得られる形で卸していただければ幸いです。わたしは煙草の値段の八割をもらえれば十分ですので」

正規ギルド加入者は、闇ギルドにあまり立ち入らない。闇ギルドを嫌っている者もいるそうなので、正規ギルドに卸して割高で売られていても購入するだろう。

面倒なので『宵闇の月』から煙草の値段の八割──二割は今まで通り納める額だ──をもらえれば、それでいい。

他でも販売してくれれば、その分、店のほうに押しかける客も減る。

「しかし、面白い煙草を作ったものだね」

「動物の中には煙草の煙を嫌がるものがいるので、魔物が嫌がる煙草も作れるのでは、と以前から思っていまして……今回は上手くいってよかったです」

「魔物避け煙草の販売はいつから始める予定かね?」

今すぐにでも売り出せはするが、新商品を出す際はまず告知が大事である。

「そうですね、一週間後を予定しています。お客に新商品が出るという話をして、広めてもらってからのほうが売れ行きも上がりますので」

「なるほど。これからも期待しているよ」

と、言われてわたしはとりあえず微笑んでおいた。

「ご期待に添えるよう、努力します」

そうして、一階の店に戻った。

わたしもシルヴェストル君も定位置の椅子に腰掛ける。

煙草を口に持っていけば、シルヴェストル君が手を伸ばす。

そこから火をもらい、一服する。

「ありがとう。……さて、新商品の名前はどうしようかねぇ」

「『魔物避け煙草』のままで分かりやすくてよいのではありませんか?」

「そう? まあ、番号だと普通の煙草と混同しそうだし、それでいいか」

ほどほどに売れればいいと思うけれど、シルヴェストル君やマグナスさんの反応を見る限り、わたしの予想以上に売れるかもしれない。

この店の主力商品になりそうな予感がする。

……普通の煙草だけ売ってゆっくり過ごしてもよかったんだけどね。

一応、固定客はいるが、店をやる以上はそれなりに稼ぎたい。

「やあ、ルイ。煙草を買いに来たよ」

常連の一人が来て、声をかけてくる。

「こんにちは、今日は遅い時間だねぇ」

「ああ、一仕事終えてから来たんだ。いつもの『三番』を頼むよ」

「毎度どうも」

煙草を差し出し、お客が受け取る際に声をかけた。

「ああ、そうそう、一週間後に新商品を出す予定でね」

「新商品? どんな煙草だい?」

「『魔物避け煙草』といって、吸ってから十五分から三十分は魔物が寄ってこなくなるんだよ。魔物が嫌がる臭いのする煙草さ」

常連客が金を払いながら目を丸くする。

「そんなものがあるのかい?」

「ギルド長も効果は確認済みさ。値段はちょいと高くなるけどね」

「へえ、それは楽しみだ。みんなにも伝えておくよ」

煙草を懐に仕舞うお客にわたしも頷いた。

「ああ、よろしく。たくさん準備したのに、売れなかったら悲しいからね。最初に購入してくれる五十人限定で、マッチもつける予定だよ」

「ははは、それは買いに来ないと。だが、ルイの煙草が売れ残るなんてきっとないさ」

常連客は笑って手を上げ、離れていった。

一週間後の発売まで、お客達に言っていれば広まるだろう。