軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

113.負の遺産

途方も無い悪夢が途方も無く霧散した。

……ぐわん、と耳の奥で音がして、上と下がぐるりと逆になった。……ような、気がした。

ただの錯覚だった。何とか重いまぶたを持ち上げて光をとらえた目には、見慣れない天井が映っていた。

「……」

「気がついたか!体は起こせるか?ちょっと触るぞ」

ゆっくりと抱き起こされる。冷え切った体の中で、その手の温度が移る背中だけが暖かい。

「……ぅ……」

「水か?ちょっと待ってろ、今……」

「……アルマ……」

「ああ。体調はどうだ?もうここは四安だから、怠さは収まったんじゃないか」

「吐く」

「え」

喉の底から、こぽ、と控えめな音がした。

「おわーーーーっっっっ!?!?!?!?」

「ゔ」

「あ〜〜〜〜〜もうここにしろ!戻せ!!!」

アルマが差し出した大きなお椀のようなものに、顔をほぼ突っ込んで、思い切り戻す。堰を切ったように逆走する胃の腑の中身には何も固形物が存在していなかった。

……武州じゃ水くらいしか飲んでなかったしな。そりゃそうか。

「えう……」

「大丈夫か?……大丈夫じゃなさそうだな」

「もっかい……」

「よしこーい」

また思いっきり戻す。喉から食道にかけて、ぐるんと裏返るようだ。生温く焼け付く液体が上って降りてくる。引っかかるような固形物は、やはりない。

「ゔー……」

「まだ吐きそうか?」

「ううん……もうからっぽ」

「そうか。口すすいどけ」

アルマは枝を伸ばして、そのへんにあった湯呑みを私に手渡そうとする。

私はそれを受け取る……力が入らない。

「重症だな……むせないように気をつけて、ほら」

素朴な陶器が口元に当たる。ゆっくりと傾けられるそれから流れだす水を口に含み、饐えた口内を清めて水を吐き出す。それを何度か繰り返せば、私の頭も冷えてきた。

「はぁ……ごめん」

「大丈夫。……よし、血の気は戻ってきたな」

「……アルマ」

「うん?」

「 そ(・) れ(・) 、どうするの?」

「これ…… 吐瀉物(これ) !?棄てるけど!?」

「えー。龍生九子の胃酸だよ。何かに使えそうじゃない?」

「いらなすぎる」

「じゃあちょうだい」

「あげない!!!燃やすに決まってんだろこんなもの!!」

アルマが私によこしてくれた大きなお椀のようなものは、きつく編まれた枝でできたボウルだった。ということは、アルマは私の吐瀉物をほとんど手で受け止めたようなもんってことで……。

「ごめん……」

「戻した物をまじまじと見つめながら謝られても……」

アルマはその枝ごと饐えた液体を燃やした。炎が見たことない色と光り方をしてたから、相当な高温で思い切り燃やし尽くしたのだろう。ごくわずかなカスも残らなかった。

「龍生九子の胃液なんてこの世に残しておけるもんじゃねえからな……。つうか、本当に大丈夫か?酔いスタック28溜まってもへらへらしてただけなのに、武州行って急に吐くとか……」

「……わかんない。なんかのペナルティかも」

「……は?」

――――――――――――

アルマに頼んで阮明さん・カルクスさん・少佐を呼んでもらい、みんなの前で自分が見た夢……恐らくはゲーム内ムービーであろうものについて話す。

「……ド、ド外道〜……」

「……絶句するしかないな」

「小生はもはや『戻すのもさもありなん』と言うしかできませぬ……」

「神を口にする、とは……しかもその“美しい男”が書き残した偽の煉丹術に、これ見よがしに猛毒ばかり書かれているのが腹立たしいですね」

各々ドン引きしていらっしゃった。せやろな。ただまあそのドン引きターンもすっと軌道修正されるのがこのチームの強みかもしれない。

「……しかし、命と約束の神ですか?知らない概念ですね……」

「約束の神、というと……【華】で信仰されている始祖、歳王が思い当たりますね。天道の主、契約と対価、法と則の長。世の調律者。さまざまな呼び名がありますが、どれも“約束の神”にふさわしいかと」

「遠い島で息絶えた神の遺体の片割れ。それから芽吹き育った大樹が新たな命の神になった、か……。その話が古代の華の話であるのなら、その大樹は扶桑樹、遠い島は【鬼ヶ島】でほぼ間違いないであろうな」

「……そうだな!」

アルマがほんのり気まずげにしている。まあいいやほっとこう。

「その……私が見たムービーは、本当はもっとあとに分かることなんじゃないか、あるいは完全に伏せられる歴史だったんじゃないか、そう思ってて。やばい情報を知ったペナルティで、そもそも弱ってた身体に吐き気デバフとかが乗っかったんじゃないかな」

「あり得ます。少なくとも発売から1年足らずで発覚する情報ではありませんからね」

「2体の始祖級キャラクターの由来がそのまま明らかになったわけですからねえ。もしかしなくとも小生とんでもない情報をつかまされたのでは?情報ギルドの者でもないのに?」

「む?阮明殿はカドゥケウスに勧誘予定だが」

「え?」

「四安の政治に食い込むプレイヤーなんて、そんな情報の宝庫を放っておくようなことがありますか?」

わあ。話が脱線し始めたな。

「こほん!……エナ。まだそれだけじゃ足りないぜ」

「え?」

「お前が露骨に体調崩したのは、武州であの男に会ってからだろ。それと夢が何か関係あるんじゃねえのか?」

「あ」

「確かに……そこの繋がりを明らかにしていただかないことには、調査の目標を定めようがないでしょう」

「エナさんは倒れる前に『地下に何かがある』と仰ってましたね。それからアルマさんの報告では、武州で龍脈が急激に弱まっていると」

「それらを雑に連結するのであれば、地下に龍脈を弱める何かが隠されていて、エナ殿はなぜかそれの影響を受けており、その煽りで謎の悪夢を見た……ということになるが。エナ殿があの男を知る理由が、それらの繋がりを証明ないしは補強するのではないか?」

頭脳労働三人組にガッツリ詰められる。どうせ黙ってるわけにもいかないか、と私はあきらめて口を開いた。

「その……それを説明するには……。ちょっと前に、私が少佐さんを殺しちゃったことも喋らなきゃいけなくて……」

は?と複数人の声。その数拍後に、少佐さんのまるで腑に落ちたような声が間抜けに響いた。