軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十九話:熱狂の伝播

発売から最初の週末。

世間の反応は、忠夫の記憶どおり「静か」なものだった。

月曜日の朝。新聞の経済欄には、任天堂の新型機発売について数行の記述があったものの、大きな話題にはなっていない。

事実、初週の売り上げは爆発的とは言えなかった。

だが、潜伏期間はわずか一週だった。

二週目。

空気が、明らかに変わり始めた。

きっかけは、ごく些細な「口コミ」だった。

週末にファミコンを買い与えられた数少ない幸運な子供たちの家が、放課後、小さな「ゲームセンター」へと変貌したのだ。

「おい、その棒、左だ左!」

「うわっ、また邪魔ブロック来た!」

当初、地味なパズルと思われていた『テトリス』。

それが、ファミコンそのものの評価を一変させた。

その理由は、対戦機能だった。

一人でスコアを競うのではない。目の前の友人を叩き落とし、絶望させる快感。

遊び終えた子供たちは、興奮を抑えきれずに翌朝の学校で吹聴した。

その熱は、子供たちだけのものに留まらなかった。

夜、子供が寝静まった後にコントローラーを握った父親や母親たちが、気づけば深夜まで画面にかじりつく。

「頭を使うから、いい頭の体操になる」という、もっともらしい言い訳を盾に、大人の間でも静かな中毒が広がり始めていた。

決定的な瞬間は、テレビからやってきた。

平日の午後、主婦たちが居間で眺め、喫茶店や食堂では会社員たちも目を向けるワイドショー。

その流行を紹介する短いコーナーだった。

『……今、都内の百貨店や玩具売場で、小さな異変が起きています』

カメラが映し出したのは、家電売場の一角だった。

並んだテレビにファミコンが接続され、ちょっとした人だかりができている。

『この“テトリス”というゲーム。子供向けと思われがちなテレビゲームですが、大人まで夢中になる不思議な魅力が話題になっています』

その映像は、茶の間でゲームを敬遠していた層に、確かな好奇心を植え付けた。

先週まで、ファミコンは一部の熱心な層だけのものだった。

だが、その放送を境に、世間の目が変わり始める。

子供の玩具から、新しい時代の遊びへ。

忠夫は夕暮れの街で、その変化を肌で感じていた。

玩具店の前では、仕事帰りの男たちまで足を止め、ガラス越しに画面を覗き込んでいる。

1983年、7月下旬。

どこかの家の窓の奥から、ブロックが消える乾いた電子音が聞こえてくる気がした。

歴史が、静かに加速を始めていた。