軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

81.さる貴人の為

一通りの情報交換と雑談を片付けた後、私とアルマはテーブルにまだまだ並んだ点心を囲んでだらだらと茶を楽しんでいた。

『……やっぱり人化したいかもです』

食事は人化最大のメリットと言っても過言ではないからなあ。作りたての点心たちはそこそこの量があってもぺろりと食べ尽くせてしまうほどに美味だ。

「ところで、君が頼むままに食べてるけど会計は大丈夫なの?」

「全く。むしろたらふく食ってくれよ、このままじゃ財布が破裂する」

『これが俗に言う億り人……!?そのうち私も食べてみたいです!高級茶館の点心実質食べ放題!』

「こら、ブルーム。と言うか、アルマは投資家ではなくない?」

「そもそも、 今日日(きょうび) 億り人なんて言わねえだろ」

蓮蓉包を一つ手に取った。歯ごたえのある皮に歯を立てると、優しい甘さの餡が舌に乗る。更にその中から塩っぱくも旨味の強い塩漬け卵が飛び出して、重層的な味わいが広がった。

覚えておこう、蓮蓉包。タイミングがあったら他の店のものとも食べ比べてみたい。

「……あ。ブルーム、味見してみる?」

『やったー!……どうやるんですか!?まさかこの刀身に塗りたくるおつもりで!?』

「もしそうだとしたら、人を斬ったら血の味が伝わるんじゃねえのか」

「違うよ。ブルーム、私に【憑依】して」

『……なるほど!一口いただきますね!』

ブルームがそう言うと、剣からふわりと魂が飛び出した。おお、とアルマが小さく感嘆する前で、私の身体にその魂が入り込む。

僅かな違和感と気持ち悪さ。そして身体の支配権がブルームに移る。

「『おおー。お?』」

「……今はブルームさんであってる……よな?」

「『はい!早速ですけど、食べちゃっていいですか!?』」

「いいけど、喉に詰まらせないようにな。これでエナが窒息死したら、何の落語だって話だろ」

ブルームははい!とまた元気に返事して、目の前にある肉まんの蒸籠に手を伸ばした。

おっかなびっくり、と言うか……まるで身体を使い慣れていない人のようにぎこちない動きで、もそもそと点心を食べていくブルーム。

エビ餃子。焼売。春巻。 薩其馬(シャーチーマー) 。 粽子(ちまき) 。大根餅。小籠包。包子を色々。

時折茶を挟みながらも、一通りのものは一つずつ食べたところで、憑依先である私の身体の胃がギブアップを叫ぶ。そろそろ離れてくれ、と伝えると、私の身体から魂がふわふわと抜けて剣へ戻った。

「ふー……」

『おいしかったです!すみませんエナさん、いっぱい食べちゃって……』

「まあどうせ……いっぱい食べるつもりではあったから良いんだけど」

「いい食いっぷりだったな。エナが絶対やらない顔してて面白かったし」

「……はあ。でも流石にちょっと、動きづらい……。効率よくお腹をすかせる方法って何かあるかな」

「スキル使うと腹が減りやすいらしいぜ?」

「なるほど?」

アルマの言う通りにしてみるか。【魔素操作】で特に意味無くぐるぐると魔素を回す。しばらく続ければいいのかな。

ブルームが急に声を上げた。

『……あ!すみません、晩ご飯なのでログアウトします』

「ああ、もうそんな時間。ありがとう」

「ブルームさん実家暮らしか?」

『そうなんです!ありがとうございました、また明日!』

そう言うと、ブルームは慌ただしくログアウトしていった。剣から物々しい気配が消えて、ただのマテリアルと化す。

苦味の深い茶で口をリセットして、私はまた口を開いた。

「ところで、ブルームが居なくなったから聞くんだけど」

「うん?」

「どうして桃が必要だったの?」

急な質問に驚いたのか、アルマはポカンとした。が、その後すぐに神妙な顔つきになる。

「……どうしても聞くか?」

「いや、まあ……じゃあこうしよう、あの桃の出処を明らかにしておきたいなら私に話して。そうでないならいい」

「交換条件か?」

「使う理由によっては、ちょっと困るかもしれないから。私が出処を大っぴらにしたくない理由があるんだ。あの【仙人桃】はそういうものだから、使途を知っておきたい。それだけ」

「なるほどなー……いや、そういうことならわかった」

ハア、と深くため息をつき、項垂れるアルマ。どうしたもんかな、とかつぶやいている。

「……今から聞くこと、絶対に誰にも漏らさないって断言出来るか。ブルームさんにも」

「……わかった。誓って誰にも言わない。まあ、言える相手がいないというのが正しいけれど」

じっ、とアルマが私の顔を見つめる。

「なら契約だ」

「わかった」

即答した私に、アルマが少しだけ目を見開く。が、何を言うでもなくすっと手を差し出した。アルマの促す通り、その手に手袋を外した私の手を重ねる。

不思議なことに、何をすればいいのか、何となくだけどわかった。そういうのも含めた魔法なのかもしれない。

「俺はエナから納品された桃の使途について、話せる範囲で話す。ただ明言できない事はできない」

「私はアルマに納品した桃の由来について、話せる範囲で話す。分からないことについては何も言えない」

互いに視線が交錯する。

重なった手のあわいに魔素が染みて、手のひらに奇妙な文様が刻まれた。

契約した。本能的にそう思った。

先に息を吐いたのはどちらだったか。わずかに空気が弛緩して、アルマが口を開いた。

「……“さる高貴な御方”の治療に使うんだ」

「“さる高貴な御方”?治療?」

「そう。四安の、これ以上無く高貴なある御方のな」

「……それが、どうして桃を求めることに?」

私が突っ込むと、アルマはうろうろと視線を彷徨わせる。

「……ええと、いろいろ複雑な事情が絡んでてな。まずは……エナも知ってると思うけど、この世界には、 魔(・) 術(・) 的(・) な(・) 処(・) 理(・) を施された薬がある」

「魔術的な……?」

「俺達がいる、現実の常識に当てはめて考えてみろ。飲むだけで即座に筋力が上がって、時間ぴったりに効果が切れる薬があるか?全身に回った毒をすぐに中和できる薬があるか?折れた骨を即座にくっつけられる薬があるか?」

「……ポーション」

「そうだ。それを齎すのが、魔術的な処理。そういう方向の技術が、この世界では極めてよく発達している。エナがやったっていう【外丹】も、多分それなんじゃないか?」

……だと言うのなら、つまりあの桃は“さる高貴な御方”の治療薬……それも、魔術的な処理を施した、魔法の薬にするために使われると。

「?でも、それを秘匿する必要があるの?」

「そう、その理由だよな。大体の理由としては2つあるんだ。まず1つが……その御方なんだが、容態が芳しく無いことをみだりに知られるのが少しまずい立場に居られる方で」

「その、“さる高貴な御方”が?」

「……悪いが、これ以上その御方について明言するのは契約違反になる。察してくれ」

四安でこれ以上無く高貴でかつ、「状態が芳しく無い」という情報をみだりに知られるとまずいことになるほどの影響力を持つ、“さる高貴な御方”……。

ぞわ、と背筋に冷たいものが走った。

「まさか」

「エナ」

「……ごめん。ああ、でも、そんな大物なら、無茶な要求でも手を尽くして押し通すしかないよな。ギルドで苦虫を噛み潰してたのはそのせいか」

「ま。じゃ、話を戻すぞ。2つ目の理由だな。これが本命かつ誰にも漏らせない、今の四安の最高機密でもあるんだが_」

アルマはふう、と何度目かの深く長い息を吐いた。そして冷え切った空の蒸籠に目を落として、数秒して顔を上げた。

「_呪われているんだ」

その御方は。ぽろりとこぼれた言葉が、ずしりとテーブルに乗った。