軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

02 楽しみはいくつでも

時は夕暮れ。街灯が少しずつ灯り始めている。

お風呂ーお風呂ーと心の中で自作のお風呂ソングを口ずさみながら公衆浴場へ向かい、入浴料を払う。光よりも速く服を脱ぎ、大浴場に足を踏み入れた。

移動中は簡易宿で軽く汗を流すしかできなかった。洗い場でしっかりと髪を濡らす。

直近の赴任先で買った花の香りのする石鹸で髪と身体を隅々まで洗うと、私のためにお湯をたたえられている浴槽へ飛び込む……つもりで身を沈めた。心の中では飛び込んでいる。

……ああ、生き返る。

顔はとろけきっていただろう、目を閉じて数日ぶりのお湯に身を委ねていると、

「お姉ちゃん、初めて見る顔だねえ、旅の人?」

先に浴槽に入っていた 御婦人(グランマ) に声をかけられた。目を開ければ、御婦人と、そのすぐそばには小さな女の子。女の子は頬をピンクに染めて湯船から顔だけ出している。

「はい、今日来たばかりです」

「そうかい。しばらくいるのかい?」

「その予定です。この辺でおすすめのごはん屋さん、ありませんか?」

「そうさねえ……お姉ちゃん、お酒は」

「嗜む程度に」

御婦人と話す傍ら、女の子はじっと私のことを見ている。

「ふんふん。そしたら牧場亭なんか良いんじゃないか?地酒も美味いよ」

「なるほど、ありがとうございます。早速この後行ってみます」

「ああ、ただ冒険者たちが毎日のように飲み比べをやってるから、巻き込まれないように気をつけな」

「わかりました」

「おねえちゃん、からだ、どうしてきずだらけなの?」

私をずっと見ていた女の子が、丸い目を向けて尋ねてきた。

「こら!」

女の子を窘める御婦人を見て首を横に振ると、女の子をまっすぐに見る。

「これは、たくさん冒険してきた証」

「でも、ぼうけんしゃのおねえちゃんたち、みんなぜんぜんきずないよ?」

あっ、という誰かの声が、湯けむりの中に響いた。

「私は治癒魔法や回復魔法が効かないから、どうしても傷跡が残ってしまうの」

「ふぅん」

「たまに私みたいな人も見かけると思う。だけど魔法が効かない以外の理由がある人もきっといるから、この質問は私で最後にしてね」

まじまじと私を見ると、女の子は小さくうなずいてくれた。

「わかった」

「ありがとう。私は全然なんともないけど、この質問を悲しいと思う人もいるから。逆に『勲章だ!』って自慢してくる人もいるかもしれない、そういう人には『すごーい』ってたくさん言ってあげて」

「わかった!もうゆでぶたちゃんだからあがるね!」

女の子が勢いよく浴槽から出ると、湯船に波が立った。

「走ったら危ないよ!お姉ちゃんすまないね」

女の子を目で追いながら、申し訳ないと頭を下げる御婦人に、もう一度首を横に振る。

「お店、教えてくださってありがとうございます。良い夜を」

「ありがとう。良い夜を!」

湯気の向こうで大浴場のドアが閉まる音がする。すぐに、誰かが身体を流すお湯の音が浴室を満たした。

そう、この身体中の傷は、一生懸命生きてきた証だ。

胸を張って勲章だと言うほどではないけれど、私の小さな誇りである。

手巾で身体を拭くと、浴室を出てきれいな服を着る。

宿から近いし朝湯も良いな……と無料の果実水をおかわりしながら考えていると、「おねえちゃん」と声をかけられた。

先ほどの女の子が、手のひらに乗せた飴玉をこちらに差し出している。

「あげるー」

「ありがとう。気をつけて帰ってね」

「わかったぁ。ばいばーい」

御婦人と手を繋いで出ていく二人の後ろ姿を見送り、もらったばかりの飴玉を口に入れながら外に出た。

夕食前だから今食べるべきではなかったな……でもまあ、良いか。お腹は空いてるし食べられるでしょう、もう子どもではないのだから。

その後、御婦人にすすめていただいたお店で山盛りのポークジンジャーを食べた。

ご飯が三杯目から追加でお代がかかり、少し切ない気持ちになったものの――以前は何杯でも無料だったらしい――たれが絡んだキャベツをそれだけで食べるのが惜しくてお金を積んだら、なんと小さなカニクリームコロッケがついてきた。勝利である。

店の中央では冒険者たちが派手に酒盛りをしている。ひとまず今日は傍観者に徹しようと、気配を消して会話に耳を澄ませていたところで、左手首の腕輪についた魔石が素早く点滅を始めた。

「異常ありません、と」

魔石の隣にある小さなボタンをカチカチカチと三回押すと、点滅が止む。

「……宿に帰ったらちゃんと報告しますよ」

まったく、過保護な殿下である。小さく笑ったところでデザートが運ばれてきた。

硬めのプリン、これも久しぶり。苦めのカラメルを存分に堪能して、宿に戻る。

殿下に無事到着したことと、おまけのカニクリームコロッケが美味しかったことを報告して、一日目を終えた。

二日目。明け方にドミトリーの主が戻ってきた音で目が覚める。

音を立てずにドアを閉めたその人と、ばっちり目が合った。

「……あーごめんね起こしちゃった。冒険者?」

「はい」

「じゃあ仲間だ。何泊?」

「予定ではあと一泊か二泊ほどですが、延びるかもしれません」

「そっかそっか。今日の夜、空いてたら一緒にご飯行こうよ。よその情報、聞かせて」

「構いませんよ」

「ありがと。じゃあ、あたしはこれから寝るから。おやすみなさーい」

さっぱりとした人のようだ。ここの滞在も長そうだし、色々な話が聞けることを確信する。

これはさっさと依頼を片付けて来よう。

予定よりも早いが身支度を始める。ドミトリーの主はいびきを立てて眠っていたので、起こしてしまう心配はなかった。

宿屋でお願いしていた朝食の包みを受け取ると、その足で森に出る……前に、朝湯。朝湯である。

今夜はおそらくお酒が入るからお風呂には入れない。明日の朝も早いかもしれない。

となれば今日!早起きしたのは朝湯の神様の思し召し!

……と、心の拳を突き上げて思い出した。

以前ルイス殿下に『お前は風呂のことになると目の色が変わるな』と言われたことを。

良いではないか。お風呂は趣味のない私の唯一の楽しみと言っていい……いや、食事も楽しみかも。

「……楽しみはいくつあってもいいのです」

そして開き直りも肝心です。

いざ、半日ぶり二度目の公衆浴場へ。

昨日は気付かなかったが、公衆浴場には『ほどけ湯』という看板がついていた。

看板が見えないほど私はお風呂に飢えていたらしい。……うん、飢えてた。仕方ない。

中に入ると、朝の公衆浴場は、夕方とはまた違う空気を纏っている。

朝日が差し込む大浴場。湯船で大の字になる猛者たちは朝まで飲んでいたのだろう。……本当は飲酒後の入浴は良くないのだけれど、入りたくなる気持ちはとてもよくわかる。

冒険者は全てが自己責任なので野暮な説教はしない。さっさと自分の心身を清めて上がるに限る。

朝の果実水はハーブが中心になっていた。酔い覚ましのハーブも入っているのかもしれない。爽やかな喉越しが癖になる。またもおかわりをした。