作品タイトル不明
第五声、紅茶と珈琲の香りが入り混じる時
「久しぶりと言うべきかな? それとも初めましてと言うべきかな?」
「どうなんだろうな。「久しぶり」で良いんじゃないか?」
日を改めて、俺達は面会兼再会を果たした。
今回は『花園喫茶店』のような花粉まみれの場所ではないゲームの中にある応接室だ。
あの時のような惨事にならなくて心底安心する。
こうして顔を合わせるのは現実世界での『鉄板牛太郎』振りだろうか。
俺がこいつに焼肉を奢るハメになった悲しい事件以来とも言える。
「お前……ゲームでも珈琲飲むんだな。知ってたけど」
「料理人の実装によりプレイヤーメイドの珈琲が作れるようになったのだよ」
「何? ならプレイヤーメイドの紅茶も作れるのか?」
「――――君が今飲んでるそれが、まさにプレイヤーメイドの紅茶だよ」
…………これプレイヤーメイドだったのか。
やけに美味いと感じたんだよな。
後で制作者に問い合わせて数箱注文しないと。
「……仮面付けたまま珈琲飲んでるマジか」
「重ね着とは便利なものだ。素顔を晒さないまま飲食が出来る」
重ね着はあくまで見た目を別の姿として写すだけで、そこに実体がある訳ではない。
やろうと思えば、今のヌルハートのような仮面のまま飲める訳だ。
別にやんないけど。
「――――それで、君の用事はこれだけかな?」
「くっくっく……実は超面白いポーションがあるんだな~これが」
「ほうポーションか。報告に上がった特殊なポーションの事かな?」
「まぁまぁ、まずはこれ見てくれよ」
俺は『割れやすい遺物ポーション』を見せる。
それを見たヌルハートは思わず珈琲を飲む手を止めた。
余りの衝撃で、一瞬だけ固まってしまったようだ。
「……これを何処で?」
「連れのバンダナって奴の提案で遺物入れてみたんだよ。そしたらこれ出来た」
ここは素直に暴露する。
他の奴の場ではスカーフが調薬師って噓付いたけど、祐介の前でそんな小細工しても速攻バレるからな……。
「……本当に実装初期の評価は信用ならんな」
「あぁ調薬師の話か? それ本当に言われてるのかよ」
「我が『ボレアス社』の調薬師が転職しようか迷ってるくらいにはな」
「いや本当に切実なんかい」
てっきりスパイ入れる方便かと――――
いやスパイ入れる気満々だけど、それはそれとして調薬師居なくなるのは危機感あったのか。
情報抜けてニート中の調薬師の就職先探せて2度美味しいってか?
ここの奴の倫理観どうなってんだ全く……。
「取引上では雇ってくれるって話なのだろう? 有り難い限りだ」
「……まぁ今更「嫌だ」なんて言えないか」
「話は戻るが……先程の話は本当か?」
「あぁ、俺の職業も遺物調薬師に昇華したしな」
「昇華なんて概念もあるのか……」
「おやおや、天下の総督様にも分からない事があるなんて!」
「よし、お前は後で触手宙吊りの刑だ」
「マジですんませんした」
触手宙吊りとか考えるだけで嫌だな。
宙吊りなだけでも嫌なのに触手も入るとか……このアバターがあられもない姿になっちまう……!
「もし良かったら、就職しに来た調薬師を遺物調薬師にしようか?」
「ほう、それは本当か?」
「どうせ、あの雪華って奴がスパイ入れて来るんだろ? だったら全員遺物調薬師にして、好待遇で遺物ポーション工場になって貰うしかねぇだろ」
どうせ情報なんて漏れる運命なんだ。
なら素直にフルオープンでヌルハートを巻き込んだ方が早い。
「いっそ新たに会社組織立ち上げた事にして、全プレイヤー向けに展開しようぜ」
「全プレイヤー向けに展開する……それは遺物ポーションではなく、情報に上がった普通の特殊なポーションで十分では無いか?」
「……確かにな。それで、遺物ポーションはごく僅かのプレイヤーにだけ高額で流すか」
簡単に遺物ポーションを流通させてしまうのは勿体無い。
もし売るなら高額で売り付けるべきだ。
普通に展開するなら、特殊ポーションだけでも十分話題には成り得る。
「希少性を維持したまま利益を最大化する。実に健全な商売だろう」
「お前の口から「健全」って単語出ると急に不穏になるんだよな」
「失敬な。私はいつだって法と規約の範囲内でしか動いていない」
「いや、その言い方が一番怖ぇよ」
俺が呆れ半分で言うも、ヌルハートは肩を竦めた。
仮面で隠れてるが……その裏では凄く悪い顔で笑ってるんだろうな。
その悪人面を見れないのが残念だぜ。
「ともあれ、方向性は見えた。一般流通向けには特殊ポーションを、上位顧客向けには遺物ポーションを売りつける。住み分けとしては悪くない」
ゲームの中とは言え、商売は市場ありきだ。
全員が同じ物を欲しがる訳じゃない。
安くて便利な物を求める層も居れば、高くても唯一性のある物に飛びつく層だって居る。
そういった連中を相手に経済を回すのが無茶苦茶上手いのがこいつなんだが――――
「だが問題点もある」
「問題点?」
「供給量だ。その遺物ポーションは量産可能なのか?」
「……そこなんだよな」
俺は紅茶を啜りながら、正直に答える。
「遺物そのものが安定供給出来る訳じゃない。1度ぶち込めば遺物とはさよならだ」
「なら尚更一般流通には向かないな」
「だよな……俺も特殊ポーションを主軸にするのは賛成だ」
「ふむ……ならば、遺物ポーションは商品ではなく広告塔にした方がいいかもしれない」
「広告塔ねぇ……」
「「こんな物まで作れる会社ですが、通常品も扱ってます」という信用の演出だよ。最上級の高級品がある事で、普及品の価値も底上げされる」
「出たよ商人の発想」
「褒め言葉として受け取っておこう」
単純に遺物ポーションを売るだけより、ブランドの象徴として大々的に宣伝した方が集客しやすい。
そうすれば、特殊ポーションの方も「ただの便利アイテム」ではなく、「あの遺物ポーションを作った連中の製品」という箔が付く訳だ。
「やっぱこういうの得意だよな、お前」
「君が発明をして、私が市場に流す。これぞ役割分担だ」
俺の知ってる役割分担と違う気がするんだが……。
いつから俺はお前専属の発明家になったんだ。
「まず売りに出す商品は段階的にしよう。初めに無難な回復系とバフ系やデバフ系の特殊ポーションを売る。実績と信頼を積んでから、少しづつ高位商品を混ぜるのが良い」
「意外と堅実なんだな」
「君は私を何だと思っている」
「悪逆非道の代名詞、悪徳商人、裏の支配者」
「否定しづらいのが困るね」
そこは否定しろよ。
鼻高々にドヤってそうなのが腹立つな。
どのゲームでもそうだが、祐介は強キャラの支配者ような雰囲気を出しといて、その実悪役ロールプレイに浸かってるまおうタイプなんだよな。
ただいかんせん頭が回るせいで周囲が大惨事になるんだ。
この街のようにな。
「それと遺物調薬師についてだが……」
「……あ〜流石にやり過ぎか?」
「来る者全員をいきなり遺物調薬師にするのはリスキーだ。我々も本格参入する以上、情報管理を徹底する必要がある」
「スパイ対策でもするのか?」
「それもある。だが、純粋に事故防止という面もある。扱う物が扱う物だからね」
確かに遺物ポーション絡みはまだ未知数が多い。
もし面白いで済ませられる範囲を超える遺物ポーションが出来てしまえば、洒落にならない。
「よし、分かった。なら基礎班と上位班で分けるか」
「良い案だな。基礎班には特殊ポーションの量産と品質安定を、上位班には選抜で遺物調薬を担当させよう」
「……何か、一気に会社っぽくなってきたな」
「最初に会社を作ると言い出したのは君じゃないか」
確かにそうは言ったものの、ここまで本格的にするつもりで言った訳じゃなかったんだがな……。
祐介が絡む以上、こうなる事は予定調和だったか。
「安心したまえ。気付いた時には、もう後戻りできない所まで来ている」
「うわ全く安心出来ねぇ……」
こいつの事だ。
本気でポーション会社として運営する気満々だな。
安易に 会(・) 社(・) とか言うものじゃないな、本当に。
「それで、君はどうしたい?」
「俺か?」
「商売の話ではない。君自身の話だ」
ヌルハートは先程とは異なる静かな声で問う。
妙に真っ直ぐな声色に、俺は一瞬沈黙する。
「この先に進むなら、これから厄介な輩に面倒事だって増えるはずだ。それでも問題無いのかね?」
「全部ぶっ飛ばすから問題無し」
どんな奴が相手だろうと関係無い。
俺の快いゲームプレイを邪魔するなら蹴散らすまでだ。
むしろ刺激的で面白そうじゃないか。
「ただ、面倒事を押し付ける相手は必要だがな」
「なる程、そこで私という訳だ」
「お前以外誰が居るんだよ」
俺がそう言うと、ヌルハートは少しだけ間をおいてから静かに笑った。
「良いだろう。なら共犯者として最後まで付き合ってやろうじゃないか」
紅茶と珈琲の香りが、静かな室内に溶けていく。
軽口を叩きながらも、交わしている内容はどんどん大きくなってしまった。
今更怖気づくつもりは無いがな。
「そうだな…… 社(・) 長(・) の座はお前に譲る。俺は現場で動くタイプだからな」
「ならば役職は最高執行責任者――――というのはどうかな? 現場関係を統括する仕事だ」
「じゃそれでいいや」
俺は何者かに縛られるのも、何者かを縛るのも余り好きじゃないんだ。
かと言って下っ端というのも味気ない。
社長にならずとも、その1個下くらいが丁度良い。
「あ、そうだヌルハート」
「何かな?」
「ふと思ったんだが、これはそちら側から出されたお茶だよな? なら 奢(・) り(・) だよな?」
「………………………………奢りだ」
「いつもそうだが、凄い嫌そうにするじゃねぇか」
そんなに奢るの嫌かよ。
俺も嫌だけど。