作品タイトル不明
第五十四話:消えない灯り
忠夫たちが開発センターを去ったあとも、会議室の空気は張り詰めたままだった。
高村はすぐに図面を机へ広げ、斎藤も横から設計班へ指示を飛ばす。
「端列側の再レイアウトを優先。配線長を詰める案と、バッファ追加案を同時に出してくれ」
「評価班は現行チップの追加データ取りを継続。端列集中で温度・電圧条件を細かく刻む」
「はい!」
技術者たちが一斉に散っていく。
赤鉛筆の音。紙をめくる音。電話の呼び出し音。止まりかけていた現場が、再び走り始めていた。
高村の手が一瞬だけ止まる。
「……正直、悔しいですよ」
斎藤が片眉を上げる。
「こちらは設計班総出で潰していたんです。試験も解析も、できる限りやった。なのに、最後の糸口を見つけたのは佐伯君だ」
高村は苦く笑った。
「ですが同時に、救われました」
「救われた?」
「ええ。二週間の試験が無駄ではなかったと、あの子が言ってくれた」
斎藤は小さく頷いた。
「……そうだな」
しばし沈黙が落ちる。
会議室の外では、まだ人の走る足音が響いていた。
やがて斎藤が思い出したように口を開く。
「そういえば、さっきあの子に聞かれたよ。RISC CPUの件はどうなったか、と」
高村が顔を上げる。
「RISC……例の調査チームを作ろうとしていたやつですよね」
「ああ。一応、論文は取り寄せていた」
斎藤は肩をすくめた。
「だがこの擬似SRAMで手一杯だ。解読すら終わっていない」
高村は少し考え込み、やがて言った。
「命令を絞って単純化し、高速動作を狙う思想……でしたか」
「ああ。まだ多くは研究段階だろう」
「ええ。少なくとも国内では聞いたことすらありません」
斎藤は腕を組んだまま、静かに窓の外を見た。
「……ああ。だがこの間、今川氏が進めているTRONの説明会に行ってきたんだがね。あちらでも『命令の単純化』や『リアルタイム性』が語られていたよ」
その時、若い技術者が駆け込んできた。
「主任! 端列配線の短縮案、一次版できました!」
高村はすぐに立ち上がる。
「わかった。今行く!」
斎藤も背を向けた。
「まずは目の前の仕事だ」
再び会議室が慌ただしく動き出す。
窓の外では夜が深まり、開発棟の灯りだけが強く残っていた。
その灯りは、止まった未来を再び動かそうとする者たちの光だった。