軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

真実2

クラリス嬢の元を訪ねれば丁度帰る所だったらしく、馬車を呼び、彼女を家まで送る道中で話をすることにした。

まずシェリーが攫われたことを話せば、彼女は信じられないといった様子で、瞳に涙を浮かべていた。不審な手紙についても、何も聞いていなかったらしい。友人には心配をかけまいと黙っていたのだろう。

「っシェリーが……そんな……」

「明日の朝から本格的な捜索を始める予定です。俺の命に代えても、必ず彼女は助け出します」

クラリス嬢はハンカチで目頭を押さえながら、「よろしくお願いいたします」と俺に向かって深々と頭を下げた。そんな彼女にすぐに顔を上げるよう言い、少し落ち着いた頃、俺は質問を始めることにした。

「彼女に好意を寄せていた男性に、心当たりは?」

「何人か……思いつく方はいます」

「もしかしたら、でも良いので名前を挙げて貰えませんか」

「分かりました」

そうして挙げられていく名前のメモをとりながら、こんなにも彼女を好いているかもしれない人間がいることに、苛立ちや焦りが募っていく。

彼女に想いも伝えていなかった過去の自分が、何故あれ程余裕で居られたのかが不思議で、羨ましいとさえ思えた。

「ありがとうございます。これで全員ですか?」

「……あとは、その」

「何かありましたか?」

「私の勘違いかもしれないので」

「それで大丈夫ですよ、少しでも気になることがあれば全て話して頂きたいです」

俺がそう言えば、彼女はしばらく躊躇うような様子を見せた後、やがて口を開いた。

「クリフ様もそうなのかなと、私は思っておりました」

「……クリフが?」

「はい。もちろんノエル様のご友人であるクリフ様が、そんな事をするとは思えませんが……ノエル様が学園をお辞めになった後も、よくシェリーに声をかけていたものですから。それにあの子を見る目が、少し怖くて」

そこまで言うと、クラリス嬢は気まずそうに俯いた。

予想もしなかった友人の名に、俺は驚きを隠せずにいた。けれど、思い当たる節はいくつもあるのだ。そもそも俺よりも先に彼女を見つけ、興味を持ったのもクリフだった。

学生時代の記憶の中の彼はいつも、シェリーのことを目で追っていた。そしていつも、可愛いと言って嬉しそうにしていたのを思い出す。今思えば、恋情を抱いていたとしても何ら不思議はなかった。

けれど俺は、シェリーが自分を好いているという驕りから、周りのことなど何一つ気に止めていなかったのだ。

「ありがとうございます、参考にさせて頂きますね」

「ええ、お願いいたします」

まさか自分の友人に限って、そんな事あるはずが無いと思いながらも、胸騒ぎは収まらない。クリフは魔法学園を次席で卒業しており、俺と同様騎士団から声がかかっていた程の実力者で。

そして何より、彼は風魔法使いだった。

「……それと、『引く』という言葉に聞き覚えは?」

クリフには後で連絡してみることにし、次に制約魔法について尋ねれば、クラリス嬢はハッとしたように顔を上げた。

「どうして、それを……?」

どうやら心当たりがあるらしい。そこで先程知ったばかりの話をすれば、彼女は片手で口元を覆った。

「おかしいと思ったんです。あの子がノエル様に対して冷たい態度を取り続けるなんて、普通に考えて無理ですもの」

「どういう、意味ですか?」

「実は……」

そうして全ての話を聞いた俺は、言葉を失った。まさか俺の気を引く為だったなんて、想像もしていなかったのだ。

そんな本や魔法に頼るほどシェリーは悩み、俺に好かれたいと思ってくれていたことになる。そう思うと嬉しくて、愛しくて、胸が締め付けられた。けれどそれと同時に、そこまでするほど彼女を追い込んでしまっていた自分の不甲斐なさにも、ひどく嫌気が差した。

その上、俺はそんなシェリーに対して責めるような言葉を吐き、無理やり唇を奪ったのだ。これ以上ない程の自己嫌悪に陥っていた、けれど。

自分の中で、願望にも似た一つの仮説が浮かび上がる。

「……シェリーは今も、俺の事が好き、なんでしょうか」

口から漏れたのは、馬車が走る音にかき消されそうなくらい小さな、情けない声だった。

俺のそんな問いにクラリス嬢はきょとんとした表情を浮かべた後、眉を下げて困ったように微笑んだ。

「当たり前です。あの子は一生、ノエル様一筋ですよ」

「…………っ」

気を緩めれば、今すぐに涙が零れてしまいそうだった。

──シェリーが、俺を好いてくれている。

それはずっと、何よりも一番に望んでいたことで。身体が震えるほどの喜びが、全身を駆け抜けていく。数ヶ月ぶりに肺に空気を取り入れたような、自分に足りなかったものが埋まっていくような、そんな感覚だった。

今すぐにでも彼女に会って、謝りたい。そして出来るならもう一度、彼女の口から好きだと言って貰いたい。

そしてどんな事をしてでも、彼女を助け出すと誓った。

◇◇◇

「……どうして、クリフ様がこんな所に、」

「どうしてって? 嫌だなあ、本当は分かってるくせに」

彼の、言う通りだった。

攫われて閉じ込められた場所に、偶然知り合いが現れるなんて有り得ないことくらい、恐怖でまともに働いていない頭でも分かっている。

それでも信じられなかったのだ。だって彼はいつも明るくて優しくて、何よりノエル様の大切な友人だった。

「とりあえず、お茶でも淹れるから出ておいで。今すぐに君を傷付けたりなんてしないよ。もちろん、毒を入れたりもしない。ゆっくり話をしようか」

今すぐに、という言葉に引っかかったけれど、ここは彼の言う通りにした方が良い気がした。

……きっと、ノエル様が助けに来てくれる。わたしが今出来ることといえば、少しでも長く無事でいることだろう。そんな希望を胸に抱き、わたしは恐る恐る木の陰から出る。

クリフ様は満足そうに笑うと、まるでエスコートするかのようにわたしの手をとった。思わず払い除けそうになるのを堪えて、わたしはそのまま彼の後をついて行く。

そうして着いた広間にてソファを勧められ、大人しく腰掛ける。彼は手馴れた様子で紅茶を淹れると、砂糖とミルクと共に、可愛らしいカップをわたしの前にことりと置いた。

「どうぞ」

「……ありがとう、ございます」

「どういたしまして」

クリフ様は変わらず、にこにこと柔らかな笑みを浮かべている。自分が今彼に誘拐されているということを一瞬忘れてしまいそうになるくらい、彼はいつも通りだった。

「どうして、こんなことを……?」

「君が好きだからだよ」

「い、いつからでしょうか」

「魔法学園に入学してすぐかな? 君がノエルを好きになってすぐ、俺も君を目で追うようになってたから」

普段ならばいくらノエル様に一途なわたしと言えど、男性にこうして真っ直ぐに好意を向けられたなら、多少なりともときめいてしまっていたかもしれない。

けれど今は淡々と紡がれるその言葉が、ひどく怖かった。

「君がノエルに向ける視線が、ほんの少しでもいいから俺に向けられないかなって、いつも思ってた」

「……はい」

「君が幸せそうにしている顔は、世界一可愛いと思うよ」

怖くはあるものの、こうして普通に会話出来ていることに、ほんの少しだけ安堵していた。もしかしたら話しているうちに彼も正気になり、解放してくれるかもしれない、なんて淡い期待を抱いてしまう。

けれどそんな期待も、すぐに打ち砕かれることになる。

「それなのに、世の中には君を悪く言う人間もいるから信じられないよな。本当に許せない」

「…そうなんですか?」

「ああ。けれどちゃんと、罰は下しておいたから」

「罰……? 誰の……何の、ことですか?」

「マリアン・セルヴィッジだよ。舞踏会で君を傷付けた」

「…………え、」

その瞬間、シーラから聞いた言葉が脳裏に蘇っていた。

『……なんでも、数日前に酷い事故に遭われたらしいですよ。生きているのが奇跡なくらいだったとか』

まさか、と喉を締め付けるような恐怖に襲われ、再び手足が震え出す。そんなわたしの心情を知ってか知らずか、目の前の男性は「あ、」と何かを思い出したように声を上げた。

「でも殺し損ねたんだった、ごめんね。次はうまくやるよ」

そう言って笑う彼を前に、わたしが知っているクリフ様はもう居ないのだと、思い知らされていた。