軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔女編12

光のゲートを抜け、下界の濁った空気から完全に切り離された清冽な空間へと足を踏み入れた瞬間、アイラは思わず目を細めた。

どこまでも続く真っ白な雲海と、太陽がないにもかかわらず満ち溢れている温かい黄金色の光。

天上の賛美歌が微かに響くこの場所は、何度訪れても肺の奥まで浄化されそうなほど神聖な空気に満ちている。

「さあ、着いたわよリリア。もう少しだから頑張って歩きなさい」

アイラは、隣でまるで真っ白な灰のように燃え尽き、虚ろな目をしている最愛の妹の肩をしっかりと支えながら、雲海の上に建つ白亜の宮殿へと歩を進めた。

南の国でのソロキャンプ中、たった一人で世界を救うレベルの途方もない大事件に巻き込まれ、死に物狂いで事態を収拾してきたというリリアの疲労は、肉体的なものよりも精神的なものが大きいようだ。

早く愛する婚約者であるエドワードの元へ送り届け、心ゆくまで甘やかしてもらわなければならない。

宮殿の壮麗なアーチをくぐり、水晶の柱が立ち並ぶ広間へと足を踏み入れたアイラは、そこで出迎えた人物の姿を見て、ピタリと足を止めた。

「……あれ?」

普段、アイラが天界を訪れた時に出迎えてくれるのは、食いしん坊の元教皇天使セレスか、あるいは過労気味な人間の少女エマである。

しかし今日、広間の中央に静かに佇んでいたのは、そのどちらでもなかった。

純白の法衣を纏い、背中には神々しい六枚の光の羽を展開させ、周囲の空間そのものを圧倒するほどの高密度な神聖魔力を放つ存在。

それは、エマの体に宿る本物の天使、シュシュエルの本来の人格であった。

「おお、アイラ。そしてリリアも……よくぞ生きて帰還したな」

シュシュエルは、エマの時のようなくだけた口調ではなく、威厳と慈愛に満ちた、まるで幾重にも重なる鐘の音のような美しい声で語りかけた。

その表情には深い疲労の色が見え隠れしていたが、彼女はリリアに向かって、天界の高位天使としてはあり得ないほど深々と、そして恭しく頭を下げたのである。

「な、なに? どうしたのよシュシュエル。あなたから表に出てくるなんて珍しいじゃない」

アイラが驚いて問いかけると、シュシュエルは静かに顔を上げ、真摯な眼差しで燃え尽きているリリアを見つめた。

「リリアが南の地で退けたあの脅威は、下界の人間たちには到底知覚できぬ、文字通り世界を根底から崩壊させかねない上位悪魔の顕現だったのだ。天界の防衛システムすら突破しかけたあの事態を、たった一人で、しかも天界の支援すら待たずに収束させたお前の功績は計り知れん。天界を代表し、礼を言うぞ」

シュシュエルの言葉に、アイラは目を見開いた。

(上位悪魔の顕現……? リリアのやつ、そんな洒落にならないものと一人で戦っていたの!?)

アイラがドレビアン王国で腐敗した貴族たちをお掃除していた頃、妹はさらに南の地で、神話クラスの化け物と死闘を繰り広げていたというのだ。

そりゃあ、ボクサーのように真っ白に燃え尽きもするだろう。

「……いえ、私はただ……大切な人たちの生きる世界が、あんなドロドロの触手のうねうねまみれになるのが嫌だっただけで……」

リリアは、焦点の定まらない虚ろな瞳のまま、ボソボソと恐ろしいワードを口にした。

「空を覆う巨大なタコみたいな化け物が、わけのわからない言語で『いあ いあ くとぅるふ ふたぐん』とか叫んでいて……もう、生理的に無理でした……」

「……」

上位悪魔で、タコみたいで、うねうねの触手。おまけにその呪文のようなワード。

アイラはリリアが巻き込まれた事件の全容を全く知らなかったが、前世のサブカル知識を持つ彼女にとって、その断片的な情報だけで事態のヤバさを察するには十分すぎた。

(それ、絶対にあっち系の神話の邪神じゃない!! そりゃ天界の防衛システムもレッドアラートを出すわよ! よく一人でそんなSAN値がゴリゴリ削られそうな化け物を倒してきたわね!?)

想像しただけで正気を失いそうになる光景に、アイラは顔を青くして戦慄した。

「本当に、よく頑張ったわね……お姉ちゃん、ちょっと涙が出てきそうよ」

アイラがリリアの頭を撫でていると、ふと一つの疑問が頭をよぎった。

「そういえばシュシュエル、あなたたち、神聖ルシエラ教国の復興支援で下界に残ってたはずじゃなかったの? クロエの指導はどうしたのよ」

アイラが少し前にプロデュースした教国の復興劇の後、シュシュエルたち三人は、新しい聖女となったクロエを導くために下界に留まるはずだったのだ。

アイラの問いに、シュシュエルはスッと目を細め、その神々しい顔にピキリと青筋を浮かべた。

「ああ。だが、リリアの戦いによる余波で天界の次元防衛システムが 最大警戒(レッドアラート) を発令してな。事態の把握と対応のために、下界にいた我らも緊急で天界に強制送還されたのだ」

シュシュエルの背後から、ギリギリと何かが締め付けられるような嫌な音が聞こえてきた。

「お、お義姉様……お帰り、なさいませ……」

アイラが視線を向けると、そこには、普段の温厚で慈愛に満ちた表情を完全に消し去り、背筋が凍るような冷たい笑顔(般若のような笑顔とも言う)を浮かべた義妹、セナの姿があった。

そして彼女の足元には、光の魔力で編まれた極太のロープによって、首から下を芋虫のようにガチガチに簀巻きにされたセレスが転がっていた。

「んぐっ! むぐぅぅっ!!(アイラ! 助けてくれぇ! セナが怖いんじゃぁ!)」

口まで光の布で塞がれ、涙目でジタバタと悶え苦しむセレス。

「セ、セナ……? あなた、一体どうしちゃったの……?」

かつて貧民街で出会い、誰よりも優しく、怒ったところなど一度も見たことがなかった愛らしい義妹の豹変ぶりに、最強の魔女であるアイラでさえ一瞬後ずさりした。

セナは、簀巻きになったセレスの背中を容赦なくハイヒールで踏みつけながら、ゴゴゴ……という黒いオーラを背負って口を開いた。

「聞いてください、お義姉様。シュシュエル様も私も、リリアさんが命懸けで戦っている余波の対応で、天界のシステム管理に不眠不休で駆けずり回っていたのです。それなのに、この『食い意地の張った羽虫』は……っ!」

セナがさらに力を込めてセレスを踏みつけると、「ふぎゅっ!」というカエルが潰れたような声が漏れた。

「この羽虫は! みんなが死に物狂いで働いている非常事態のドサクサに紛れて、『リリアが頑張ったのだから、天界の最高級の神酒とスイーツで戦勝祝いの宴会をするべきじゃ!』などと嘯き、厳重に封印されていた天界の特別食料庫の扉を物理的に破壊してつまみ食いしようとしたのです!」

セナの怒りに満ちた告発に、アイラは呆れ果てて天を仰いだ。

「……結果として、ただでさえ上位悪魔の顕現でパンク寸前だった天界の防衛システムが、食料庫への不正アクセスを『内部からのテロ攻撃』と誤認し、完全なパニック状態に陥ったのだ。……事態の収拾に、どれほどの労力がかかったか。まったく、お前たち魔女の身内は無茶苦茶だ」

シュシュエルが、血を吐くような疲労感と共に補足する。

つまり、リリアが世界を救う大事件を解決している裏で、セレスは自分の食欲のために天界のシステムを崩壊の危機に陥れ、普段は天使のように優しいセナをブチギレさせたというわけだ。

「んーっ! んんーっ!!(違うんじゃ! 私はただ、頑張ったリリアを美味しいもので労ってやろうと……っ!)」

必死に言い訳をしようと蠢くセレスだったが、セナは冷酷な目でそれを見下ろした。

「……まだ言い訳をするつもりですか? 次は口だけでなく、その食欲の元凶である胃袋ごと光の魔法で縫い合わせますよ?」

「ひぃぃっ……!!」

本気で殺気を放つセナの言葉に、セレスはビクッと震え上がり、完全に大人しくなった。

(……セナちゃん、普段怒らない分、怒ると身内の中で一番怖いタイプだったのね)

アイラは、新しい発見に少しだけ冷や汗を流しながら、このカオス極まる天界の惨状と、隣で魂が抜けかけている妹を見比べた。

世界を滅ぼしかけた上位悪魔と、システムを崩壊させかけた食欲の天使。

そして、その尻拭いに奔走し、般若と化した妹たち。

「リリア……」

アイラは、すべてを悟ったような慈愛に満ちた表情で、リリアの肩をポンと優しく叩いた。

「あなた、本当に……本当に大変だったのね」

「はい……もう何も考えたくありません。エドワード様の胸で、三日は……いえ、一週間は眠り続けたいです……」

リリアは、うわ言のように呟きながら、フラフラと天界の奥――魂のクールタイムを過ごす者たちの面会室、すなわち『天国のオフィス』へと続く道へ歩き出した。

「ああ、ちょっと待ちなさいリリア! 転んだら危ないわよ!」

アイラは慌てて妹を追いかけながら、背後で繰り広げられている天界のドタバタ劇に向かって声を張り上げた。

「シュシュエル! セナ! あとで極上のスイーツを持ってきてあげるから、その食いしん坊の羽虫を適当に処理したら、少しは休みなさいよ!」

「ああ……お前の作る極上の供物だけが、今の我の唯一の救いだ。待っているぞ」

「お義姉様も、道中お気をつけて。この羽虫は、あと三日はこのまま吊るしておきますので」

シュシュエルの疲労困憊の声と、セナの恐ろしくも清々しい声に見送られながら、アイラとリリアは、最愛の夫たちが待つ安息の地へと歩みを進めた。

雲海の奥へと続く道を抜け、アイラとリリアは、見慣れた無機質な『天国のオフィス』の前に辿り着いた。

真っ白な壁紙に、等間隔に並んだ長方形の蛍光灯。

神話の存在が管理しているとは思えない、まさに「貸し会議室」のドアを、アイラはゆっくりと開け放った。

ガチャリ。

「――リリア!!」

ドアを開けた瞬間、会議室の中から飛び出してきたのは、生真面目な顔立ちの青年――第二王子のエドワード殿下だった。

彼は、真っ白に燃え尽きているリリアの姿を見るなり、悲痛な声を上げて彼女を強く、息が止まるほど強く抱きしめた。

「ああ、私の愛しきリリア! シュシュエル殿たちから大まかな話は聞いていたが、君が一人でそんな恐ろしい戦いに身を投じていたなんて……! 君のその細い肩に、どれほどの重荷を背負わせてしまったのだろうか……!」

「エドワード様……っ」

リリアは、愛する婚約者の胸に顔を埋めた瞬間、ついに張り詰めていた糸が切れ、安心したようにポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。

エドワード殿下は、そんな彼女の背中を優しく撫でながら、いつものようにキラキラとしたピンク色の超甘々空間を形成している。

「よく帰ってきたね、私の愛しき妃よ。そしてリリア嬢も。……今回は、ずいぶんと過酷な『ソロキャンプ』だったようだな」

長机の奥から、優雅な足取りで歩み寄ってきたのは、金糸の髪とエメラルドの瞳を持つ完璧な美青年――アイラの夫であるジュリアンだった。

「ジュリアン様!」

アイラが彼の胸に飛び込むと、ジュリアンは彼女の銀髪を優しく撫で、腹黒くも極上に甘い微笑みを向けた。

「おおおおお! 私の愛しい娘たちが、無事に帰ってきたぁぁっ!! お父様は心配で心配で、また死んでしまいそうだったよ!!」

「よく頑張ったな、リリア! もしお前に傷一つでもついていたら、俺が天国から飛び出してその悪魔どもを微塵切りにしてやるところだったぞ!」

親バカとシスコンを限界突破させたレオンハルトお父様とセオドアお兄様が、涙と鼻水を撒き散らしながら騒ぎ立てる。

「おう、二人ともお疲れさん! 腹減っただろ? 師匠、なんか美味い飯はねえのか!」

「クロードさん、リリア様は今お疲れなんですよ。……リリア様、アイラ様、本当によくご無事で」

巨大な大剣ヴァルムを背負ったクロードが豪快に笑い、絶世の美少女ミアが涙ぐみながらお茶の準備をしている。

「……僕の計算によれば、上位悪魔の顕現を単独で撃破する確率は天文学的な数値ですが。アイラ嬢だけでなく、リリア嬢まで規格外だったとは。僕の頭脳がまた安堵のバグを起こしそうですよ」

ノアがずり落ちた眼鏡を中指で押し上げながら、ふっと優しい笑みを浮かべた。

「お嬢様方、お帰りなさいませ。リリアお嬢様のベッドメイクは、いつでも完璧に整っておりますわ」

完璧超人メイドのマリー姉ちゃんが、孤児の仲間たちを引き連れて優雅なカーテシーでお辞儀をする。

いつもの、騒がしくて、カオスで、最高に大好きな家族たちの姿がそこにあった。

一人で世界を救うという途方もない重圧と孤独を戦い抜いたリリアの表情から、ようやくいつもの純真無垢な天使の微笑みが戻ってくる。

「……はい、ただいま帰りました、皆様」

それぞれの、あまりにも濃密すぎたソロキャンプの旅は、こうして愛する家族の温かい出迎えによって、最高の形で一旦の幕を下ろしたのである。

無機質な「天国のオフィス」での再会とドタバタ劇から少し落ち着いた後、燃え尽きていたリリアを腕に抱き抱えたまま、エドワード殿下が優しく微笑みかけた。

「さて、リリア。君の心と体を癒すには、この殺風景な貸し会議室では不十分だ。我々が普段過ごしている、本当の『居住区』へ案内しよう」

「本当の、居住区……?」

リリアが虚ろな目をパチパチと瞬かせると、隣に立つジュリアンもアイラの肩を抱き寄せながら頷いた。

「ああ。これまでは我々がここへ出向いて面会をしていたからな。アイラたちも、本当の『天国』を見るのは初めてだろう。……ノア、扉の権限を」

「はい。シュシュエル様からは、お二人の入場許可を特別に得ております」

ノアがオフィスの奥にある、何の変哲もない鉄の扉に手をかざすと、カチャリという音と共に空間そのものが揺らいだ。

ゆっくりと扉が開け放たれると、そこから溢れ出したのは、会議室の蛍光灯とは比べ物にならないほど清冽で、温かく、そして圧倒的な生命力に満ちた『風』だった。

「……えっ?」

アイラは、扉の向こうに広がる光景に息を呑んだ。

そこにあったのは、見渡す限りに広がるエメラルドグリーンの大草原と、水晶のように透き通った巨大な湖、遠くにそびえ立つ、雲を突くような美しい白亜の山脈。

空には複数の淡い光の輪が浮かび、見たこともないような美しい鳥たちが優雅に舞っている。

「ここが、天国……? なんだか、一つの世界みたいに広大ね……」

「ええ、その通りです、アイラ嬢」

ノアが眼鏡を押し上げながら、その規格外のスケールについて解説を始めた。

「この『天国』と呼ばれる居住区画は、一つの独立した巨大な 惑星(プラネット) として形成されています。様々な時代、様々な次元から集まった魂たちが、それぞれの望む環境で安らかに『魂のクールタイム』を過ごせるように設計された、まさに究極の箱庭ですよ」

(これ、サイズ的に前世の地球の三倍くらいは余裕であるわね……。そんな途方もない規模の星を、シュシュエルたちは管理しているのね。そりゃあ過労にもなるわ……)

地球という概念はアイラにしか分からないため、彼女はノアの解説を聞きながら、先ほどまで般若のような顔をしていたセナや、疲労困憊だったシュシュエルの苦労を察して、そっと心の中で合掌した。

「さあ、行こう。君たちに紹介したい人たちが、あそこのコテージで待っているんだ」

ジュリアンが指差した先、湖畔の静かな丘の上に、可愛らしいレンガ造りの大きなコテージが建っていた。

周囲には色とりどりの花が咲き乱れ、まるで絵本の中から飛び出してきたような美しい場所だ。

一行がコテージの庭先に足を踏み入れた瞬間、そこには柔らかな日差しを浴びながら、静かに微笑んで待つ一人の女性の姿があった。 透き通るような美しい銀色の髪に、吸い込まれそうな深い 青玉(サファイア) の瞳。 その顔立ちは、アイラとリリアがよく知る人物――魔女の世界で出会った、自分たちの血縁である「エレノワールお姉様」と驚くほど瓜二つだった。

「……エレノワールお姉様? いいえ、違うわ。あの優しい、包み込むような魔力は……」

アイラが息を呑むと、隣に立つリリアもその女性を見つめたまま、サッと顔を上気させ、震える声でその名を呟いた。

「……エレオノーラ、お母様……?」

自分たち双子の姉妹を、自らの命と引き換えにこの世に産み落としてくれた、たった一人の実の母親。 母親のいなかった二人だったが、その名前と、魔女の世界の「エレノワールお姉様」と瓜二つであるという容姿のことは、これまでに聞いて知っていたのだ。 いつか会いたいと願っていた。けれど、こうして目の前に現れた奇跡に、二人の胸は激しく高鳴る。

エレオノーラはゆっくりと歩み寄り、涙ぐんだ瞳でアイラとリリアの頬を、まるで壊れ物に触れるように優しく撫でた。

「ええ、そうよ。私の愛しい、可愛いアイラ、リリア……。あなたたちを私の命と引き換えに産み落として、すぐにこの場所(天国)へ来てしまった……駄目な母親だけど。ずっと、ずっと空からあなたたちの頑張りを見ていたわ。本当に、よく二人とも立派に、ここまで美しく育ってくれたわね」

エレオノーラは、こらえきれずに大粒の涙をこぼし、二人の娘をその細い腕で強く抱きしめた。 その胸の温もりと、どこか懐かしい甘い香りに、アイラとリリアの瞳からも自然と涙が溢れ出した。

「お母、様……! 私たちの、本当の……っ!」

「お母様……! 会いたかった……ずっと、会いたかった……!」

かつて、孤独なスラムで身を寄せ合って生きてきた双子の姉妹は、母の温かい胸の中で子供のように泣きじゃくった。 ジュリアンやエドワードたちは、その感動的な再会を邪魔しないよう、優しく見守っている。

「私の愛しい、可愛いアイラ、リリア……。あなたたちを産んですぐにこの場所(天国)へ来てしまった……駄目な母親でごめんなさいね。本当に、よく二人とも立派に、ここまで美しく育ってくれたわね」

エレオノーラは、こらえきれずに大粒の涙をこぼし、二人の娘をその細い腕で強く抱きしめた。

その胸の温もりと、どこか懐かしい甘い香りに、アイラとリリアの瞳からも自然と涙が溢れ出した。

生後すぐに生き別れ、九歳までスラムの孤児として過酷な日々を生き抜いたアイラと、公爵家で何不自由なくとも実の母の温もりを知らずに育ったリリア。

数奇な運命を経て九歳の時に再会を果たした双子の姉妹は、ようやく巡り会えた実の母の温かい胸の中で、子供のように泣きじゃくった。

ジュリアンやエドワードたちは、その感動的な再会を邪魔しないよう、優しく見守っている。

「……さあ、顔を上げて頂戴。今日ここへ来たのは、私との再会だけが目的ではないのよ。あなたたちに、どうしても『会わせたい子たち』がいるの」

エレオノーラは優しく二人の涙を拭うと、コテージの扉の奥へと振り返って声をかけた。

「さあ、おいでなさい。あなたたちのお母様よ」

その声に応えるように、コテージの奥から少し緊張した面持ちで、四人の見目麗しい青年たちが姿を現した。

年齢は皆、二十代半ばほどの、生命力に満ち溢れた精悍な姿をしている。

ノアが、隣でそっと耳打ちするように解説してくれた。

「天国では、魂は自身が最も望む全盛期の姿を取ることが可能です。彼らは生まれて直ぐに過酷な運命によってお二人と生き別れましたが……その後は周囲の愛情を受けて真っ直ぐに育ち、それぞれ愛する人と結婚して子供を作り、孫にも恵まれ、下界で立派に天寿を全うしました。老衰で穏やかに息を引き取った後、最も充実していた青年の姿を取り、ここでエレオノーラ様や我々と共に、お二人が来るのをずっと待っていたのです」

「……あ」

アイラの心臓が、早鐘のように打ち始めた。

四人の青年たちのうち、二人の顔立ちが、あまりにもアイラとジュリアンにそっくりだったのだ。

一人はジュリアンのように金糸の髪を持ちながら、アイラと同じ青玉の瞳を持つ、利発で精悍な青年。

もう一人は、アイラと同じ銀髪にジュリアンのエメラルドの瞳を持つ、優しげで真っ直ぐな青年。

「リオン、マグナス。ほら、ご挨拶なさい」

ジュリアンが優しく促すと、金髪の青年――リオンが、感極まったように瞳を揺らしながら、真っ直ぐにアイラを見つめて言った。

「あの……初めまして。俺がリオンで、こっちの弟がマグナスです。あなたが、俺たちを産んでくれた……お母様、なんですね」

「お母様! ずっと、ずっとお会いしたかった! 俺たち、下界でお母様たちの分まで精一杯生きて、最高に幸せな人生だったけど……やっぱり、一度でいいから、こうして会って抱きしめてほしかったんだ!」

銀髪のマグナスが、ポロポロと涙を流しながらアイラの手を強く握る。

その体温、その声、その存在のすべてが、かつて戦乱の最中に失われ、二度と抱きしめることはできないと諦めていた『我が子』そのものだった。

「リオン……マグナス……! ああ、神様……っ!」

アイラは膝から崩れ落ち、自身よりも背が高く立派に成長した二人の息子を力強く抱きしめて号泣した。

「ごめんなさい、産まれてすぐに一人にしてごめんなさい……! ずっと、ずっと会いたかった……! 私の、可愛い子供たち……っ!」

「泣かないでください、お母様。俺たちは下界で十分すぎるほど幸せでした。こうして最後に会えただけで、俺たちの人生は本当に完璧なものになったんですから」

リオンが優しい手つきでアイラの背中を撫で、マグナスもまた、アイラの肩に顔を埋めて涙を流した。

一方、リリアの前にも、エドワードの面影を強く残す二人の青年が進み出ていた。

エドワードのように真面目そうな顔立ちのディエルゴと、リリアのようにふんわりとした雰囲気を持つハイネルである。

「リリア。私たちの愛の結晶、ディエルゴとハイネルだよ」

エドワードが涙声で紹介すると、ディエルゴは緊張した面持ちで、まるで誇り高き騎士のように深く頭を下げた。

「お母様。初めまして、ディエルゴです。下界では、お母様が身を挺して世界を救ってくださったという伝説を聞いて育ちました。僕たちも、お母様の子供である事を心から誇りに思い、恥じない人生を全うしてきました」

「お母様……! ああ、本物のお母様だ……! 俺、ずっとお母様の手料理を食べてみたかったんです……!」

ハイネルは堪えきれずに、ポロポロと涙を流しながらリリアを強く抱きしめた。

「ディエルゴ……ハイネル……! 私の……私の子供たち……っ!」

立派な青年の姿をしていても、リリアにとっては腹を痛めて産んだ最愛の我が子に変わりはない。

上位悪魔との死闘を終え、心身ともに限界を迎えていたリリアだったが、愛する息子たちを見た瞬間、その疲労はすべて歓喜の涙へと変わっていた。

彼女は二人の息子を抱き寄せ、その逞しい胸の中で声を上げて泣いた。

「エドワード様……私、頑張ってよかったです……生きて、この子たちに会えて……お母様にもお会いできて……」

「ああ。本当に、よく頑張ったね、リリア」

エドワードもまた、愛する妻と二人の子供たちを、その大きな腕でまとめて抱きしめた。

果てしなく広大な天国の、美しい湖畔のコテージ。

かつて過酷な運命によって引き裂かれた家族たちは、時と次元を超えて、ついに一つの場所に集ったのである。

「さあさあ! 涙の再会もいいが、腹を空かせて待ってたんだぞ! アイラ、リリア! 今日は天国の食材を使って、お前たちの手料理を息子たちに振る舞ってやれ!」

レオンハルトお父様が豪快に笑いながら口を挟むと、青年になった息子たちも「わあ! お母様のご飯! ずっと食べてみたかったんです!」と少年のような笑顔を弾けさせた。

「もう、お父様ったら雰囲気ぶち壊しなんだから……。でも、そうね。今日は特別に、下界から持ってきた最高のスパイスやお肉を使って、腕によりをかけてあげるわ!」

アイラが涙を拭って立ち上がると、リリアもまた、満面の、世界で一番幸せそうな笑顔で頷いた。

広大な天国の空に、家族の温かい笑い声がいつまでも響き渡っていた。

この場所での「休息」は、彼女たちにとって、これまでのどんなソロキャンプよりも最高で、そして濃密な時間となることだろう。